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みるくに迫る闇
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――甘味街タルトニア。
みんなへのお土産を買うため、みるくは甘味と活気の溢れる市場を変装して歩いていた。
誰もが笑顔で、色とりどりの展示やスイーツ、芸を披露する曲芸師、演奏家などを見ながら楽しく過ごしているのがわかって、みるくも弾むような心地だった。
「なゆお姉ちゃんはりんごましゅまろちゃんのぬいぐるみ。ましゅ姫には、妖精ましゅまりあんのおまんじゅう……てんしちゃんには、砂糖砂漠の天然きらきら金平糖……あくまちゃんたちは――」
みるくはコスプレ衣装を取り扱うお店の前で立ち止まった。店内から漏れる甘くカラフルな光と、ポスターに踊るキャラの姿が目に飛び込んできて、これだと目を輝かせえみるくは店内に入った。
「わぁ……シュガリアンヒーローズのコスチュームだ! あくまちゃんたちが面白いって言ってたんだよね~! これならきっと喜んでくれる!」
小さな手でコスチュームのそばに置いてあったシュガリアンヒーローズの漫画の表紙にそっと触れ、ページをめくると、個性豊かなキャラたちの掛け合いと、思わず息を飲む大迫力な戦闘シーン。そして、ヴィランにも手を差し伸べ、改心をさせようとする姿。
みるくにも、あくまちゃんたちが熱中するのが分かる面白さだった。
みんなが喜ぶ姿を想像して微笑みながら人数分購入し、お店を出たみるくの胸に小さな衝撃。
「いてて……」
蒼い髪と瞳の少年が、尻餅をついていた。みるくは慌てて手を差し伸べる。
「っと……ごめんね! 大丈夫!?」
「う、うん……僕の方こそ、前を見てなくてごめんなさい……」
少年は、差し伸べられた手を取って立ち上がる。その瞬間、みるくは手のひらに針で刺されたような違和感を覚えたが、特に気にはしなかった。
「じゃあ、ばいばい! お姉さん!」
去っていく少年に手を振り、お土産を手にホテルへと戻るみるく。その身体から漂う微かな魔の気配に気付くものはいなかった。
◆◇◆
「長、上手くできました。氷針に内包された呪毒は、もうみるくの体内を巡っているでしょう」
先刻、みるくとぶつかった少年は薄暗い洞窟のなかで黒ローブを纏った長と言葉を交わしていた。少年の言葉に先程のような無邪気さはなく、冷たさを孕んでいた。
「……よくやった、ジェラート。あの呪毒は、凝縮された魔物の血と絶望の幻を見せる魔法からなるもの。
みるくは幻に苦しみ、現実との分別を徐々に失って絶望に呑まれるだろう。そして絶望に魔物の血が共鳴し、闇なゆへと至るのだ」
頭に置かれた手に、ジェラートは目を閉じて微笑んだ。胸に広がる罪悪感をごまかすように。
(ごめんなさい、みるくさん。僕はそれでも、この人を失望させたくないんだ……。
――僕に生きる理由をくれた人だから)
◆◇◆
その日の夜。ホテルで眠りについたみるくは、悪夢を見た。
――国を破壊し、なんの罪もない民を虐殺し、その手を血に染めて嗤うあくまたちの姿。
――生き残った民を捕らえ、過酷な労働を強い、耐えきれず事切れていく姿を見て嘲笑するてんしちゃんとなゆ姫、ましゅ姫の姿。
笑い声と泣き声が重なり、何もかもが絶望に沈んでいく光景が繰り返される。
幻だと思おうとしたが、強い現実感を伴った光景に、夜中に何度も飛び起きた。
「違う……違う……違う違う! みんなは、なゆ国のみんなはこんなことしない……!」
その光景は覚めても続くようになり、眠ることに恐怖したみるくは憔悴し、安息を失っていく。
帳が降りるように、その心に闇が宿り、光は揺らいでいった。
――それが、やつらの本性だ。おまえがいくら人々に笑顔を与えようとも、やつらは奪う側の存在だ。
その言葉が胸に響き渡ってしまった。胸の中に一つ、黒い種が落ちる。
闇そのものであるそれは、みるくの心に根を張り、蔦を這わせ、光を喰らっていった。
「あは、彼女たちに奪ってきたものの重さを分からせてあげなきゃね...…」
みるくの瞳から翡翠の無垢な輝きが失せる。そこにあるのは、底知れぬ絶望に包まれた闇。
「シュガーリウム城で、私が全てを終わらせる。ねえ、あくまちゃんたち……」
一瞬だけ、昔と同じ優しい声色が混じった。
「待っててね。私がちゃーんと、わからせてあげるから」
