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第24項 紅の記憶
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龍と人の子
宝玉とともに生を授からん。
力を持つがゆえに
生涯、離れることは許されぬ。
「ここは……」
気がつくとゼクスは森の中に立っていた。
「お母さん、あれ!」
無邪気にゼクスを指差す少女。灰色の髪をゆらして駆け寄ってくる。
バルガスの娘と同じくらいの年齢だろう。
「あそこにリンゴがなってるよ!」
指を指していたのはゼクスの後ろになっていたリンゴだった。
どうやら姿が見えていないようだ。
「ほらほら、サラ。あんまり大きな声を出さないの」
少女——サラの後ろからツバの広い白い帽子を被り、カゴを持った女性がやってくる。
穏やかな表情を浮かべた女性は、先まで戦闘を繰り広げていた龍人シエラだった。
「これは彼女の——記憶?」
意図してかは分からないがゼクスの脳内に直接流れてくる記憶を見ているのだろう。
現に記憶に干渉はできない。木を触れようとしても、通り抜ける。まるで幽霊になったかのよう。
二人はリンゴを取り周囲になっていた他の木の実や果実も採取していた。
一通り取り終えると、手を繋いで森の奥に進んでいく。
そこには見覚えのある遺跡がひっそりと息を潜めていた。
「はぁ……、最近また実りが悪くなってきたなぁ……また街に行かないと」
テーブルに肘をつき、困り顔でため息をついていた。
遺跡の地下。広間の奥には二人の居住スペースがあった。
「えっ! 街に行くの? サラも行きたいー!」
読んでいた絵本を放り、母をキラキラさせた眼差しで見つめる。
「ダメよ。お外には危険なことがいっぱいあるんだから。もう少しお姉ちゃんになったら、ね?」
「むーー……」
ほっぺを膨らませて不満を表す。
そんなサラと目線を同じくらいにして優しく語りかける。
「ごめんね。ママもお外で遊ばせてあげたいけど、ある理由があって出来ないの……」
浮かない表情。サラはそんな顔が嫌だった。それでも自分のわがままを貫こうとするほど子供でもなかった。
「じゃあ、帰ってきたらあの練習。一緒にしてくれる?」
ときどき魔力をコントロールできるように大広間で魔法の練習をしていた。サラの一番の楽しみでもある。
母シエラと一緒に過ごす。そんな時間が大好きだった。
「うんっ!」
子供らしい、無邪気な笑顔を浮かべて元気に返事をするのだった。
ゼクスはそんな二人のやりとりを微笑ましく見ていた。
仲の良い親子。この姿を見れば誰でもそう思うだろう。
——だが、その時間が来ることはなかった。
港町ディネール。
ギルドなどに立ち寄り薪などをお金に換金していた。人間社会で暮らすにはお金という存在は決して欠かせない。その対価として、森で集めた薪を炭にしてお金に変えてもらっていたのだ。
実際海の幸は豊富にあるのだが、森には魔物が住んでいるせいで、下手に採取に迎えない。そのため薪や炭は高値で取引されていたのだ。
その後シエラはルーターストアで食材を調達していた。
ローブを羽織り、フードをかぶり周囲に顔が見られないようにしていた。
「おおっ、シエラさん。久しぶりだな」
「どうも。お久しぶりです」
街に買い出しに来るときによく来ていたから、顔を覚えられていた。あまり、顔を覚えられるのは良くないのだが、ラルフなら大丈夫か、という安心感もあったのだ。
シエラはいつも通り、銅貨を数枚渡す。
