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二章
卒業式
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予期せぬ出会いはあったけれど、僕達は無事に兄様のいる講堂まで辿り着いていた。
「兄様、どこかな?」
講堂の前には、卒業生やその家族が大勢集まっていた。服装を見る限り、町の人が大半のようだけれど、貴族らしい人の姿もちらほら見える。けれど、どこを見ても人、人、人で、肝心の兄様の姿は見当たらなかった。
「オルフェは…まだ来ていないようだな。それに、これだけの人数だと、私達が探しに行くよりも、向こうに見つけてもらった方が早いだろう」
僕達がこの人混みの中に入って兄様を探すのは大変なうえ、父様は背が高くて目立つから、少し離れた所にいれば兄様の方から見つけやすい。そう思って、父様の言葉に納得しながら兄様が来るのを待っていた。けれど、講堂前の広場で待っていると、女学院生や保護者らしき人達がちらちらと父様を見ては、小声で何かを話しているのが嫌でも目に入る。
それでも、父様は気付いていないとでもいうように、そちらに視線を向けようとはしない。それに、母様の方を見ても、そんな視線に慣れているのか、青い瞳に動揺はなく、堂々とした様子で父様の隣に立っていた。だから、僕だけが自然と視線を下げてしまい、少し居心地の悪さを感じていた。
父様達の背に、少し隠れるようと僕が身を動かした時、兄様が近くに来たような気がして、思わず顔を上げて周囲を見渡した。けれど、求めていた姿は、まだ見えなかった。
「兄様…まだかな…」
来たと思っただけに、がっかりしたように呟いたその時、まるで答えるように声が聞こえた。
「すまない。遅くなった」
「兄様!!」
再び顔を上げると、人混みを抜けて、兄様がこちらへ歩いてくるのが見えた。
「さっきここに来たばかりだと思っていたが、思いの外、私達を見つけるのが早かったな?」
「人混みの中にいても、リュカがどこにいるかは分かりますから」
父様の問いかけに、兄様は淡々と答えていた。僕も以前、似たようなことを聞いた覚えがあるけれど、父様の言い方に少し疑問を覚え、父様へと問いかけた。
「父様は、兄様が来てたのが分かってたの?」
父様は、兄様の姿が見える前から来ているのを察していたような口ぶりだったので尋ねると、どこか当然のように答えた。
「今みたいに魔力を持つ者が多い場所だと、魔力が入り乱れて正確な位置を探るのは少し難しいけれど、オルフェのように魔力が強ければ、特に探らなくても“近くにいる”くらいは分かるよ。それより、話は終わったのか?」
「はい。原稿を少し書き換えるよう、学院に言われていただけなので……」
どうやら兄様は、挨拶の準備のために早く来たわけではなく、学院から呼び出されていたらしい。兄様にしては意外だけど、それでも代表に選ばれたことには変わりない。だから僕は、少し歯切れの悪い兄様の答えを聞いて、励ますように声を上げた。
「兄様!頑張ってくださいね!!」
「リュカが頑張れと言うなら、頑張ろう」
そう言って兄様が僕の頭を撫でた。その瞬間、周囲の空気が、ざわりと騒がしくなった。
「……おい、あいつって、笑えるのか……?」
「え……見たことないけど……幻覚?」
「笑った顔も……素敵……」
屋敷では、もう見慣れた兄様の笑顔。でも、学院ではそれが珍しいものらしく、あちこちから視線と声が集まる。それが煩わしかったのか、兄様の表情はすっと消え、周囲を睨むように見渡した。すると、さっきまで騒いでいた人達は、慌てたように講堂の中へと流れ込んでいった。
周囲に集まっていた人が減ったおかげで、僕にも周囲が見やすくなった。すると、兄様みたいに右手だけ手袋をしている男子生徒が、ちらほらといるのに気付いた。
(……なんでだろう?)
