ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第09話 歴解派操言士と空白の物語

4.男たち(中)

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「うわっ、相変わらず汚い部屋ですね~」

 挨拶もせず不敬も気にせず、ずけずけと感想を言いながら入室してきた王黎にレイモンドは不機嫌な表情になった。

「サンディといいお前といい、俺の部屋が汚くてお前らになんか不都合があんの?」
「人を呼び出すならせめて室内を片付けておくのは礼儀ですよ、レイモンド王子」
「けっ。礼儀なんて今さら気にする仲じゃねぇだろ」

 紀更と一緒にいた中央図書館。その窓の外に物言いたげな言従士由布子が立っているのに気が付いた王黎は、紀更を残して図書館を出ると王城に向かった。そして慣れた足取りでレイモンドの私室を訪問したのだった。

「レイモンド王子、一応言っておきますが、由布子さんはあなたの小間使いではありませんよ」

 いつ脱いだのかわからない部屋の主の白い半袖を踏まないように歩き、王黎はソファに座った。レイモンドは対面のソファに腰掛けてすでにくつろいでいるが、黒いシャツはだらしなく胸元がはだけており、お世辞にも王族の気品があるとは言えない。

「俺はイアンにお前を呼んで来い、って言ったぞ」
「ああ、まあ、それならいいんですけど」

 レイモンドには専属の護衛操言士がついている。名前をイアンといい、所属は守護部で年次的には王黎より上の世代の操言士である。そしてそのイアンの言従士が、先ほど図書館にいた王黎に「レイモンドのところに来てほしい」と無言の圧力をかけた由布子だ。

「王都に戻ってきたくせにお前がなかなか俺のところに来ないから呼びに行かせたんだろうが。イアンと由布子に手間をかけさせたのは俺じゃなくてお前だよ、王黎」
「僕はレイモンド王子に用はありませんからね~」
「つれないこと言うなよ。俺とお前の仲だろ?」
「誤解を招く言い方はやめてください。あなたがそんなだから、サンディ王子も妙な言い回しをするんですよ」

 いつもマイペースでどちらかというと人を振り回す方の王黎だが、レイモンド相手では立場が逆転することがある。王子とただの操言士という身分の違いがあるためにそう強く王黎が出られないと知っていて、レイモンドはわざと王黎を困らせるような言い方を選ぶのだ。

「そういや、ペレス家のパーティーで見たぞ」
「何をです?」
「特別な操言士だ。アイツ、いっちょまえに男がいんのかよ」
「男?」
「中庭で騎士っぽい服を着たデカい男と話してたぞ。いいご身分だな。散々周りに気をもませている〝特別な操言士〟のくせして。なんかぽややんとしたマヌケな感じだし、ちゃんと操言士として働けるのかよ」

 レイモンドは眉間に皺を寄せた。
 レイモンドの言うその男に王黎は心当たりがあったが、詳しくは語らずにレイモンドをからかうことにした。

「レイモンド王子、もしかして特別な操言士……紀更みたいな素朴なオンナノコが好みだったりします?」
「ハァ? 馬鹿か、そんなわけねぇだろ。あんなちんちくりん、ガキじゃねぇか」
「そうですか? いや、師匠のひいき目かもしれませんが、パーティーの時の紀更は普段よりきれいで大人っぽくて、結構キマってたと思うんですけどねえ」
「ふん。そんなにジロジロ見てねぇからわっかんねぇよ」
「そうですか? なんかずいぶんしっかりと感想を言われるので、紀更に見惚れたのかと思いましたよ」
「うっせぇよ」
「レイモンド王子は弟君をからかうくせに、実はご自身もオンナノコには慣れてませんからね~。もしかして初恋もまだだったりしますか」
「王子の身分の俺が、その辺の庶民と同じように恋ができると思うのか?」
「確かに簡単ではないですけど……恋はするものじゃなくて落ちるものですからね~。紀更に一目惚れでもしちゃったんじゃないかと思いまして~」

 王黎はにまにまと笑った。
 身分はレイモンドの方が上だが、年齢は王黎の方が六歳ほど年上だ。レイモンドがよく弟のサンディをからかうように、王黎も意地悪な兄のつもりでレイモンドをからかう。

「それよりお前、いつ旅に出るんだ?」

 この話題を続けるのは分が悪いと悟ったレイモンドは、ギロリと王黎を睨みつけると話題を変えた。

「おや、知ってるんですか」
「今日の午前中、ライアン王と俺ら王子二人、それとそっちの団長と幹部の誰かと髭がそろってその話をしてたんだ」
「えっとコリン団長とたぶんジャックさんと、ラファル部長ですかね。どんな話をしてたんです?」

 王黎は真剣な表情で問うた。

「お前と特別な操言士を王都の外に出して国中を歩かせて、怪魔多発の理由、ピラーオルドの正体と目的、攫われた操言士の居所を探らせるだとよ。団長か髭がお前に言ったとおりだろ」
「まあ、そうですね」
「俺と弟が同席させられたのは、お前ら操言士二人を犠牲にする決断を下すところを見せるため、ってところか。案の定、弟は律儀に意見してたしな」
「ひどいなあ。なんで犠牲になる未来が当然かのように語るんですかねえ」
「その可能性が高いからに決まってるだろ。怪魔が多発する中を移動し、ピラーオルドとやらに接触を試みる……最悪、死ぬんじゃねぇの」
「まあ、そうならないように精一杯抗いますよ、護衛たちがね」

