ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第07話 高飛車な操言士と修了試験

9.顔合わせ(中)

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「……はい」

 一方、ブリアナの返事は少しにぶかった。修了試験で立派な結果を残せたと自負していたし、そのことを自慢に思っていたが、早速その鼻の高さをへし折られたからだ。

「守護部の操言士はとにかくフットワークが軽くないといけねえ。おそらく、あっち行ってあれしろ、これしろ、と早速飛ばされるだろう。けど、初段操言士が一人で仕事をすることはほぼない。必ず、上段の操言士と組んで働いてもらう。相性が悪いのかなんなのか知らんが、まあ、お前ら二人で動くってことはないから安心しろ」

 面白おかしく、ラファルは笑う。
 紀更は隣に座るブリアナを横目で見つめた。ブリアナも同じように横目で紀更に視線を送り、紀更と目が合うとぷいっと反対側に顔を向けた。

「近々のことだが、まず明日のパーティーの話は聞いたな?」
「はい。ブリアナは自宅でパーティーの準備をしてから操言院へ、私は明日の昼過ぎに操言院に行って、フローレンスさんの手を借りて準備だと」
「合格者五人そろってから、マチルダ教育部長の先導でペレス家に向かう予定だと言われました」
「ん、そういうことだからな。今日、明日は仕事のことは気にしないで構わん。好きに過ごしてくれ。でもってパーティーの翌日、弐の鐘が鳴るまでにここの二階の待機室に来てくれ。そこからが本当のスタートだ」
「いいんですか」
「好きに過ごすってことが、か?」

 問いかけに問いかけで返されて、紀更は頷いた。

「紀更、お前は師匠の王黎が守護部だからなんとなくわかると思うが、守護部はわりとゆるい。あー、ゆるいって言い方だとちと語弊があるな。さっきも言ったが、フットワークの軽さが大事なんだ」
「どこかで何かが起きたとき、即座に動けるように……でしょうか」
「そうだ。俺ら守護部のメインの仕事は怪魔を殲滅することだ。怪魔の出るとこなら、国中に出向かなきゃならん。東の端、西の端、お構いなしだ。ほかの仕事もたんまりあるがな。まあ、そんなわけで、こまけぇことで体力を消耗すんのはもったいないわけよ。あ、だからといってお前の師匠ほど自由にゆるくなりすぎんなよ。あいつの場合、ただのサボりと紙一重だからな」
「ふふっ」

 王黎を引き合いに出されて、紀更は小さく笑った。
 紀更は、王都内で働く王黎の姿というものを実はあまり知らない。よくわからないが、なんだかふらっと現れてふらっと消えていく――そんな印象しかない。
 だが、それはきっと紀更に対してだけではない。誰に対してもそうなのだろう。風が吹くように現れて、雲が消えるようにいつの間にかいなくなる。それでいて、いざという時は必ず頼りになる。ユニークな師匠だ。

「師匠といえば、ブリアナ。誰か弟子入りを希望する操言士はいるか」

 紀更の方に話題が集中したところで、ラファルはブリアナに問いかけた。

「それは……」

 ブリアナは少し俯く。

「お前さんの性格を考えると、すでに何人かの操言士に目星はつけているんじゃないか。教えてくれれば、しばらく同じ仕事を振ってやれるぞ。ただし、守護部の操言士限定だ」

 ブリアナは黙って考え込む。

(そっか……普通はそうやって希望できるのね)

 ブリアナとラファルのやり取りを、紀更は新鮮な気持ちで見ていた。
 紀更自身は、王黎と師弟関係を組むように操言士団から強制されてしまったので、希望を述べる余地などなかった。守護部の操言士はほぼ全員が弟子入りすると王黎から聞いてはいたが、どうやって師弟関係が結ばれるのかまでは知らなかった

――名前は道貴。……超マイペースな人で困ったもんだよ。
(王黎師匠は、その道貴さんを自分で希望したのかしら)

 十数年前、いまの紀更と同じように修了試験に合格したばかりの王黎は、どういう理由で師匠を希望したのだろうか。ぜひとも機会があれば、聞いてみたいものだ。

「あの……返答は、パーティーの翌日でもいいでしょうか」

 しばしの沈黙のあと、ブリアナは落ち着いて言った。

「ああ、構わん。お前さんの好きなタイミングで教えてくれ。師弟関係は強制じゃないしな。まあ、俺としては可能な限り推奨するが。それと、一方通行の師弟関係は認められない。そこは譲れんから頼むな」
「承知いたしました」
「あの、すみません、ラファル部長。訊いてもいいでしょうか」
「なんだ?」
「一方通行とはどういう意味ですか」
「ああ」

 紀更の質問にラファルは答えた。

「弟子の側だけ、あるいは師匠の側だけが師弟関係を望む、ってことだ。弟子入りしたい、弟子取りしたい、と双方が望まないと師弟関係を結ぶことは認めない、ってのが俺の方針なんだ」
「一方通行の師弟関係なんて、そんなのあるんですか」
「なくはない。特に、ほかの四部会ではな。形だけ弟子入り、弟子取りしてるとか……まあでも、そういう場合でも相互了承のもとで師弟関係を結ぶのが基本だ」
「なるほど……ありがとうございます。すみません、横槍を入れてしまって」
「いや、気になることはすぐに訊いてくれ。新人のうちはわからないことを放置しているのが一番駄目だ。自分のためにも、周りのためにもな」
「はい」

