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ときめきを返してくれ!
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私が今着ているドレスは薄水色のサテンドレスである。生地はスベスベでキラキラと光を反射しているのが、とても可愛い!
まるで舞踏会へ赴くために変身させられたシンデレラの気分だ。
「とてもお似合いでございます。身丈鏡がそちらにあるので是非ご覧に」
人形メイドのミーシャは私を着替えさせ終えると、まるで洋服店の優秀な店員さんさながらの言葉を与えてくれる。
「折角だけど……」
しかし、私は返事に窮してしまった。
折角こんな素敵なドレスを身に纏ったのだ。確かにこの姿をしかと目に焼き付けねばとは思う。思うけどしかし、『美しいドレスを纏ったシンデレラ』という妄想をしているところに『アラサーの自分』という現実を突きつけられたくなかった。それに、こんな可愛いドレスは絶対自分には似合っていない自信があった。
けれど、ミーシャは返事の歯切れ悪さなどお構いなしで半ば強引に私の手を引き、身丈鏡の前まで連れていく。そこには――。
自分で言うのもなんだけれど……とても綺麗な女性がそこにいた。
ドレスに着替える前に化粧を施されたのだが……人は化粧の仕方ひとつでこんなにも変わるのか、と驚いた。そして同時に、人形メイドのテクニックに感心した。
私の後ろに映るミーシャの表情は相変わらず無機質ではあるが、何となくではあるけれど、少し微笑んで得意気にしているような暖かい雰囲気が感じられた。
コンコンコン
誰か来たらしい。
綿菓子に包まれたように甘くふわふわとしている私の心を、ノックの音が現実に連れ戻す。
「失礼します」
ダンディーな声を響かせ入ってきたのは、白衣を着た……。
紛れもなく人間の男だった。
――なんだ期待はずれ
チラッとそんな思いが頭をかすめるが、顔に出さないのが大人の嗜みというもの。私は少し微笑んで会釈をし、そして男の姿を観察した。――ブロンズ色のオールバックヘア、眼鏡、シワひとつないパリッとした白衣、これらは清潔さと几帳面さを感じさせる。年の頃は私より少し上といったところだろうか。いかにも腕の良い医者という感じがする。
「後は私が案内しますのでミャーシャは下がって結構ですよ」
白衣の男がミーシャにそう告げると、彼女は静かに部屋から去っていった。この異世界に来て、はじめて安心感を与えてくれた彼女がいなくなり、私は少し心細くなってしまう。少し落ち込んでいると、扉付近にいたその男が近くまでやってきて、
「人魚様、御気分はいかがですかな?」と尋ねながら、私の額に手を置いた。その声があまりにもダンディーなイケボで……しかも触れた手がひんやり冷たく、そして柔らかく触れるものだからほんのりくすぐったくて……、今しがたの心細さなどどこかに飛んでいき、途端に心臓の音がお祭りをはじめてしまった。質問に答えようにも胸がいっぱいで言葉が出てこなくなってしまって、しかたないのでコクンと頷いて返事をした。
私の頷きを確認すると、男は手を離し「微熱やや有り。他異常なし」と記録をノートにしたためた。離れた手を少々残念に思えば、ついつい紙に記録をつける男の手に目が行ってしまう。ペンを持つその手は骨ばって大きく、長い指が綺麗だった。
男の記録している様子を見ていると、ふと、ある想像が頭をもたげた。この想像が間違っていたら恥ずかしいが、ここは何でもありな世界だ、思いきって聞いてみることにする。
「もしかして、さっき来た馬のお医者さん……ですか?」
途端、男は眉間にシワを寄せ険しい顔つきになってしまった。
「その通りでございます」
男は苦虫を噛み潰したよな様子で、苦々しくそう言った。そして、顔を私の耳元に寄せ、
「ところであなた様、ご子息様にはそのような失礼な物言いはくれぐれもお気を付けなさいますように」そう囁いた。低い声が私の体の奥に響いてくる。
――顔が、近い! 息が、くすぐったい!
