転生流動機関 アストラルレギュレーター

ruka-no

文字の大きさ
3 / 7
第三章

アストラル庁への招待

しおりを挟む
白光に包まれてから、どれほど時間がたったのか分からなかった。
身体の境界は曖昧で、
皮膚や骨といった“物質的な重さ”はどこにもなかった。
凌は、ただ広大な光の流れの中に浮かんでいた。
前方には、海のようでもあり、大河のようでもある輝きが続く。
ひとつの光粒が近づくたび、かすかに声が聞こえる。 ――痛かったよ…… ――もっと生きたかった…… ――また同じ人生は嫌だ…… ――帰して……母さんのところに……
魂の声だ。
それらが混ざり合い、巨大な光の奔流として流れていく。
少女――眞名は、その中央に立っていた。
白いワンピースの裾が、光の風に揺れている。
「ここは……どこなんだ……?」
凌の問いに、眞名は振り返り、柔らかく微笑んだ。
「ここは《中層アストラル河》――魂の大動脈よ。
地上で肉体を離れた魂は、まずこの河に流れ込むの。」
眞名は指で川面をすくうような仕草をした。
光粒がその指先にまとわりつき、金色の軌跡を描く。
「人間の死は“終わり”じゃない。
むしろ、宇宙的には“始まり”と呼ぶべきもの。
魂は必ず流れる。
どこかへ行き、どこかで再び生まれる。」
凌は息を呑んだ。
あまりに美しく、あまりに壮大で、
あまりに“本物”だった。
「俺は……死んでないよな?」
眞名はくすっと笑う。
「もちろん。
あなたは“生者のまま”アストラル界に入っている。
これはとても稀なことなのよ。」
「どうして、俺なんかが……?」
眞名は少しだけ表情を引き締めた。
「あなたには“観測者”の素質があった。
魂の声を感知し、実態を視認し、流れの異常を察知する力。
本来は死者か、特別な訓練を積んだ官僚にしか備わらない能力よ。」
「官僚……?」
眞名は頷く。
「私のようにね。」
眞名は、光の橋のような道を歩きながら語り始めた。
「私は《アストラル庁・流動機関局》第三級官僚。
人間でいえば……まあ、あなたの国の中央省庁の課長補佐くらいかしら。」
凌は思わず笑ってしまった。
「……あの世にも、官僚制があるのか?」
眞名は肩をすくめる。
「そりゃあ当然よ。
魂の管理は宇宙規模の業務。
膨大な処理量に、体系的な組織が必要なの。」
「……魂を、管理する?」
「ええ。
あなたたちの世界に“人口統計”や“経済循環”があるように、
この世界には“魂の循環管理”があるの。」
眞名の表情が少しだけ曇った。
「でも今、そのシステムが壊れかけている。
あなたが感じた『ざわめき』―― あれは“滞留”した死者たちの声。
流れが詰まり、水位が上がり、河が氾濫しようとしている。」
凌はうなずいた。
「……だから俺に声が届いたんだな。」
「そう。
本来は聞こえるはずのない“内部ノイズ”が、
あなたの意識にまで溢れ出てきた。」
眞名は立ち止まり、真っ直ぐに凌の目を見る。
「凌。
あなたをここに呼んだのは、ただの偶然じゃない。」
光の河が左右に割れ、
巨大な建造物が姿を現した。
都市と呼ぶにはあまりに広大すぎる。
宮殿と呼ぶにはあまりに複雑すぎる。
塔と呼ぶにはあまりに高さが異常すぎる。
遥か上空へ伸びる塔群。
何層にも重なる大広間。
水晶のような透明な柱。
その中を魂の粒が流れ、回転し、分岐し、統合していく。
まるで巨大な宇宙コンピュータ。
眞名が手を広げる。
「ここが――《アストラル庁》。
魂の流通を管理する“宇宙の中枢機関”。」
凌は息を失った。
(これが……あの世の本当の姿なのか……?
神話でも宗教でもなく……
本当に“行政機関”……?)
「凌。
ここでは生と死はプロセス、魂は“資源”、
転生は流通。
そして――私たちは、その全てを管理する。」
塔の内部へ案内されると、
透明な書類が宙を舞い、無数の机に吸い込まれていく。
机の上では、半透明の職員たちが忙しそうに羽ペンを走らせていた。
眞名は静かに言った。
「今、アストラル庁は未曾有の危機にある。
《魂の供給過多》。
《再生処理の遅延》。
そして――《転生流動機関・第七層の機能停止》。」
「……何だ、それ?」
眞名は深く息を吸った。
「魂の流動を制御する巨大システム。
宇宙が“死と生のバランス”を維持するための根幹装置。
その名を――」
眞名の瞳が光る。
「《転生流動機関(アストラル・レギュレーター)》。」
「それは……マシンなのか?」
「概念であり、機構であり、宇宙法則そのもの……と言ってもいい。
あなたたちの世界でいう“気象”や“引力”に近い。
しかし、ちゃんと担当部署もあって、
定期メンテナンスも必要なの。」

