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なんだなんだ?

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 私は今、白衣の男に案内されてご子息様の部屋へ向かっている。男の名前はハロルドと言うらしかった。

 前を行くハロルドの背中は、彼の高い身長と骨ばった体型によって広く感じた。ブロンズ色の髪が壁に飾られた照明に照らされてキラキラしている。

 ――眺めるだけなら目の保養なのに

 私はため息をつく。ハロルドは無神経男なのだ。今も、女性を案内するというのに、ハロルドは自分の調子で歩くので、彼の背中はどんどん離れていくばかりだった。
 彼と私の身長は大分異なるので、歩幅も違うわけで、先を行く彼について行くのは容易じゃなかった。少し油断すると距離があいて、置いていかれそうになるのだ。お城の構造は意外にも複雑で、また、ついて行くのに必死でどこをどう歩いたのかなどさっぱり分からない。ここで彼を見失ったら迷子になってしまう――。そう思うと私は焦って、彼の背中を小走りで追いかけた。
 それに、この城の使用人達は得体が知れない。昼間にハロルドと部屋に訪れたフラミンゴメイド達なんて、私が本当に人魚だろうが違かろうが殺したがっていたわけだし、彼とはぐれることはとても、とても恐ろしいことに私は感じた。ハロルドを見失って、一人取り残されることを想像すると背筋に悪寒が走る。そうなっては大変だ。

「あの! ねぇ、馬のお医者さん! 足が速くて……もう少しゆっくり歩いてもらえませんか?」

 私はたまらず音を上げた。すると、ハロルドはまた苦々しい表情で私を振り返る。

「ハ・ロ・ル・ド、だ! 私の名前は"馬のお医者さん"ではなく"ハロルド"。あと、人魚様の足が遅いのかと思われる」

 彼らしい返答なのだが、なんだろう、とてもイラッとしてしまった。でもしかし、ハロルドはそう言いつつも歩みを緩めるようになってくれた。本当は優しいのかもしれない。

 私は、彼が歩みを緩めてくれたお陰で、歩きながら周囲を見渡す余裕が出てきた。

 廊下の様子は、流石お城、という感じで絢爛豪華なものだった。エンジ色の絨毯が敷かれ、壁には装飾が施された照明が並んでいる。等間隔に扉が設けられており、ひとつひとつの扉に彫刻が施されていた。しかし、進めども進めども、そして階段を降りたり登ったりしてもどこも同じような景色である。私は、一人じゃ城の中を歩けないな、と確信した。

 歩く間、私とハロルドの間に会話は無かった。無言でただただ長い道のりを歩いているうちに、私はいつの間にか私はご子息様のことを考えはじめていた。

 ご子息様は――ミャーシャの言い様からはとても素敵な人物像が伺えた。優しくて城のみんなに愛されている。一方で、ハロルドの言い様には嫌悪の感情が滲み出ていた。ハロルドの体質――日中は馬の姿になり、夜になると人間に戻るという体質はご子息様の気まぐれで付与されたとか言ってたっけ。

 うーん、分からない。ご子息様像が全く掴めないので、とりあえず信じたい方を信じようと思い、ミャーシャの意見を採用することにした。きっとハロルドはみんなに愛されているご子息様に嫉妬しているのだろう。男の嫉妬は見苦しいぞ、ハロルドよ。

 そんなふうに結論を出したところで、はたと気づいた。

 いつの間にか周囲は薄暗く、石壁に質素な蝋燭灯が並ぶばかり。私達はそんな冷たい空間を歩いていた。

「ねぇ、ハロルド、さん。これからご子息様に会うんでしょう?」

 王子様に会おうというのに、何故に先ほどの華やかなところではなく、こんなかび臭い場所を進んでいくのだろうか。この薄暗い通路の奥に、華やかな場所があるわけがないことは、初めてここに訪れる私でも分かることだった。

「ええ、もちろん。献上された人魚様を陛下はご子息様にさしあげることにしましたのでね。さぁ、こちらの部屋がご子息様の部屋になります」

 ハロルドはなんとも意地の悪い笑みを浮かべてこちらを振り返ると、そう言って、通路の突き当たりの扉を指示した。重々しく頑丈そうな扉がそこにあった。

 ――まるで牢屋じゃない。

 そう思ってしまうような嫌な雰囲気が立ち込めている。本当にここがご子息様の部屋なのか。

「それでは、ご夕食はご子息様とごゆっくりなされませ」

 私の不安などを余所にして、そう言い残してハロルドは去ってしまった。帰り方など分からないのだから、部屋に入るしかないのだけれど、なかなか勇気が出ない。扉の前で足踏みしていると、

「やぁ、アリス。心配要らないさ」

 斜め後ろから少しいたずらっぽい青年の声が聞こえてきた。

 声のした方を振り向くと、シルクハットを片手に持った美青年。エーリオだった。エーリオは安堵する私の頭を二回軽く触った後、私の手を取って、扉をノックもしないで開けてしまった!

「えっ」
――王子様? の部屋にノックもしないで入るなんて!

 無礼者として首が跳ねられてしまうのではないか? 私は青ざめる。しかし、開かれた扉の向こうには、別の驚きがそこにあった――。

 なんと扉の向こうには、エーリオがもう一人いたのである!!!
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