ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第07話 高飛車な操言士と修了試験

7.試験の裏側(中)

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 貨幣や旗など、明らかに目に見える「金」もあれば、黒い霧の巨人など明確に「金」に結び付かないものもある。そのどれも、臨機応変に対応すれば「金」が得られるのだろう。

(物を操作するよりも、私が得意なこと……)

 紀更は言葉を紡ぎ、先ほどの試験官がやったように操言の力で蔓を出現させて、その蔓で白い犬を攻撃した。犬の煙の身体が霧散したところで、地面の上にぽとりと落ちた金の旗を取り上げる。

(怪魔と戦うつもりでやってみる!)

 そう方針を定めると、気になるのは黒い霧の巨人だ。ほかの受験生はそれぞれ取り組みやすそうなものに意識を向けており、誰も巨人を相手にはしていない。その巨人は「金」を持っていないと、切り捨てているのかもしれない。

(でもきっと、何かある)

 紀更は小さめの光の矢をイメージして、巨人の右肩を狙った。黒い霧が空中に霧散し、千切れた右腕が落下しながら薄く透明になっていく。すると、消えゆく右手がキラキラと輝き出した。

(金色の輝き?)

 まさか、巨人にダメージを与えると金色の輝きに変わるというのか。そうならば、それをどうやって手に入れればよいのだろうか。

(そうだ、布)

 紀更は周囲に目線をめぐらせた。試験監督たちが用意していた試験道具の中に、白いベッドカバーサイズの布があったはずだ。

【白き布、四方に広がり金の輝きの下に入れ。金の輝きをやさしく覆え】

 これならいける。手に入れた金を、しっかりと集めて確保しておける。

「きゃっ」

 そう思った紀更だが、誰かの悲鳴で我に返った。受験番号三番のタレレンカが、試験官の放った蔓につまずいて転んだようだ。

(妨害!)

 予告にあったとおりだ。試験官は妨害もしてくる。もしかしたら、受験生がある程度「金」を入手したあとで奪うような妨害もしてくるかもしれない。

(これも対怪魔戦と同じね。目の前の黒い霧の巨人に集中するけど、周囲にも気を配らないと!)

 目の前のことに集中しても、周囲をおざなりにしない。それは対怪魔戦でも重要なことだ。目の前の怪魔を斃せても、味方が全滅していたら意味はないのだ。

(集めた金は空中に浮かせた布の上に集める。奪わせない。つまり、守りながら戦う!)

 そのためには、空中に浮かせた布に施した操言の力の効力が切れる瞬間にも気を配らなければいけない。アンヘルとさんざん取り組んだ、ティーカップの訓練と同じだ。操言の力の効力を失う瞬間を把握できなければ、訓練のティーカップと同じように布が地面に落ちて、せっかく集めた「金」が散ってしまうだろう。苦手なことではあるが、自分が使った操言の力に最後まで責任を持つためにも、いつまでも苦手とは言っていられない。

(精一杯、やるだけよ!)

 紀更は目を見開き、試験課題に没頭する。その集中は、マチルダが試験終了の合図を何度も何度も叫ぶことでようやく切れるのだった。


     ◆◇◆◇◆


 修了試験当日の朝――。
 雛菊は操言院に出勤したが、今日一日は特にすることがない。紀更が無事に試験を終えるまで待機といったところだ。
 今日の試験に紀更が無事に合格すれば、国内部から言い渡された「特別な操言士の専属講師となって操言院で特別な操言士を指導し、修了試験に合格させよ」という任務は無事完了する。そうすれば再び王都中央図書館にこもり、操言士が使う言葉の数々を体系的にまとめる仕事に戻れるはずだ。

(最低、最悪……と思ったけど、こうしてみれば悪くはなかったわ)

 自分が修了試験に合格してから十数年。これほどまでに短期間で特定の人物と濃い付き合いをした時間は、そうなかった。雛菊自身、誰かとつるむことよりも孤独を好む性格だったのもあるが、振り返ってみれば自分は、他者と関わる機会をことごとく拒絶していたのだと思う。

(申請書、どうしようかしら)

 操言院本館の二階にある職員室。雛菊はその隅っこの休憩スペースにある脚の短いソファに腰掛けて、ここ最近ずっと持ち歩いている申請書を眺めた。
 王都中央図書館へ紀更を入館させるための申請書。用意はしたものの、その後ずっと、守護部の操言士イレーヌにこれを見せる機会がつかめず、とうとうこの日になってしまった。

(イレーヌ様に見せることはもう諦めて、普通に申請しようかしら。合格すれば紀更は一人前だし、見習いの身分よりも許可は下りやすくなるはず)

 紀更が四部会のどこに所属するかはわからない。だがどこに所属しようとも、特別な操言士としてさらなる研鑽を求められることだろう。それを考えると、専属講師の最後の役目として、彼女を中央図書館に入館させてあげたいと思う。

「始まったな、修了試験」
「〝特別な操言士〟は果たして受かるのかね」
「アンヘルさんがマンツーマンで指導したんだし、受かるだろうよ」
「イレーヌ様が試験補佐官なんだってな。ということは、王族も気にしてるってことかね」