内心パニックになりながらも、その言葉のどこかに違和感を抱いた。男は囁きを続ける。
「ご子息様は気分屋でございますので、いつ何をされるか分かりませんから……。私は陽の浮き沈みに左右されるややこしい体にされてしまいました」
その言い振りからすると、その男は少なくともご子息様に好感を抱いてないようだった。そう、違和感はそれだ。ミャーシャが語ったご子息様像は命を与えた恩人であり、城のみんなから好かる存在だったのだけれど……二人の言うご子息様像は全く別物のようだった。
「あの、ミャーシャはそんなこと一言も……逆に……」
私が戸惑っていると、
「あぁ。ミャーシャこそこの城で一番ややこしい存在でございます。厄介ですから関わらない方がよろしいですよ」
男は少し憐れむような蔑むような表情で忠告してきた。目の奥の温度が一気に下がるのを感じる。
ミャーシャに対する彼のその態度と言葉がいささか気に触る。ミャーシャは第一印象こそ気味悪いものだったが、話してみるととても優しいメイドだった。さっき会ったばかりでミャーシャを全部知った訳ではないが、それでも、この世界に来て一番ホッとさせてくれた人を悪く言われるのは嫌だった。
「ミャーシャは優しいメイドです。私を化粧で綺麗にしてくれたし、ご子息様のことだって大好きだし」
思わず反論するが、男はふんっと鼻で笑ってから、私の顔をしげしげと観察してくる。
「お化粧されても先程とあまりお変わりございませんよ」
ニッコリ優しい微笑みで男はそう言い、「顔色良好」と記録を残した。
――腹立つなぁ
この男に対する印象は、こうして地の底に落ちたのだった。
まるで舞踏会へ赴くために変身させられたシンデレラの気分だ。
「とてもお似合いでございます。身丈鏡がそちらにあるので是非ご覧に」
人形メイドのミーシャは私を着替えさせ終えると、まるで洋服店の優秀な店員さんさながらの言葉を与えてくれる。
「折角だけど……」
しかし、私は返事に窮してしまった。
折角こんな素敵なドレスを身に纏ったのだ。確かにこの姿をしかと目に焼き付けねばとは思う。思うけどしかし、『美しいドレスを纏ったシンデレラ』という妄想をしているところに『アラサーの自分』という現実を突きつけられたくなかった。それに、こんな可愛いドレスは絶対自分には似合っていない自信があった。
けれど、ミーシャは返事の歯切れ悪さなどお構いなしで半ば強引に私の手を引き、身丈鏡の前まで連れていく。そこには――。
自分で言うのもなんだけれど……とても綺麗な女性がそこにいた。
ドレスに着替える前に化粧を施されたのだが……人は化粧の仕方ひとつでこんなにも変わるのか、と驚いた。そして同時に、人形メイドのテクニックに感心した。
私の後ろに映るミーシャの表情は相変わらず無機質ではあるが、何となくではあるけれど、少し微笑んで得意気にしているような暖かい雰囲気が感じられた。
コンコンコン
誰か来たらしい。
綿菓子に包まれたように甘くふわふわとしている私の心を、ノックの音が現実に連れ戻す。
「失礼します」
ダンディーな声を響かせ入ってきたのは、白衣を着た……。
紛れもなく人間の男だった。
――なんだ期待はずれ
チラッとそんな思いが頭をかすめるが、顔に出さないのが大人の嗜みというもの。私は少し微笑んで会釈をし、そして男の姿を観察した。――ブロンズ色のオールバックヘア、眼鏡、シワひとつないパリッとした白衣、これらは清潔さと几帳面さを感じさせる。年の頃は私より少し上といったところだろうか。いかにも腕の良い医者という感じがする。
「後は私が案内しますのでミャーシャは下がって結構ですよ」
白衣の男がミーシャにそう告げると、彼女は静かに部屋から去っていった。この異世界に来て、はじめて安心感を与えてくれた彼女がいなくなり、私は少し心細くなってしまう。少し落ち込んでいると、扉付近にいたその男が近くまでやってきて、
「人魚様、御気分はいかがですかな?」と尋ねながら、私の額に手を置いた。その声があまりにもダンディーなイケボで……しかも触れた手がひんやり冷たく、そして柔らかく触れるものだからほんのりくすぐったくて……、今しがたの心細さなどどこかに飛んでいき、途端に心臓の音がお祭りをはじめてしまった。質問に答えようにも胸がいっぱいで言葉が出てこなくなってしまって、しかたないのでコクンと頷いて返事をした。
私の頷きを確認すると、男は手を離し「微熱やや有り。他異常なし」と記録をノートにしたためた。離れた手を少々残念に思えば、ついつい紙に記録をつける男の手に目が行ってしまう。ペンを持つその手は骨ばって大きく、長い指が綺麗だった。
男の記録している様子を見ていると、ふと、ある想像が頭をもたげた。この想像が間違っていたら恥ずかしいが、ここは何でもありな世界だ、思いきって聞いてみることにする。
「もしかして、さっき来た馬のお医者さん……ですか?」
途端、男は眉間にシワを寄せ険しい顔つきになってしまった。
「その通りでございます」
男は苦虫を噛み潰したよな様子で、苦々しくそう言った。そして、顔を私の耳元に寄せ、
「ところであなた様、ご子息様にはそのような失礼な物言いはくれぐれもお気を付けなさいますように」そう囁いた。低い声が私の体の奥に響いてくる。
――顔が、近い! 息が、くすぐったい!
内心パニックになりながらも、その言葉のどこかに違和感を抱いた。男は囁きを続ける。
「ご子息様は気分屋でございますので、いつ何をされるか分かりませんから……。私は陽の浮き沈みに左右されるややこしい体にされてしまいました」
その言い振りからすると、その男は少なくともご子息様に好感を抱いてないようだった。そう、違和感はそれだ。ミャーシャが語ったご子息様像は命を与えた恩人であり、城のみんなから好かる存在だったのだけれど……二人の言うご子息様像は全く別物のようだった。
「あの、ミャーシャはそんなこと一言も……逆に……」
私が戸惑っていると、
「あぁ。ミャーシャこそこの城で一番ややこしい存在でございます。厄介ですから関わらない方がよろしいですよ」
男は少し憐れむような蔑むような表情で忠告してきた。目の奥の温度が一気に下がるのを感じる。
ミャーシャに対する彼のその態度と言葉がいささか気に触る。ミャーシャは第一印象こそ気味悪いものだったが、話してみるととても優しいメイドだった。さっき会ったばかりでミャーシャを全部知った訳ではないが、それでも、この世界に来て一番ホッとさせてくれた人を悪く言われるのは嫌だった。
「ミャーシャは優しいメイドです。私を化粧で綺麗にしてくれたし、ご子息様のことだって大好きだし」
思わず反論するが、男はふんっと鼻で笑ってから、私の顔をしげしげと観察してくる。
「お化粧されても先程とあまりお変わりございませんよ」
ニッコリ優しい微笑みで男はそう言い、「顔色良好」と記録を残した。
――腹立つなぁ
この男に対する印象は、こうして地の底に落ちたのだった。
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