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第08話 幹部操言士と交流パーティー
1.ドレスアップ(上)
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「なあ、奴は都市部の中にいるんじゃねぇのか」
修了試験の結果が出た日の夜。大陸の中央を南北に流れる、巨大なノート川。そこに架かる、オリジーア国内で最も大きく長いアルソーの橋付近。黒髪の男はイライラしながらアンジャリに話しかけた。
「怪魔を増やしたところで現れる気配がねぇ。なんか理由があって、どっかの都市部から出てこられねぇんだよ。ここにいても無駄だ」
「〝闇の子〟だけが狙いじゃないのよ? もっと操言士の数が必要だし、怪魔を放つことで結果的に闇の子を誘い出せるかもしれないわ。それに、怪魔の数を増やせているのは主に南側だけだもの。オリジーア全土に増やすことはできていないわ」
「あーもうっ! だからよぉっ! そのやり方が回りくどいんだっつーの! 片っ端から街に乗り込んでひと暴れして、現れたところをさっさと攫えばいいじゃねぇか」
男はギラギラと目を輝かせた。その瞳孔は闇夜の中で大きく開かれており、まるでネコ科の動物のようだ。
「馬鹿ね。私たちは具月石で怪魔を操れるけど、それだって無限に、万能にできるわけじゃないのよ。祈聖石で守られた都市部に怪魔を引き連れて乗り込むのも闇の子を攫うのも、簡単にできることじゃないわ。オリジーアに何人の操言士がいると思ってるの」
「ハッ! 今の操言士の数なんて知ったこっちゃねえ。百年前の人数なら憶えてるけどな」
男の口の端からよだれが垂れ、鋭い犬歯が月明かりできらりと光る。当時の興奮を思い出して口が閉まらなくなったようだ。
「それって、百年前にあなたが殺した操言士の数でしょ」
「ああ、そうだ。思い出すぜぇ。アイツを殺した原因……王家も操言士団も、全員くたばれ。アイツがいないのにそれ以外が生きてるなんざ許さねぇ」
「当時生きてた人は、もう全員死んだわよ」
「まだ王家も国も残ってる。まだだ……まだ殺し足りない」
「はあ」
男との会話が成り立たないので、アンジャリはため息をついた。
もとから少しおつむが足りないのか、それとも副作用でこうなってしまうのか。長い時間の経過とともに男は――いや、自分たちは、確実に正常でなくなっていく。それでもこうして自分たちがこの世界にとどまっているのは、それぞれが抱く負の感情ゆえだ。
「国も操言士団も許さないというのはあたしも同意見よ。東の怪魔を増やしてみましょうか。南は操言士の動きが活発になってきたけど、東はまだだから」
「操言士……オレの目の前に出てきたら片っ端から殺してやる」
「ちょっと、それはやめてちょうだい! 操言士は殺さず生け捕りよ。生きてる状態の魂じゃないと、ニドミーの軛にできないんだから!」
メンバーの中でも特に衝動的な殺意が強く、猪突猛進な男にアンジャリは頭を抱えた。
◆◇◆◇◆
操言院の退寮手続きをして、紀更は手荷物いっぱいに帰宅した。
「おめでとう、紀更。やったわね」
「ああ、よく頑張ったな。俊もきっと喜んでいるよ」
両親に操言ローブと操言ブローチを見せると、二人は笑顔で祝ってくれた。
「明日はペレス家のパーティーに行かなきゃいけないけど、明後日からは操言士として仕事をしないといけないの。だから、お店を手伝えなくなるからね」
両親は紀更のことをまだ幼子のように思い、その身を心配することの方が多い。しかし、紀更はもう成人した身だ。今日からは一人の操言士として、名実ともに一人前として生きていくつもりでいる。そう宣言する気持ちで両親に告げると、二人はにっこりとほほ笑んだ。
「あらあ、お店のことは大丈夫よ。でも仕事とはいえ、危ないことはしないでよ?」
「新しい生活になるんだし、紀更は自分のことを一番に頑張ればいいさ。ただ、無理はしないように。何事も慎重にな」
そう両親と話しながら、ささやかな祝いの夕餉の時間を過ごす。
