失われた世界

いぬ

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1週間と少しが経過し、俺は君をデートに誘えるタイミングをうかがっていた。

あれから、君はなにも変わらず俺と接してくれている。

「なあなあ、」

「どうしたん?」

「今週の土曜、先輩と飲みにいかへん?」

ストレートに誘う勇気のない俺は、先輩が飲みに行きたいと言っているということにし、君を誘いだした。

そして土曜日、君に電話を掛ける。

「もしもしー」

「はーい」

「先輩がさー、やっぱ今日いかれへんってよ。」

「そうなん?」

どこかそっけない様子。

俺は恐るおそる、打診をする。

「また、2人でどう?」

動悸が止まらない。

心臓の鼓動があまりに激しく、全身の血管が張り裂けそうだ。

「いいよ。」

この返答に、俺は何かずっと努力していたものがようやく報われたような、そんな気分だった。

「どこいく?」

君が尋ねる。

「焼肉でもどう?」

そう言ったのは、俺がただ焼肉が食べたかったから。

それに、君のことだから、何を言ってもうんと言うだろうなと思って。

「いいね!」

「じゃあ、17時にロビーで。」

こうして、初めて俺は自分から君を誘うことができた。

また君と、2人の時間を過ごすことができる。

楽しみであると同時に、少々プレッシャーでもあった。

前回のことを俺はずっと気にしていた。

セックスしなかったことじゃなくて、君の気持にこたえられなかったこと、男としての弱さ、不甲斐なさである。

近くにはいい感じの焼肉屋はなかったので、車で30分ほどのところにある店を予約した。

つまり、今回は酒の力を借りることができない。

まだ午前11時。

約束の時間まで6時間もある。

まず風呂に入り、全身の毛を剃る。

着ていく服は1時間かけて厳選。

イケてる髪のスタイリング方法をユーチューブで調べ、40分くらいかけてセットする。

かばんには財布とモバイルバッテリー、そしてコンドームを入れた。

この時点で、まだ2時間強時間が余っている。

今日行くところは初めての場所だ。

俺はスムーズに君をエスコートできるよう、下見に出掛ける。

非モテコミットもいいところである。

そうわかっていながらも、俺は君のために努力を惜しみたくなかった。

そして、約束の時間がやってくる。

車はあらかじめ近くの臨時駐車場に停めておき、また、まだ5月だがこの日は少し暑かったので、クーラーをつけておいた。

準備は万端だ。

俺は15分前にはロビーで待っていた。

そして17時。まだ君は来ていない。

俺のためにしっかりと準備してくれているのだろう。

なんて、我ながらポジティブなことを考えていた。

この時点では、さっきまでのナーバスな感情は消えており、ただ君に会える喜びだけが増幅していた。

17時4分、パタパタと足音が聞こえる。

「おまたせーっ!」

君がやってきた。

なんてかわいいんだ。

一瞬、思わず見とれてしまっていたが、すぐに切り替える。

「いやー、めっちゃ待ったわ。」

こんなことも言えるくらい、今の俺は余裕に満ちていた。

君と目を合わせ、2人でほほ笑む。

俺と君との、第2章が始まった。

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