僕が疑問に思っていると、兄様の機嫌も悪く、時間も迫っていたからか、父様が声を上げた。
「人も少なくなってきたし、私達も講堂に入ろうか」
その声を合図に、僕達は父様達と一緒に講堂の中へ入った。すると、すぐに待機していた学院の係の人が席へ案内してくれた。
講堂は演劇場のような造りになっていて、僕達が案内されたのは三階中央のボックス席だった。
けれど、この席では、僕の身長では前の仕切りが邪魔で、少し身を乗り出さないと、ステージ上に兄様が立ってもよく見えない。
「父様……下の方がよく見えそうだから、あっちの席がいいんだけど……駄目?」
僕が下の席を指差してお願いすると、父様にしては珍しく、少し困ったように笑った。
「あそこは卒業生が座る席だから、私達が混ざるのは……ちょっと無理かな」
「リュカ。あまり我儘を言っては駄目よ」
「はーい……」
厳しくなりきれない父様に代わり、母様から注意された僕は、大人しく席に座って卒業式が始まるのを待った。手すりに掴まりながら兄様が出てくるのを待っていたけれど、他の人の挨拶が長すぎて、次第に退屈してくる。いつになったら兄様が出るのかと思っていれば、ようやく兄様の名前が呼ばれた。
「兄様だ!!」
呼ばれた名前に、思わず身を乗り出した。ステージに立った兄様は、僕達の方に一瞬だけ視線を向け、ほんの小さく笑った。そして、一呼吸置いて話し始める。
「お前達が、この学院で何を身につけ、その後、何をしようが、私は興味もない」
その言葉に、場内がしんと静まり返った。けれど、そんな空気を気にした様子もなく、兄様は続ける。
「誰かに守ってもらえる時間は、ここで終わりだ。これからは、全て自身で責任を取れ。甘えるな。だからこそ、私の前に立ち塞がる者や、私のものに手を出す者は、誰であろうと容赦しない。それを、まず肝に銘じろ」
兄様の声は淡々としていた。でも、その奥には揺るぎない決意があり、鋭ささえ感じられた。数秒の静寂の後、兄様はまるで何事もなかったかのように、当たり障りのない挨拶文を読み上げ始めた。
「おそらく、本来は冒頭の部分だけだったんだろうね……」
「学院から呼び出された理由が、分かった気がするわ……」
「普段なら絶対にやらないだろうけど……今年はリュカが入学するから、警告も含めて、あえて言ったのかもしれないな…」
父様は母様へ返事をしながら、ちらりと僕を見て、困ったように微笑んでから、再び兄様へ視線を向ける。
(堂々としていて、格好いいと思うんだけどな……)
そう思いながら、僕は兄様の挨拶する姿をじっと見つめていた。
兄様の理路整然とした挨拶が終わると、今度は学院長の無駄に長い話が始まった。兄様の挨拶に比べて特に気を引く内容でもなく、僕は興奮が落ち着いたせいか、椅子に座ったまま、うとうとしてしまった。気が付いた時には、卒業式はほとんど終わっていた。
(でも、兄様の挨拶はちゃんと見れたし……いいかな…)
そう思いながら誇らしさを胸に、もう一度、僕は手すりにつかまりながら兄様の姿を探していた。
「兄様、どこかな?」
講堂の前には、卒業生やその家族が大勢集まっていた。服装を見る限り、町の人が大半のようだけれど、貴族らしい人の姿もちらほら見える。けれど、どこを見ても人、人、人で、肝心の兄様の姿は見当たらなかった。
「オルフェは…まだ来ていないようだな。それに、これだけの人数だと、私達が探しに行くよりも、向こうに見つけてもらった方が早いだろう」
僕達がこの人混みの中に入って兄様を探すのは大変なうえ、父様は背が高くて目立つから、少し離れた所にいれば兄様の方から見つけやすい。そう思って、父様の言葉に納得しながら兄様が来るのを待っていた。けれど、講堂前の広場で待っていると、女学院生や保護者らしき人達がちらちらと父様を見ては、小声で何かを話しているのが嫌でも目に入る。
それでも、父様は気付いていないとでもいうように、そちらに視線を向けようとはしない。それに、母様の方を見ても、そんな視線に慣れているのか、青い瞳に動揺はなく、堂々とした様子で父様の隣に立っていた。だから、僕だけが自然と視線を下げてしまい、少し居心地の悪さを感じていた。
父様達の背に、少し隠れるようと僕が身を動かした時、兄様が近くに来たような気がして、思わず顔を上げて周囲を見渡した。けれど、求めていた姿は、まだ見えなかった。
「兄様…まだかな…」
来たと思っただけに、がっかりしたように呟いたその時、まるで答えるように声が聞こえた。
「すまない。遅くなった」
「兄様!!」
再び顔を上げると、人混みを抜けて、兄様がこちらへ歩いてくるのが見えた。
「さっきここに来たばかりだと思っていたが、思いの外、私達を見つけるのが早かったな?」
「人混みの中にいても、リュカがどこにいるかは分かりますから」
