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六章
無言の連携 (ベルンハルト視点)
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その気配だけで分かるが、後方へと視線を向ければ、今にも舌打ちでもしそうな顔を浮かべているアルノルドがいた。苛立ちを隠しきれない時の沈黙を纏っているが、その気持ちは理解できた。
あの巨体に似つかわしくない俊敏さに加え、虫特有の軌道を読ませぬ挙動。そして、全身を覆う硬質な殻。どれか一つでも厄介だというのに、それらを兼ね備えている。
アルノルドの魔法を避けたところを見るに、魔力の流れや気配にすら敏感なのだろう。そのため、今のような中途半端な攻撃では、刃は容易く弾かれる。そのことを考えれば、この状況のままで仕留められる相手ではない。
(……そのうえ、脱皮を繰り返し強度を高める種か)
私は、無造作に地上に捨てられた殻へと視線を落とした。
この手の魔物は、脱皮のたびに殻の強度を増しながら再生する。その代わりに、脱皮直後だけは柔らかく、最大の好機でもある。だからこそ、姿を晒していれば討伐は難しくない。しかし、それが通じない。
地中へ潜ったのは、最も脆い瞬間を、確実にやり過ごすための防御行動であり、本能的な判断だろう。それが理にかなっているからこそ、腹立たしいほど厄介だった。
(下手に知恵を持つ魔物ほど、始末が悪い……)
胴体に生えた無数の足は刃のように鋭く、触れれば肉など容易く裂ける。毒液による遠隔攻撃まで備えているため、近づくことすら命懸けだ。そして、状況は刻一刻と変わり続けていた。大地だけでなく、空気までもが乾いていく。
(……水分を成長に使っているのか)
根拠のない考えだが、おそらく間違っていないだろう。雨が止んだのも穢れの影響ではなく、魔物の特性と考えた方が自然だった。だが、水気を奪われた環境での長時間の戦闘は、人間にはあまりにも過酷だ。自然と喉が乾き、呼吸は重くなり、体力だけが削られていく。
アルノルドと同じく後方へ意識を向ければ、地盤が安定しないことで、味方である者達が無駄に体力を消耗しているのが分かる。遅れを取る前に、早々に決着をつけるべき状況だった。しかし、その間にも、さらなる水を求めるように、小物達が青龍へと集まり始めていた。
爪と尾で絶えず薙ぎ払っているが、その数が多すぎた。叩き潰しても、押し返しても、次の波がすぐに押し寄せてくる。ついには耐えきれず、ブレスが放たれたが、龍とて無限に吐けるわけではない。それどころか、水が呼び水となり、群れの動きをさらに加速させてしまっていた。
遅れて、もう一方の紅龍が擁護するように火のブレスを放つ。しかし、無数の殻に守られた魔物の群れは、下層まで焼き切れず、表面を焦がすだけに留まった。焦げた殻が砕け落ちても、それでも勢いは衰えない。むしろ、焼かれた分だけ、さらに奥から湧き上がってくるようにすら見える。龍であるから耐えられているが、人であれば耐えられずに終わっているだろう。
小物は知能が低い分、本能が強いようだ。その考えを裏付けるように、水を求めて水の結界へと群がり、よじ登るように上へ上へと広がっていく。そのせいで陽は遮られ、辺りは薄暗くなったが、それ以上に私の意識を引きつけたのは、一人の顔色だった。
(……まずいな)
特定の魔物に恐怖を覚える兵は、決して少なくない。彼もまた、例外ではないのだろう。そして、そうした者は稀に、限界を越えた瞬間、理屈に合わない行動を起こすことがある。しかし、この場でそれが起これば、連鎖的に崩れる可能性があるため、長引かせるわけにはいかない。
「……アルノルド」
「……」
子供らは結界の外にいるため問題はないが、このまま長引けば、こちらが不利と判断される。その状況を打開するため、私はその名を呼んだ。それでも、返事はない。
この男が、この程度の状況を見誤るはずがない。打開する方法にも、既に辿り着いているだろう。だからこそ、無言を貫き、動こうとしない。
「……アルノルド」
再び名を呼ぶと、今度は低く、短い声が返った。
「……駄目だ」
やはり意図は伝わっていたようで、即答だった。そこに迷いも、躊躇もなく、私の意図を完全に察したうえでの拒絶だった。
