ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第12話 幼き操言士と解かれた波動

3.ンディフ墓地(上)

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 日が暮れて共同営舎に戻った紀更、紅雷、ルーカスの三人は、共同営舎前に人だかりができているのを見つけた。近付いてみると、そこには王黎、エリック、ユルゲンの三人のほかに、操言士エレノアたちの一行がそろっていた。

「エレノアさん!? もう着いたんですか!?」

 紀更は驚き、思わず大きな声を出す。すると王黎たちが紀更の方へ振り向いた。

「ああ、お帰り」
「お疲れ様です、紀更さん」
「あ、はい、お疲れ様です。あの、でも、エレノアさんたち、早くないですか」

 紀更たちはわりと急ぎ足でキフェラ集落まで移動してきた。怪魔との戦闘が少なくスムーズに前進できていたため、遅れて出発したエレノアたちはもう少しうしろの方にいるだろうと思っていたのだ。

「おじいちゃんを早く眠らせてあげたくて。それに道中で怪魔がまったく出現しませんでしたから、足を止められることもなかったんです」

 どうやらエレノアたちも、対怪魔戦をほとんどすることなく順調にここまで来られたようだ。
 エレノアは、カルディッシュで別れた時よりも少しだけすっきりとした顔付きだった。祖父であるムクトルを亡くした悲しみが、ムクトルの遺言を果たすという使命感で少しだけまぎれたのかもしれない。

「コルスカとモンタ漁村の祈聖石を保守しようと思ったのですが、その必要もまったくなく、予想以上に早く来られました。あの祈聖石の保守は王黎さんが行ったのかしら」

 エレノアが尋ねると、王黎はにっこりと笑って首を横に振った。

「いいえ、エレノアさん。それらの祈聖石には紀更が加護を施したんですよ」
「ええっ!?」

 エレノアと、そしてエレノアと共に来たカルディッシュの男性操言士は驚愕した。二人とも大きく目を見開き、まじまじと紀更を見つめる。

「あれを紀更さんが!?」
「すごい守りでしょう。たぶん、道中に怪魔が出現しなかったのも祈聖石のおかげじゃないでしょうか」

 オリジーア国内の都市部をつなぐ主な国道や街道には、道中に怪魔避けのための祈聖石が置かれている。祈聖石の守りの範囲にあるからこそ、商人や旅人たちが道中を安心して歩けるのだ。
 紀更が祈りを込めたのは、都市部の中にある祈聖石だ。本来なら都市部を守る程度の範囲にしか加護が効かないが、紀更が自分の持つ操言の力をフルに発揮して守りの祈りを込めた祈聖石は、コルスカとモンタ漁村だけでなくそれらの都市部をつなぐ道中にも絶大な効果を発揮したのだろう。

「すごい……すごいですね、紀更さん。国中のすべての祈聖石があんな風に強く守りの効果を発揮してくれたら、きっとオリジーアから怪魔はいなくなるかもしれません。紀更さんなら、怪魔のいないオリジーアを実現できるかもしれませんね」

 エレノアは紀更を称賛した。心底感心した風にあまりにも大仰に褒めるものだから、褒められ慣れていない紀更は恐縮した。

「いえ、そんな」
「エレノアさん、今夜は共同営舎に宿泊ですか」
「はい。明日の朝一で、ンディフ墓地へ行きます」
「そうですか。じゃあ、僕らもご一緒します。いいでしょうか」

 王黎がエレノアにそう申し出ると、エリックとユルゲンの二人は横目でエレノアの反応をうかがった。

「ええ、構いません。王黎さんたちに見送られたら、おじいちゃんもきっと喜びます」
「ありがとうございます」

 王黎が人当たりの良い顔で笑う。
 それからエレノアたちは、共同営舎の自分たちの一室に入っていった。

「わたしたちが一緒で大丈夫か」
「ンディフ墓地でピラーオルドが襲ってくるんじゃねぇのか」

 共同営舎の入り口に残ったエリックとユルゲンが、同時に王黎へと問いかける。その表情がとても険しかったので、紀更と紅雷は三人の会話を黙って見守った。

「大丈夫……だと思う」

 エレノアたちの一行がいなくなったことで、王黎は笑顔を崩した。
 ンディフ墓地でピラーオルドを迎え撃つ可能性。そして、そこにエレノアたち一行の力を貸してもらう可能性。どちらも可能性であって、そうなることを心から期待したわけではない。しかしエレノアたちは予想以上に早く、ここへ来てしまった。もしもピラーオルドが襲ってきたら、確実にエレノアたちを巻き込むだろう。
 王黎は少し考えてからさらに詳しく答えた。

「僕がピラーオルドなら、襲うのは夜にします。彼らは怪魔を使役します。怪魔は祈聖石と日光が苦手ですから、襲撃するなら夜間、少なくとも日暮れ以降の時間帯を選ぶはず」
「ラフーアとポーレンヌ、カルディッシュはそうだったが水の村レイトは違っただろう?」

 エリックが疑問を投げかけると、王黎は少し首をひねった。

「うーん、そうですねえ。確かに、レイトにキヴィネが現れたのは昼間でしたが」
「怪魔を戦力とするなら夜に襲撃する確率の方が高いのは確かだがな」

 エリックと同じく、多少訝しがりながらもユルゲンは言った。

「カルディッシュの襲撃の夜から今日で三日だ。ピラーオルドの仲間がそろい始めているかもしれん」
「そうだね。今夜は特に警戒をしておこう。ああ、でもその前に」

 王黎は少し離れた位置でこちらを見守っていた紀更に声をかけた。

「紀更、キフェラ集落の祈聖石に祈りを込めておこう。とびきりを頼むよ」
「は、はいっ! 頑張ります!」
「護衛の皆さんも一緒にいいですか」

 王黎がそう言うと、一行はキフェラ集落を守る祈聖石を巡った。紀更は、風の村コルスカやモンタ漁村の祈聖石と同じくらい強く、深く、このキフェラ集落を守る祈聖石に祈りを込めた。