そうして紀更は朝をむかえた。
「母さん、私、俊のお墓に行ってくる。そのまま夜のパーティーに行くからね」
「ええ、気を付けてね」
開店準備を終えた母の沙織にそう声をかけると、紀更は操言ローブを羽織り、胸元に操言ブローチを留めた。ただそれだけのことで、本当に自分は操言院を修了して一人前の操言士になったのだと実感し、気持ちが引き締まる。
自宅を出た紀更は、マルーデッカ地区内の歩道を北に向かって歩いた。ミニノート川に架かる橋のひとつを渡ってサバートド地区に入ると、その中をさらに北西へと進む。第二城壁の向こうにそびえる王城を右手に見ながら目指す先は、王都の北西エリアにある共同墓地だ。
(あれから一年と三ヶ月……)
弟の俊が大雨の日の落雷事故で亡くなってから、気付けばそんなにも月日が過ぎている。だがあらためて数えてみると、体感以上に時間は経っていないようにも感じられるから不思議だ。
(俊の代わり、ってわけじゃないけど……でもやっぱり、代わりみたいよね)
家族の中で唯一操言の力を持っていた俊は、亡くなった時はまだ六歳だった。時々、母に連れられて操言院へ行き、操言士としての教育を少しずつ受け始めていた。操言の力で葉っぱを浮かせられるようになると、何度もそれを見せてくれたものだ。
後天的に操言の力が宿った、だから操言士になるべし――操言士団の使者が来てそう一方的に告げてきたのは、俊の死から約一ヶ月後のことだった。幼い俊の突然の死に暗くなっていた紀更と両親は、操言士団から告げられたことに戸惑った。しかし紀更は素直に操言士団の通告を受け入れ、そして約一年をかけて、言われたとおり一人前の操言士になった。もし俊が生きていたら、なんと言ってくれただろうか。
「俊、お姉ちゃん、来たよ」
共同墓地に着き、俊の墓前に立って紀更は話しかけた。
王都の北西部一帯は広い畑が広がっており、王都と外の境目となるはずの第一城壁は一部未完成のため、存在しない。その代わり、畑の向こう、王都の外にはうっすらとした森林が広がっており、そこが実質的な内外の境界線だった。
その背の高い木々を背に、共同墓地は広がっている。
王都は人口が多いので、単純な土葬では埋める場所が足りなくなる。そのため、亡くなった王都の民は、基本的に火で焼かれる。焼却時間はかかるが、遺体は可能な限り灰にしてその体積を小さくし、それから特定の場所へ埋めるのが一般的だ。
灰となった俊は、父方の祖父母と同じ場所に埋められている。土の上に横たえられている縦長の長方形の墓石には、亡くなった時の年齢と名前が掘られていた。
「見て、これ。操言ローブと操言ブローチ。お姉ちゃん、一人前の操言士になったんだよ。驚くでしょう」
もしも俊が生きていて、平和民団の「普通の」姉だった紀更が、突然自分と同じ見習い操言士になったと知ったら。そして、一人前の操言士になったと言ったら。俊はすごいと言ってくれただろうか。それとも、お姉ちゃんだけ先にずるい、とでも言うだろうか。姉弟で操言士になっていたら、どんな風に過ごすことになっていただろうか。
「俊の代わりみたいだよね。最初も今も、少しそう思うけど……でもお姉ちゃん、自分の意志で、立派な操言士になりたいと思ったんだよ」
王黎のような、ヒルダのような、雛菊のような。操言士として生きているほかの誰かのように。けれど、その誰かと同じを目指すのではなく、自分だからできることで、操言士として人々の役に立ちたい。操言士として、自分の人生を歩んでいきたい。自分の心からの意志で、そう思う。
「守護部ってところが、お姉ちゃんの働く場所なの。主に怪魔と戦うところでね。怖いとも思うけど、怪魔の殲滅は操言士の役目だから」
王都を出て水の村レイトに向かって進んでいた、レイト東街道でのこと。そこで初めて見た怪魔と、感じた恐怖。あの日からまだ一ヶ月と少ししか経っていないだなんて、信じられない。
怪魔に慣れてその脅威を舐めているわけではないし、今も怪魔に対する怖さはある。だが、怪魔に対して何もできない人々を守るためなら、自分を奮い立たせられる。守りたいと強く思うからこそ、戦えると思う。
