スイーツ王国物語はちゃめちゃ国家運営記~恋も野望も詰め合わせ~

くろ

文字の大きさ
13 / 15

みるくに迫る闇

しおりを挟む
 ――甘味街タルトニア。

 みんなへのお土産を買うため、みるくは甘味と活気の溢れる市場を変装して歩いていた。
 誰もが笑顔で、色とりどりの展示やスイーツ、芸を披露する曲芸師、演奏家などを見ながら楽しく過ごしているのがわかって、みるくも弾むような心地だった。

「なゆお姉ちゃんはりんごましゅまろちゃんのぬいぐるみ。ましゅ姫には、妖精ましゅまりあんのおまんじゅう……てんしちゃんには、砂糖砂漠の天然きらきら金平糖……あくまちゃんたちは――」

 みるくはコスプレ衣装を取り扱うお店の前で立ち止まった。店内から漏れる甘くカラフルな光と、ポスターに踊るキャラの姿が目に飛び込んできて、これだと目を輝かせえみるくは店内に入った。

「わぁ……シュガリアンヒーローズのコスチュームだ! あくまちゃんたちが面白いって言ってたんだよね~! これならきっと喜んでくれる!」

 小さな手でコスチュームのそばに置いてあったシュガリアンヒーローズの漫画の表紙にそっと触れ、ページをめくると、個性豊かなキャラたちの掛け合いと、思わず息を飲む大迫力な戦闘シーン。そして、ヴィランにも手を差し伸べ、改心をさせようとする姿。
 みるくにも、あくまちゃんたちが熱中するのが分かる面白さだった。
 みんなが喜ぶ姿を想像して微笑みながら人数分購入し、お店を出たみるくの胸に小さな衝撃。

「いてて……」

 蒼い髪と瞳の少年が、尻餅をついていた。みるくは慌てて手を差し伸べる。

「っと……ごめんね! 大丈夫!?」

「う、うん……僕の方こそ、前を見てなくてごめんなさい……」

 少年は、差し伸べられた手を取って立ち上がる。その瞬間、みるくは手のひらに針で刺されたような違和感を覚えたが、特に気にはしなかった。

「じゃあ、ばいばい! お姉さん!」

 去っていく少年に手を振り、お土産を手にホテルへと戻るみるく。その身体から漂う微かな魔の気配に気付くものはいなかった。

◆◇◆

「長、上手くできました。氷針に内包された呪毒は、もうみるくの体内を巡っているでしょう」

 先刻、みるくとぶつかった少年は薄暗い洞窟のなかで黒ローブを纏った長と言葉を交わしていた。少年の言葉に先程のような無邪気さはなく、冷たさを孕んでいた。

「……よくやった、ジェラート。あの呪毒は、凝縮された魔物の血と絶望の幻を見せる魔法からなるもの。
みるくは幻に苦しみ、現実との分別を徐々に失って絶望に呑まれるだろう。そして絶望に魔物の血が共鳴し、闇なゆへと至るのだ」

 頭に置かれた手に、ジェラートは目を閉じて微笑んだ。胸に広がる罪悪感をごまかすように。

(ごめんなさい、みるくさん。僕はそれでも、この人を失望させたくないんだ……。

 ――僕に生きる理由をくれた人だから)



 ◆◇◆

 その日の夜。ホテルで眠りについたみるくは、悪夢を見た。

 ――国を破壊し、なんの罪もない民を虐殺し、その手を血に染めて嗤うあくまたちの姿。

 ――生き残った民を捕らえ、過酷な労働を強い、耐えきれず事切れていく姿を見て嘲笑するてんしちゃんとなゆ姫、ましゅ姫の姿。

 笑い声と泣き声が重なり、何もかもが絶望に沈んでいく光景が繰り返される。

 幻だと思おうとしたが、強い現実感を伴った光景に、夜中に何度も飛び起きた。

「違う……違う……違う違う! みんなは、なゆ国のみんなはこんなことしない……!」

 その光景は覚めても続くようになり、眠ることに恐怖したみるくは憔悴し、安息を失っていく。

 帳が降りるように、その心に闇が宿り、光は揺らいでいった。

 ――それが、やつらの本性だ。おまえがいくら人々に笑顔を与えようとも、やつらは奪う側の存在だ。

 その言葉が胸に響き渡ってしまった。胸の中に一つ、黒い種が落ちる。

 闇そのものであるそれは、みるくの心に根を張り、蔦を這わせ、光を喰らっていった。

「あは、彼女たちに奪ってきたものの重さを分からせてあげなきゃね...…」

 みるくの瞳から翡翠の無垢な輝きが失せる。そこにあるのは、底知れぬ絶望に包まれた闇。

「シュガーリウム城で、私が全てを終わらせる。ねえ、あくまちゃんたち……」

 一瞬だけ、昔と同じ優しい声色が混じった。

「待っててね。私がちゃーんと、わからせてあげるから」

 だが、その声色も次の瞬間には闇に苛まれて消えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

クラス召喚されて助かりました、逃げます!

水野(仮)
ファンタジー
クラスでちょっとした騒動が起きていた時にその場に居た全員が異世界へ召喚されたみたいです。

悪役女王アウラの休日 ~処刑した女王が名君だったかもなんて、もう遅い~

オレンジ方解石
ファンタジー
 恋人に裏切られ、嘘の噂を立てられ、契約も打ち切られた二十七歳の派遣社員、雨井桜子。  世界に絶望した彼女は、むかし読んだ少女漫画『聖なる乙女の祈りの伝説』の悪役女王アウラと魂が入れ替わる。  アウラは二年後に処刑されるキャラ。  桜子は処刑を回避して、今度こそ幸せになろうと奮闘するが、その時は迫りーーーー

処理中です...