「娘さん、元気かい? 今度会わせてくれよ。俺の娘がいるから仲良くなれそうだ。シエラさんは美人だから可愛いんだろうな」
ガハハ、と大口を開けて笑う。前に家族の話になって、娘のことを言ったのだ。それを律儀に覚えていて、娘に会ってみたいと言い出したのだ。
ラルフは「ちょーっと待っててくれな」
と言って店先に並んだ商品を紙袋に詰め始める。
「いつもすみません——」
紙袋には数多くの食材が詰め込まれていた。それも対価に見合った金額ではない量だ。
「いやいや、これくらいさせてくれや。じゃあ、また何かあったら気軽に声かけてくれ。用立てするぜ」
シエラは「ありがとうございます」と頭を下げると、ルーターストアを後にした。
多くの人が行き交う大通り。
シエラは俯き加減で顔を見られないようにして歩く。
瞬間、すれ違った漆黒のフードを被った人物に悪寒を感じた。
悪意……違う。憎悪……違う。生物ではない何かを思わせるどす黒いオーラのようなもの。
振り返るシエラ。
だが、そこにはもう気配もない。ただただ、住民と傭兵たちがそれぞれの目的で歩いているだけだった。
何か嫌なものを覚えた彼女は足はやに遺跡に戻り始めた。
遺跡に戻ると、やはり違和感。
いつもの風景なのに、何かが違った。
「サラ!?」
いつも帰りを待ちわびて、迎えてくれていたサラがいない。
荷物を置き、サラの部屋に駆け込む。
「……だれ?」
見知らぬ黒いフードを羽織った人物。それと、どこかで見たことのあるような男。
「アーデル!?」
ゼクスは思わず声を荒げた。記憶だと分かっていてもシエラ同様、警戒をしてしまっていた。
「初めまして、シエラさん。私はディネール領で領主をさせて頂いております、『アーデル』と、申します。以後、お見知り置きを」
「領主様がこんなところに何の用? 見ての通り、何も無いわよ」
低い声で敵対心を示す。
遺跡の周辺には結界が張ってある。生き物を寄せ付けないように、感覚を狂わせる。近づこうとしたものはたちまち方向感覚を狂わされ、森の中を彷徨う。だいたいは森にすむ魔物にやられる末路だが。次第にこの森は『迷いの森』と呼ばれ、人が寄り付かなくなっていたのだ。
そんな結界を掻い潜って侵入して来たところ、この人物は何かしらの力を持っていると考えても良い。
それに後ろにいる黒いフード。口元しか見えないが、中性的な顔立ちで、男か女すらも判別しにくい。
そこにいるのは明確なのだが、気配というものを感じない。『いる』のに『いない』。不気味なヤツは警戒せざるを得ない。
「まぁまぁ、そう警戒なさらないでください。『あなた』には何もしませんよ」
眉を寄せるシエラ。
「あなたには?」
微笑むように頰を緩めるアーデル。
「ええ。彼女には少し、眠ってもらいましたが……」
半身になって、後ろの物を見せた。
氷塊。宝石のように浮かんだそれの中に、眠るサラの姿があった。
「——ッ!!」
シエラの髪がゆらりと揺れる。怒りで自らの体から発せられた魔力の奔流に髪がうねり出したのだ。
「おっと、手は出させませんよ」
アーデルは懐から紅い宝玉を取り出した。
それを目にするとシエラは魔力を止める。
「聡明な判断です。これはあなたの娘さんの龍石です。これが壊れるということは娘さんの命も壊れると同義……ですよね? 龍人——ドラゴニュートたちは龍石とともに生を受ける。膨大な魔力と絶大な力と生命力を持つあなたたちに唯一課せられた弱点——だと私は存じております」
龍石のことは、限られたものしか知らされていない。種の存命に関わることなので厳重に守られてきた。
それを知っていることは——
(こいつ、何者だ?)