 王黎が冗談めかして言うとレイモンドは鼻で笑った。

「これは俺とお前の望んだ状況だろ? 付き合わされる護衛がカワイソウだな」

 王黎はそれ以上、冗談も何も言わなくなる。レイモンドは王黎のその沈黙を許さないように、厳しい声音で言った。

「忘れんなよ。俺もお前も、この事態を楽しんでる。いや、好機だと思っている。に何が起きたのか、それが今の俺らにどう関係しているのか、それらを全部解き明かす。俺は俺のために、お前はお前自身とあの女のために。特別な操言士を中心とした、この世界の変化の渦……これを逃す手はない」

 王黎はレイモンドではなく、彼と自分の間にあるテーブルの上をぼんやりと見つめた。

「俺ら二人、目的は違うが目標は同じだ。誰もが気にしない、気にしないようにしている、あるいは、この国の黎明期。世界の謎、神様の謎。すべてを知り、暴き、理解する。そう簡単に動けない俺の代わりに、お前が解き明かすんだ」
「それを確認したくて僕を呼んだんですか」
「特別な操言士と旅に出たことで気が変わった、なんて言われちゃ困るからな」
「変わりませんよ。それどころか、心底楽しくなってきましたよ。本当に、渦の中心は彼女のようですから」

 尊大に見えて実は自信のなさが垣間見えるレイモンドの幼さを、王黎はかわいらしく思って笑う。

「あなたと僕の望み願うこと。その目的のためにも善処しますよ」
「どうもうさんくさいんだよなあ、王黎の言い方は」
「まあ、必ずできる、とは言えませんからね。いざとなったら、いつかの時のように自力で王都から脱出して、自分の足で歩いて確かめてくださいよ、レイモンド王子」
「護衛という名の監視の目がゆるめばな」
「それなら大丈夫でしょう? イアンさんもアントニオさんも、レイモンド王子側じゃないですか」
「ふん。お前も俺側だろ? 頼りにしてんだ、しっかりしてくれよ、王黎」
「はいはい」

 窓の外では夕日が完全に沈みきり、西の空が濃い紫から深い藍色に変わっていく。
 部屋の外で待機していた操言士イアンと言従士由布子に会釈をして、王黎は急いで王城を後にした。


     ◆◇◆◇◆


「あれ……」
「紀更様?」

 守護部会館の一階に戻ってきた紀更は、一階の一番目につく壁に大きな黒板があることに気が付き、足を止めた。紀更の腕にしがみついていた紅雷も、つられて立ち止まる。

「面白い黒板があるわ。知らなかった」
「ほえ? あ~ほんとですね~」

 二人で見上げるその黒板には、「誰か夜勤代わって エイミィ」だとか、「ヨルラの里支援部隊四名、遠征中」だとか、「フローレンスいい加減休めド阿呆」など、自由な書き込みがされている。

「伝言掲示板かしら」
「でも伝言っぽくないものもありますよね」
「自由に書いていいのですよ。国内部に比べると書き込む人は少ないですが」

 背後から声がして、紀更と紅雷はそろって振り向いた。

「それは書くも書かないも自由な連絡版です」
「イレーヌ様!」

 声の主は赤い瞳に優しさと貫禄のただよう女性。現王ライアンの姉であり、守護部の操言士でもあるイレーヌだった。

「操言ローブとブローチが似合いますね、紀更」

 イレーヌに会うのは一昨日の修了試験合格発表の日以来だ。

「あ、ありがとうございます」

 お世辞だとわかっていながらも、紀更はぺこりと頭を下げる。それからもうひとつイレーヌに礼を言うべきことを思い出した。

「あのっ、いま、中央図書館に行ってきたところなんです」
「そうでしたか」
「はい。イレーヌ様が図書館の管理局に直接交渉してくださったと、ラファル部長から聞きました。ありがとうございます」
「礼には及びません。それに、本当に礼を言うべき相手は別にいるでしょう」

 それが雛菊のことだと気付いた紀更は笑顔になった。

「はいっ。雛菊さんにも先ほどお礼を言ってきました」

 紀更がそう答えると、紀更につられるようにイレーヌもほほ笑みを浮かべた。

「貴重な文献があるので万人を入れるわけにはいきませんが、学びたいと思う者にはその機会が与えられるべきです。わたくしはつないだだけ。その機会をどう活かすかは貴女次第ですよ、紀更」
「はい」

 王黎と似たようなことを言うイレーヌに、紀更は大きく頷いた。

「そちらは貴女の言従士ね?」
「あ、はい。紅雷、ご挨拶は?」
「紅雷です」

 イレーヌの赤い瞳に見つめられた紅雷は、身をすくめて小さな声で名乗った。

「すみません、イレーヌ様」

 ラファルと対面した時と同じく、あまり友好的とは言えない紅雷の態度を紀更は詫びる。紅雷は人見知りをするのか、誰が相手でも初対面の相手にはほとんどこの態度だ。いつかきちんと叱るべきだろうかと、紀更は少し心苦しく思う。
 だがイレーヌは特に気分を害した様子はなく、紀更に視線を戻した。
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