ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第07話 高飛車な操言士と修了試験

1.三公団(下)

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「平和民団所属の一般市民は、生活するうえで騎士や操言士にやって欲しいことがある場合、騎士団、操言士団に直接仕事を頼むの。これが〝依頼〟よ。市民自ら操言支部に赴いて直接依頼する場合もあれば、平和民団の役所を通して間接的に頼む場合もあるわ。たとえば製粉屋が使っている生活器のひとつ、自動粉挽き器が壊れたとする。製粉屋はそれを直してほしいと操言士団に〝依頼〟する。すると操言士団は操言士に、たとえば王黎に、自動粉挽き器の修理を命じ王黎がそれを修理する。そしたら製粉屋は、修理代金を操言士団に支払うわ。この場合、王黎はタダ働きなのかというとそうではない。国に納められた税金や、製粉屋が操言士団に払った修理代金……そういう諸々から、操言士団は王黎に給料を支払うの」
「王黎師匠が直接、製粉屋さんから報酬を受け取るんじゃないんですね」
「個人同士がその都度金銭授受を行うよりも効率的でしょ? 一般市民からの依頼の数は多いからね。それに一個人からではなく、各ギルドや商家みたいに、何かしらの組織からの依頼もあるの。想像してみて? もしも操言士が個人で依頼を受けて報酬をもらうと、どうなると思う?」
「誰が誰に何を頼んだか、わからなくなりそうです」
「報酬という観点で考えると?」
「報酬……」
「たとえば、王黎より私の方が安い料金で生活器の修理依頼を受けると?」
「皆さん、安く請け負ってくれる雛菊さんに頼みますよね……あっ!」

 雛菊の言わんとしていることがわかり、紀更は目を見開いた。

「そうすると、王黎師匠は収入が得られない」
「そうよ。個人で仕事を受けてしまうと不公平さが生じてしまうの。そう数の多くない操言士がそんな理由で食い扶持に困ったんじゃ、国は成り立たないでしょ」
「公平性の担保が重要なんですね」

 なるほど、と紀更は深く頷いた。
 操言士はすべての国民の生活を支え、国民のために等しく働く公僕なのだ。ゆえに操言士同士は常に公平、公正でなければならない。儲かる操言士と貧する操言士がいてはならないのだ。

「騎士団と操言士団は、日々、平和民団から様々な依頼を受けているわ。そしてその依頼を実行するように騎士と操言士に命じている。騎士や操言士がそうやって自組織から命じられて依頼を遂行することを〝任務〟と言うの。さっきの例でいくと、操言士王黎は操言士団から〝自動粉挽き器の修理という任務〟を命じられてそれを遂行した、というわけ。任務完遂が、依頼達成と同義になるのよ」
「雛菊さん、依頼は、たとえば騎士団が操言士団に出すことも可能なんですか」
「ええ、可能よ。依頼の内容はともかくとして、依頼を出せない関係はないわね。操言士団が騎士団に依頼を出すこともできるわ」
(操言士団が騎士団に……)

 紀更は、王都を出て水の村レイトに向かった日のことを思い出した。
 騎士のエリックとルーカスは、騎士団の命令で紀更の護衛をすると言った。二人にとってそれは「任務」だ。しかしその裏では、もしかしたら操言士団が騎士団に護衛を「依頼」したのかもしれない。

「なるほど」
「騎士と操言士は難易度の高い任務をこなすほど、もらえる給料が増えるわ」
「操言士団民間部の場合も同じですか?」

「ええ、そうね。民間部に所属する操言士の場合、労働場所である民間の店なり組織なりが、まず操言士団と契約をするの。その契約に従って、操言士団は民間部所属の操言士をその店や組織に常駐させるわ。操言士にどういう働きを求めているのか、すべては契約に書かれている。そしてその契約通りの成果を出せるかどうかで、操言士の給料の多寡が決まる仕組みよ」

 雛菊の解説によって、この国で働くということや三公団間のやり取りが見えてきて紀更はわくわくした。国の仕組みを何も知らずに働くのと、仕組みを知ったうえで働くのとでは心構えや納得感が違う。自分がどんな操言士になれるかはまだわからないが、そうした国の仕組みの中に操言士としてどんな仕事があるのかと想像すると、働くことが楽しみに思えた。

「これが三公団をとりまく、依頼と任務の違いよ。質問はある?」

 雛菊は黒板の前から移動しながら紀更に問いかける。紀更は少し俯いて考え、あることに気付いて雛菊に尋ねた。

「王族から何か頼まれた場合も依頼と言うのですか? たとえば王族の方の護衛とか」
「いい着眼点ね」

 雛菊は椅子に座り背筋を伸ばした。

「内容にもよるけど、王族からの依頼は重要だから依頼とは言わずに〝特務〟と言ったりするわね」
「とくむ?」
「王族からの命令で騎士や操言士が請け負う仕事、つまり特別な任務、特務よ。ほかにも、たとえば操言士団が独自にこなしたい重要な仕事があって、それを操言士に命じた場合も任務とは言わずに特務と言うことがあるわ」
「どんなことが特務になるのでしょうか」
「そうね……わかりやすい例だと、国内のある場所に怪魔の群れが現れたとするでしょ。しかもカルーテどころじゃない、もっと上位の怪魔がたくさんね。その怪魔の群れを早急に殲滅せよ、というのは特務扱いになるわ。かなりイレギュラーな状況だからね。そういう特務は、守護部の操言士に振られることが多いの」
「守護部……王黎師匠は特務をこなしたことがあるのでしょうか」
「当然よ。高段位に昇段するためには、どんな特務を何回こなしたか、なんて基準もあるからね。特務を遂行できないようじゃ師範まで昇段なんてできないわ」

