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六章
現れるもの (アルノルド視点)
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魔法でリュカ達の会話にも耳を傾けていると、嫌な予感は的中した。案の定、また余計なことを口にし始め、話の流れが不本意な方に逸れかける。これ以上、向こう側に時間を与えるわけにはいかない。そう判断した瞬間、私はカルロへと合図を送り、強制的に例の物を手放させた。そして、空中に投げ出されたそれが重力に引かれるよりも速く、私は風魔法を叩き込む。
「おい……っ!!」
爆ぜるような音とともに対象を貫いた瞬間、向こうの騎士から勝手な行動を咎める声が飛んだ。だが、そんなものに構っている余裕などない。横目で確認すれば、そこには既に、氷で形作られた剣を手にしたベルンハルトの姿があった。構えることもなく、微動だにせず前を見据えている。
(……流石だな)
何も言わずとも、既に対応に至っている男から視線を外し、私も準備を整える。
城で王族に謁見する以上、武器の携帯など許されない。当然、私も丸腰でこの国に来ていた。そのため、向こうから武器を貸すなどという打診があったが、私達は即座にそれを断った。今は共闘しているといっても、敵国の者から武器を借りるほど、落ちぶれてはいない。
ベルンハルトは周囲への被害を抑えるため風属性を多用しているが、本来は氷の方が得意だ。愛用の剣を持たずとも、不利に陥ることはないだろう。むしろ、問題は別にある。
激しい雨音のような中に、カサ、カサ、と、耳に張り付くような不快な音が混じっている。それは地面をゆっくりと、しかし確実に黒く染めていく。
(……止まらない、か)
元凶へと視線を向けると、空中で破壊されたはずのそれからは黒い何かが流れ落ち、まるで水柱のような形を成していた。禍々しい気配を纏ったそれらは、その場を中心に円を描くように、瞬く間に広がっていく。
私はその光景を冷静に分析しながら見据えるが、時間を与えれば与えるほど、不利になるのは明白だった。そう理解した瞬間、胸の奥に僅かな苛立ちが生じる。その判断を代弁するかのように、隣に立つ男が低く口を開いた。
「……多いな」
低く漏れた呟きに感情はない。だが、既にかなりの数が周囲に広がり、地面を黒く塗り潰しているというのに、それでも止まる気配は見えないことに思うところはありそうだ。私も、これだけの数を封印していたという点だけを見れば、確かに評価は出来る。 しかし、肝心な部分の説明が欠落しており、その事実があまりにも大きすぎた。だからこそ、素直に称賛する気など、欠片も湧かなかった。
「また、うっかりとでも言いそうだな……」
先ほどのやり取りが脳裏をよぎり、舌打ちしたくなる衝動を抑える。情報の有無が、どれほど状況を左右するかを理解していない。その事実が、なおさら苛立ちを煽った。だが、後方では打ち合わせていた動きが、寸分の狂いもなく実行されていく。
当初の予定通り、オルフェが水の結界を展開し、外へ漏れ出すのを防いでいる。だからこそ、私達は大元にのみ意識を集中させればいいはずだった。だが、それにもかかわらず、その本体の片鱗が、未だに姿を現していない。
「まだなのか!?」
未だに動こうとしない私達に、後方を任せた者達から焦りを滲ませた声が上がる。だが、焦って動いたところで、良い結果など得られない。護衛として、オルフェの攻撃から漏れ出した敵を確実に処理しているようだが、その数は、既にこちらへ押し寄せている黒い波に比べれば微々たるものだ。その程度で取り乱すあたり、力量が知れる。
ベルンハルトは無言のまま、近付いてくるものを氷魔法で凍らせ、私の分まで砕いていく。そのおかげで、私は余計な動作を切り捨て、気配を読むことだけに集中出来ていた。だが、後方にも気を配り、万が一にも備えているのだが、その静かな対応が、周囲には何もしていないように映るらしい。しかし、本体がどれか分からない以上、今は状況を見極めるしかない。
