ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第09話 歴解派操言士と空白の物語

4.男たち(下)

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「構いません。自分の操言士を見つけた言従士は自分の操言士しか目に入らなくなるものです。それならば自分の操言士の影に徹し、操言士と同じものをしっかりと見聞きして、操言士の望む最善のために自分がどう動けるのか、常に考えておけばいいのです」
「イレーヌ様も、言従士がいらっしゃるのですか」
「いいえ、もうおりません」
(もう……)

 たった一言だが、その一言で悟った紀更はそれ以上イレーヌの言従士について問うことはしなかった。

「待機室にミッチェルがいるはずです。自宅に帰るなら、彼に声をかけてからになさい」
「あ、はいっ」

 イレーヌはそう言い残して静かに守護部会館を出ていった。
 紀更は待機室に行こうと階段に向かったが、紅雷が付いてこないことに気が付き、振り向いた。

「紅雷?」
「紀更様、あたし、ここで待ってますね」
「そう? じゃあ、私だけ行くわね」

 紀更は紅雷の様子を訝しがりながらも背を向ける。
 一階に残った紅雷は、ぽつりと呟いた。

「影に徹して、自分の操言士の望む最善のために……」


     ◆◇◆◇◆


「それではご協力のほどよろしくお願いしますよ、ジャンピエール団長」

 そう言い残して団長執務室を出ていく操言士ジャックの後ろ姿を、ジャンピエールは苦い思いで見送った。

「第七大隊のエリック・ローズィとルーカスを呼んできてくれ」
「はい」

 室内にいた部下の騎士に指示を出す。部下は短く頷き、執務室を出ていった。
 時は少しさかのぼって昼過ぎのこと。
 幹部操言士のジャックがやって来て、操言士団から騎士団へひとつの依頼を出した。操言士王黎とその弟子である「特別な操言士」が祈聖石巡礼の旅に出るため、護衛の騎士を派遣してほしい。人選については前回と同一の騎士を希望する、という内容だ。
 騎士団団長であるジャンピエール・オフレドの最初の感想は「またか」であった。
 旅をする操言士の護衛を依頼されることは、よくある話である。しかし、「特別な操言士」の護衛依頼はこれが二度目であり、「特別な操言士」についてあまり良い印象のないジャンピエールは、できれば関わりたくないというのが本音だった。

(懸念されたとおり、特別な操言士は不吉の象徴ではないのか。特別な操言士が現れてから一年、怪魔は多くなる一方だというのに)

 怪魔に対抗できるのは操言士だけ。そう言われているが、カルーテなど下級怪魔を追い払うくらいなら、騎士の力も十分に通用する。
 しかし「特別な操言士」が現れて以降、各地で起きる戦闘ではやけに上級怪魔の存在が目立っていた。そのため、操言士の援護や攻撃が間に合わず、負傷あるいは死亡した騎士の数は日を追うごとに増え続けている。特にここ一ヶ月ほど、その増加数は顕著だ。

(それに操言士王黎……。操言士団は彼に対して、〝裏切りの操言士〟であるという疑惑を抱いていたのではないのか。だからこその先の依頼だったはず。疑いは晴れたというのか)

 特別な操言士とその師匠が小旅行で王都を出るため、護衛してほしい。操言士団がそう依頼をしてきたのは、一ヶ月半前のことだ。その時、今日と同じように依頼を持ってきた幹部操言士ジャックは言った。

――操言士王黎には裏切りの操言士かもしれないという疑いがある。護衛の騎士には、「特別な操言士」の護衛と同時に王黎の監視をお願いしたい。

 なぜその疑いがもたれているのか、ジャンピエールは理由を訊かなかった。そんな疑いのある人物を「特別な操言士」の師匠に据えておいていいのかとも思ったが、協同関係にあるコリンのことを考えて、操言士団の内部の事情には深く入れ込まないように配慮した。
 ただ、任務に就かせるエリックとルーカスには重々気を配るように言い含め、行く先々の都市部にある騎士団の総隊長に見聞きしたことを逐一報告するように命じておいた。王黎が「特別な操言士」を何かに利用するようなそぶりや、あるいは「特別な操言士」と共に国に対して反旗をひるがえすような行動。それらの予兆がないか、常に疑いの眼を持つようにと。もちろん、優先事項である「特別な操言士」の護衛も忘れずに。

(先の旅に同行したエリックとルーカスいわく、王黎に国への反逆の腹積もりはないという。二人の目を信じ、その報告を操言士団に告げたが操言士団は……いや、コリンは二人の騎士の判断だけで王黎を信じたのか? 最初から、それほど裏切りの疑いなど深くはなかったのか? それとも何か別の思惑が?)

 ジャンピエールはため息をつく。
 二週間前に開催された三公団の会議の時すでに、コリンはこのことを想定していたのだろうか。遅かれ早かれ、国王は件の二人に旅という名目の調査を命ずるだろうと。
 三公団会議の場において、国が直面している問題に対して操言士団だけに負担がかかることをコリンは許さず、騎士団と平和民団にも同様の重荷を背負わせる気でいた。そして事前に根回しをしていたのだろう、国王ライアンもコリンのその気持ちをくんだようだった。

(後天的に操言の力を宿した、過去に例のない操言士。しかし聞くところによると、いたって普通の女性だという。いっそ王都で軟禁されていればいいものを、どうしてこのご時世に国内を自由に歩かせるんだ)

 しかも、いまジャックが伝えたように、今回の旅は王命であるという。

(ライアン王は特別な操言士に何を期待している? 彼女が旅に出ることが、現状を打破することにつながるのか。だとしたらそれはなぜだ? なぜそう思うにいたった?)