「ただの地方の領主ですよ」
驚きを隠せないシエラ。ただの人間が、心を読むなんて——
「いやいや、心を読めるわけではありませんよ。ましてや獣人でもありませんし。なんとなく、あなたの考えていることはわかるのですよ。瞳孔の開き方、表情、仕草……まだあなたのことをよくは知りませんので、そこまで深いところまでは知り得ませんが……まあ、デモンストレーションですよ」
どこまでが本当なのか。薄笑いの下に隠れる本心が読めない。
「さて、本題に戻りましょう。私はシエラさん、あなたに頼みたいことがあってきたのですよ」
「頼みたいこと?」
「ええ。そうなんてことはないことですよ」
アーデルはゆっくりと部屋の中を歩き出す。サラのおもちゃを手に取り、話を続けた。
「陸路を辿ってくるキャラバン——つまり商隊を襲って欲しいのですよ。そして、積荷をディネールに届けさせないでください」
「——! バカな!」
アーデルの要求はこうだった。
龍族は特殊な存在で、人と魔族どちらにも属さず独立している。
そのため、人に協力する個体もあれば、魔族に手を貸す個体もいる。
そして、龍族は魔族を従えることもできる。上位種となるとそれなりの力を示さないといけないが、下級の存在であれば従順に従えることができるのだ。
その力を使い、周辺の魔物を従えてキャラバンを襲えというのだ。
しかし、それは自分の統治するディネールを混乱に陥れるということを分かっていながらの提案だった。
「狂ってる……」
「お褒めのお言葉ありがとうございます」
「そんなことのためにサラは……?」
ニッコリと紳士的に笑みを浮かべるアーデル。
「お前など——」
シエラは冷たい声で、
「——造作もなく殺せるぞ」
アーデルを睨みつけた。
ぞわり、とアーデルとゼクスの背後に冷たい殺気が走る。
——チャキ——
突如金属音が立つ。
シエラの首元に突きつけられた果物ナイフ。
フードの人物が背後からシエラにナイフを突きつけていたのだ。
「コイツ——」
意図して気配を発するまで気が付けなかった。
「ご紹介致しましょう。私の……そうですねぇ。ビジネスパートナーとでも言っておきましょうか。ギルド『嗤う闇』のメンバーの方です。名前は特にないので私は勝手に『ヌル』と呼んでいます」
ヌル——そこ計り知れない力を秘めている。ハッキリ言って次元が違うとまでシエラは感じてしまった。
気を収め、冷たい汗がつぅと額を流れる。
「シンプルな要求ですが、一番の肝なのです。ここが崩れると全てが破綻してしまう。なので頼みましたよ…………ああ、そうだ。忘れるところでした——」
立ち去ろうとした足を止める。
「こちらもプレゼントです。どうぞ、お受け取りください」
ヌルが背後からシエラのうなじに何かを貼り付けた。
——ドクン——
「グアァアァァッ!!」
激痛が全身を襲う。力が抜け、立っていられなくなる。体の中から灼かれるような痛み。
「それは『錯乱の呪符』です。あなたのは特別製で、どんどん魔力を吸い取っていきます。その転送先は——まあ、私の屋敷、とだけ言っておきましょうか」
痛みに身悶えるシエラを見下ろす。
しばらくするとシエラは息を荒げながら、立ち上がった。
「ほう。やはりドラゴニュートという存在は凄まじいですね。一気に魔力を抜かれてもう立ち上がるなんて……いや、娘を想う母の強さ、と言った方が的確でしょうか」
アーデルを見据えるが、立ち上がるのが精一杯だった。だが、決して言いなりにはならないと意志を見せつけた。
「では、あとはよろしくお願いします。後ほど、あなたの監視役をよこすので、詳しくはその人物に聞いてください。では——」
と、言い残すと、颯爽と姿を消した。
いつの間にかヌルも消えていた。残されたのは氷塊に眠るサラとそれをただただ見つめるだけのシエラだけだった。
宝玉とともに生を授からん。
力を持つがゆえに
生涯、離れることは許されぬ。
