共鳴者のシンフォニー

ruka-no

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第五章

静寂の果て

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音が消えて、どれほどの時が経ったのだろう。
風は吹いている。けれど、その音を誰も聞かない。
波は寄せている。けれど、誰もその響きを知らない。
ただ、世界は静かに“息づいて”いた。
かつて、あらゆるものは音に満ちていた。
言葉が支配し、声が人を縛り、叫びが国を動かしていた。
けれど、沈黙の戦場〈サウンドフィールド〉で最後の共鳴が終わったとき、
人々の声は世界から消えた。
だが、誰も恐れなかった。
音がない世界で、人は初めて「内なる音」を聴いた。
心臓の鼓動が言葉となり、呼吸が詩となり、まなざしが祈りを運んだ。
“声を持たぬ文明”――それが人類の新しい姿だった。
誰かが泣けば、その涙の波紋が他者の胸に響いた。
誰かが笑えば、頬の揺らぎが光のように伝わった。
街では、人々が静かに微笑み合いながら、無音の会話を交わしていた。
言葉の代わりに、空気の揺れと心の振動が世界を満たしていた。
怜司はその中心にいた。
彼の声は、もう二度と外界に届かない。
けれど、彼の“沈黙”は多くの心に残響していた。
彼が放った最後の共鳴――それは、「支配ではなく共存」の周波数だった。
由梨は彼のそばで、無言のまま微笑んだ。
かつて彼女が研究した“音の進化”は、こうして形を変えた。
人類は音を失い、しかし、意味を取り戻した。
リサは遠くの都市で、子どもたちに静かな手話を教えていた。
イザヤの名を知る者はもういない。
彼の残したテクノロジーは、いまや“沈黙を守る機構”として働いている。
空は、驚くほど青かった。
風の動きだけで季節がわかる。
鳥の羽ばたきも、音はなく、ただ光の粒のように見えた。 ――音のない世界に、生きる意味はあるのか？
誰かがそう問うたとしても、もう答える必要はない。
なぜなら、世界そのものが答えになっているからだ。
怜司は丘の上で空を見上げた。
雲の流れが緩やかに形を変え、まるで声の残響のように揺れていた。
彼はそっと唇を動かした。
音にはならない。ただ、心の奥で波が広がる。 ――「ありがとう」
その無音の言葉が、地平線の向こうへと届いた。
そこには、音なき歌を紡ぐ未来の人々がいた。
そして、世界はまた静かに呼吸を始める。
音を失っても、響きは消えない。
それが、進化の果てに見出した、人間の祈りだった。

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