「我らも共に使えば、一人に集中することもないだろう」
剣ほどではないが、魔法も人並み以上には使える。ましてや、アルノルドがいれば魔法に関しては問題はない。そう告げると、返ってきたのは、苦渋に満ちた沈黙の後の声だった。
「……分かった」
短く、重い返事。それだけで、彼がどれほどの覚悟を呑み込んだかが伝わる。アルノルドは覚悟を決めたように、後方へ声を飛ばした。
「オルフェ。本体を誘き出すぞ」
魔法で届いた言葉に、少年の表情が一瞬で引き締まる。その眼には、怯えはない。
敵の注意が逸れている隙を突き、私も後方へと下がり、それと同時に水魔法を発動した。乾き切ったこの環境では、水を集めるのは本来では容易ではない。だが、水魔法に長けた者の協力があったため、そこまで問題にはならなかった。
徐々に水の玉が形成され、その気配に呼応するように地面が揺れた。砂を撒き散らしながら、再び姿を現す巨体だったが、姿を現すなり、足を切り落とした私へと歯を鳴らし、威嚇してくる。そして、その足は既に再生していた。
(……やはり、な)
警戒を向けながらも、魔物は嬉々とするように水を吸収し始める。それは魔力ごと吸い上げる勢いだった。しかし、その魔力の流れに気付いたのか、こちらへと視線が動いた。そして、その注意が向くのは、水の気配を最も強く放つ存在。
「……虫の分際で」
低く吐き捨てられたその声で、アルノルドの逆鱗に触れたのだと、はっきり分かった。自身が標的になるのは構わない男だが、自身が守るものを狙われて、黙っていられるような男ではないため、それは当然だった。
「……ベルンハルト。アレをやるぞ。本気で行け」
その声音に、迷いは一切なかった。
滅多に本気など出さない男だ。だが、腹に据えかねることが立て続けに起きた今、その大元の元凶である“コレ”に対して、並々ならぬ思いを抱いているのは明らかだった。しかし、それは私とて同じだ。今回の件に関して思うところは多岐にわたり、積み重なった怒りや苛立ちが、この一体へと収束していく。そして今、剣を向けるべき相手は明確になったのならば、もう押しとどめる理由などない。
「……分かった」
そう答えた瞬間、アルノルドは悪魔のように美しい笑みを浮かべ、後方を見た。
「オルフェ、結界を解いていい」
「何を言っている!?」
その言葉を聞いた途端、騎士の叫びが上がった。しかし、結界が敵を広範囲へ拡散させないよう防いでいるため、動揺するのも無理はない。だが、アルノルドが本気を出すならば、結界は邪魔でしかない。
何かを察しているのか、騎士達の騒ぎを意に介さず、静かに魔法を解除する。それに伴い、群がっていた魔物が次々と落下した。だが、それらは地に叩きつけられる前に、宙で縫い止められる。
周囲に満ち始めた風の魔力に、敵も明らかに気付いている。しかし、水の結界が消えたことで、奥にいる、この場で最も強く水の気配を放つ存在へと、魔物の視線が定まる。
「一度ならず、二度までも……」
低く吐き捨てる声。逆鱗に触れているというのに、それをさらに逆なでする行為。それに呼応するように、アルノルドの魔力が膨れ上がる。空気が震え、風が鳴いた。だが、アルノルド同様、私の守るべき存在も、その存在の傍らにいる。ならば、私もそちらへ行くような暴挙を許すわけにはいかない。
風が巻き起こり、砂嵐となる。だが敵は、風魔法では致命傷にならないと判断したのか、余裕を見せ、悠然と構えていた。
(……それが命取りだ)
最初は、ただ周囲で吹き荒れるだけの風だった。だが、紅龍のブレスによる熱と、季節特有の暑さによって、結界内の温度は外よりも高くなっていた。そこへ、結界で冷やされた空気が、周囲の風に押されるように中心へ流れ込んだ。冷と熱がぶつかり、風は一気に立ち上る。それは急激な上昇気流となって、本体へと襲いかかり、魔物はその場で踏み留まろうと身を固めた。だが、それだけで十分だった。
その僅かな一瞬を逃さず、召喚獣カルロが一気に上空へと押し上げ、その巨体を縫い止める。いくら魔力に敏感でも、自然現象そのものまでは察知できなかったのだろう。アルノルドの思惑通り、他の小物達と一緒に、まとめて宙に囚われる。揃って逃れようと身を捩るが、描くのは虚しい軌跡だけ。あれほどの巨体を風だけで浮かせ、なおかつ周囲の小物を一匹も逃さない。それは、魔力と技量の域を超えたものだった。
