ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第11話 無声の操言士と二人の動揺

4.来襲(上)

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「まあ、面白い。初代操言士の娘ザンドラが建国したフォスニア、魂だけの存在の操言士さん、この世界の創世神よりも古い始海の塔。誰が何のために建てたのかしら。どうして塔は紀更さんを呼んだのかしら。港町ウダからいなくなった船は、塔へ戻ったのかしら」

 カルディッシュ城の城主はイグナシオ・ノヴァークといい、その息子であるペーター・ノヴァークは操言士エレノアの夫だった。
 カルディッシュ城城主というより、ペーターとエレノア夫妻に招かれるような形で夕飯を一緒にとることになった王黎とエリックは、始海の塔で見聞きしたことをひととおりエレノアに話して聞かせた。長く話していたおかげで、テーブルの上の王黎の食事はなかなか減っていない。

「始海の塔はピースを大量にくれただけ、という感じでした。それらはまだ、当てはめたりつなげたりすることができておらず、答えという一枚の絵は見えません」
「ピース……知識の断片、というわけですね。始海の塔で見聞きしたことをほかの事象とつなげて何かを見つけろ……まるでそう誘導されたようですね」

 未知のものがあると楽しくて仕方がない。わからなければわからないほど、知った時の喜びと満足感がたまらない。知的好奇心が旺盛で探求熱心なエレノアは、王黎の話に終始笑顔だった。隣で黙々と食事を進めている夫のペーターは、そんな妻の様子をほほ笑ましく見守っている。

「初代操言士の娘がフォスニアの初代女王様であるという事実は興味深いですね」
「エレノアさん、何か気付いたことはありますか」

 自分たちではまだ気付いていないことにエレノアなら気付くかもしれない。そう期待を込めて王黎は尋ねる。するとエレノアは流暢に答えた。

「オリジーアに初代操言士の資料が残っていない理由……推測ですけれど、これはもしかしたら、初代操言士自身の意図によるものかもしれません」
「なぜそう思うのでしょうか」
「私はこれまで、誰か別の人物の思惑によって初代操言士に関する情報が抹消されたのだと考えていました。初代操言士の存在がオリジーアの未来にとって不都合だったのでは、と。ですが、初代操言士の娘が建国したフォスニアにも初代操言士の情報が伝わっていない。情報を抹消した人物がいたとして、オリジーアだけでなくフォスニアにも初代操言士の痕跡を残さない理由が考えられません。むしろ初代操言士自身が意図した……つまり、自分の国のオリジーアにも、そして自分の娘が作った国のフォスニアにも、自分自身のことを伝えないようにした。そう考えた方が自然な気がします」
「そうすると、なぜ初代操言士が自分のことを後世に伝えようとしなかったのか、その意図や背景が謎ですね」

 エレノアの推測に、王黎はどちらかというと肯定的だった。しかしそうすると、ますます初代操言士に関する謎が深まっていく。

「それと、怪魔のお話もたいへん興味深いですね。魂を作ったり肉の器に入れたりするのは神様の仕事で、怪魔というのはその理とは違う存在……。もしかしたら逆なのかもしれません」
「逆?」
「普通の生物は、肉の器に魂が入るのですよね? 逆に、魂に肉の器が入ったのでは?」

 エレノアは饒舌に語った。

「与えられた複数のピース、つまり得ている情報から考えられる事象と実際の姿が違う。そのような場合に考えるべきは、情報に過不足があるのではないか、ではなく、〝情報のつなげ方が違うのでは〟です」
「なるほど。身体が魂に入るという、逆の発想をするということですね」

 エレノアの柔軟な考え方に王黎は感心した。情報のつなげ方を変えてみるという視点は、これまであまり実践しなかったものだ。

「怪魔は肉の器に魂が入った生物ではなく、魂に肉の器が入った生物。つまり、怪魔の外側は魂そのもの。だから魂に干渉できる〝操言の力〟の攻撃が有効である……どうでしょう、理屈は通じると思いませんか」
「ええ。実際問題、魂の中に入っている肉の器がどうなっているのかまったく想像ができませんが、そういう考えが適切な気がします」
「王黎さん、私、ほかにも気になることがありますの」

 新しい知識を得て楽しくてたまらないという笑顔のエレノアは、ワインの入ったグラスをテーブルに置いた。

「神様の力って、いくつあるんでしょうね」
「いくつ?」
「神様が人々に力を与えたという伝承は、表現する言葉を変えながらもずっと伝わってきています。奇しくも、真史にも偽史にも。そしてオリジーアだけでなく、フォスニアにもその伝承があった。では、神様が人々に与えた力はいくつあったのでしょう? 神様の力は無限? それとも有限? 人々に力を与えたら、神様自身の力はなくならないのでしょうか。もらった力は、みな同じなのでしょうか。それとも、できることが違うのでしょうか。現にオリジーア王家は神様から頂いた力を代々継承していますが、歴代のオリジーア王は誰一人操言士ではありません。王家が持つ神様の力は操言の力ではないのでしょうか。神様のその力に、色や形、大きさの違いはあるのでしょうか」
「それは……考えたこともありませんでした」
「思うに」

