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第一章
盾の会結成と思想実験
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一九六八年の夏、東京の空には異様な湿気と熱がまとわりついていた。街はオリンピックの残り香を微かに背負いながらも、政治の混乱と学生運動の高まりによってざわついていた―その空気のざらつきは、戦後日本が抱え込んだ“精神の空洞”を象徴しているかのようだった。
三島由紀夫は、その空洞を誰よりも鋭く感じ取っていた。彼は単なる作家ではなく、
“国家”という巨大な生命体の呼吸音に耳をすませる思想家でもあった。彼の目には、日本は繁栄の仮面を被りながら、内側でゆっくりと腐り始めているように映っていた。豊かさの代償に失われたもの――羞恥、誇り、自己犠牲、美意識。かつて日本人を支えていた
武士道精神は、戦後の民主主義と消費文明の奔流の中に溶け、薄まり、ついには見えなくなってしまった。
三島が“文化の死”と呼んだのは、まさにこの精神の鈍磨であった。
その頃、彼はすでに「英霊の声を聞く」ような強烈な感覚に取りつかれていた。靖国神社に足を運ぶたび、黒々とした静寂の裏側から、戦後日本への怒号がこだましていると感じた。国家とは単なる政治体制ではない。“美の体系”であり、“精神の構造”である。
だが日本は、その両方を捨てようとしていた。
そんな危機感の中、三島が次に選んだのは文学ではなかった。
青年を育てること――そして国家の精神を改造することだった。
盾の会の発足は、世間には「自衛隊協力の民間団体」程度に見せかけられた。しかし実態
は違う。三島の心にはすでにある構想が生まれつつあった。 ――ナチスの組織原理、あれを日本的に作り変えることはできないか。 ――ヒトラーのような独裁ではなく、天皇を精神の中心とする“美の国家”は実現できないか。
戦後日本社会にその発想は危険すぎた。しかし三島にとっては、危険であるがゆえに魅力的だった。西洋近代の組織力と、東洋的精神の統一。彼はそこに、現代日本が見失った
“純粋なる国家”の姿を見るようになった。
ヒトラー・ユーゲントの規律性、親衛隊の美学的軍事精神、そして国民共同体の原理。
それらをそのまま模倣するのではない。三島はそれらを“日本語に訳す”という思想実験に取りかかったのである。
それは単なる軍事ゴッコではない。
国家改造のための“精神設計図の研究”だった。
選抜された青年たちは、最初から普通ではなかった。
大学生、高校生、自衛官の志望者…、彼らは皆、戦後社会の空虚さに直感的な嫌悪を抱いていた。彼らは三島の文学作品に、あるいは講演の端々に、現代では忘れられた“生命の密度”を感じ取り、次第にその魅力に吸い寄せられていった。
三島は彼らを「私の青年」と呼んだが、それは文学的な情緒ではない。
彼にとって彼らは、
戦後国家の虚無を超えるための“実験材料”であり、 未来に芽吹く“国家の器”だった。
訓練は厳格だったが、暴力的ではなかった。
精神修養は禅の呼吸法から始まり、古典の音読、腹式発声、夜明け前の体操、隊列行
進、剣道と柔術の組み合わせ訓練、そして三島自身が行う講義――そこでは武士道、天皇観、国家の美学、さらには西洋思想までが縦横に語られた。
「君たちは、戦後社会に殺された“日本の魂”を取り戻すための器だ」と三島は言っ
た
。
青年たちは陶酔した。
戦後社会が与えてくれなかった、“生きる意味”を与えられたように思えたのだ。
三島は訓練の場を、慎重に、しかし大胆に組織化していった。
そこにはナチスが実践した“身体教育と精神教育の統合”が反映されていた。青年たちは体力を鍛えながら、同時に思想の骨格を埋め込まれていった。体を極限に追い込み、精神の芯を固めることで、戦後民主主義の個人主義では育たない“国家的人間”へと変貌させる。