(他の者では、到底無理だっただろうな)
その間、私もただ見ていたわけではない。氷の大地を形成していく相棒カムイと共に、私は剣へと魔力を注ぎ続けていた。
こちらの準備が整ったのを感じ取ったのか、宙に縫い止められていたムカデ達が次々と地上へ落ちる。だが、そこにあったのは、もはや慣れ親しんだ砂地ではない。鏡のように滑らかな、すり鉢状の氷の大地。
厚い氷に阻まれ、先ほどのように砂へ潜ることもできない本体は、他の小物と同様、氷の上で無様に足をばたつかせるだけの「ただの虫」と成り果てていた。急激な冷気は、周囲の者達の動きすら鈍らせるため、味方がいる戦場では、ここまでの魔法を使うことは本来ない。だが、私達以上に温度変化に弱いのだろう。それは俊敏さを完全に失っていた。
(……このような場所で、ここまで魔力を使うつもりはなかったのだがな)
仮想敵国であるルークスの地。そこで手の内を晒すような真似は、極力避けるべきだった。だが、アルノルドが既に手の内を晒している以上、それは今さらだ。私は剣を握りしめ、敵に向けて駆け出した。
先ほどよりも魔力が増した剣は、カムイが作り出した氷の世界の冷気を纏い、さらに硬度を増していた。私の接近に気づいた本体が、身動きが取れない状況下でありながらも、接近を拒むように毒液を放つ。だが、避ける必要はない。
何もせずとも風がそれを弾き返し、私の進路を阻めるものは、もはや存在しない。私は身動きの取れぬ本体の頭部へ、その勢いのままに剣を振り下ろした。その瞬間、上空から叩きつけるような風圧が落ちる。その影響で、剣の重みはさらに増し、氷剣から溢れ出した冷気が周囲を覆った。
冷気は、周囲の小物達を容赦なく凍り付かせ、本体すらも包み込む。そして、重く、鈍い音が響き、次の瞬間、全てが砕け散った。
舞い上がる氷の破片。その白い世界の中心に、私は立っている。やがて、それらが地に落ちきった時、戦場には静寂だけが残っていた。
あの巨体に似つかわしくない俊敏さに加え、虫特有の軌道を読ませぬ挙動。そして、全身を覆う硬質な殻。どれか一つでも厄介だというのに、それらを兼ね備えている。
アルノルドの魔法を避けたところを見るに、魔力の流れや気配にすら敏感なのだろう。そのため、今のような中途半端な攻撃では、刃は容易く弾かれる。そのことを考えれば、この状況のままで仕留められる相手ではない。
(……そのうえ、脱皮を繰り返し強度を高める種か)
私は、無造作に地上に捨てられた殻へと視線を落とした。
この手の魔物は、脱皮のたびに殻の強度を増しながら再生する。その代わりに、脱皮直後だけは柔らかく、最大の好機でもある。だからこそ、姿を晒していれば討伐は難しくない。しかし、それが通じない。
地中へ潜ったのは、最も脆い瞬間を、確実にやり過ごすための防御行動であり、本能的な判断だろう。それが理にかなっているからこそ、腹立たしいほど厄介だった。
(下手に知恵を持つ魔物ほど、始末が悪い……)
胴体に生えた無数の足は刃のように鋭く、触れれば肉など容易く裂ける。毒液による遠隔攻撃まで備えているため、近づくことすら命懸けだ。そして、状況は刻一刻と変わり続けていた。大地だけでなく、空気までもが乾いていく。
(……水分を成長に使っているのか)
根拠のない考えだが、おそらく間違っていないだろう。雨が止んだのも穢れの影響ではなく、魔物の特性と考えた方が自然だった。だが、水気を奪われた環境での長時間の戦闘は、人間にはあまりにも過酷だ。自然と喉が乾き、呼吸は重くなり、体力だけが削られていく。
アルノルドと同じく後方へ意識を向ければ、地盤が安定しないことで、味方である者達が無駄に体力を消耗しているのが分かる。遅れを取る前に、早々に決着をつけるべき状況だった。しかし、その間にも、さらなる水を求めるように、小物達が青龍へと集まり始めていた。
爪と尾で絶えず薙ぎ払っているが、その数が多すぎた。叩き潰しても、押し返しても、次の波がすぐに押し寄せてくる。ついには耐えきれず、ブレスが放たれたが、龍とて無限に吐けるわけではない。それどころか、水が呼び水となり、群れの動きをさらに加速させてしまっていた。