「誰も傷ついてほしくない……死んでほしくない。ラフーアやポーレンヌのような、誰かの悲鳴は聞きたくないの」
怪魔や火事で脅かされる人々の生活。それを守り、支えるために――誰もがみな、笑顔で安心して暮らしていけるように。
「お姉ちゃん、頑張るね。だから俊は安心してね」
紀更はほほ笑み、しゃがみ込んだ。墓石に刻まれた俊という文字を、俊だと思って指先でやさしくなでる。するとふわりと風がそよぎ、墓の周りの背の低い雑草が揺れた。
[いい心掛けやな、特別な操言士]
その時、あたりに人の気配はなかったはずなのに、突如声が聞こえてきたので紀更は驚き振り向いた。
「だっ、誰?」
背後に立っていたのは、とても不思議な人物だった。男性にも見えるし女性にも見える。王都では珍しい、腹を出すデザインの服を着て、顔には赤い隈取。細く横に広がった目と、何よりも目立つのは耳の位置に生えている小さな羽と、背中からのぞく大きな羽。そして、前髪の生え際から生えている二本の螺旋状の角だった。
「人……メヒュラ?」
[残念やけど、ヒューマともメヒュラともちゃうんよ]
「え?」
[まあ、深く気にせんとって。それより、合格おめでとさん]
ヒューマともメヒュラとも違う。ということは、人間ではない? 角や羽が生えているものの二本足で立っているし、服も着ている。聞き慣れないイントネーションではあるが、普通の人語を話しているのに?
「えっと……」
謎すぎる人物から修了試験合格を祝われるという突然の状況についていけず、紀更はパチパチと瞬きを繰り返した。
[君、わかりやすいなあ。素直すぎるんもよぉないで? 気を付けんとな]
「あの……」
[ああ、アカン。質問はせんといてな? 答えられんから]
謎の人物は紀更の横に立つ。性別不詳の外見だが、声が女性にしては低いと思われるので、おそらく男性なのだろう。
並んでみるとわかるが、彼はとても背が高かった。ユルゲンは紀更より頭ひとつ分以上も背が高く、体格も大きいが、そのユルゲンよりもさらに頭ひとつ分以上、彼は背が高い。真横に立たれてはかなり首を曲げて見上げないと、その表情がまったく見えない。
不思議なその彼は、俊の墓石を見下ろして独り言を続けた。
[ええ子やねぇ。よぉ、役目を果たした]
「俊のことですか?」
質問はするな、と言われても気になるものは気になる。
突如現れた得体の知れない存在は、奇妙な人物だが危険には感じないので、紀更は警戒しながらもコミュニケーションを図った。
[でも、君はまだ足らんね。言従士がおらん]
「言従士? 私の言従士なら紅雷がいます。正式な登録はまだですけど」
[ん~。大いなる愛の神秘の実現はまだまだ先やんなあ。でも、ボクは君に期待しとるでな。頑張り]
「な……なんなんですか、いったい!」
[そうそう、これ、憶えとき。プレカ]
「え? ぷれ」
[プレカ、や。不思議やなぁ言われて、不思議やなぁ思うたら、言うてみ]
会話が噛み合わないことに苛立ちがつのった紀更は声を荒げたが、彼はまるで紀更の反応が見えていないように、自分の言いたいことだけを言ってほほ笑んだ。
「あの、私に何か用なんで――」
――フゴオオオ。
紀更が問いつめようとしたその瞬間、大きな音を立てて強い風が吹きすさんだ。紀更はとっさに両手で顔を覆い、目を閉じる。そして風がやんで目を開けた時、不思議な角と羽の人物はどこにもいなかった。
「えっ……ちょっ」
紀更はあたりを小走りで移動し、周囲を見回す。だが墓地には最初から紀更しかいなかったかのように人影は一切なく、しんと静まり返っていた。
(なんだったんだろう……メヒュラじゃないのかしら)
最美や紅雷のようなメヒュラは、普通の動物とは少し違う特徴を持った動物型に変化することができる。今の人物も、動物のような身体的特徴が見られたのでメヒュラだと思うのだが、本人はそれを否定した。ますます不思議だ。
――君はまだ足らんね。言従士がおらん。
(足りない……言従士がいない? どういうこと? それにプレカって?)