ある夜、三島は最も信頼する側近・結城に言った。
「私は国家を外側から批判する段階は終えた。
これからは、国家の“内側を造り替える”段階に入る。」
結城はその言葉の重みに震えた。
三島が単なる思想家ではなく、行動する改革者へ変わる決意を示した瞬間だった。
だが、盾の会の核心は、世間に見せる訓練や活動ではなかった。
三島はその裏側に、もう一つの組織を組み込んでいた。 ――思想局《桜機関》の胎動である。 選抜された少数の青年だけが教えられた特殊講義では、三島はナチスの組織構造を解剖
し、日本に移植するための条件を議論した。
・富国強兵ではなく「富国美兵」
・独裁ではなく「神聖象徴の下に整合する指導者原理」
・国民共同体ではなく「武士道共同体」
・人種主義ではなく「文化美学の基準による選抜」
大胆で、危険で、しかし極めて論理的でもあった。
青年たちは、自分たちが何か“巨大な計画”の基礎石に選ばれたことを悟り始めた。
それは恐怖ではなく誇りとして受け止められた。
その頃の三島の手記には、こう記されている。
「精神の退廃した国家は滅びる。 美と武の調和を失った民族は、魂を失った人体のように朽ちる。
青年とは、国家再生の可能性そのものだ。」
盾の会は、外側から見ればただの青年団。
だが内実は―― 戦後日本を“精神的に改造する”ための実験場だった。
そして三島は密かに確信し始めていた。
「この青年たちこそ、日本の未来を変える力を秘めている」と。
訓練が始まって半年が経った頃、青年たちの身体は露骨に変わっていた。
筋肉の量ではなく、佇まいそのものが変わったのだ。
姿勢の重心が整い、歩けば静かで、話すときは相手の目を見る。呼吸は深く腹に落ち、声は不思議と柔らかい。
外面的な強さよりも、“精神の透明度”とも呼ぶべき気配が高まっていた。
三島はそれを密かに満足げに見ていた。
青年たちの変化は、単なる鍛錬の成果ではない。
思想という“見えない筋肉”が育っていった結果である。
訓練の合間、青年たちは三島邸の一室――書庫兼講義室として解放された部屋で、哲
学・政治学・古典・歴史を学んだ。
壁には漢籍、国学の原典、ギリシャ悲劇、ロマン主義文学、ナチス政権の構造分析書までが並び、三島の思想的欲望がそのまま棚の形をとったような空間だった。
「君たちが読むべき本は、この部屋の本棚の中にすべてある。
国家を変えたいのなら、まず自分の精神を変えねばならない。」
青年たちの目に、三島は次第に“教師”ではなく、“思想の鍛冶師”として映りはじめ
ていた。
しかし、盾の会の活動が順風満帆であったわけではない。
訓練は過酷だったが、それ以上に青年たちの心を揺さぶったのは、三島の“思想の重たさ”だった。
彼の講義は常に、現代日本への怒りと痛烈な批判を伴っていた。
「民主主義は罪ではない。
だが、民主主義の名の下に“美”を捨て、“国家”を捨て、
ただ食べて眠って消費して生きるだけの人間を量産している。」
「日本は繁栄の中で魂を失った。
君たちはその魂を取り戻すための実験である。」
三島の言葉は青年たちの胸を貫き、同時に迷いも生んだ。
なぜ自分たちが国家の“魂の再生”を担わねばならないのか?
そもそも国家とは何か?
その疑問と熱狂の狭間で、青年たちの精神は揺れ続けた。
だが、その揺れこそ“三島の思想実験”の核心でもあった。
ある日、特別訓練が行われた。
夜明け前、三島は数名の青年を車に乗せ、千葉県の海岸沿いへ向かった。
冬の海風は鋭く、湿った砂は足を沈ませた。
海の向こうから昇り始める太陽を見つめながら、三島は語った。
「君たちは何を捨てられる?」
青年たちは沈黙した。
「家族か?学業か?
友人か?恋人か?
自分の将来か?