私は周囲の雑音を意識から切り捨て、ただひたすらに気配を探り続けた。その時、黒い塊の中心から、一際大きな気配が立ち上がった。
「……来た」
空中に浮かんでいた黒い塊が、ひときわ大きく膨らむ。次の瞬間、そこから生まれ落ちるように巨大な影が地面へと叩きつけられ、衝撃に大地が低く唸りを上げ、大きく揺れた。
黒い海のような場所から、ゆっくりと鎌首が持ち上がる。全長二十。いや、三十メートルはあるだろうか。視界を覆うほどの巨体が、悠然とこちらを見下ろしていた。
「……聞いていた情報と違うな」
もう少し小さいと聞いていただけに、事実をなぞるだけの言葉だったはずだが、口から零れた声は、どこか乾いていた。
「……既に今さらだろう」
「……そうだったな」
情報通りだったものなど、最初から一つもない。そう告げると、ベルンハルトは諦めにも似た息を吐き、手を休めることなく氷の剣を一閃しながら、静かに首を振った。その間に、私はカルロへ、擬態を解除するよう命じる。すると、それに応じるように、鷹の姿をしていたカルロの輪郭が揺らぎ、次の瞬間、本来の姿である聖獣の姿へと変わった。
深い森の色を映したようなしなやかな緑の羽毛に包まれ、尾羽根は胴の倍ほども長い。空を舞うたび、絹の帯のように美しくたなびき、その大きな翼が動くたびに、柔らかな緑のさざなみが広がり、空気がわずかに震えた。
本気を出すのであれば、姿を隠したままでも何の問題もない。だからこそ、私は手の内を隠すため、あえて普段からその力を伏せてきた。そのため、カルロの本来の姿を知る者は極わずかであり、あの両親でさえ、一度もこの姿を見たことはない。だからだろう。ベルンハルトが、なぜこの場で見せるのかと問うような視線を向けてくるのも、無理はなかった。
「……道は作ってやる」
「……」
要件だけを告げると、答えになっていないという視線が無言で返ってきた。私とて、精霊狂いであるこの国の連中に、この切り札を晒すのは本意ではない。だが、少しでも奴らの目を眩ますためには、やむを得ない。
「早々に、この国を去った方が良さそうだな……」
ベルンハルトがそう呟いた瞬間、地を蹴る音が弾けた。巨体へ向かって一直線に駆け出す姿に、躊躇は一切ない。 しかし、それを阻むように、周囲の小物が一斉に動いた。
カサ、カサ、と地を這う音が重なり、黒い波が足元から押し寄せるが、それでもベルンハルトの歩みは止まらない。剣閃が走り、氷が砕ける音が連続する。斬る、砕く、踏み越える。その動作に迷いはなく、有象無象は足止めにすらならなかった。その姿に、敵も距離を取るように動く。
地面を滑るように後退するその動きは、骨のない生き物であるからこそ滑らかで、異様な速さを帯びていた。次の瞬間、口が開き、薄黒い紫の液体が弾丸のように吐き出される。
「……っ!」
私は即座に風魔法を展開する。すると、結界にぶつかった液体が弾け、飛び散った雫が地面に落ちた。その瞬間、ジュッ、と焼けるような音と共に白煙が立ち上がった。
(……毒液か)
後方の安全を優先したが、ベルンハルトは自ら跳ねるように身をかわしていた。反射的な動きだったが、同時に襲いかかってきた胴体から伸びる足すら、逆に切り落とす余裕を見せる。避けきれなかった液体は奴自身にもかかっていたが、動きに乱れはない。だが、分身である子ムカデ達はそうはいかなかった。触れた瞬間、次々と溶け落ちながら黒い煙が立ち昇る。
しかし、溶けていく分身達を前にしても、敵は何の反応も示さない。知能の低い魔物には珍しくない光景だが、自らの分身が消えていく様を前にしてなお、感情の揺らぎ一つ見せない。その無機質さは、まるで鏡越しに自分の本質を見せつけられ、同じだと言われているようで、見ていて気分の良いものではなかった。
その存在を否定するように、私は魔法を放つが、それよりも速く敵の触覚が微かに震えた。まるで空気の揺らめきでも察したかのように、魔法が届くよりも先に、上半身がしなるように曲がって攻撃をかわした。
(速い)
だが、その一瞬をベルンハルトが逃すはずもない。数本とはいえ足を切り落とされていたことで、わずかに移動速度が落ちたのを見て取ると、迷いなく距離を詰め、頭部へと剣を振り下ろした。
キィン!
