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てんしちゃんの追憶
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甘天界 第一記録書庫。
甘い白砂糖の照明が、淡雪のような光を纏って静かに降り注いでいた。てんしちゃんはバニラ色のデスクにそっと腰掛け、ぶあつい書物を開く。その表紙には厳しい筆致で、堕天使録と記されている。
天界からの離反者、あるいは罪によって力を奪われた者、そして二度と戻らない者たちの名が並ぶ。
ページをめくるたび、甘天界には似つかわしくない冷えた風が
胸を掠めた。
脱走天使の項で、てんしちゃんの指がふと止まる。彼女は一つの名を指でそっとなぞる。
シュガリータ・エルマカロニア
罪状:闇なゆ情報への不正干渉及び流出、天界からの離反。
ページの文字は確かに罪の記録。だが、てんしちゃんの胸に浮かんだのは共に過ごした楽しかった日々。
隣で微笑んでくれた、彼女の面影を忘れたことはない。
てんしちゃんは物憂げに目を閉じ、過去を呼び覚ますように胸に手を当てた。
「シュガリー……」
数年前――てんしちゃんがなゆ国に降りる前の甘天界。
白と蜜色の甘衣に身を包み、可憐な花飾りをつけ、光輪を揺らす二人の少女――てんしちゃんとシュガリーがいた。二人はどんなときも一緒に過ごし、笑いあう親友だった。
「シュガリー、見てください! 白蜜花がこんなに咲いてますよ! 少しもらっちゃいましょう!」
真っ白な花が一面に咲き誇る花原の上、満面の笑みを浮かべて飛ぶてんしちゃんは静かに降り立つとそっと一つを手に取った。
「はしたないと言われますが、こうやって食べちゃうのが一番美味しいのです。ほら、シュガリーも!」
花に口をつけてそっと蜜を吸ったてんしちゃんは、後ろで微笑みながら見守っていたシュガリーの口元に近づけた。彼女は戸惑いながらも口をつける。
「……ん、ほんとだ。美味しいね、セレフィ」
花から口を離したシュガリーは、てんしちゃんの顔を見つめて控えめに手招きする。首を傾げ、ふわふわと近づくてんしちゃん。
「シュガリー、どうしたのですか?」
その口元についていた白蜜を指ですくうと自らの口に運んだ。
てんしちゃんはその光景を見て、顔を赤くする。
「……言ってくれれば拭きましたのに。なんていうか、恥ずかしいですよぅ」
「ふふ、でも嫌じゃないんでしょ?」
「もう……シュガリーは意地悪です!」
てんしちゃんは白い頬を膨らませるも、その目は幸せそうにシュガリーを見つめている。
「ねえ、私たちいつか一緒に人間界に降りてたくさんの人をお手伝いしましょうね」
「……うん、もちろんだよセレフィ。君と一緒にそうやって過ごせたら、私はうれしい」
「約束です! いつまでも一緒に頑張りましょう」
柔らかい花原に背中を預けた二人の少女の楽しげな声が重なって、空気を甘く満たしていた。
その先を、思い出す気にはなれない。
目を開けたてんしちゃんは甘やかな光の中、涙を流していた。胸がきゅうと痛む。
「あなたがなぜ離反なんて……」
誰よりも穏やかで、誰よりも優しかった天使だったはずの彼女が。
どうして闇なゆに触れてしまったのか、どうして離反なんて道を選んだのか――。
「会いたい、会ってあなたの口から聞きたいですよ、シュガリー……」
てんしちゃんは記録のどこにも書かれていない“本当の理由”を知りたいと願うようにそっとページを閉じた。
甘い白砂糖の照明が、淡雪のような光を纏って静かに降り注いでいた。てんしちゃんはバニラ色のデスクにそっと腰掛け、ぶあつい書物を開く。その表紙には厳しい筆致で、堕天使録と記されている。
天界からの離反者、あるいは罪によって力を奪われた者、そして二度と戻らない者たちの名が並ぶ。
ページをめくるたび、甘天界には似つかわしくない冷えた風が
胸を掠めた。
脱走天使の項で、てんしちゃんの指がふと止まる。彼女は一つの名を指でそっとなぞる。
シュガリータ・エルマカロニア
罪状:闇なゆ情報への不正干渉及び流出、天界からの離反。
ページの文字は確かに罪の記録。だが、てんしちゃんの胸に浮かんだのは共に過ごした楽しかった日々。
隣で微笑んでくれた、彼女の面影を忘れたことはない。
てんしちゃんは物憂げに目を閉じ、過去を呼び覚ますように胸に手を当てた。
「シュガリー……」
数年前――てんしちゃんがなゆ国に降りる前の甘天界。
白と蜜色の甘衣に身を包み、可憐な花飾りをつけ、光輪を揺らす二人の少女――てんしちゃんとシュガリーがいた。二人はどんなときも一緒に過ごし、笑いあう親友だった。
「シュガリー、見てください! 白蜜花がこんなに咲いてますよ! 少しもらっちゃいましょう!」
真っ白な花が一面に咲き誇る花原の上、満面の笑みを浮かべて飛ぶてんしちゃんは静かに降り立つとそっと一つを手に取った。
「はしたないと言われますが、こうやって食べちゃうのが一番美味しいのです。ほら、シュガリーも!」
花に口をつけてそっと蜜を吸ったてんしちゃんは、後ろで微笑みながら見守っていたシュガリーの口元に近づけた。彼女は戸惑いながらも口をつける。
「……ん、ほんとだ。美味しいね、セレフィ」
花から口を離したシュガリーは、てんしちゃんの顔を見つめて控えめに手招きする。首を傾げ、ふわふわと近づくてんしちゃん。
「シュガリー、どうしたのですか?」
その口元についていた白蜜を指ですくうと自らの口に運んだ。
てんしちゃんはその光景を見て、顔を赤くする。
「……言ってくれれば拭きましたのに。なんていうか、恥ずかしいですよぅ」
「ふふ、でも嫌じゃないんでしょ?」
「もう……シュガリーは意地悪です!」
てんしちゃんは白い頬を膨らませるも、その目は幸せそうにシュガリーを見つめている。
「ねえ、私たちいつか一緒に人間界に降りてたくさんの人をお手伝いしましょうね」
「……うん、もちろんだよセレフィ。君と一緒にそうやって過ごせたら、私はうれしい」
「約束です! いつまでも一緒に頑張りましょう」
柔らかい花原に背中を預けた二人の少女の楽しげな声が重なって、空気を甘く満たしていた。
その先を、思い出す気にはなれない。
目を開けたてんしちゃんは甘やかな光の中、涙を流していた。胸がきゅうと痛む。
「あなたがなぜ離反なんて……」
誰よりも穏やかで、誰よりも優しかった天使だったはずの彼女が。
どうして闇なゆに触れてしまったのか、どうして離反なんて道を選んだのか――。
「会いたい、会ってあなたの口から聞きたいですよ、シュガリー……」
てんしちゃんは記録のどこにも書かれていない“本当の理由”を知りたいと願うようにそっとページを閉じた。
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