父様の問いかけに、兄様は淡々と答えていた。僕も以前、似たようなことを聞いた覚えがあるけれど、父様の言い方に少し疑問を覚え、父様へと問いかけた。
「父様は、兄様が来てたのが分かってたの?」
父様は、兄様の姿が見える前から来ているのを察していたような口ぶりだったので尋ねると、どこか当然のように答えた。
「今みたいに魔力を持つ者が多い場所だと、魔力が入り乱れて正確な位置を探るのは少し難しいけれど、オルフェのように魔力が強ければ、特に探らなくても“近くにいる”くらいは分かるよ。それより、話は終わったのか?」
「はい。原稿を少し書き換えるよう、学院に言われていただけなので……」
どうやら兄様は、挨拶の準備のために早く来たわけではなく、学院から呼び出されていたらしい。兄様にしては意外だけど、それでも代表に選ばれたことには変わりない。だから僕は、少し歯切れの悪い兄様の答えを聞いて、励ますように声を上げた。
「兄様!頑張ってくださいね!!」
「リュカが頑張れと言うなら、頑張ろう」
そう言って兄様が僕の頭を撫でた。その瞬間、周囲の空気が、ざわりと騒がしくなった。
「……おい、あいつって、笑えるのか……?」
「え……見たことないけど……幻覚?」
「笑った顔も……素敵……」
屋敷では、もう見慣れた兄様の笑顔。でも、学院ではそれが珍しいものらしく、あちこちから視線と声が集まる。それが煩わしかったのか、兄様の表情はすっと消え、周囲を睨むように見渡した。すると、さっきまで騒いでいた人達は、慌てたように講堂の中へと流れ込んでいった。
周囲に集まっていた人が減ったおかげで、僕にも周囲が見やすくなった。すると、兄様みたいに右手だけ手袋をしている男子生徒が、ちらほらといるのに気付いた。
(……なんでだろう?)
僕が疑問に思っていると、兄様の機嫌も悪く、時間も迫っていたからか、父様が声を上げた。
「人も少なくなってきたし、私達も講堂に入ろうか」
その声を合図に、僕達は父様達と一緒に講堂の中へ入った。すると、すぐに待機していた学院の係の人が席へ案内してくれた。
講堂は演劇場のような造りになっていて、僕達が案内されたのは三階中央のボックス席だった。
けれど、この席では、僕の身長では前の仕切りが邪魔で、少し身を乗り出さないと、ステージ上に兄様が立ってもよく見えない。
「父様……下の方がよく見えそうだから、あっちの席がいいんだけど……駄目?」
僕が下の席を指差してお願いすると、父様にしては珍しく、少し困ったように笑った。
「あそこは卒業生が座る席だから、私達が混ざるのは……ちょっと無理かな」
「リュカ。あまり我儘を言っては駄目よ」
「はーい……」
厳しくなりきれない父様に代わり、母様から注意された僕は、大人しく席に座って卒業式が始まるのを待った。手すりに掴まりながら兄様が出てくるのを待っていたけれど、他の人の挨拶が長すぎて、次第に退屈してくる。いつになったら兄様が出るのかと思っていれば、ようやく兄様の名前が呼ばれた。
「兄様だ!!」
呼ばれた名前に、思わず身を乗り出した。ステージに立った兄様は、僕達の方に一瞬だけ視線を向け、ほんの小さく笑った。そして、一呼吸置いて話し始める。
「お前達が、この学院で何を身につけ、その後、何をしようが、私は興味もない」
その言葉に、場内がしんと静まり返った。けれど、そんな空気を気にした様子もなく、兄様は続ける。
「誰かに守ってもらえる時間は、ここで終わりだ。これからは、全て自身で責任を取れ。甘えるな。だからこそ、私の前に立ち塞がる者や、私のものに手を出す者は、誰であろうと容赦しない。それを、まず肝に銘じろ」
兄様の声は淡々としていた。でも、その奥には揺るぎない決意があり、鋭ささえ感じられた。数秒の静寂の後、兄様はまるで何事もなかったかのように、当たり障りのない挨拶文を読み上げ始めた。
「おそらく、本来は冒頭の部分だけだったんだろうね……」
「学院から呼び出された理由が、分かった気がするわ……」
「普段なら絶対にやらないだろうけど……今年はリュカが入学するから、警告も含めて、あえて言ったのかもしれないな…」
父様は母様へ返事をしながら、ちらりと僕を見て、困ったように微笑んでから、再び兄様へ視線を向ける。
(堂々としていて、格好いいと思うんだけどな……)
そう思いながら、僕は兄様の挨拶する姿をじっと見つめていた。
兄様の理路整然とした挨拶が終わると、今度は学院長の無駄に長い話が始まった。兄様の挨拶に比べて特に気を引く内容でもなく、僕は興奮が落ち着いたせいか、椅子に座ったまま、うとうとしてしまった。気が付いた時には、卒業式はほとんど終わっていた。
(でも、兄様の挨拶はちゃんと見れたし……いいかな…)
そう思いながら誇らしさを胸に、もう一度、僕は手すりにつかまりながら兄様の姿を探していた。
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