それとも――命か?」
風の音が凍りついた砂浜を走り抜けた。
青年たちの表情は強張り、息を呑んだ。
「国家に殉じるという言葉を君たちは軽く考えている。
だがそれは、生き方そのものを国家のために差し出すことだ。」
三島は海を指差した。
「海は日本の境界であり、日本の始まりだ。
君たちの魂もまた、ここで洗い直さるべきだ。」
その言葉に、青年たちの胸には言葉にならぬ震えが走った。
理屈ではない、より根源的な“日本的感情”が揺さぶられた。
この瞬間、盾の会は“訓練団体”ではなく、
思想共同体へと変貌し始めた。
一方、三島の構想はさらに深まっていった。
ナチスの組織原理のどこに“日本化の可能性”があるのか。
彼が最も着目したのは、教育と美学だった。
ナチスは軍事組織である以前に、“美の幻想”を国家に付与する機構だった。
プロパガンダ、美術、舞台、儀式、祝典。
それらは国民の視覚に“統一された美”を植えつけ、
やがてそれが思想や忠誠心に変換されていった。
「国家が育つのは、まず美の統一からだ。」
「政治は後からついてくる。」
こうした三島の考えに、青年たちは半ば陶酔し、半ば恐怖した。
盾の会の訓練は、次第に“儀式性”を帯び始める。
夜間行軍の前後には短い黙想が挟まれ、
剣道の稽古は古武術の所作を取り入れ、
部隊行進には独自のリズムと掛け声が与えられた。
その全てが、青年たちの身体に“観念化された日本”を刻み込むための装置だった。
ある。
月に一度、青年たちは白い鉢巻を締め、
天皇の御真影が掲げられた部屋で、手拭いを胸に当てて宣誓を行った。
「我々は、国家の美のために生きる。」
「我々は、己の弱さを捨て、武士の気概を取り戻す。」
その声が揃うたび、三島は静かに目を閉じた。
彼の中では、国家改造の設計図が次の段階へ進み始めていた。
そんなある夜、三島邸の書斎で極秘会議が開かれた。
集められたのは、信頼する数名の青年と、思想的に成熟した側近たち。
三島は机に広げられた資料を指し示した。
「この国には革命は似合わない。
日本には“急激な変化”を受け入れる文化がない。
ゆえに、我々の道はナチスとは異なる。
暴力ではなく、“浸透”で国家を改造する。」
三島は資料をめくった。
そこには官庁の組織図、メディア各社の派閥、大学教授の思想系譜などが緻密に分類さ
れていた。
「知識人、官僚、軍事関係者、そして文化人。
この四層への“思想浸透”こそが計画の中核だ。」
青年の一人が震える声で問いかけた。
「まさか…盾の会は、そのための――」
「そうだ。」
三島は静かに言った。
「君たちはその第一陣であり、未来の“日本型ファシズム”の核となる。」
部屋の空気が震えた。
誰もが理解した。
自分たちは偶然集められたのではない。
国家の未来を背負う“器”として選ばれたのだ。
その後の訓練は、次第に“思想の濃度”を増していく。
青年たちは古武道の鍛錬とともに、古典読解、国学講義、欧州ファシズム研究を重ね、
夜遅くまで議論を続けた。
議題はいつも危険で、魅力的だった。
・国家は美を持てるのか
・個人の自由はどこまで許容されるべきか
・戦後民主主義は国家の魂を殺したのか
・日本人の“精神の型”とは何か
暴力なき国家革命は可能か
・天皇とは国家にとって何を意味するのか
青年たちは議論の中で、自分たちが“思想の武士道”のような道を歩かされていることに気づきはじめた。
そして、誰もがひそかに思った。
これは訓練ではない。
国家の未来を変えるための準備なのだ、と。
盾の会が結成されて一年が経とうとする頃、青年たちの心には、もはや元の生活へ戻る道は消えていた。
彼らの中には、戦後社会の“柔らかい空気”に戻ることを恐れる者もいた。
ここでは生きる意味が明確で、
自分という存在の輪郭が濃く感じられたからだ。