(どうか、ヤコブさんやトニーさん、サヤちゃんやジムくん、潤くんが怪魔に怯えることなく安全に、安らかに、夜を過ごせますように。光あふれる平穏が、いつでも続きますように)

 その夜、エリックとルーカス、ユルゲンの三人が交代で寝ずの番をしたがピラーオルドの襲撃はなく、静かに夜は明けた。


     ◆◇◆◇◆


「ねえ、夜まで待たなくていいの?」

 ンディフ半島のちょうど中央、東西にそびえるトゥンルーア山脈。その麓に広がるルーア山林の中を移動しながらアンジャリは馬龍に問うた。雲の切れ間からのぞく陽光は、木々の葉に阻まれてうっすらとしか差し込まない。

「準備ができ次第、すぐに決行する。これまでの経験から、やつらは夜の時間帯を警戒するだろう」
「でも、それじゃ怪魔が」
「我らが怪魔を加護すればいい。所詮、怪魔は捨て石だ」

 馬龍は淡々と言いきった。

「闇の子の周りにいる護衛の動きを少しでもにぶくできれば、それで問題ない」
「そうすれば、あなたが闇の子を捕縛できるのね?」
「さあ、どうだろうな」

 アンジャリに問われると、馬龍は曖昧に濁した。
 闇の子――王黎はかなり強い操言士だ。ライオスの力技はかわされてしまうだろうし、かといってアンジャリでも彼の技巧にはわずかに劣る。彼と互角かそれ以上の勝負ができるのは、このメンバーの中では自分しかいないだろう。

「ちょっと! そこは自信があるって言ってよね!」
「慢心していないだけだ」

 ヒステリックな声を上げるアンジャリに、馬龍は冷静に返した。
 やっと見つけた闇の子を逃さずに捕らえる。確実にその目的を実行するために、馬龍は決して王黎を過小評価しない。

「おい、馬龍! ンディフ墓地の遠くから匂いがするぞ」

 その時、先頭を歩いていたライオスが大声を出した。馬龍は足を止め、仲間に指示する。

「ここらに退路の目印を付けておけ。闇の子の意識を奪い次第、すぐに撤退する。いつまでも多勢を相手にするつもりはないからな」

 馬龍が言うと、各々操言の力を使った。自分を中心とした足元に、半径一メイほどにうっすらと輝く半透明の円を光らせる。そしてその円に向けて一瞬で飛び込んで来られるようにイメージを描くと、その効力が発揮されるためのトリガーとなる言葉を設定した。こうしておけば、撤退を決めた瞬間にトリガーとなる言葉を紡いで操言の力を使うだけで、この円へと瞬時に移動することができる。
 それはかなり高度な操言の力の使い方だったが、闇神様の恩恵を受けている馬龍、アンジャリ、ライオスの三人にはそれほど困難な技ではなかった。ただ一人、ローベルだけは容易にその半透明の円の効果を作れず、馬龍が手助けをした。

「ライオス、お前は黒髪の傭兵を相手にしろ」
「お? いいのか、まどろっこしい作戦とやらに協力しなくて」
「物理的な戦闘力では黒髪が一番手強いだろう。黒髪の手を封じるだけでも十分だ」
「ヘッ、なに寝ぼけたことを言ってやがる。十分じゃねぇよ。アイツはぶん殴ってたたきのめす!」
「ちょっと馬龍、それで本当にいいの!?」

 アンジャリは眉間に皺を寄せて馬龍に詰め寄った。
 馬龍とローベルが合流してこちらは四人になった。だが、それでも数だけを見ればこちらが少ない。怪魔を呼べたとしても、戦力に余裕があるとは言いがたい。一人で二人以上を相手にするくらいの配分でなければ厳しいだろうにライオスにサシの勝負を許すとは、敗因になりかねないのではないだろうか。

「構わん。ライオスが思う存分暴れれば、それを相手にするために小娘の操言士もそちらに注力するだろう」
「でも、操言士は闇の子がまだいるわ」
「ああ、もしも小娘が戦闘を処理しきれなければ、闇の子は必ず支援に入る。気がそぞろになったところで一気にいく」
「わかったわよ」

 操言士としての実力は、アンジャリよりも馬龍の方が数段上だ。頃の操言士馬龍をアンジャリは知らないが、きっと今の闇の子と同じように周りから一目置かれる操言士だったのだろう。闇神様も馬龍のことはとても信頼しているし、その馬龍がいいと言うのなら信じるしかない。

「あなたに攻撃がいかないように、全力で囮になってあげる」

 闇の子を捕縛すれば、闇神様の力は完成する。不条理で残酷なこの世界を壊して、闇神様という新しい世界の柱を戴く、ピラーオルドの悲願達成につながる。そのためだけに正しい理から外れて生き続けてきたが、もうすぐ願いは叶う。そうすれば――。

(――あたしたちの長い苦しみも終わる……解放の時が来る)

 闇の神様ヤオディミスの四分力しぶんりきをその魂に宿す唯一無二の存在――闇の子はなんとしても捕まえる。アンジャリたちはンディフ墓地を目指して移動を再開した。


     ◆◇◆◇◆
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