ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第11話 無声の操言士と二人の動揺

3.図書室(中)

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(操言士だったと思われるロゴイエマレスさん……それに、操言士の鳳山さん)

 国中を歩き、人々と話をし、後世に多くの言葉を遺した操言士たち。
 彼らの言葉が紀更に集まってくる。その言葉をつなげて結んで、あるいは紐解いて。その先にいったい何が見えてくるのだろう。自分もいま、何かの物語の中にいるだろうか。自分だけの物語をしっかりと歩めているだろうか。
 紀更は、ムクトルから「歴史そのものだ」と言われた意味が少しだけわかった気がした。
 それからも、紀更はエレノアが紹介してくれる本に目を通し続けた。『ビルギッタ女史の言い伝え』以外にも初代操言士について書かれた本や手紙の写しがあったが、両手で数え切れる程度だった。ムクトルの言うとおり、初代操言士に関する資料は本当に少ないようだ。名前すらもどこにも出てこない。
 一方で、初代オリジーア王レバに関する資料はそれなりに多くあった。それらによると、初代オリジーア王のレバは温厚で知的で、王となってオリジーアを建国する前から周囲の人々に慕われていたらしい。レバ王自身の家族については詳しく書かれていなかったが、息子で二代目のザーライ王にとっても良き父親であったようだ。建国後まもなく国の中で争いが起きた時も、仲間と共に先陣を切って戦い、国を守ったという。何人かの人物の回顧録をまとめた書物によると、レバ王の死に涙しない国民はいなかったそうだ。

(少しだけ見えた気がする……)

 遠い昔。建国当時、国の黎明期。その時を生きていた人々。自分たちの祖先。
 エレノアが資料について解説、補足もしてくれるので、一人でただ文字を追うよりもずっとわかりやすく、言葉がイメージとなって頭の中に残る。
 そうして時間はあっという間に過ぎて、西の空に太陽が沈む時間になった。

「王黎さん、タクト支部長が言っていたお話ですが、どうですか、食事をしながら」
「エレノアさんもせっかちですねえ」
「目の前にいる時につかまえておかないと、あなたはふらっと消えてしまうでしょう」
「否定できませんね」
「どうぞ、皆さんをカルディッシュ城へお招きしますわ」

 エレノアがそう誘うと、王黎は首を横に振った。

「いえ、護衛の騎士一人だけでお願いします」
「あら、王黎さんがそうおっしゃるなら構いませんけれど」

 エレノアは残念そうな表情をする。
 王黎は読書スペースに座っていたエリックに声をかけた。

「エリックさん、僕と一緒に城主のお宅にお呼ばれしてくれませんか」
「護衛が任務だからな。断る理由はない。だが紀更殿はどうするんだ」

 少し離れたところで紅雷とルーカスと談笑している紀更を、エリックは一瞥した。

「紀更たち四人は城下町の方で夕飯にして、先に休んでもらいましょう。ユルゲンくんとルーカスくんがいれば、護衛は大丈夫でしょうから」
「わかった」

 エリックの了承がとれたので、王黎は紀更たちに別々に夕食をとることを伝え、先に宿に戻るようにと言いつけた。
 図書室を出た王黎、エリック、エレノアはカルディッシュ城城主の居住スペースへ向かい、紀更たち四人は城下町へ下りて、王黎に教えてもらった食事処を目指すことにした。


     ◆◇◆◇◆


――王都ベラックスディーオ。
 操言士団本部本館の二階にある大会議室に、幹部操言士の一部とラファル、ミッチェル、最美がそろっていた。
 議長席に座るコリンは王黎からの手紙を読み、その内容をまず幹部操言士に共有する。幹部操言士たちがひととおり動揺したあと、コリンは静かに言った。

「この謎の円盤の調査隊を立ち上げます。明朝、弐の鐘とともに調査隊は出発、言従士最美の案内で速やかに現地に赴き、円盤を調査。可能なら持ち帰りなさい」
「コリン団長、得体の知れないものを王都に持ち帰るのは危険です。カルディッシュかポーレンヌがよろしいかと」

 幹部操言士の清彦が右手を挙げ、コリンに意見する。
 操言士団民間部を統括する清彦は、生活器作りを得意とする操言士だ。自身で様々な生活器を作ってきた経験から、「謎の円盤」の取り扱いに慎重さを求めた。

「それと、ゼルヴァイスにいる職人操言士を何名か呼んでください。現地から持ち帰るだけなら王都にいる民間部の操言士で対応できるかもしれませんが、それがいったい何なのか、解明するならゼルヴァイスの職人操言士が適切かと」
「いいでしょう。人選に心当たりは?」
「あります。任せてもらえれば手配します」
「わかりました。では、職人操言士の手配は清彦に一任します。そのうえで、清彦を調査隊の責任者に命じます。調査隊は円盤をポーレンヌに持ち帰りなさい。カルディッシュよりは、王都とゼルヴァイスに近いポーレンヌの方がいいでしょう。ヘスス、ポーレンヌ操言支部に連絡し、受け入れ態勢を作らせなさい」
「はい、コリン団長」