謎の人物の言葉がやけに引っかかる。
しばらく紀更はぼうっとしていたが、考えても仕方がないと割り切って気持ちを切り替える。それから、俊の墓石の前にもう一度立つと、深く頭を下げて黙祷を捧げた。
そうして紀更は共同墓地を去って操言院に向かうのだった。
◆◇◆◇◆
修了試験の結果が出た日の夜。大陸の中央を南北に流れる、巨大なノート川。そこに架かる、オリジーア国内で最も大きく長いアルソーの橋付近。黒髪の男はイライラしながらアンジャリに話しかけた。
「怪魔を増やしたところで現れる気配がねぇ。なんか理由があって、どっかの都市部から出てこられねぇんだよ。ここにいても無駄だ」
「〝闇の子〟だけが狙いじゃないのよ? もっと操言士の数が必要だし、怪魔を放つことで結果的に闇の子を誘い出せるかもしれないわ。それに、怪魔の数を増やせているのは主に南側だけだもの。オリジーア全土に増やすことはできていないわ」
「あーもうっ! だからよぉっ! そのやり方が回りくどいんだっつーの! 片っ端から街に乗り込んでひと暴れして、現れたところをさっさと攫えばいいじゃねぇか」
男はギラギラと目を輝かせた。その瞳孔は闇夜の中で大きく開かれており、まるでネコ科の動物のようだ。
「馬鹿ね。私たちは具月石で怪魔を操れるけど、それだって無限に、万能にできるわけじゃないのよ。祈聖石で守られた都市部に怪魔を引き連れて乗り込むのも闇の子を攫うのも、簡単にできることじゃないわ。オリジーアに何人の操言士がいると思ってるの」
「ハッ! 今の操言士の数なんて知ったこっちゃねえ。百年前の人数なら憶えてるけどな」
男の口の端からよだれが垂れ、鋭い犬歯が月明かりできらりと光る。当時の興奮を思い出して口が閉まらなくなったようだ。
「それって、百年前にあなたが殺した操言士の数でしょ」
「ああ、そうだ。思い出すぜぇ。アイツを殺した原因……王家も操言士団も、全員くたばれ。アイツがいないのにそれ以外が生きてるなんざ許さねぇ」
「当時生きてた人は、もう全員死んだわよ」
「まだ王家も国も残ってる。まだだ……まだ殺し足りない」
「はあ」
男との会話が成り立たないので、アンジャリはため息をついた。
もとから少しおつむが足りないのか、それとも副作用でこうなってしまうのか。長い時間の経過とともに男は――いや、自分たちは、確実に正常でなくなっていく。それでもこうして自分たちがこの世界にとどまっているのは、それぞれが抱く負の感情ゆえだ。
「国も操言士団も許さないというのはあたしも同意見よ。東の怪魔を増やしてみましょうか。南は操言士の動きが活発になってきたけど、東はまだだから」
「操言士……オレの目の前に出てきたら片っ端から殺してやる」
「ちょっと、それはやめてちょうだい! 操言士は殺さず生け捕りよ。生きてる状態の魂じゃないと、ニドミーの軛にできないんだから!」
メンバーの中でも特に衝動的な殺意が強く、猪突猛進な男にアンジャリは頭を抱えた。
◆◇◆◇◆
操言院の退寮手続きをして、紀更は手荷物いっぱいに帰宅した。
「おめでとう、紀更。やったわね」
「ああ、よく頑張ったな。俊もきっと喜んでいるよ」
両親に操言ローブと操言ブローチを見せると、二人は笑顔で祝ってくれた。
「明日はペレス家のパーティーに行かなきゃいけないけど、明後日からは操言士として仕事をしないといけないの。だから、お店を手伝えなくなるからね」
両親は紀更のことをまだ幼子のように思い、その身を心配することの方が多い。しかし、紀更はもう成人した身だ。今日からは一人の操言士として、名実ともに一人前として生きていくつもりでいる。そう宣言する気持ちで両親に告げると、二人はにっこりとほほ笑んだ。
「あらあ、お店のことは大丈夫よ。でも仕事とはいえ、危ないことはしないでよ?」
「新しい生活になるんだし、紀更は自分のことを一番に頑張ればいいさ。ただ、無理はしないように。何事も慎重にな」
そう両親と話しながら、ささやかな祝いの夕餉の時間を過ごす。
そうして紀更は朝をむかえた。
「母さん、私、俊のお墓に行ってくる。そのまま夜のパーティーに行くからね」
「ええ、気を付けてね」
開店準備を終えた母の沙織にそう声をかけると、紀更は操言ローブを羽織り、胸元に操言ブローチを留めた。ただそれだけのことで、本当に自分は操言院を修了して一人前の操言士になったのだと実感し、気持ちが引き締まる。
自宅を出た紀更は、マルーデッカ地区内の歩道を北に向かって歩いた。ミニノート川に架かる橋のひとつを渡ってサバートド地区に入ると、その中をさらに北西へと進む。第二城壁の向こうにそびえる王城を右手に見ながら目指す先は、王都の北西エリアにある共同墓地だ。
(あれから一年と三ヶ月……)