胴体では意味がないと判断したのだろう。だが、叩きつけた瞬間に弾けた甲高い音は、あまりにも軽かった。嫌な予感に、即座に気配を探る。すると、本体は脱ぎ捨てた殻を盾にし、既に地面へと潜っていた。殻だけになったそれが、ベルンハルトの一撃の衝撃で崩れ落ち、地面へと叩きつけられる。巻き上がった砂塵が視界を塞ぎ、無意識に下げた足が、地面へ沈んだ。
「周囲の水を吸収しておるから、砂漠化するぞい」
(……そういうことは、早く言え)
何度目かの思考を押し殺し、後方から届いた声に、殺意に似た感情が一瞬だけ胸をかすめる。
魔法で常に気配を拾っていたからこそ聞こえたが、そうでなければ聞き逃していただろう。向こうも、私が意識を向けていると気付いているからこその声音。それが分かるからこそ、当事者でありながら何もしようとしないことが、なお腹立たしい。だが、不用意な行動で場を混乱させられても迷惑でしかない。先ほど、自身がベルンハルトに向けて放った言葉を思い出し、私は短く息を吐いた。
余分な感情を吐き出し意識を戻せば、ベルンハルトには問題ないようだ。 だが、後方の二人は砂に足を取られ、動きが鈍っているようだった。普段なら自己責任で済ませるが、今は違う。オルフェの補佐を任せている以上、無視する選択肢はない。
オルフェも、大規模な結界を維持しながら小物を相手にするのは、さすがに手に余るようだった。召喚獣達は結界への負担を減らすため四方に配置し、補佐にも回しているが、結界に影響が出ないよう攻撃を抑えているせいで、本来の力は発揮できていない。広範囲の攻撃を控え、地道に数を減らしている状態だ。
私は前を見据えたまま、後方で騎士二人が取りこぼしそうな敵を風で薙ぎ払う。そうして、何を優先すべきかを瞬時に判断し、後方への支援を優先することを決断した。
全方位に意識を向けながら、手が足りない所へ次々と手を貸す。無駄に数が多い小物達を相手にしながらは正直面倒だが、その間にも地中へと意識を潜らせる。すると、先ほどの傷など感じさせない動きで、敵は素早く地中を移動していた。
(……殻を脱ぎ捨てると同時に、傷も完治したか)
そうであるなら、頭部を叩かなければ意味がない。だが、砂の地盤では衝撃が分散され、威力は大きく削がれる。それに、あの察知の良さを考えれば、私が魔法を使ってもかわされるだけだろう。
察知されにくいベルンハルトに任せることも出来る。だが、動きにはついて行けても、気配を読む精度では私に及ばない。その僅かな差で、結局は堂々巡りを招くだろう。
それでも、敵は去ろうとしていない。絶えず動き回りながらも、この場に留まる意志を見せている。
(……何かを狙っている、か?)