一方で三島は、すでに次の段階を思案していた。
訓練は整った。
思想の骨格もほぼ固まった。
青年たちの精神も成熟してきた。
ならば、次に必要なのは――**
“国家へ向けての第一の行動”である。
その行動が何であるか、三島はまだ語らなかった。
しかし青年たちは、何か大きな“予兆”を感じ取っていた。
盾の会は、単なる組織ではなく、
日本国家を精神的に再構築するための胎動を始めていた。
三島由紀夫は、その空洞を誰よりも鋭く感じ取っていた。彼は単なる作家ではなく、
“国家”という巨大な生命体の呼吸音に耳をすませる思想家でもあった。彼の目には、日本は繁栄の仮面を被りながら、内側でゆっくりと腐り始めているように映っていた。豊かさの代償に失われたもの――羞恥、誇り、自己犠牲、美意識。かつて日本人を支えていた
武士道精神は、戦後の民主主義と消費文明の奔流の中に溶け、薄まり、ついには見えなくなってしまった。
三島が“文化の死”と呼んだのは、まさにこの精神の鈍磨であった。
その頃、彼はすでに「英霊の声を聞く」ような強烈な感覚に取りつかれていた。靖国神社に足を運ぶたび、黒々とした静寂の裏側から、戦後日本への怒号がこだましていると感じた。国家とは単なる政治体制ではない。“美の体系”であり、“精神の構造”である。
だが日本は、その両方を捨てようとしていた。
そんな危機感の中、三島が次に選んだのは文学ではなかった。
青年を育てること――そして国家の精神を改造することだった。
盾の会の発足は、世間には「自衛隊協力の民間団体」程度に見せかけられた。しかし実態
は違う。三島の心にはすでにある構想が生まれつつあった。 ――ナチスの組織原理、あれを日本的に作り変えることはできないか。 ――ヒトラーのような独裁ではなく、天皇を精神の中心とする“美の国家”は実現できないか。
戦後日本社会にその発想は危険すぎた。しかし三島にとっては、危険であるがゆえに魅力的だった。西洋近代の組織力と、東洋的精神の統一。彼はそこに、現代日本が見失った
“純粋なる国家”の姿を見るようになった。
ヒトラー・ユーゲントの規律性、親衛隊の美学的軍事精神、そして国民共同体の原理。
それらをそのまま模倣するのではない。三島はそれらを“日本語に訳す”という思想実験に取りかかったのである。
それは単なる軍事ゴッコではない。
国家改造のための“精神設計図の研究”だった。
選抜された青年たちは、最初から普通ではなかった。
大学生、高校生、自衛官の志望者…、彼らは皆、戦後社会の空虚さに直感的な嫌悪を抱いていた。彼らは三島の文学作品に、あるいは講演の端々に、現代では忘れられた“生命の密度”を感じ取り、次第にその魅力に吸い寄せられていった。
三島は彼らを「私の青年」と呼んだが、それは文学的な情緒ではない。
彼にとって彼らは、
戦後国家の虚無を超えるための“実験材料”であり、 未来に芽吹く“国家の器”だった。
訓練は厳格だったが、暴力的ではなかった。
精神修養は禅の呼吸法から始まり、古典の音読、腹式発声、夜明け前の体操、隊列行
進、剣道と柔術の組み合わせ訓練、そして三島自身が行う講義――そこでは武士道、天皇観、国家の美学、さらには西洋思想までが縦横に語られた。
「君たちは、戦後社会に殺された“日本の魂”を取り戻すための器だ」と三島は言っ
た
。
青年たちは陶酔した。
戦後社会が与えてくれなかった、“生きる意味”を与えられたように思えたのだ。
三島は訓練の場を、慎重に、しかし大胆に組織化していった。
そこにはナチスが実践した“身体教育と精神教育の統合”が反映されていた。青年たちは体力を鍛えながら、同時に思想の骨格を埋め込まれていった。体を極限に追い込み、精神の芯を固めることで、戦後民主主義の個人主義では育たない“国家的人間”へと変貌させる。