遅れて、もう一方の紅龍が擁護するように火のブレスを放つ。しかし、無数の殻に守られた魔物の群れは、下層まで焼き切れず、表面を焦がすだけに留まった。焦げた殻が砕け落ちても、それでも勢いは衰えない。むしろ、焼かれた分だけ、さらに奥から湧き上がってくるようにすら見える。龍であるから耐えられているが、人であれば耐えられずに終わっているだろう。
小物は知能が低い分、本能が強いようだ。その考えを裏付けるように、水を求めて水の結界へと群がり、よじ登るように上へ上へと広がっていく。そのせいで陽は遮られ、辺りは薄暗くなったが、それ以上に私の意識を引きつけたのは、一人の顔色だった。
(……まずいな)
特定の魔物に恐怖を覚える兵は、決して少なくない。彼もまた、例外ではないのだろう。そして、そうした者は稀に、限界を越えた瞬間、理屈に合わない行動を起こすことがある。しかし、この場でそれが起これば、連鎖的に崩れる可能性があるため、長引かせるわけにはいかない。
「……アルノルド」
「……」
子供らは結界の外にいるため問題はないが、このまま長引けば、こちらが不利と判断される。その状況を打開するため、私はその名を呼んだ。それでも、返事はない。
この男が、この程度の状況を見誤るはずがない。打開する方法にも、既に辿り着いているだろう。だからこそ、無言を貫き、動こうとしない。
「……アルノルド」
再び名を呼ぶと、今度は低く、短い声が返った。
「……駄目だ」
やはり意図は伝わっていたようで、即答だった。そこに迷いも、躊躇もなく、私の意図を完全に察したうえでの拒絶だった。
「我らも共に使えば、一人に集中することもないだろう」
剣ほどではないが、魔法も人並み以上には使える。ましてや、アルノルドがいれば魔法に関しては問題はない。そう告げると、返ってきたのは、苦渋に満ちた沈黙の後の声だった。
「……分かった」
短く、重い返事。それだけで、彼がどれほどの覚悟を呑み込んだかが伝わる。アルノルドは覚悟を決めたように、後方へ声を飛ばした。
「オルフェ。本体を誘き出すぞ」
魔法で届いた言葉に、少年の表情が一瞬で引き締まる。その眼には、怯えはない。
敵の注意が逸れている隙を突き、私も後方へと下がり、それと同時に水魔法を発動した。乾き切ったこの環境では、水を集めるのは本来では容易ではない。だが、水魔法に長けた者の協力があったため、そこまで問題にはならなかった。
徐々に水の玉が形成され、その気配に呼応するように地面が揺れた。砂を撒き散らしながら、再び姿を現す巨体だったが、姿を現すなり、足を切り落とした私へと歯を鳴らし、威嚇してくる。そして、その足は既に再生していた。
(……やはり、な)
警戒を向けながらも、魔物は嬉々とするように水を吸収し始める。それは魔力ごと吸い上げる勢いだった。しかし、その魔力の流れに気付いたのか、こちらへと視線が動いた。そして、その注意が向くのは、水の気配を最も強く放つ存在。
「……虫の分際で」
低く吐き捨てられたその声で、アルノルドの逆鱗に触れたのだと、はっきり分かった。自身が標的になるのは構わない男だが、自身が守るものを狙われて、黙っていられるような男ではないため、それは当然だった。
「……ベルンハルト。アレをやるぞ。本気で行け」
その声音に、迷いは一切なかった。
滅多に本気など出さない男だ。だが、腹に据えかねることが立て続けに起きた今、その大元の元凶である“コレ”に対して、並々ならぬ思いを抱いているのは明らかだった。しかし、それは私とて同じだ。今回の件に関して思うところは多岐にわたり、積み重なった怒りや苛立ちが、この一体へと収束していく。そして今、剣を向けるべき相手は明確になったのならば、もう押しとどめる理由などない。
「……分かった」
そう答えた瞬間、アルノルドは悪魔のように美しい笑みを浮かべ、後方を見た。
「オルフェ、結界を解いていい」
「何を言っている!?」
その言葉を聞いた途端、騎士の叫びが上がった。しかし、結界が敵を広範囲へ拡散させないよう防いでいるため、動揺するのも無理はない。だが、アルノルドが本気を出すならば、結界は邪魔でしかない。
何かを察しているのか、騎士達の騒ぎを意に介さず、静かに魔法を解除する。それに伴い、群がっていた魔物が次々と落下した。だが、それらは地に叩きつけられる前に、宙で縫い止められる。
