落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ

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六章

束の間の安らぎ

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「では、こちらでお待ちください」

事態の報告や対処、それに情報収集で忙しい王女とは途中で別れ、城の騎士に案内された僕達は、その一言だけを残され、部屋に取り残された。

緊急な事態であり、王女本人の許可を得ているとはいえ、母様以外の女性の部屋に入るのは初めてだ。そのため、部屋の中にソファーが置かれていても、そこに座っていいものなのかすら分からない。それに、どこか甘い匂いが漂っているせいで、余計に場違いな場所にいる気がして、どうにも落ち着かなかった。

だからこそ、助けを求めるようにバルドへと視線を向ける。すると、いつもなら騒ぎそうな彼が、珍しく静かに、渡されて片手に持っていた氷の剣をじっと見つめていた。

「どうしたの?」

「いや……なんか、重い気がして……」

その声は、いつもより頼りない。物理的な重さの話じゃないことくらい、その表情を見れば僕でも分かるけれど、バルド自身も今の気持ちをうまく言葉にできないようで、少し考えてから、ぽつりと続けた。

「親父達から、いざという時に動けるように訓練は受けてるし、剣を受け取るのも初めてじゃないんだけどよ……。いざ、その時が来るかもしれないと思うと、なんか……」

今の状況が状況だけに、本当に何かが起きた時、自分はきちんと動けるのか。そんな不安が、ベルンハルト様が作った武器を手にしたことで、急に現実味を帯びてしまったようだ。けれど、一度も魔物と戦ったことのない僕達に、そこまでの覚悟を求めているとは思えなかった。

「でも、念のために渡しただけみたいだったし、そんなに気負わなくてもいいんじゃないかな?」

渡した後の雰囲気や、その後の父様達のやり取りを思い出しながらそう言うと、バルドはゆっくりと剣から顔を上げる。

「だよな……。お守りみたいなもんだよな」

自分に言い聞かせるような苦笑混じりな顔ではあったけれど、ようやく少しだけ笑ってくれた。それを見て、僕は励ますつもりで、できるだけ明るい声を作って言葉を重ねた。

「それに、ここなら警備もしっかりしてるって言ってたし。父様達も強いから、すぐ戻ってくるよ」

「そ、そうだな!親父達なら、すぐ片付けるよな!」

さっきの戦いの様子を持ち出して言うと、まだ少し無理をしている感じはしたけれど、いつもの調子が少し戻ったように声を上げた。そして、暗い気持ちを吹っ切るように軽く頭を振り、笑みを浮かべながら言った。

「それにしても、さっきの親父達、すげぇよな!」

「うん!父様が強いって聞いてはいたけど、あそこまでとは思わなかった!」

「そういえば、リュカ達は一緒に手合わせとかしないんだもんな」

「うん。父様達とは、そんなことしないよ」

よく手合わせをしているバルドにとっては、ベルンハルト様の強さに対する驚きは薄いようで、僕の答えに、もったいないと言いたげな声を漏らす。

「俺だったら、絶対手合わせ頼むけどな」

「でも、父様は剣とか使ってなかったし屋敷でも、あんな感じで手合わせしてもらってるの?」

「そりゃ兄貴と一緒にやったりもするけどさ。でも、その時とはやっぱり動きが全然違うんだよ!」

たまに怪我をしていることは知っていても、実際の訓練の様子を見たことはない。だから、疑問に思ったことを尋ねると、最初は僕の問いかけに答えていたバルドの声が、途中からすっかり興奮したものに変わっていった。

訓練の時の様子を語ってくれるけれど、興奮していて早口なうえ、内容も感覚的な部分が多くて正直よく分からない。それでも、身振り手振りを交えて夢中で語るバルドを見ていると、さっきまで胸にあった重さよりも、憧れの気持ちの方が、少しずつ強くなっていくのが分かった。

「俺も、あれくらい強くなりたい!」

「でも、カムイ達も凄かったよね」

目を輝かせるバルドの様子につられて僕が声をかけると、彼は大きく頷く。

「分かる!普段から貫禄あるけど、さっきは別格だったからな!」

誇らしげなその表情を浮かべるけど、ふと思い出したように、ほんのわずかにバルドの顔が曇った。

「そういえば、あれからルド達、呼んでなかったな……」

森にいたヒナノ達は、父様達が連れ帰ってくれていたみたいだけど、結果的には置き去りにしたような形になってしまった。そのせいでヒナノの機嫌は悪いままだし、あれからドタバタ続きで、まだきちんと機嫌を取れていなかった。