 職員室の窓から第二教室棟を眺めている二人の男性操言士の会話が、ふと雛菊の耳に届く。

(イレーヌ様が試験補佐官? ということは、今日一日と合否発表の明日も操言院にいるはず)

 雛菊は安堵した。申請書を渡すチャンスがありそうなこともそうだが、修了試験前にイレーヌに接触できなくてよかったのだ。もしも試験前に紀更のことでイレーヌと何か話をして、そのうえでイレーヌが試験補佐官に選ばれてしまったら、紀更が裏工作をしただのなんだのと噂されかねない。紀更のためにならないし、またイレーヌのためにもならなかっただろう。現国王の姉のイレーヌが裏工作に手を貸すはずもないのだが、どんな形でもいいので王族を貶めたいと思う者もいるのが、残念ながらこの王都ベラックスディーオの姿のひとつなのだ。

(よかった、事前に何も話せなくて。それに明日なら、なんとかできそうね)

 明日の合否発表には、試験補佐官のイレーヌも立ち合うはずだ。それが終わってからならイレーヌをつかまえられるし、紀更の不正を疑うような変な噂も立たないだろう。
 専属講師最後の役目をまっとうすることを、雛菊はあらためて胸に誓った。


     ◆◇◆◇◆


「ああ、あんた。そこの黒髪の傭兵さん」

 起床後の鍛錬を終えて共同営舎へ戻ったユルゲンを、受付の大柄な男性が呼び止めた。両刀を振るい、軽い筋力トレーニングとランニングを終えたユルゲンはひたいの汗を拭いながら受付に向かう。

「パーティ組んでる女の子から伝言だ。夜には戻るのでご心配なく、とな」
「わかった。ありがとう」

 ユルゲンは短く返事をすると、汗を拭くべく居住スペースに入る。二十人くらいが雑魚寝できるような広い木床きどこには、まだ寝ている個人、輪になって相談している三人組のパーティ、もう出発しようとしている二人組など、様々な顔触れの旅人や傭兵がいる。
 荷物を置いておいた居住スペースの一角に腰を下ろしたユルゲンの目付きは、不機嫌さでやや凶悪につり上がった。

(ったく……顔を合わせづらいのは俺もだっつーの)

 紅雷とは昨日の夕方、貸し馬屋で別れてから顔を合わせていなかった。夕食は別々だったし、夜にはここへ戻ってきたようだが交わす言葉もなく就寝。そして今朝も、紅雷はユルゲンが外で鍛錬している間に出かけたようだ。

(黙っていればいいものを、余計にかき混ぜやがって)
――紀更様の傍にいたいならいればいいじゃないですか! 言従士のあたしのことを羨んだり、傍にいる理由がない自分に自信がないからって紀更様を突き放したりしないで!

 昨日紅雷に言われた言葉が、ガンガンと頭の中でリフレインする。憎らしいほどに的確で反論できない指摘だ。
 紅雷の子守を口実に王都にとどまって、しかしなんの進展も結論もなく、とうとうむかえてしまった今日、審判の日――操言院の修了試験日。
 今日の結果次第で紀更との接点は完全に断たれるだろう。紅雷は自分で言ったとおり、言従士として堂々と紀更の隣へ行く。ユルゲンが「顔見知りの方が安全」だの「鍛える」だの「子守」だの、これでもかと言い訳を重ねて組んだコンビは正式に解散だ。

――もうあなたの〝理由〟になんてなってあげませんから。

 言従士の紅雷に迷いはない。操言院を出た紀更の隣へ、一直線に駆けていくことができる。

(くそっ)

 羨ましい。悔しいが羨ましい。なんの迷いもためらいも遠慮もなく、紀更の隣にいられること。ただ言従士というだけで、傍にいられること。同じことを望む自分は、様々な葛藤や遠慮や後ろめたさが足枷になっているというのに。

(暇だ……暇がよくねぇ。毎日ぬくぬく共同営舎で寝起きしてるから頭がボケてやがるんだ。危険で厄介な仕事でも探しに行くか)

 手拭で汗を拭いたユルゲンは、腰元の両刀の位置を直し共同営舎を出た。
 現実逃避のように仕事に打ち込んだところで、現状は何も変わらない。どうしたって消えない願望が、いつまでもまとわりついてくる。そうわかっていてもユルゲンはまだ、その願望から目をそらし、自分の心の声を無視していたかった。


     ◆◇◆◇◆


「おっはよーございまーすっ」
「よし王黎、任務だ。ヴェレンキ地区に行ってこい」

 操言士団本部の敷地に建っている守護部会館。待機室のドアを開けて朗らかに挨拶をしながら入室してきた王黎に、挨拶もそこそこに任務を言い渡す声があった。

「いやいやラファル部長、早すぎでしょ。僕、いま来たところなんですけど。少しはゆっくりさせてくださいよ」
「依頼主はヨーゼフ・ペレス。いつもの敷地家屋防護だ」
「うわ~人の話、聞いてな~い」

 待機室の一番奥のソファに腰掛けて、帳簿らしきものを睨んでいる操言士団守護部部長のラファルに近付き、王黎は唇を尖らした。
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