 紀更は感謝の笑みを浮かべて頷いた。


     ◆◇◆◇◆


「イレーヌ様!」

 部長執務室から出てきたイレーヌに声をかけたのは雛菊だった。
 今朝、操言院へ赴いた雛菊は、アンヘルから合否の結果を聞いて胸をなでおろした。そして試験補佐官として操言院に来ていたイレーヌに話しかけようとタイミングを見計らい続けて守護部会館まで足を伸ばし、ようやく周囲に誰もいないタイミングで話しかけることができたのだ。

「貴女は」
「国内部所属の雛菊と申します。このたび、任務で〝特別な操言士〟の専属講師をしておりました」
「では貴女が、王黎の推薦した方ですのね」

 イレーヌは突然声をかけられたにもかかわらず、やさしくほほ笑んだ。

「あの、突然のことで申し訳ないのですが、イレーヌ様にご相談がありまして」

 雛菊は王都中央図書館への入館申請書をおずおずとイレーヌに差し出した。イレーヌは申請書を受け取り、その内容にさっと目を通す。

「紀更を中央図書館へ?」
「王都中央図書館は、私の本来の職場なんです。紀更に教えている間に、彼女が初代操言士をはじめ、もっと様々なことを知りたいと言っていたので」
「初代操言士の資料は、今はカルディッシュ城にあるはずですが」
「それは承知です。初代操言士について学ぶことはできずとも、ほかのことが学べればと思いまして」

 もっと学びたいと思う紀更に学ぶ機会を。参考になる資料を。彼女が知らない知識を。それらを与えてやりたいと思う雛菊の瞳に、うまく言葉にできない気持ちが浮かぶ。
 それを見て取ったイレーヌは、ふんわりと目を細めた。

「彼女の口頭試問、とても良かったですよ。答える彼女のうしろに、それを教えた人、共に語り合った人が見えました。一人で身に付けたのではなく誰かと共に磨いた知識だと、そう思えました。師匠である王黎の影響も大きいのでしょうが、きっと貴女の教え……愛情も素直に受け取ったのでしょうね」
「いえ、そんな……」

 愛情という単語が気恥ずかしくて、雛菊は気まずそうな表情を浮かべた。

「紀更の中央図書館への入館申請の件、わたくしに預からせてもらえますか」
「それは……ご迷惑ではないのですか」
「紀更は守護部の所属となりました。同じ守護部の先達として、後進の学びを促進することも務めのうちです。許可がもらえるよう、尽力することをお約束します」
「あ……ありがとうございます」

 雛菊は腰を九十度に折ってイレーヌに感謝した。自分が動いた件を人様に丸投げするのは正直気が引けたが、王族のイレーヌがじかに申請してくれるなら、入館許可が下りる可能性は高いだろう。
 これでひとまず、雛菊はやり残したこともなく国内部の仕事に戻れる。あとは王都中央図書館で紀更が入館してくる時を待とう。そしてその時が来たら、再び彼女に教えてあげよう。紀更の操言士としての本当の道は、修了試験に合格した今日から始まるのだから。


     ◆◇◆◇◆


 ラファルへの挨拶をすませた紀更とブリアナは、守護部会館を出て会話らしい会話もなく操言院へ戻ってきた。午後の鐘が鳴るまではまだしばらくあるので、二人は言葉少なに分かれて別々に食堂へ向かい、別々に昼食をとる。

(なんだかなあ)

 一方的に敵視されているようなので、紀更からブリアナに対しては距離を詰めづらい。敵視されている理由も、紀更が「特別な操言士」だからという紀更本人にはどうしようもないことなので、関係改善は難しそうだ。

(せっかくの同期なのに)

 紀更の同期は、ブリアナを含め全部で四人。だが紀更と同じく王都出身なのはブリアナだけだ。王都出身という共通点があるのだし、紀更としては険悪な関係を進んで望みはしない。とはいえ、他人の気持ちをどうこうすることもできない。
 ブリアナとの仲が気になるが、紀更はひとまず、弐の鐘が鳴る前に第十七教室に戻る。手短に終わるのか、椅子や机は片付けられており、合格者は教室の中央にまばらに立って集まった。

「全員、そろってるな。では、これより操言ブローチと操言ローブを授与する。授与にはこちら、波動符官の操言士ヴォイチェフ殿と、奈美殿にも立ち会ってもらう」

 そう切り出したのは、教師操言士アンヘルだった。マチルダの姿がないので、午前中の結果発表でマチルダの役割は終わりなのだろう。
 教室内には合格者五名とアンヘルのほか、二名の見慣れない操言士がいた。
 紀更は、いつかの雛菊の授業で耳にした、波動符官という職業を思い出す。
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