だが、その声色も次の瞬間には闇に苛まれて消えていた。
みんなへのお土産を買うため、みるくは甘味と活気の溢れる市場を変装して歩いていた。
誰もが笑顔で、色とりどりの展示やスイーツ、芸を披露する曲芸師、演奏家などを見ながら楽しく過ごしているのがわかって、みるくも弾むような心地だった。
「なゆお姉ちゃんはりんごましゅまろちゃんのぬいぐるみ。ましゅ姫には、妖精ましゅまりあんのおまんじゅう……てんしちゃんには、砂糖砂漠の天然きらきら金平糖……あくまちゃんたちは――」
みるくはコスプレ衣装を取り扱うお店の前で立ち止まった。店内から漏れる甘くカラフルな光と、ポスターに踊るキャラの姿が目に飛び込んできて、これだと目を輝かせえみるくは店内に入った。
「わぁ……シュガリアンヒーローズのコスチュームだ! あくまちゃんたちが面白いって言ってたんだよね~! これならきっと喜んでくれる!」
小さな手でコスチュームのそばに置いてあったシュガリアンヒーローズの漫画の表紙にそっと触れ、ページをめくると、個性豊かなキャラたちの掛け合いと、思わず息を飲む大迫力な戦闘シーン。そして、ヴィランにも手を差し伸べ、改心をさせようとする姿。
みるくにも、あくまちゃんたちが熱中するのが分かる面白さだった。
みんなが喜ぶ姿を想像して微笑みながら人数分購入し、お店を出たみるくの胸に小さな衝撃。
「いてて……」
蒼い髪と瞳の少年が、尻餅をついていた。みるくは慌てて手を差し伸べる。
「っと……ごめんね! 大丈夫!?」
「う、うん……僕の方こそ、前を見てなくてごめんなさい……」
少年は、差し伸べられた手を取って立ち上がる。その瞬間、みるくは手のひらに針で刺されたような違和感を覚えたが、特に気にはしなかった。
「じゃあ、ばいばい! お姉さん!」
去っていく少年に手を振り、お土産を手にホテルへと戻るみるく。その身体から漂う微かな魔の気配に気付くものはいなかった。
◆◇◆
「長、上手くできました。氷針に内包された呪毒は、もうみるくの体内を巡っているでしょう」
先刻、みるくとぶつかった少年は薄暗い洞窟のなかで黒ローブを纏った長と言葉を交わしていた。少年の言葉に先程のような無邪気さはなく、冷たさを孕んでいた。
「……よくやった、ジェラート。あの呪毒は、凝縮された魔物の血と絶望の幻を見せる魔法からなるもの。
みるくは幻に苦しみ、現実との分別を徐々に失って絶望に呑まれるだろう。そして絶望に魔物の血が共鳴し、闇なゆへと至るのだ」
頭に置かれた手に、ジェラートは目を閉じて微笑んだ。胸に広がる罪悪感をごまかすように。
(ごめんなさい、みるくさん。僕はそれでも、この人を失望させたくないんだ……。
――僕に生きる理由をくれた人だから)
◆◇◆
その日の夜。ホテルで眠りについたみるくは、悪夢を見た。
――国を破壊し、なんの罪もない民を虐殺し、その手を血に染めて嗤うあくまたちの姿。
――生き残った民を捕らえ、過酷な労働を強い、耐えきれず事切れていく姿を見て嘲笑するてんしちゃんとなゆ姫、ましゅ姫の姿。
笑い声と泣き声が重なり、何もかもが絶望に沈んでいく光景が繰り返される。
幻だと思おうとしたが、強い現実感を伴った光景に、夜中に何度も飛び起きた。
「違う……違う……違う違う! みんなは、なゆ国のみんなはこんなことしない……!」
その光景は覚めても続くようになり、眠ることに恐怖したみるくは憔悴し、安息を失っていく。
帳が降りるように、その心に闇が宿り、光は揺らいでいった。
――それが、やつらの本性だ。おまえがいくら人々に笑顔を与えようとも、やつらは奪う側の存在だ。
その言葉が胸に響き渡ってしまった。胸の中に一つ、黒い種が落ちる。
闇そのものであるそれは、みるくの心に根を張り、蔦を這わせ、光を喰らっていった。
「あは、彼女たちに奪ってきたものの重さを分からせてあげなきゃね...…」
みるくの瞳から翡翠の無垢な輝きが失せる。そこにあるのは、底知れぬ絶望に包まれた闇。
「シュガーリウム城で、私が全てを終わらせる。ねえ、あくまちゃんたち……」
一瞬だけ、昔と同じ優しい声色が混じった。
「待っててね。私がちゃーんと、わからせてあげるから」
だが、その声色も次の瞬間には闇に苛まれて消えていた。
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