 雛菊は、師範に昇段した直後の数年前の王黎を思い出す。王黎自身が優秀なこともあるが、そもそも王黎の師匠がかなりの無茶振りで、若く経験の浅い王黎にあらゆる任務と特務を与えていったために王黎は異例のスピードで昇段したとも言える。あの師匠にしてあの弟子ありだ。そう思うと、その王黎の弟子になった紀更はまっとうに過ごせるだろうかと、雛菊は心配になった。

「特務を重ねると、自然と王族や騎士団、平和民団の幹部とも関わることになるわ」
「王族や幹部と? なぜですか?」
「特務は特別な事情……ようは政治的に面倒な事情があって発生することが多いのよ。王族、平和民団の幹部、騎士団の隊長。そういう政治ゲームに関わる人たちの事情が、多かれ少なかれ見えたり聞こえたりするの。話を修了試験に戻すけど、三公団についてそこまで深くは訊かれることは少ないわ。でも成人済の大人としてきちんと理解しておくことね。それじゃ、今日はここまで」

 夕日が差し込まない曇り空の外はすっかり薄暗くなっている。そろそろ王都の中に肆の鐘が鳴るだろう。

「ありがとうございました」

 紀更は立ち上がって雛菊に向かって礼をする。
 雛菊は軽く手を振って先に教室を出ていった。


     ◆◇◆◇◆


「聞いておくれ、テオドール殿。我がペレス家が主催するパーティーに、今月一人前になる操言士をお招きしようと思うのだよ」

 王都ベラックスディーオの北東部にあるヴェンレキ地区。そこは北へ向かってゆるやかな丘になっている地形で、標高が高ければ高いほど裕福な者たちが住まう場所とされている。
 ペレス家当主のヨーゼフ・ペレスから夕食の誘いを受けたテオドール・ガルシアは、ヴェレンキ地区の中でも特に大きく目立つペレス家の屋敷を妻と共に訪れていた。
 そして夕食の席でほどよく会話が弾んだ頃、ヨーゼフは穏やかにほほ笑みながら切り出した。しかしテオドールとその妻は不思議そうな表情をする。

「それはまた斬新な発想で……真意をおうかがいしても?」
「今月の操言院の修了試験に、例の〝特別な操言士〟が参加するそうでね。特別な操言士と呼ばれるくらいなのだから、きっとずば抜けて優秀で必ず合格するだろう。ゲストとしてお招きすれば、パーティーも盛り上がるかと思うんだ」
「まあ、素敵。ペレス家に招かれるなんて、特別な操言士はさぞ喜ぶでしょうね」

 テオドールの妻は上品に唇の端をつり上げた。ヨーゼフの妻も口元に笑みを浮かべて夫の提案に頷いている。

「特別な操言士はつい一年ほど前までは平和民団の所属で、操言士団の幹部の方ともまだつながりがないでしょうから、幹部の方も招いて顔合わせの機会を作って差し上げようと思うのだよ。もちろん、一人だけでは心細いだろうから、特別な操言士と同期になるほかの合格者たちもまとめて招待するつもりだ」
「なるほど、それでいち早く唾を付けておこうというわけですか、ヨーゼフ殿」

 テオドールはヨーゼフの目論見に気付き、不敵に笑った。ヨーゼフとは志を同じくする仲だが、いつもヨーゼフの方が一足先に動く。その先見の明は実に頼もしい。

「そんな大げさなことではないさ、テオドール殿。ただ、昨今、国を脅かしている怪魔やピラーオルドなどという怪しげな存在に対しては、平和民団ではなくやはり操言士団に対処してもらいたい。そのためにも若き操言士たちを鼓舞しようと、それだけのことさ」
「ははっ。それだけのこと、ね」

 テオドールは黒い瞳に薄ら笑いを浮かべた。
 ヨーゼフの放つ言葉の軽さと、その裏に隠された本音の重さの釣り合わなさといったらない。しかも、その矛盾に気付かれていることを知っていてなお、ヨーゼフは己の腹黒さを隠すことなくむしろ開き直っている。

「いつも以上に君のパーティーが楽しみだ、我が友よ。パーティーの成功を祈って、乾杯をしよう」

 テオドールがそう言ってグラスをかかげると、ほかの三人も追従するようにグラスをかかげた。


     ◆◇◆◇◆
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