「未だに、ヒナノの機嫌、悪いんだよね……」

その言葉に僕がぽつりと呟くと、バルドも同じような声で応じた。

「ルドは俺の前だと普通だけど、不満とかは表に出さないからな……。まぁ、カムイや兄貴達の召喚獣が一緒にいるから、そこまで心配はいらないとは思うけど……」

渋い顔で少し考え込んだ後、バルドがゆっくりと顔を上げる。

「なぁ、ルド達をここに呼んじゃ駄目かな?気晴らしになるかもしれないし、それに……俺達だけじゃ、どうにも落ち着かないし」

どうやらバルドも、僕と同じように落ち着かないらしい。未だに座ることもできず、僕と一緒に部屋の中で居場所を探すように立ち尽くしていた。

「うん。僕も、落ち着かないなって思ってた」

「じゃ、呼ぶか!」

後半の方が強い理由のようだけど、僕の素直な言葉に背中を押されたのか、バルドが声を張る。そして、僕と一緒に召喚陣を展開すると、光の中からヒナノとルドが姿を現した。

最初はきょとんとしていたヒナノだったけれど、僕の姿を見た途端、不機嫌そうに鼻を鳴らす。それでも初めての場所だからか、興味を引かれたように、鼻を引き付けながら、きょろきょろと周囲を見回していた。その反面、ルドはきちんとお座りしたままで、その生真面目な性格が、そのまま表に出ているようだった。

僕と視線を合わせてくれないヒナノとは対照的に、ルドはバルドに大人しく頭を撫でられていた。その二匹の様子を見ながら、僕は少しだけ聞いてみる。

「ねぇ? ルドって、魔法使えるの?」

「ああ、影魔法を少しな。コンラットのグラニも、風魔法が使えたはずだぞ」

先ほどのカムイ達のように魔法が使えるのか気になって尋ねると、バルドは頷きながら答えた。

「へぇ……すごいね」

「キュンキュン!」

僕がルド達のことを褒めるようなことを言うと、ヒナノが足元で不満げに鳴き、まるで自分もできると言わんばかりに主張してくる。その様子に、僕は思わずヒナノへと問いかけた。

「ヒナノも魔法使えるの?」

「キュン!」

「じゃあ、ちょっとだけやってみて!」

そう問いかけると、ヒナノは元気に尻尾を振って答えた。その様子に、僕が期待を込めて言うと、バルドも興味深そうに身を乗り出す。次の瞬間、ヒナノは意気込むように一声鳴き、部屋の景色が、がらりと草原へと変わった。

「すげぇ!? キールみたいな転移……イテッ!」

興奮したバルドが辺りを確かめるように動いた瞬間、何もないはずの場所にぶつかり、痛そうな声を上げる。

「……なんだ?」

ぶつかったものが何か確かめるように、疑問の声を上げながら手探りで触り、その正体に気づいたように声を上げた。

「これ……机か?」

僕には見えないけれど、そこには確かに机があるみたいで、バルドはそのまま、足元の感触を確かめるように、草原に見える部分へと手を伸ばした。

「見た目は草原なのに、触ると絨毯だ……」

その言葉につられて、僕もそっと地面に触れてみる。すると、確かに見た目は草原なのに、手触りは、さっきまでいた部屋に敷かれていた絨毯と同じようだった。

「でも……なんか、温かいね」

「それなら、視覚や感覚は誤摩化せるけど、実際に触られたら分かるってことか?でも、周囲にいる相手に、幻を見せるなんて凄いな!」

「うん!他の景色とかにも変えられるの?」

ヒナノは褒められると誇らしげに胸を張り、僕の言葉に答えるように景色を次々と変えていく。森、川辺、王都の街に、僕の屋敷の庭。知っている場所にしか変えられないみたいだけど、それでも十分すごい。やがて、僕達が最初に出会った湖の景色に変わった。

「匂いも違う気がするな」

今の季節とは違う、ひんやりとした気配の中で、バルドがぽつりと呟いた。そして、ヒナノ達と出会った時のことを思い出したように続けた。

「それにしても、あの時は母狐が急に出てきて驚いたよな」

「……うん」

僕もその時のことを思い返していた瞬間だった。ルドとヒナノが、何かに気付いたように毛を逆立て、僕達の背後に向かって低く唸る。

「ど、どうしたの……?」

二匹のただならぬ様子に、バルドの表情も一気に引き締まった。そして、嫌な予感がした直後に、背後でカサカサと、何かが擦れるような音がした。

「「……」」

その音に、僕達は静かに息を潜める。そして、表情を固くしたまま、ゆっくりと振り向いた。

目の前には、ヒナノの幻覚による湖の風景が広がっているけれど、背後には、あの時と同じ、森の景色が広がっていた。その森を、じっと目を凝らして見つめていると、岩に見える影の奥から、見たくない“それ”が姿を現した。
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