ある夜、三島は最も信頼する側近・結城に言った。
「私は国家を外側から批判する段階は終えた。
これからは、国家の“内側を造り替える”段階に入る。」
結城はその言葉の重みに震えた。
三島が単なる思想家ではなく、行動する改革者へ変わる決意を示した瞬間だった。
だが、盾の会の核心は、世間に見せる訓練や活動ではなかった。
三島はその裏側に、もう一つの組織を組み込んでいた。 ――思想局《桜機関》の胎動である。 選抜された少数の青年だけが教えられた特殊講義では、三島はナチスの組織構造を解剖
し、日本に移植するための条件を議論した。
・富国強兵ではなく「富国美兵」
・独裁ではなく「神聖象徴の下に整合する指導者原理」
・国民共同体ではなく「武士道共同体」
・人種主義ではなく「文化美学の基準による選抜」
大胆で、危険で、しかし極めて論理的でもあった。
青年たちは、自分たちが何か“巨大な計画”の基礎石に選ばれたことを悟り始めた。
それは恐怖ではなく誇りとして受け止められた。
その頃の三島の手記には、こう記されている。
「精神の退廃した国家は滅びる。 美と武の調和を失った民族は、魂を失った人体のように朽ちる。
青年とは、国家再生の可能性そのものだ。」
盾の会は、外側から見ればただの青年団。
だが内実は―― 戦後日本を“精神的に改造する”ための実験場だった。
そして三島は密かに確信し始めていた。
「この青年たちこそ、日本の未来を変える力を秘めている」と。
訓練が始まって半年が経った頃、青年たちの身体は露骨に変わっていた。
筋肉の量ではなく、佇まいそのものが変わったのだ。
姿勢の重心が整い、歩けば静かで、話すときは相手の目を見る。呼吸は深く腹に落ち、声は不思議と柔らかい。
外面的な強さよりも、“精神の透明度”とも呼ぶべき気配が高まっていた。
三島はそれを密かに満足げに見ていた。
青年たちの変化は、単なる鍛錬の成果ではない。
思想という“見えない筋肉”が育っていった結果である。
訓練の合間、青年たちは三島邸の一室――書庫兼講義室として解放された部屋で、哲
学・政治学・古典・歴史を学んだ。
壁には漢籍、国学の原典、ギリシャ悲劇、ロマン主義文学、ナチス政権の構造分析書までが並び、三島の思想的欲望がそのまま棚の形をとったような空間だった。
「君たちが読むべき本は、この部屋の本棚の中にすべてある。
国家を変えたいのなら、まず自分の精神を変えねばならない。」
青年たちの目に、三島は次第に“教師”ではなく、“思想の鍛冶師”として映りはじめ
ていた。
しかし、盾の会の活動が順風満帆であったわけではない。
訓練は過酷だったが、それ以上に青年たちの心を揺さぶったのは、三島の“思想の重たさ”だった。
彼の講義は常に、現代日本への怒りと痛烈な批判を伴っていた。
「民主主義は罪ではない。
だが、民主主義の名の下に“美”を捨て、“国家”を捨て、
ただ食べて眠って消費して生きるだけの人間を量産している。」
「日本は繁栄の中で魂を失った。
君たちはその魂を取り戻すための実験である。」
三島の言葉は青年たちの胸を貫き、同時に迷いも生んだ。
なぜ自分たちが国家の“魂の再生”を担わねばならないのか?
そもそも国家とは何か?
その疑問と熱狂の狭間で、青年たちの精神は揺れ続けた。
だが、その揺れこそ“三島の思想実験”の核心でもあった。
ある日、特別訓練が行われた。
夜明け前、三島は数名の青年を車に乗せ、千葉県の海岸沿いへ向かった。
冬の海風は鋭く、湿った砂は足を沈ませた。
海の向こうから昇り始める太陽を見つめながら、三島は語った。
「君たちは何を捨てられる?」
青年たちは沈黙した。
「家族か?学業か?
友人か?恋人か?
自分の将来か?