弟の俊が大雨の日の落雷事故で亡くなってから、気付けばそんなにも月日が過ぎている。だがあらためて数えてみると、体感以上に時間は経っていないようにも感じられるから不思議だ。
(俊の代わり、ってわけじゃないけど……でもやっぱり、代わりみたいよね)
家族の中で唯一操言の力を持っていた俊は、亡くなった時はまだ六歳だった。時々、母に連れられて操言院へ行き、操言士としての教育を少しずつ受け始めていた。操言の力で葉っぱを浮かせられるようになると、何度もそれを見せてくれたものだ。
後天的に操言の力が宿った、だから操言士になるべし――操言士団の使者が来てそう一方的に告げてきたのは、俊の死から約一ヶ月後のことだった。幼い俊の突然の死に暗くなっていた紀更と両親は、操言士団から告げられたことに戸惑った。しかし紀更は素直に操言士団の通告を受け入れ、そして約一年をかけて、言われたとおり一人前の操言士になった。もし俊が生きていたら、なんと言ってくれただろうか。
「俊、お姉ちゃん、来たよ」
共同墓地に着き、俊の墓前に立って紀更は話しかけた。
王都の北西部一帯は広い畑が広がっており、王都と外の境目となるはずの第一城壁は一部未完成のため、存在しない。その代わり、畑の向こう、王都の外にはうっすらとした森林が広がっており、そこが実質的な内外の境界線だった。
その背の高い木々を背に、共同墓地は広がっている。
王都は人口が多いので、単純な土葬では埋める場所が足りなくなる。そのため、亡くなった王都の民は、基本的に火で焼かれる。焼却時間はかかるが、遺体は可能な限り灰にしてその体積を小さくし、それから特定の場所へ埋めるのが一般的だ。
灰となった俊は、父方の祖父母と同じ場所に埋められている。土の上に横たえられている縦長の長方形の墓石には、亡くなった時の年齢と名前が掘られていた。
「見て、これ。操言ローブと操言ブローチ。お姉ちゃん、一人前の操言士になったんだよ。驚くでしょう」
もしも俊が生きていて、平和民団の「普通の」姉だった紀更が、突然自分と同じ見習い操言士になったと知ったら。そして、一人前の操言士になったと言ったら。俊はすごいと言ってくれただろうか。それとも、お姉ちゃんだけ先にずるい、とでも言うだろうか。姉弟で操言士になっていたら、どんな風に過ごすことになっていただろうか。
「俊の代わりみたいだよね。最初も今も、少しそう思うけど……でもお姉ちゃん、自分の意志で、立派な操言士になりたいと思ったんだよ」
王黎のような、ヒルダのような、雛菊のような。操言士として生きているほかの誰かのように。けれど、その誰かと同じを目指すのではなく、自分だからできることで、操言士として人々の役に立ちたい。操言士として、自分の人生を歩んでいきたい。自分の心からの意志で、そう思う。
「守護部ってところが、お姉ちゃんの働く場所なの。主に怪魔と戦うところでね。怖いとも思うけど、怪魔の殲滅は操言士の役目だから」
王都を出て水の村レイトに向かって進んでいた、レイト東街道でのこと。そこで初めて見た怪魔と、感じた恐怖。あの日からまだ一ヶ月と少ししか経っていないだなんて、信じられない。
怪魔に慣れてその脅威を舐めているわけではないし、今も怪魔に対する怖さはある。だが、怪魔に対して何もできない人々を守るためなら、自分を奮い立たせられる。守りたいと強く思うからこそ、戦えると思う。
「誰も傷ついてほしくない……死んでほしくない。ラフーアやポーレンヌのような、誰かの悲鳴は聞きたくないの」
怪魔や火事で脅かされる人々の生活。それを守り、支えるために――誰もがみな、笑顔で安心して暮らしていけるように。
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紀更はほほ笑み、しゃがみ込んだ。墓石に刻まれた俊という文字を、俊だと思って指先でやさしくなでる。するとふわりと風がそよぎ、墓の周りの背の低い雑草が揺れた。
[いい心掛けやな、特別な操言士]
その時、あたりに人の気配はなかったはずなのに、突如声が聞こえてきたので紀更は驚き振り向いた。
「だっ、誰?」
背後に立っていたのは、とても不思議な人物だった。男性にも見えるし女性にも見える。王都では珍しい、腹を出すデザインの服を着て、顔には赤い隈取。細く横に広がった目と、何よりも目立つのは耳の位置に生えている小さな羽と、背中からのぞく大きな羽。そして、前髪の生え際から生えている二本の螺旋状の角だった。
「人……メヒュラ?」
[残念やけど、ヒューマともメヒュラともちゃうんよ]
「え?」
[まあ、深く気にせんとって。それより、合格おめでとさん]
ヒューマともメヒュラとも違う。ということは、人間ではない? 角や羽が生えているものの二本足で立っているし、服も着ている。聞き慣れないイントネーションではあるが、普通の人語を話しているのに?
