緋色の魔法遣い

Naoyuki Okada

文字の大きさ
22 / 48
第四章 星綾祭

第二十二話 異端の研究者

しおりを挟む
 時は遡り、エリスの実演予定時刻の十四時直前。アルヴィナはチラシ配りを切り上げて、会場に向かおうとしていた。
 友達の晴れ舞台を誇らしいと思う反面、羨ましくもある。  
 目標としていた自分の力についても、ドラゴンに関する手がかりも、相変わらず謎のままだ。
「わたしって、何もできていない」
 そんなことを考えながら歩いていると、校舎の陰にひっそりと設置された妙に大きなテントが目に入った。
「あれ? あんなところに出展があったんだ」
 何気なく近づいてみると、そのテントには「空を飛ぶロマン! 飛行魔法器の試作機展示」と書かれた看板が立てかけられている。テントの前には中年男性が暇そうに煙草をくゆらせていた。
 髪が手入れされておらず、ぼさぼさの陰気な男──出展証に「カシウス」と名前の書かれた──は振り返ると、アルヴィナを見るなり目を見開いた。
「君……」
 しばらくアルヴィナをじっと見つめた後、カシウスはおそるおそる続きの言葉を告げた。
「まさか〝《狂い火くるいび》〟が、なぜ正気で暮らしているんだ?」
 アルヴィナはますます困惑する。
「《狂い火》? それって何ですか?」
 カシウスは懐から骨のような、白く小さな何かを取り出して見せた。それは複雑な紋様が刻まれた、見たことのない道具だった。
「これは 〈秘密の印章シギル・アルカナム〉という魔法器だ。《狂い火》に変異しつつある者がいれば光って反応する」
 カシウスは握ったその魔法器を、アルヴィナの目の高さに持ち上げて続けた。
「君がここに来た瞬間、こいつが反応を示した。そして目の前にしている今、焼け付くほど赤い色になっている。つまり君は《狂い火》を発症している」
「そんな事、先生達からも言われたことありません。わたし、普通の学生ですよ」
 アルヴィナは首を振る。カシウスは目が飛び出そうなほどぎょろつかせ、興奮気味に早口にまくし立てた。
「そうだ、君は外見――その白い髪は変わっているな。見かけはまったく正常だ。本来なら発症者は。なぜ自我を保っていられる?」
「正気を失うって……そりゃ大講堂の天井を壊しはしましたけど…」
 アルヴィナは混乱していた。魔法が起こす火のせいでよそよそしくされるのは慣れているが、面と向かって狂っていると言われてはさすがに傷つく。
「なんということだ……学園は君に何も知らせていないのか」
 カシウスは憐れみを含む表情で続ける。
「何か火にまつわるトラウマはないかね? もしくは強い衝動が」  
「火……」
 まるで当然の事のように自分の過去を看破され、アルヴィナは驚きを隠せない。
(ドラゴンの話……してもいいのかな)
 迷いが顔に出ていたのか、カシウスは悟ったように話を続けた。
「やはり心当たりがあるのだな……大事な話がある。君の人生、いや命に関わることだ」  
「どういうことですか?」
 あまりにも唐突な話の飛躍にアルヴィナは戸惑う。カシウスはきょろきょろと用心深く周囲を見回す。
「ここでは盗み聞きされるかもしれん。場所を移そう」
 カシウスはテントの奥を指差した。
「遮音の魔法がかかっている。秘密の話にはもってこいだ」  
「でも」
 アルヴィナは躊躇した。見知らぬ大人についていくのは危険だという常識があった。それにエリスの発表時間も近づいている。カシウスは真面目な表情で続けた。
「私は研究者だ。真実を探求する者の責務として、君の境遇は見過ごせない」  
「真実……」
 アルヴィナは少し考えてから、こっそりと〈運命流うんめいりゅう〉を発動する。カシウスの身体、そしてテントの中に向かって黄金の運命線が伸びている。見たこともない予測、だが黒猫の眼の色によく似た予感に、避けてはならない何かを感じ取った。
 カシウスはその間もアルヴィナの目を真っ直ぐ見ていた。
(エリスとよく似てる。何が何でも知りたいって顔だわ)
 アルヴィナは友人に申し訳なく思いつつも、観念した。
「わかりました。でも、変なことしたら暴れますからね」
「よろしい。だが実際のところ、只人である私の方が危険なのだ」
 カシウスは引きつるような笑みを浮かべた。