 確かに、特別な操言士とその師匠王黎は怪魔の都市部襲撃に三度も立ち合い、ピラーオルドの人間と言葉も交わしたという。だが、それは単なる偶然ではないのか。

(まさか、特別な操言士と王黎が何か意図的に、怪魔やピラーオルドと関わった? 操言士王黎はやはり裏切りの操言士で、特別な操言士を利用してこの事態を招いた?)

 いや、それはこじつけがすぎる。
 エリックとルーカスは二人と共にいたが、そのようなそぶりはなかったはずだ。

(なんだ……何が起きているというのだ)

 ジャンピエールは焦燥する。
 この国に起きている異変。妙な操言士たち。
 何か大きな、自分の力の一切及ばない流れが押し寄せてきているような――。

――コンコン。

 その時、ドアがノックされる音がしてジャンピエールは思考の沼から意識を浮上させた。

「ジャンピエール団長、お連れしました」

 部下に連れられて団長執務室に入ってきた、白髪交じりの黒髪の騎士と金髪の騎士の二人はジャンピエールを正面に据えて姿勢を正す。そして右手で拳を作り、その右拳を左の鎖骨下に強く当てて礼をとった。

「第七大隊所属、二等騎士エリック・ローズィです」
「同じく、第七大隊所属、三等騎士ルーカスです」
「ああ、楽にしたまえ」

 ジャンピエールが休めの合図を出すと、エリックとルーカスは敬礼の姿勢を解いた。

「早速だが、また特務に就いてもらいたい。特別な操言士とその師匠である操言士王黎の護衛だ」
「またですか」
「また、だ」

 尋ねるエリックに、ジャンピエールはため息交じりに頷いた。

「その両名がライアン王の王命によって旅に出る。王命だと知っているのは師匠の方だけだがな。前回同行したという理由で、君たちが指名された。今度は前回以上に長い旅になるだろうが、よろしく頼む」
「ジャンピエール団長、よろしいでしょうか」

 エリックがすっと手のひらを上げて、発言の許可を求める。

「なんだね」
「今回も、前回と同様、護衛のほかに監視も任務に含まれるのでしょうか」
「いや、今回その話は出ていない」
「それでは、操言士王黎への疑いは完全に晴れた、という認識でよいのでしょうか」

 エリックの確認に、ジャンピエールは沈黙した。
 疑いが晴れたとは、操言士団から正確には聞いていない。だが、先ほどこの部屋を訪れたジャックは何も言っていなかった。

「君たちの見解はどうだ?」
「王都に帰還した際にご報告させていただいたとおりです。確かに、操言士王黎には特別な操言士、紀更殿との関わりを通して何か成し遂げたいことがあるように見受けられます。本人いわく、紀更殿が背負わされた〝特別〟の正体を知りたいと」
「王黎殿の弁は、いわゆる歴解派操言士のそれに似ていると思います。知らないことを知りたい、これまでに例のない事象があるなら、それがどういうことなのか解き明かしたい。そのような純粋な好奇心にも思えるのです」

 エリックに続き、ルーカスも見解を述べる。

「解き明かしたその先はどうする? 国を揺るがすのか?」
「そこまではわかりません。ただ、王黎殿は自分自身のために動いている。とても個人的な何かのために……そういう気配を感じます。国を裏切るとか国を揺るがすとか、そういった野望があるようには感じません」

 エリックは正直に、自分の目で見てきた王黎という男について語った。
 何か企みを、人には決して見せない狙いを持っている。それは確かだが、王黎のその企み――いや、望みはきっと個人的、かつ精神的なものだ。操言士団や国をどうにかしたい、というような稚拙な宿望ではない気がする。
 二人の話を聞いたジャンピエールは、エリックとルーカスに背を向けた。執務室の窓から外を見れば、白い雲が青空を気持ちよさそうに泳いでいる。

「任務内容は操言士の護衛、それだけだ。それ以外のことは現場にいる君たちの判断に任せる。もしも操言士王黎が裏切りの操言士であるという確証を得たのなら、すぐに知らせてくれればいい。そうでないのなら、二人の操言士を守ることに専念してほしい。怪魔の多発、ピラーオルド、操言士誘拐……これだけの不安要素がある中で、二人の操言士たちはそれら諸問題の調査をせねばならない。国の命運を握っていると言っても過言ではない二人を、何が起きても守ること。それが君たちの任務だ。それともうひとつ、もしも例の操言士を見つけたらも遂行すること。頼んだぞ」
「了解」
「了解」

 エリックが先に、少し遅れてルーカスが返事をする。
 ジャンピエールは二人が退室する足音と閉まるドアの音を背中で聞き届けた。


     ◆◇◆◇◆
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