私は今一度、周囲へと意識を広げる。すると、背後から楽しげな声と共に、原因その理由が聞こえてくる。しかし、砂漠化した地面の影響か、小物達が一箇所へ集まり始めていた。
(……アレも理由の狙いの一つ、か)
確実に仕留めるため、地表へ誘い出す餌を探していたが、まさかそれがオルフェの召喚獣。アクアであるとは。奴等の動きで、薄々気付いていながらも、見ないようにしてきた事実を突きつけられたようで、苦いものとなって胸に込み上げる。
(ただ地を這うだけの魔物であれば、楽だったものを……)
身内とも呼べる存在を囮に使うかどうか。その判断に思案している間にも、水の気配を求めて巨体へと群がる小物達は、次々と爪と尾に叩き潰されていく。その現実に、私は何度も舌打ちを噛み殺した。
「おい……っ!!」
爆ぜるような音とともに対象を貫いた瞬間、向こうの騎士から勝手な行動を咎める声が飛んだ。だが、そんなものに構っている余裕などない。横目で確認すれば、そこには既に、氷で形作られた剣を手にしたベルンハルトの姿があった。構えることもなく、微動だにせず前を見据えている。
(……流石だな)
何も言わずとも、既に対応に至っている男から視線を外し、私も準備を整える。
城で王族に謁見する以上、武器の携帯など許されない。当然、私も丸腰でこの国に来ていた。そのため、向こうから武器を貸すなどという打診があったが、私達は即座にそれを断った。今は共闘しているといっても、敵国の者から武器を借りるほど、落ちぶれてはいない。
ベルンハルトは周囲への被害を抑えるため風属性を多用しているが、本来は氷の方が得意だ。愛用の剣を持たずとも、不利に陥ることはないだろう。むしろ、問題は別にある。
激しい雨音のような中に、カサ、カサ、と、耳に張り付くような不快な音が混じっている。それは地面をゆっくりと、しかし確実に黒く染めていく。
(……止まらない、か)
元凶へと視線を向けると、空中で破壊されたはずのそれからは黒い何かが流れ落ち、まるで水柱のような形を成していた。禍々しい気配を纏ったそれらは、その場を中心に円を描くように、瞬く間に広がっていく。
私はその光景を冷静に分析しながら見据えるが、時間を与えれば与えるほど、不利になるのは明白だった。そう理解した瞬間、胸の奥に僅かな苛立ちが生じる。その判断を代弁するかのように、隣に立つ男が低く口を開いた。
「……多いな」
低く漏れた呟きに感情はない。だが、既にかなりの数が周囲に広がり、地面を黒く塗り潰しているというのに、それでも止まる気配は見えないことに思うところはありそうだ。私も、これだけの数を封印していたという点だけを見れば、確かに評価は出来る。 しかし、肝心な部分の説明が欠落しており、その事実があまりにも大きすぎた。だからこそ、素直に称賛する気など、欠片も湧かなかった。
「また、うっかりとでも言いそうだな……」
先ほどのやり取りが脳裏をよぎり、舌打ちしたくなる衝動を抑える。情報の有無が、どれほど状況を左右するかを理解していない。その事実が、なおさら苛立ちを煽った。だが、後方では打ち合わせていた動きが、寸分の狂いもなく実行されていく。
当初の予定通り、オルフェが水の結界を展開し、外へ漏れ出すのを防いでいる。だからこそ、私達は大元にのみ意識を集中させればいいはずだった。だが、それにもかかわらず、その本体の片鱗が、未だに姿を現していない。
「まだなのか!?」
未だに動こうとしない私達に、後方を任せた者達から焦りを滲ませた声が上がる。だが、焦って動いたところで、良い結果など得られない。護衛として、オルフェの攻撃から漏れ出した敵を確実に処理しているようだが、その数は、既にこちらへ押し寄せている黒い波に比べれば微々たるものだ。その程度で取り乱すあたり、力量が知れる。
ベルンハルトは無言のまま、近付いてくるものを氷魔法で凍らせ、私の分まで砕いていく。そのおかげで、私は余計な動作を切り捨て、気配を読むことだけに集中出来ていた。だが、後方にも気を配り、万が一にも備えているのだが、その静かな対応が、周囲には何もしていないように映るらしい。しかし、本体がどれか分からない以上、今は状況を見極めるしかない。