周囲に満ち始めた風の魔力に、敵も明らかに気付いている。しかし、水の結界が消えたことで、奥にいる、この場で最も強く水の気配を放つ存在へと、魔物の視線が定まる。
「一度ならず、二度までも……」
低く吐き捨てる声。逆鱗に触れているというのに、それをさらに逆なでする行為。それに呼応するように、アルノルドの魔力が膨れ上がる。空気が震え、風が鳴いた。だが、アルノルド同様、私の守るべき存在も、その存在の傍らにいる。ならば、私もそちらへ行くような暴挙を許すわけにはいかない。
風が巻き起こり、砂嵐となる。だが敵は、風魔法では致命傷にならないと判断したのか、余裕を見せ、悠然と構えていた。
(……それが命取りだ)
最初は、ただ周囲で吹き荒れるだけの風だった。だが、紅龍のブレスによる熱と、季節特有の暑さによって、結界内の温度は外よりも高くなっていた。そこへ、結界で冷やされた空気が、周囲の風に押されるように中心へ流れ込んだ。冷と熱がぶつかり、風は一気に立ち上る。それは急激な上昇気流となって、本体へと襲いかかり、魔物はその場で踏み留まろうと身を固めた。だが、それだけで十分だった。
その僅かな一瞬を逃さず、召喚獣カルロが一気に上空へと押し上げ、その巨体を縫い止める。いくら魔力に敏感でも、自然現象そのものまでは察知できなかったのだろう。アルノルドの思惑通り、他の小物達と一緒に、まとめて宙に囚われる。揃って逃れようと身を捩るが、描くのは虚しい軌跡だけ。あれほどの巨体を風だけで浮かせ、なおかつ周囲の小物を一匹も逃さない。それは、魔力と技量の域を超えたものだった。
(他の者では、到底無理だっただろうな)
その間、私もただ見ていたわけではない。氷の大地を形成していく相棒カムイと共に、私は剣へと魔力を注ぎ続けていた。
こちらの準備が整ったのを感じ取ったのか、宙に縫い止められていたムカデ達が次々と地上へ落ちる。だが、そこにあったのは、もはや慣れ親しんだ砂地ではない。鏡のように滑らかな、すり鉢状の氷の大地。
厚い氷に阻まれ、先ほどのように砂へ潜ることもできない本体は、他の小物と同様、氷の上で無様に足をばたつかせるだけの「ただの虫」と成り果てていた。急激な冷気は、周囲の者達の動きすら鈍らせるため、味方がいる戦場では、ここまでの魔法を使うことは本来ない。だが、私達以上に温度変化に弱いのだろう。それは俊敏さを完全に失っていた。
(……このような場所で、ここまで魔力を使うつもりはなかったのだがな)
仮想敵国であるルークスの地。そこで手の内を晒すような真似は、極力避けるべきだった。だが、アルノルドが既に手の内を晒している以上、それは今さらだ。私は剣を握りしめ、敵に向けて駆け出した。
先ほどよりも魔力が増した剣は、カムイが作り出した氷の世界の冷気を纏い、さらに硬度を増していた。私の接近に気づいた本体が、身動きが取れない状況下でありながらも、接近を拒むように毒液を放つ。だが、避ける必要はない。
何もせずとも風がそれを弾き返し、私の進路を阻めるものは、もはや存在しない。私は身動きの取れぬ本体の頭部へ、その勢いのままに剣を振り下ろした。その瞬間、上空から叩きつけるような風圧が落ちる。その影響で、剣の重みはさらに増し、氷剣から溢れ出した冷気が周囲を覆った。
冷気は、周囲の小物達を容赦なく凍り付かせ、本体すらも包み込む。そして、重く、鈍い音が響き、次の瞬間、全てが砕け散った。
舞い上がる氷の破片。その白い世界の中心に、私は立っている。やがて、それらが地に落ちきった時、戦場には静寂だけが残っていた。
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五歳になり、召喚の儀式に失敗し、今まで何も知らなかったと嘆いているところまで読みました。五歳の子供なんて、何も知らなくて当然だと思うけど、貴族の五歳の子供は、色々と勉強して読み書きくらいは、知っておくのが当然の世界なのかな?
コメントありがとうございます。
魔物がいる世界の設定にしているため、精神の成長が速かったり、社会に出た時に出た時に困らない程度には知恵や、自己防衛手段を身に付けている設定にしています。
説明不足などで分かりにくくてすみません。