 濃い口髭のヘススは頷く。

「円盤の仕組みの解明は、職人操言士だけでよろしいですか」

 コリンが幹部操言士たちに意見を求める。すると幹部操言士玲白リンパイが手を挙げた。

「カルディッシュの操言士をポーレンヌに派遣するとよいかと思います。彼らなら、柔軟に様々な言葉を出してくれる。その円盤が作られた過程で使われた言葉を、推測できるかもしれません」
「では、人選と手配は玲白に任せます。ほかに、気になることは?」
「コリン団長、よろしいですか」

 ラファルがおずおずと手を挙げる。
 幹部操言士の中にはラファルよりも年若い者がいるが、役職だけなら四部会の部長のラファルよりも幹部操言士の方が上である。自然と、意見するのに一歩引いた態度になってしまう。

「なんですか」
「その円盤がピラーオルドのものだとすると、彼らが奪い返しに来る恐れがあります。調査隊にも円盤を受け入れるポーレンヌにも、騎士およびタイプⅢの操言ブローチを持つ操言士を護衛としてつけてください」
「四部会を問わず戦闘を得意とする者を、ということですね。もちろんそうしましょう。ジャック、騎士団への依頼と調整を任せます。ロジャーとマティアスは、それぞれ国内部部長ダミアン、守護部部長ラファルと連携して、クラスⅢの操言士の選出、および勤務管理をなさい」
「了解」
「わかりました」

 幹部操言士マティアスとロジャーが頷く。

「操言士王黎がもたらしたこの情報は、ピラーオルドの正体を明かす大きな手掛かりです。慎重に、しかし確実に、事に当たるように。王家への報告はもちろん、必要ならば騎士団への情報共有も行うこと。ただし、平和民団の方々を不安にさせることはしてはいけません。そこには重々気を付けること。以上です」

 コリンがそう締めくくると、重苦しい大会議室の中の緊張はゆるみ、呼吸がしやすくなった。


     ◆◇◆◇◆


「王都の操言士団は、今頃どうしているでしょうか」

 食事処でテーブルを囲んでいた紀更はぽつりと呟いた。夕食はほぼ終わり、紀更、ルーカス、ユルゲン、紅雷の四人は食後の休憩をしているところだった。

「早ければ明日にでも、円盤を回収しに行くんじゃないでしょうか」
「馬をすんごく速く走らせれば、半日で着けるぐらいの場所でしたよ」

 ルーカスの予想を肯定するように、紅雷が付け足す。
 最美と紅雷が見つけた、ライオスが逃走に使ったと思われる謎の円形の鋳物。その存在は朝一で王都に飛び立った最美によって、王都の操言士団に伝わったはずだ。ピラーオルドの手掛かりとなるそれを団長のコリンがどう扱うのか、紀更は気になった。

「円盤よりもライオスが気になるな。傷は負わせたが深手じゃない。すぐに動けるだろう。おまけにあいつはメヒュラだった。ミズイヌの紅雷ほどじゃないだろうが鼻が利く。本気で王黎を狙うなら、王黎の臭いを嗅ぎつけてまた襲ってきそうだ」

 ユルゲンが低い声で淡々と指摘すると紀更はライオスの脅威にすくんでしまい、言葉が出なかった。

「そうですね」

 ルーカスだけが小声でユルゲンに相槌を打つ。

「戦い方を考えておいた方がいいかもな」

 ユルゲンはそう言うと、真面目な表情で果実水を飲んだ。

「ユルゲンさん、それはどうしてですか」

 紀更は首をかしげた。

「怪魔相手にも、パーティ全員の立ち位置と役割を決めただろう?」
「前衛にルーカスさんと紅雷、中衛に私たち、後衛にエリックさん……ですか」
「そうだ。で、その立ち位置と役割で何度か怪魔と戦闘をした。つまり対怪魔戦のパーティ練度は多少上がった。慣れて連携がとりやすくなったわけだ。けどピラーオルド相手、つまり人間相手、それも操言士相手の戦い方は少し勝手が違う。実際やってみてわかっただろ」

 紀更は昨日の昼の、ライオスとの戦闘を思い出す。ライオスに先手をとられ、しかも王黎を人質にとられてからの戦闘。確かに、怪魔を相手にするのとは勝手が違った。
 ライオスは言従士かもしれないが、操言の力を使う。馬龍とローベルは確実に操言士だから、ピラーオルドを相手にするということは操言士を相手に戦うということだ。

「人が相手の戦い……」
「濁す意味がないからはっきり言うが、一番の課題は誰が相手の息の根を止めるか、ってことだな」
「息の根……」
「自分たちの誰がピラーオルドの人間を殺すのか、ということですね」

 ユルゲンの言葉を言い直したルーカスの声に紀更ははっとした。

「怪魔を斃す、つまり殺すということはパーティ全員が抵抗なくできる。怪魔は普通の生き物じゃないから、殺すって感覚じゃないしな。でもおそらく俺たちは、これからは人間も相手にしなけりゃならない。もしもピラーオルドとやらの正体を突き止めたいなら、ピラーオルドの人間は殺さず生け捕りが最適解だ。けど相手を殺さないとこちらが殺される場面も出てくるだろう」
「そんなっ」

 紀更が取り乱して表情をゆがませる。しかしユルゲンは容赦なく続けた。
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