 エレノアの饒舌は止まらない。

「光の神様カオディリヒス、そして闇の神様ヤオディミス。この世界を創った神様として伝わっていますが、私たちはどこかで、〝神様は万能でなんでもできる〟と思っていないでしょうか。実は神様は、意外と万能ではないのかもしれません。その証拠に、魂を作ることと肉の器に入れること。そのふたつの仕事を役割分担しているんですよね。これはつまり、カオディリヒスは魂を作れないし、ヤオディミスは魂を肉の器に入れることができない。だからお互いに、それぞれができることをして補い合っていると考えられませんか」
「面白い発想ですね。なるほど、神様は意外と万能じゃない、か」
「始海の塔の存在も、その裏付けです。始海の塔がこの世界よりも先に存在していたのが本当で、その塔を作った存在がカオディリヒスとヤオディミスよりも上位の存在なら、神様万能説はますます信じることが難しくなる。カオディリヒスとヤオディミスは万能ではなくその力も無限ではないとすれば、人々に力を与えるにしても限りがあるはずです。そしてカオディリヒスとヤオディミスが争ったという言い伝え。その争いの原因は、もしかしたら有限の力を人に与えすぎてしまったことにあるのでは?」
「うーん……なんだか、神様という存在がどんどん人間っぽくなってきますね」

 王黎は苦笑した。

「今でこそ神様を見たことのある人は誰もいませんが、建国前、レバ王や初代操言士が生きていた頃、人と神様の距離は近かったのでしょう。意外と人間臭い神様だったのかもしれませんよ。人間のように感情があって、落ち込んだり悩んだりして。人に力を与えたのも高尚な理由ではなくて、意外と単純な気持ちが理由だったのかもしれません」
「エレノアさん、そう考えた方が楽しいからそう考えていませんか」
「うふふ、否定はしません。神様だから人と違うはず、なんてもったいない線引きを、私は極力したくないと思っているのですから」
「君は楽しそうな方向にばかり考えが傾く。良いところでもあるけれど、それが原因で真実から遠ざかってしまう可能性もあるのだから気を付けないともったいないよ、エレノア」

 夫のペーターがエレノアをたしなめた。カルディッシュ城の城主の息子だけあって、ペーターもエレノアと同じくらいに考えることや書物が好きで、博識だ。

「あらあなた、私は真実に近付いていないかもしれないけど、遠ざかってもいないわ。私はそう考えて、王黎さんはまた別の考えをするの。そうやってたくさんの思考が重なって混ざり合って姿が変わって、いつかきっと真実がわかる日が来るわ」
「エレノアさん、カルディッシュの操言士たちは最近何か新しい発見をしましたか。次は僕が、新しいことを教えてほしいのですが」
「そうねえ。ではとっておきのお話をお教えしましょう。王黎さん、あなた自身に関わるとても重要なことです」

 その後もエレノアと王黎の情報交換は盛り上がった。エレノアが教えてくれた、最近判明したという王黎の家系に関する事実には、さすがの王黎も言葉を失うほどたいそう驚き、そして同時に感慨深くなった。
 王黎の知識の源泉を垣間見たエリックは口を挟まず黙々と付き合い続け、しっかりと王黎を宿まで送り届けて護衛の役割をまっとうした。


     ◆◇◆◇◆


「やぁ~っと合流できた! まったく、人を呼んでおいて自分はどこにいたのよ!」
「うるっせぇな」

 その夜、ラテラスト平野北部に広がる迷わせの森の中で、アンジャリはライオスと落ち合った。

「けがしたんでしょ。どうなのよ、治ったの」
「問題ない」

 ユルゲンに斬られたライオスの左腕前腕には、大きな刀傷が生々しく残っている。傷を覆う真新しい皮膚はまだやわく、激しく動かしたらすぐに傷口が開いてしまいそうだ。

「エイルーに闇の子はいなかったわよ。どこに行ったのかわかるの?」
「カルディッシュ城だ。かすかに臭ってくる」
「エイルーにいてくれた方がよかったわね。狭いし、操言士も少ないし」
「関係ねぇ。闇の子だけを攫えばいい話だ」
「馬鹿ね、闇の子は一人じゃないんでしょ。偵察して、相手の人数を把握しなきゃ。もしかしたらカルディッシュで仲間の数を増やしているかもしれないんだから」
「チッ……まどろっこしい」
「あんたね、そういう事前準備なしに突撃するから逃げられるし、追跡されるのよ」
――事前に退路を確保すべきだったか。捕らえることしか考えてなかったぜ。

 つい最近、そんな後悔をしたばかりのライオスはさすがに口ごもった。

「とはいえ、サナール湖の移送盤は王都の操言士たちに知られてしまっただろうし、そうなるとサーディアに戻る道がない。最悪は徒歩か馬で移動しないといけないわ。じっくり策を練りたいところだけど、王都から応援が来ても困るし、明日の昼間に最低限の偵察をして、夜にカルディッシュを襲うわよ」
「わかった」

 ライオスは頷いてはみたものの、本当は考えなしに突撃したい。せっかく見つけたが逃した闇の子をとっ捕まえて、自分に傷を負わせたあの黒髪の傭兵に仕返しをしたい。
 だがアンジャリの言うとおり、退路に使う移送盤が王都の操言士団にバレたかもしれないので、いつも通りにはいかない。そうなると何かしらの手を打ったうえで行動に出なければ、同じことの繰り返しだ。
 考えることが苦手なライオスは偵察も作戦もアンジャリに一任して、引き続き傷を回復すべく迷わせの森の中で休養した。


     ◆◇◆◇◆
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