「えっと……」
謎すぎる人物から修了試験合格を祝われるという突然の状況についていけず、紀更はパチパチと瞬きを繰り返した。
[君、わかりやすいなあ。素直すぎるんもよぉないで? 気を付けんとな]
「あの……」
[ああ、アカン。質問はせんといてな? 答えられんから]
謎の人物は紀更の横に立つ。性別不詳の外見だが、声が女性にしては低いと思われるので、おそらく男性なのだろう。
並んでみるとわかるが、彼はとても背が高かった。ユルゲンは紀更より頭ひとつ分以上も背が高く、体格も大きいが、そのユルゲンよりもさらに頭ひとつ分以上、彼は背が高い。真横に立たれてはかなり首を曲げて見上げないと、その表情がまったく見えない。
不思議なその彼は、俊の墓石を見下ろして独り言を続けた。
[ええ子やねぇ。よぉ、役目を果たした]
「俊のことですか?」
質問はするな、と言われても気になるものは気になる。
突如現れた得体の知れない存在は、奇妙な人物だが危険には感じないので、紀更は警戒しながらもコミュニケーションを図った。
[でも、君はまだ足らんね。言従士がおらん]
「言従士? 私の言従士なら紅雷がいます。正式な登録はまだですけど」
[ん~。大いなる愛の神秘の実現はまだまだ先やんなあ。でも、ボクは君に期待しとるでな。頑張り]
「な……なんなんですか、いったい!」
[そうそう、これ、憶えとき。プレカ]
「え? ぷれ」
[プレカ、や。不思議やなぁ言われて、不思議やなぁ思うたら、言うてみ]
会話が噛み合わないことに苛立ちがつのった紀更は声を荒げたが、彼はまるで紀更の反応が見えていないように、自分の言いたいことだけを言ってほほ笑んだ。
「あの、私に何か用なんで――」
――フゴオオオ。
紀更が問いつめようとしたその瞬間、大きな音を立てて強い風が吹きすさんだ。紀更はとっさに両手で顔を覆い、目を閉じる。そして風がやんで目を開けた時、不思議な角と羽の人物はどこにもいなかった。
「えっ……ちょっ」
紀更はあたりを小走りで移動し、周囲を見回す。だが墓地には最初から紀更しかいなかったかのように人影は一切なく、しんと静まり返っていた。
(なんだったんだろう……メヒュラじゃないのかしら)
最美や紅雷のようなメヒュラは、普通の動物とは少し違う特徴を持った動物型に変化することができる。今の人物も、動物のような身体的特徴が見られたのでメヒュラだと思うのだが、本人はそれを否定した。ますます不思議だ。
――君はまだ足らんね。言従士がおらん。
(足りない……言従士がいない? どういうこと? それにプレカって?)
謎の人物の言葉がやけに引っかかる。
しばらく紀更はぼうっとしていたが、考えても仕方がないと割り切って気持ちを切り替える。それから、俊の墓石の前にもう一度立つと、深く頭を下げて黙祷を捧げた。
そうして紀更は共同墓地を去って操言院に向かうのだった。
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