私は周囲の雑音を意識から切り捨て、ただひたすらに気配を探り続けた。その時、黒い塊の中心から、一際大きな気配が立ち上がった。
「……来た」
空中に浮かんでいた黒い塊が、ひときわ大きく膨らむ。次の瞬間、そこから生まれ落ちるように巨大な影が地面へと叩きつけられ、衝撃に大地が低く唸りを上げ、大きく揺れた。
黒い海のような場所から、ゆっくりと鎌首が持ち上がる。全長二十。いや、三十メートルはあるだろうか。視界を覆うほどの巨体が、悠然とこちらを見下ろしていた。
「……聞いていた情報と違うな」
もう少し小さいと聞いていただけに、事実をなぞるだけの言葉だったはずだが、口から零れた声は、どこか乾いていた。
「……既に今さらだろう」
「……そうだったな」
情報通りだったものなど、最初から一つもない。そう告げると、ベルンハルトは諦めにも似た息を吐き、手を休めることなく氷の剣を一閃しながら、静かに首を振った。その間に、私はカルロへ、擬態を解除するよう命じる。すると、それに応じるように、鷹の姿をしていたカルロの輪郭が揺らぎ、次の瞬間、本来の姿である聖獣の姿へと変わった。
深い森の色を映したようなしなやかな緑の羽毛に包まれ、尾羽根は胴の倍ほども長い。空を舞うたび、絹の帯のように美しくたなびき、その大きな翼が動くたびに、柔らかな緑のさざなみが広がり、空気がわずかに震えた。
本気を出すのであれば、姿を隠したままでも何の問題もない。だからこそ、私は手の内を隠すため、あえて普段からその力を伏せてきた。そのため、カルロの本来の姿を知る者は極わずかであり、あの両親でさえ、一度もこの姿を見たことはない。だからだろう。ベルンハルトが、なぜこの場で見せるのかと問うような視線を向けてくるのも、無理はなかった。
「……道は作ってやる」
「……」
要件だけを告げると、答えになっていないという視線が無言で返ってきた。私とて、精霊狂いであるこの国の連中に、この切り札を晒すのは本意ではない。だが、少しでも奴らの目を眩ますためには、やむを得ない。
「早々に、この国を去った方が良さそうだな……」
ベルンハルトがそう呟いた瞬間、地を蹴る音が弾けた。巨体へ向かって一直線に駆け出す姿に、躊躇は一切ない。 しかし、それを阻むように、周囲の小物が一斉に動いた。
カサ、カサ、と地を這う音が重なり、黒い波が足元から押し寄せるが、それでもベルンハルトの歩みは止まらない。剣閃が走り、氷が砕ける音が連続する。斬る、砕く、踏み越える。その動作に迷いはなく、有象無象は足止めにすらならなかった。その姿に、敵も距離を取るように動く。
地面を滑るように後退するその動きは、骨のない生き物であるからこそ滑らかで、異様な速さを帯びていた。次の瞬間、口が開き、薄黒い紫の液体が弾丸のように吐き出される。
「……っ!」
私は即座に風魔法を展開する。すると、結界にぶつかった液体が弾け、飛び散った雫が地面に落ちた。その瞬間、ジュッ、と焼けるような音と共に白煙が立ち上がった。
(……毒液か)
後方の安全を優先したが、ベルンハルトは自ら跳ねるように身をかわしていた。反射的な動きだったが、同時に襲いかかってきた胴体から伸びる足すら、逆に切り落とす余裕を見せる。避けきれなかった液体は奴自身にもかかっていたが、動きに乱れはない。だが、分身である子ムカデ達はそうはいかなかった。触れた瞬間、次々と溶け落ちながら黒い煙が立ち昇る。
しかし、溶けていく分身達を前にしても、敵は何の反応も示さない。知能の低い魔物には珍しくない光景だが、自らの分身が消えていく様を前にしてなお、感情の揺らぎ一つ見せない。その無機質さは、まるで鏡越しに自分の本質を見せつけられ、同じだと言われているようで、見ていて気分の良いものではなかった。
その存在を否定するように、私は魔法を放つが、それよりも速く敵の触覚が微かに震えた。まるで空気の揺らめきでも察したかのように、魔法が届くよりも先に、上半身がしなるように曲がって攻撃をかわした。
(速い)
だが、その一瞬をベルンハルトが逃すはずもない。数本とはいえ足を切り落とされていたことで、わずかに移動速度が落ちたのを見て取ると、迷いなく距離を詰め、頭部へと剣を振り下ろした。
キィン!
