47 / 66
英子と甘柿
しおりを挟む
7月23日昼間
柿の大樹の根元に、艶やかな和服美人が待っていた。
「もう体調は回復したの?秋香さん」
「はい」
鈴の音のような声で答えた彼女の笑顔は、夏の日差しに負けないくらい輝いている。理由は分かってるよ。
「権現様からうかがいました。大希様、この家の跡取りになられるのでございますね」
色っぽい流し目に、つい頷きそうになるところをグッと堪えて首を振った。
「勘違いだよ。祖父ちゃんが勝手に言ってるだけで、僕はそんな気さらさらないって・・・」
そこまで言って、ハッと気づいた。跡取り候補、もう一人いるじゃん!
「後を継ぐなら叔父さんがいるじゃん。祖父ちゃんの息子だし、血筋的にも体格的にも合格じゃない?」
なんで忘れてたんだろ。バッチリの人選じゃないか!けれど秋香さんは、とても気まずそうな顔で「雅志様は・・・」と返した。
「あの方は、目が塞がっておりますので・・・」
「あ!」
肝心なとこ忘れてた。叔父さんって、秋香さん以外の神様や物の怪を感知できない残念な体質だったっけ。それじゃ、みんなと付き合っていくことができないか。
「もし父さんがこの家を継いでいたら、僕もこんふうに悩まなかったんだろうね」
ため息をつく僕に、秋香さんは躊躇いながらこう言った。
「久志様は、この里がお嫌いなのでございます。二度と戻りたくないと思われるほどの傷を、深くお心に負ったのでございますから」
「父さんが?なんで?もしかして、僕が赤ちゃんの時に巻き込まれた騒動ってやつに関係してるの?」
「それは・・・」
袖で口元を隠した彼女は、言葉を選んでいるようにゆっくり答えた。
「件の騒動について私の口からは詳しく申せませんが、おそらく英子様のことも里を捨てた一因でございましょう」
「母さん?」
「はい。この里をたいそう好いてくれた奥様が亡くなられたことで、この地から離れたくなったのやもしれません。嫌でも在りし日の奥様を思い出しますし・・・」
僕を生んだ後、体調を崩して病床についき、そのまま亡くなった母さん。体力的に出産に耐えられないと言われても、父さんの子供を、この家の跡取りを産もうと命を賭けた強い女。
自分と家のせいで最愛の妻を死なせたと悔やむ父さんが、実家を拒みたくなる気持ちも分からなくはない。
「英子様は柿がお好きな方で、今際のきわに、柿が召し上がりたいとご所望されたのでございますよ」
「母さんが柿を?」
「今頃の時期でございましたが、私が青い実で甘柿を実らせ、最期の願いを敵えて差し上げたのでございます」
母さんは臨終間際、秋香さんの柿を口にして息を引き取ったそうだ。父さんは母さんの話をしたがらないから、初めて聞く話だった。
「母さんがお世話になったみたいで、ありがとうございます。僕ら親子にとって、秋香さんは恩人だったんだね」
「いいえ、私など・・・あ!頭を上げてくださいませ。命を救ってくださった昭夫様のご家族のために、微力ながらお役に立てたこと、私の方こそ光栄でございます」
「じゃ、お互い恩人同士だね」
お互い顔を見合わせて笑った。
ここでは人も妖怪も神様も、みんな助け合って生きているんだね。あったかい絆が、目に見えなくても結ばれていて羨ましいな。
その絆は、他所者の僕にも繋がっているのかな ・・・
「大希様は、いずれこの家を出て行ってしまうのでございますね」
「うん」
「では、昭夫様の代でこの家も途絶えてしまうということでございますか・・・残念ですが、それが運命なら受け入れねばなりません」
誰も継ぐ人がいなければ家は廃れる。当たり前のことだけど、今までは他人事だと思って考えもしなかった。どこかの田舎の誰かの家の話だって。
誰もいなくなったら、この人たちはどうなるんだろう。
「大希くん、権現様が大変なことに!」
「大変ってなにしたの?」
話に割って入った天狗に言われて納屋の方をふり返ると、化け狸たちにもみくちゃにされてモコモコの茶色い団子になっている清蟹くんの手足が見えた。
「清蟹くん、神様の威厳ゼロだから完全に舐められてるね。ウケる」
この家のことは、一度、真剣に考えなきゃいけないもかもしれない。僕のためにも、みんなのためにも。
天狗に腕を引っ張られ、狸団子の中から清蟹くんを救出に向かう前に、気丈に微笑む秋香さんに手を振った。
柿の大樹の根元に、艶やかな和服美人が待っていた。
「もう体調は回復したの?秋香さん」
「はい」
鈴の音のような声で答えた彼女の笑顔は、夏の日差しに負けないくらい輝いている。理由は分かってるよ。
「権現様からうかがいました。大希様、この家の跡取りになられるのでございますね」
色っぽい流し目に、つい頷きそうになるところをグッと堪えて首を振った。
「勘違いだよ。祖父ちゃんが勝手に言ってるだけで、僕はそんな気さらさらないって・・・」
そこまで言って、ハッと気づいた。跡取り候補、もう一人いるじゃん!