「ここは……」
気がつくとゼクスは森の中に立っていた。
「お母さん、あれ!」
無邪気にゼクスを指差す少女。灰色の髪をゆらして駆け寄ってくる。
バルガスの娘と同じくらいの年齢だろう。
「あそこにリンゴがなってるよ!」
指を指していたのはゼクスの後ろになっていたリンゴだった。
どうやら姿が見えていないようだ。
「ほらほら、サラ。あんまり大きな声を出さないの」
少女——サラの後ろからツバの広い白い帽子を被り、カゴを持った女性がやってくる。
穏やかな表情を浮かべた女性は、先まで戦闘を繰り広げていた龍人シエラだった。
「これは彼女の——記憶?」
意図してかは分からないがゼクスの脳内に直接流れてくる記憶を見ているのだろう。
現に記憶に干渉はできない。木を触れようとしても、通り抜ける。まるで幽霊になったかのよう。
二人はリンゴを取り周囲になっていた他の木の実や果実も採取していた。
一通り取り終えると、手を繋いで森の奥に進んでいく。
そこには見覚えのある遺跡がひっそりと息を潜めていた。
「はぁ……、最近また実りが悪くなってきたなぁ……また街に行かないと」
テーブルに肘をつき、困り顔でため息をついていた。
遺跡の地下。広間の奥には二人の居住スペースがあった。
「えっ! 街に行くの? サラも行きたいー!」
読んでいた絵本を放り、母をキラキラさせた眼差しで見つめる。
「ダメよ。お外には危険なことがいっぱいあるんだから。もう少しお姉ちゃんになったら、ね?」
「むーー……」
ほっぺを膨らませて不満を表す。
そんなサラと目線を同じくらいにして優しく語りかける。
「ごめんね。ママもお外で遊ばせてあげたいけど、ある理由があって出来ないの……」
浮かない表情。サラはそんな顔が嫌だった。それでも自分のわがままを貫こうとするほど子供でもなかった。
「じゃあ、帰ってきたらあの練習。一緒にしてくれる?」
ときどき魔力をコントロールできるように大広間で魔法の練習をしていた。サラの一番の楽しみでもある。
母シエラと一緒に過ごす。そんな時間が大好きだった。
「うんっ!」
子供らしい、無邪気な笑顔を浮かべて元気に返事をするのだった。
ゼクスはそんな二人のやりとりを微笑ましく見ていた。
仲の良い親子。この姿を見れば誰でもそう思うだろう。
——だが、その時間が来ることはなかった。
港町ディネール。
ギルドなどに立ち寄り薪などをお金に換金していた。人間社会で暮らすにはお金という存在は決して欠かせない。その対価として、森で集めた薪を炭にしてお金に変えてもらっていたのだ。
実際海の幸は豊富にあるのだが、森には魔物が住んでいるせいで、下手に採取に迎えない。そのため薪や炭は高値で取引されていたのだ。
その後シエラはルーターストアで食材を調達していた。
ローブを羽織り、フードをかぶり周囲に顔が見られないようにしていた。
「おおっ、シエラさん。久しぶりだな」
「どうも。お久しぶりです」
街に買い出しに来るときによく来ていたから、顔を覚えられていた。あまり、顔を覚えられるのは良くないのだが、ラルフなら大丈夫か、という安心感もあったのだ。
シエラはいつも通り、銅貨を数枚渡す。
「娘さん、元気かい? 今度会わせてくれよ。俺の娘がいるから仲良くなれそうだ。シエラさんは美人だから可愛いんだろうな」
ガハハ、と大口を開けて笑う。前に家族の話になって、娘のことを言ったのだ。それを律儀に覚えていて、娘に会ってみたいと言い出したのだ。
ラルフは「ちょーっと待っててくれな」
と言って店先に並んだ商品を紙袋に詰め始める。
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紙袋には数多くの食材が詰め込まれていた。それも対価に見合った金額ではない量だ。
「いやいや、これくらいさせてくれや。じゃあ、また何かあったら気軽に声かけてくれ。用立てするぜ」