胴体では意味がないと判断したのだろう。だが、叩きつけた瞬間に弾けた甲高い音は、あまりにも軽かった。嫌な予感に、即座に気配を探る。すると、本体は脱ぎ捨てた殻を盾にし、既に地面へと潜っていた。殻だけになったそれが、ベルンハルトの一撃の衝撃で崩れ落ち、地面へと叩きつけられる。巻き上がった砂塵が視界を塞ぎ、無意識に下げた足が、地面へ沈んだ。
「周囲の水を吸収しておるから、砂漠化するぞい」
(……そういうことは、早く言え)
何度目かの思考を押し殺し、後方から届いた声に、殺意に似た感情が一瞬だけ胸をかすめる。
魔法で常に気配を拾っていたからこそ聞こえたが、そうでなければ聞き逃していただろう。向こうも、私が意識を向けていると気付いているからこその声音。それが分かるからこそ、当事者でありながら何もしようとしないことが、なお腹立たしい。だが、不用意な行動で場を混乱させられても迷惑でしかない。先ほど、自身がベルンハルトに向けて放った言葉を思い出し、私は短く息を吐いた。
余分な感情を吐き出し意識を戻せば、ベルンハルトには問題ないようだ。 だが、後方の二人は砂に足を取られ、動きが鈍っているようだった。普段なら自己責任で済ませるが、今は違う。オルフェの補佐を任せている以上、無視する選択肢はない。
オルフェも、大規模な結界を維持しながら小物を相手にするのは、さすがに手に余るようだった。召喚獣達は結界への負担を減らすため四方に配置し、補佐にも回しているが、結界に影響が出ないよう攻撃を抑えているせいで、本来の力は発揮できていない。広範囲の攻撃を控え、地道に数を減らしている状態だ。
私は前を見据えたまま、後方で騎士二人が取りこぼしそうな敵を風で薙ぎ払う。そうして、何を優先すべきかを瞬時に判断し、後方への支援を優先することを決断した。
全方位に意識を向けながら、手が足りない所へ次々と手を貸す。無駄に数が多い小物達を相手にしながらは正直面倒だが、その間にも地中へと意識を潜らせる。すると、先ほどの傷など感じさせない動きで、敵は素早く地中を移動していた。
(……殻を脱ぎ捨てると同時に、傷も完治したか)
そうであるなら、頭部を叩かなければ意味がない。だが、砂の地盤では衝撃が分散され、威力は大きく削がれる。それに、あの察知の良さを考えれば、私が魔法を使ってもかわされるだけだろう。
察知されにくいベルンハルトに任せることも出来る。だが、動きにはついて行けても、気配を読む精度では私に及ばない。その僅かな差で、結局は堂々巡りを招くだろう。
それでも、敵は去ろうとしていない。絶えず動き回りながらも、この場に留まる意志を見せている。
(……何かを狙っている、か?)
私は今一度、周囲へと意識を広げる。すると、背後から楽しげな声と共に、原因その理由が聞こえてくる。しかし、砂漠化した地面の影響か、小物達が一箇所へ集まり始めていた。
(……アレも理由の狙いの一つ、か)
確実に仕留めるため、地表へ誘い出す餌を探していたが、まさかそれがオルフェの召喚獣。アクアであるとは。奴等の動きで、薄々気付いていながらも、見ないようにしてきた事実を突きつけられたようで、苦いものとなって胸に込み上げる。
(ただ地を這うだけの魔物であれば、楽だったものを……)
身内とも呼べる存在を囮に使うかどうか。その判断に思案している間にも、水の気配を求めて巨体へと群がる小物達は、次々と爪と尾に叩き潰されていく。その現実に、私は何度も舌打ちを噛み殺した。
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それどころか、授かったギフトが『家電量販店』という理解されないギフトだったせいで、一族から追放されてしまい『死地』と呼ばれる場所に捨てられてしまう。
「……普通、十歳の子供をこんな場所に捨てるか?」
『死地』と呼ばれる何もない場所で、メビウスは『家電量販店』のスキルを使って生き延びることを決意する。
しかし、そこでメビウスは自分のギフトが『死地』で生きていくのに適していたことに気がつく。
家電を自在に魔改造して『家電量販店』で過ごしていくうちに、メビウスは周りから天才発明家として扱われ、やがて小国の長として建国を目指すことになるのだった。
メビウスは知るはずがなかった。いずれ、自分が『機械仕掛けの大魔導士』と呼ばれ存在になるなんて。
努力しても最強になれず、追放先に師範も元冒険者メイドもついてこず、領地どころかどの国も管理していない僻地に捨てられる……そんな踏んだり蹴ったりから始まる領地(国家)経営物語。
『ノベマ! 異世界ファンタジー:8位(2025/04/22)』
※別サイトにも掲載しています。
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