宇宙....メンテナンス……?」
眞名は苦笑した。
「宇宙が永遠に完璧だなんて、誰が決めたの?」
凌は返す言葉がなかった。
眞名は歩みを止め、
胸元から一枚の光のプレートを取り出した。
それは“ID カード”のような形をしている。
「凌。
あなたを正式にアストラル庁へ招待します。」
「招待……?」
「役職は《特別観測者》。
魂の流れの異常を地上側から察知し、報告し、分析する者。
これは、生者にはほとんど務まらない。
あなたには適性がある。」
凌は深く息を吐いた。
「……俺に、そんなことができるのか?」
眞名は微笑む。
「できるわ。
あなたはすでに“見て”いる。
魂の渋滞も、残留意識も、声も。
これは選ばれた者だけの能力よ。」
光のプレートがふわりと凌の前に浮かんだ。
そこには、確かにこう書かれていた。
《KISARAGI RYO ASTRAL BUREAU SPECIAL OBSERVER (特別観測者)》
「……これを受け取ったら、俺はもう前の生活に戻れないのか?」
眞名はゆっくり首を横に振る。
「戻れるわ。
あなたは生者だから。
ただ――」
その声が、かすかに震えた。
「一度知った“宇宙の裏側”は、もう忘れられない。
あなたの生は、もう『ただの人生』ではなくなる。」
凌はカードに手を伸ばす。
魂の河が揺れ、塔の壁が光り、職員たちが一斉にこちらを見た。
戻れないかも知れない。
でも……知らないまま生きるのも違う。)
ゆっくりと、そのカードに触れた。
瞬間―― 塔全体が低いうねりを発した。
眞名が満足げに微笑む。
「――これであなたは、アストラル庁の一員。
ようこそ、《転生流動機関》の世界へ。」
突然、塔の中央に巨大な円環が開き、
そこから無数の光線が迸った。
「凌、来て。
第七層――壊れたセクションを見せる。」
眞名が手を取り、光の柱へと飛び込む。
視界が裏返り、光が螺旋を描き―― 次の瞬間、
宇宙そのものの“心臓のような場所”が現れた。
巨大な歯車のようなものが、
ゆっくりと、しかし苦しげに回転している。
その周囲では魂の流れが乱れ、
渦となり、時折はじけて消えていく。
眞名が囁く。
「ここが、《転生流動機関》。
宇宙が魂を循環させるために必要な構造の中心。
いま、この機関が……止まりかけている。」
凌は息を呑み、ただ立ち尽くした。
「なぜ……止まったんだ?」
眞名の表情は重かった。
「理由は、まだ分からない。
ただ――」
眞名は凌の方に向き直った。
その瞳は、静かに、しかし揺るぎなく光っていた。
「凌。
あなたが来た“タイミング”が、完全に一致しているの。
地上の死者数の異常とも。
アストラル界の滞留とも。
そして――この機関の停止とも。
……まさか、俺が原因ってわけじゃないだろ?」
眞名は首を振る。
「違う。
あなたは《兆し》よ。
危機の訪れを知らせる、たった一人の観測者。」
眞名はそっと凌の胸に手を当てた。
「これからあなたは、
地上とアストラル界、両方の世界を往復することになる。
宇宙規模の異常を探り、修復し、
魂の世界を救うために。」
「……そんな大役、俺にできるのか?」
眞名は静かに頷いた。
「できるわ。
なぜなら――あなたはすでに“視て”いるから。」
巨大な流動機関が軋む。
その音は、まるで宇宙がうめいているかのようだった。
眞名の声が、響く。
「凌。
あなたの役目は――“宇宙の寿命を延ばす”こと。」
凌は震える声で答えた。
「分かった……やるよ。
俺にできることがあるなら……力になる。」
眞名は、嬉しそうに微笑んだ。
「これでようやく、始まるわ。
《魂の回転率異常》に対する本格調査が。
あなたと私――《観測者》と《案内官》による。」
光の渦が広がり、
流動機関の奥で、何かが不吉に脈動した。
宇宙は、確かに危機に瀕している。 そしてその中心に、凌がいる。
物語は、ここから加速する。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

処理中です...