 カシウスが先にテントに入り、アルヴィナを招き入れる。
 外からは全くわからなかったが、奥は研究室が造られていた。  
 本や資料がうず高く積まれ、壁の部分には様々な図表や計算式が描かれた紙がびっしりと貼られている。真ん中に置かれた広いテーブルの上には、何に使うのか想像もつかない装置や器具が並んでいた。
「すごい…」
 アルヴィナは部屋を見回しながら呟いた。
「この研究室、学園とは全然違う雰囲気ですね」  
「皆そう言う。私はこの通り研究室も与えられていない、厄介者扱いでね。ああ、適当に座りたまえ」
 カシウスは木箱を勧めながら言った。アルヴィナは仕方なく言われたとおりに座る。
「まずは君の名前を聞かせてくれ」
「アルヴィナです」  
「アルヴィナか……名は体を表すという、なるほど良い名前だ。君のご両親は良い感性を持っていらっしゃる。私はカシウス・イヌシタトゥス。魔法遣いではない普通の人間だよ」
 褒めているのか貶しているのかわかりにくい感想を言い、カシウスは資料の山から何かを探しながら話を続けた。
「まるで教師になったような気分だな。さて、君に教えなければならないことがたくさんある」  
「はあ」
 アルヴィナはとりあえず聞く姿勢を取った。
「この世界には、人知を超えた存在がいる。この星の生命の営みや自然の枠組みから逸脱した、。私はそれを 《RSS(レス・シンギュラリッシマエ)》と呼んでいる」
 カシウスは黒板に文字を書きながら説明した。聞き慣れない単語に、アルヴィナは思考が停止する。
「奴らには人間の都合や、心、物の道理というものがまったく通用せん。上流から下流に向かって川が流れる、陽が東から昇って西に沈む、そういった当たり前の現象すら覆してしまう、理不尽の権化。まさに超越者だ」
「そんな不思議な経験、ありませんよ……」
 否、ひとつだけ〝ドラゴン〟をのぞいて。
「いや、君たち魔法遣いは必ず出会っている筈だ。奴らの一柱、金色の瞳を持つ《黒猫》の姿と」
「ちょっと待ってください、何故いまあの子の話が出るんですか?」
 故郷の村から着いてきた黒猫。意味ありげな姿に、普通の猫ではないとはアルヴィナもうすうす感じ取っていた。
 カシウスは、目的の物が見つかったらしく、一冊の本を開いて見せた。昔の壁画だろうか、人と猫らしいモチーフを〈カメラ〉で描いた図が載っている。
「あれは断じて猫、哺乳類で定義されるネコ科の生物ではない。その姿を、運命を司るだ。はるか昔から、人に不思議な力を与えてきた――今日では魔法と呼ばれている運命を操作する力を」  
「運命……」  
「君はこれまでの人生の中で、重要な選択に迫られた時、必ず《黒猫》が現れやしなかったかい?」
 アルヴィナには心当たりがあった。ドラゴンとの出会い、故郷を出ると決めた日、エリスとの冒険。大事な瞬間にいつも《黒猫》はどこからともなく現れた。
 少し考えてから、アルヴィナは深く頷く。
「君と同じように魔法遣い達はみな、少なからず奴との繋がりを持っている。〝あの子〟と呼ぶくらい頻繁に出会っているということは、君は特に気に入られているようだ」
 今まで《黒猫》からは、見守られているという気持ちを、アルヴィナは抱いていた。しかし異なる視点が入ったことで、うすら寒いものを感じた。
「《狂い火》の話だったな、まったくつい話が逸れてしまう。こちらも超越的存在――いや、現象と表した方が正しいか」  
「現象、ですか?」  
「《RSS》を指すのは、特定の生き物や物体だけではない。《狂い火》とは、君たち魔法遣いにいずれ訪れる、心を失い破壊衝動だけが残る末路だ」  
「末路って……わたしはこの通り普通に生きていますよ」
 聞き捨てならない事にも触れていた気がするが、アルヴィナは何よりも一番の疑問をぶつけた。カシウスはこめかみを押さる。
「そこが不可解なのだ。こうして会話している限りでは、君はまったくの正常で社会生活も問題なくできているのは認めざるを得ない」  
 カシウスの眼、どこまでも見通そうという探求者の瞳がアルヴィナの眼を真っ直ぐ捉える。瞳の奥に潜んでいる何かを見つけ出そうというかのように。
「あらためて聞こう。炎について強い衝動や記憶はないか?」
 アルヴィナはとうとう、最も大切な自分の核心に触れる話をする覚悟を決めた。
「……ドラゴンという言葉をご存知ないですか?」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~

スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」 王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。 伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。 婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。 それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。 ――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。 「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」 リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。 彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。 絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。 彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」 イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。 対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。 レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。 「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」 「あの、ちょっとよろしいですか?」 「なんだ!」 レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。 「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」 私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。 全31話、約43,000文字、完結済み。 他サイトにもアップしています。 小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位! pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。 アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。 2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...