「後を継ぐなら叔父さんがいるじゃん。祖父ちゃんの息子だし、血筋的にも体格的にも合格じゃない?」
なんで忘れてたんだろ。バッチリの人選じゃないか!けれど秋香さんは、とても気まずそうな顔で「雅志様は・・・」と返した。
「あの方は、目が塞がっておりますので・・・」
「あ!」
肝心なとこ忘れてた。叔父さんって、秋香さん以外の神様や物の怪を感知できない残念な体質だったっけ。それじゃ、みんなと付き合っていくことができないか。
「もし父さんがこの家を継いでいたら、僕もこんふうに悩まなかったんだろうね」
ため息をつく僕に、秋香さんは躊躇いながらこう言った。
「久志様は、この里がお嫌いなのでございます。二度と戻りたくないと思われるほどの傷を、深くお心に負ったのでございますから」
「父さんが?なんで?もしかして、僕が赤ちゃんの時に巻き込まれた騒動ってやつに関係してるの?」
「それは・・・」
袖で口元を隠した彼女は、言葉を選んでいるようにゆっくり答えた。
「件の騒動について私の口からは詳しく申せませんが、おそらく英子様のことも里を捨てた一因でございましょう」
「母さん?」
「はい。この里をたいそう好いてくれた奥様が亡くなられたことで、この地から離れたくなったのやもしれません。嫌でも在りし日の奥様を思い出しますし・・・」
僕を生んだ後、体調を崩して病床についき、そのまま亡くなった母さん。体力的に出産に耐えられないと言われても、父さんの子供を、この家の跡取りを産もうと命を賭けた強い女。
自分と家のせいで最愛の妻を死なせたと悔やむ父さんが、実家を拒みたくなる気持ちも分からなくはない。
「英子様は柿がお好きな方で、今際のきわに、柿が召し上がりたいとご所望されたのでございますよ」
「母さんが柿を?」
「今頃の時期でございましたが、私が青い実で甘柿を実らせ、最期の願いを敵えて差し上げたのでございます」
母さんは臨終間際、秋香さんの柿を口にして息を引き取ったそうだ。父さんは母さんの話をしたがらないから、初めて聞く話だった。
「母さんがお世話になったみたいで、ありがとうございます。僕ら親子にとって、秋香さんは恩人だったんだね」
「いいえ、私など・・・あ!頭を上げてくださいませ。命を救ってくださった昭夫様のご家族のために、微力ながらお役に立てたこと、私の方こそ光栄でございます」
「じゃ、お互い恩人同士だね」
お互い顔を見合わせて笑った。
ここでは人も妖怪も神様も、みんな助け合って生きているんだね。あったかい絆が、目に見えなくても結ばれていて羨ましいな。
その絆は、他所者の僕にも繋がっているのかな ・・・
「大希様は、いずれこの家を出て行ってしまうのでございますね」
「うん」
「では、昭夫様の代でこの家も途絶えてしまうということでございますか・・・残念ですが、それが運命なら受け入れねばなりません」
誰も継ぐ人がいなければ家は廃れる。当たり前のことだけど、今までは他人事だと思って考えもしなかった。どこかの田舎の誰かの家の話だって。
誰もいなくなったら、この人たちはどうなるんだろう。
「大希くん、権現様が大変なことに!」
「大変ってなにしたの?」
話に割って入った天狗に言われて納屋の方をふり返ると、化け狸たちにもみくちゃにされてモコモコの茶色い団子になっている清蟹くんの手足が見えた。
「清蟹くん、神様の威厳ゼロだから完全に舐められてるね。ウケる」
この家のことは、一度、真剣に考えなきゃいけないもかもしれない。僕のためにも、みんなのためにも。
天狗に腕を引っ張られ、狸団子の中から清蟹くんを救出に向かう前に、気丈に微笑む秋香さんに手を振った。
0
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あやかし警察おとり捜査課
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~
秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。
五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。
都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。
見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――!
久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――?
謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。
※カクヨムにも先行で投稿しています
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
後宮薬師は名を持たない
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