それとも――命か?」
風の音が凍りついた砂浜を走り抜けた。
青年たちの表情は強張り、息を呑んだ。
「国家に殉じるという言葉を君たちは軽く考えている。
だがそれは、生き方そのものを国家のために差し出すことだ。」
三島は海を指差した。
「海は日本の境界であり、日本の始まりだ。
君たちの魂もまた、ここで洗い直さるべきだ。」
その言葉に、青年たちの胸には言葉にならぬ震えが走った。
理屈ではない、より根源的な“日本的感情”が揺さぶられた。
この瞬間、盾の会は“訓練団体”ではなく、
思想共同体へと変貌し始めた。
一方、三島の構想はさらに深まっていった。
ナチスの組織原理のどこに“日本化の可能性”があるのか。
彼が最も着目したのは、教育と美学だった。
ナチスは軍事組織である以前に、“美の幻想”を国家に付与する機構だった。
プロパガンダ、美術、舞台、儀式、祝典。
それらは国民の視覚に“統一された美”を植えつけ、
やがてそれが思想や忠誠心に変換されていった。
「国家が育つのは、まず美の統一からだ。」
「政治は後からついてくる。」
こうした三島の考えに、青年たちは半ば陶酔し、半ば恐怖した。
盾の会の訓練は、次第に“儀式性”を帯び始める。
夜間行軍の前後には短い黙想が挟まれ、
剣道の稽古は古武術の所作を取り入れ、
部隊行進には独自のリズムと掛け声が与えられた。
その全てが、青年たちの身体に“観念化された日本”を刻み込むための装置だった。
ある。
月に一度、青年たちは白い鉢巻を締め、
天皇の御真影が掲げられた部屋で、手拭いを胸に当てて宣誓を行った。
「我々は、国家の美のために生きる。」
「我々は、己の弱さを捨て、武士の気概を取り戻す。」
その声が揃うたび、三島は静かに目を閉じた。
彼の中では、国家改造の設計図が次の段階へ進み始めていた。
そんなある夜、三島邸の書斎で極秘会議が開かれた。
集められたのは、信頼する数名の青年と、思想的に成熟した側近たち。
三島は机に広げられた資料を指し示した。
「この国には革命は似合わない。
日本には“急激な変化”を受け入れる文化がない。
ゆえに、我々の道はナチスとは異なる。
暴力ではなく、“浸透”で国家を改造する。」
三島は資料をめくった。
そこには官庁の組織図、メディア各社の派閥、大学教授の思想系譜などが緻密に分類さ
れていた。
「知識人、官僚、軍事関係者、そして文化人。
この四層への“思想浸透”こそが計画の中核だ。」
青年の一人が震える声で問いかけた。
「まさか…盾の会は、そのための――」
「そうだ。」
三島は静かに言った。
「君たちはその第一陣であり、未来の“日本型ファシズム”の核となる。」
部屋の空気が震えた。
誰もが理解した。
自分たちは偶然集められたのではない。
国家の未来を背負う“器”として選ばれたのだ。
その後の訓練は、次第に“思想の濃度”を増していく。
青年たちは古武道の鍛錬とともに、古典読解、国学講義、欧州ファシズム研究を重ね、
夜遅くまで議論を続けた。
議題はいつも危険で、魅力的だった。
・国家は美を持てるのか
・個人の自由はどこまで許容されるべきか
・戦後民主主義は国家の魂を殺したのか
・日本人の“精神の型”とは何か
暴力なき国家革命は可能か
・天皇とは国家にとって何を意味するのか
青年たちは議論の中で、自分たちが“思想の武士道”のような道を歩かされていることに気づきはじめた。
そして、誰もがひそかに思った。
これは訓練ではない。
国家の未来を変えるための準備なのだ、と。
盾の会が結成されて一年が経とうとする頃、青年たちの心には、もはや元の生活へ戻る道は消えていた。
彼らの中には、戦後社会の“柔らかい空気”に戻ることを恐れる者もいた。
ここでは生きる意味が明確で、
自分という存在の輪郭が濃く感じられたからだ。
一方で三島は、すでに次の段階を思案していた。
訓練は整った。
思想の骨格もほぼ固まった。
青年たちの精神も成熟してきた。
ならば、次に必要なのは――**
“国家へ向けての第一の行動”である。
その行動が何であるか、三島はまだ語らなかった。
しかし青年たちは、何か大きな“予兆”を感じ取っていた。
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日本国家を精神的に再構築するための胎動を始めていた。
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