シエラは「ありがとうございます」と頭を下げると、ルーターストアを後にした。
多くの人が行き交う大通り。
シエラは俯き加減で顔を見られないようにして歩く。
瞬間、すれ違った漆黒のフードを被った人物に悪寒を感じた。
悪意……違う。憎悪……違う。生物ではない何かを思わせるどす黒いオーラのようなもの。
振り返るシエラ。
だが、そこにはもう気配もない。ただただ、住民と傭兵たちがそれぞれの目的で歩いているだけだった。
何か嫌なものを覚えた彼女は足はやに遺跡に戻り始めた。
遺跡に戻ると、やはり違和感。
いつもの風景なのに、何かが違った。
「サラ!?」
いつも帰りを待ちわびて、迎えてくれていたサラがいない。
荷物を置き、サラの部屋に駆け込む。
「……だれ?」
見知らぬ黒いフードを羽織った人物。それと、どこかで見たことのあるような男。
「アーデル!?」
ゼクスは思わず声を荒げた。記憶だと分かっていてもシエラ同様、警戒をしてしまっていた。
「初めまして、シエラさん。私はディネール領で領主をさせて頂いております、『アーデル』と、申します。以後、お見知り置きを」
「領主様がこんなところに何の用? 見ての通り、何も無いわよ」
低い声で敵対心を示す。
遺跡の周辺には結界が張ってある。生き物を寄せ付けないように、感覚を狂わせる。近づこうとしたものはたちまち方向感覚を狂わされ、森の中を彷徨う。だいたいは森にすむ魔物にやられる末路だが。次第にこの森は『迷いの森』と呼ばれ、人が寄り付かなくなっていたのだ。
そんな結界を掻い潜って侵入して来たところ、この人物は何かしらの力を持っていると考えても良い。
それに後ろにいる黒いフード。口元しか見えないが、中性的な顔立ちで、男か女すらも判別しにくい。
そこにいるのは明確なのだが、気配というものを感じない。『いる』のに『いない』。不気味なヤツは警戒せざるを得ない。
「まぁまぁ、そう警戒なさらないでください。『あなた』には何もしませんよ」
眉を寄せるシエラ。
「あなたには?」
微笑むように頰を緩めるアーデル。
「ええ。彼女には少し、眠ってもらいましたが……」
半身になって、後ろの物を見せた。
氷塊。宝石のように浮かんだそれの中に、眠るサラの姿があった。
「——ッ!!」
シエラの髪がゆらりと揺れる。怒りで自らの体から発せられた魔力の奔流に髪がうねり出したのだ。
「おっと、手は出させませんよ」
アーデルは懐から紅い宝玉を取り出した。
それを目にするとシエラは魔力を止める。
「聡明な判断です。これはあなたの娘さんの龍石です。これが壊れるということは娘さんの命も壊れると同義……ですよね? 龍人——ドラゴニュートたちは龍石とともに生を受ける。膨大な魔力と絶大な力と生命力を持つあなたたちに唯一課せられた弱点——だと私は存じております」
龍石のことは、限られたものしか知らされていない。種の存命に関わることなので厳重に守られてきた。
それを知っていることは——
(こいつ、何者だ?)
「ただの地方の領主ですよ」
驚きを隠せないシエラ。ただの人間が、心を読むなんて——
「いやいや、心を読めるわけではありませんよ。ましてや獣人でもありませんし。なんとなく、あなたの考えていることはわかるのですよ。瞳孔の開き方、表情、仕草……まだあなたのことをよくは知りませんので、そこまで深いところまでは知り得ませんが……まあ、デモンストレーションですよ」
どこまでが本当なのか。薄笑いの下に隠れる本心が読めない。
「さて、本題に戻りましょう。私はシエラさん、あなたに頼みたいことがあってきたのですよ」
「頼みたいこと?」
「ええ。そうなんてことはないことですよ」
アーデルはゆっくりと部屋の中を歩き出す。サラのおもちゃを手に取り、話を続けた。
「陸路を辿ってくるキャラバン——つまり商隊を襲って欲しいのですよ。そして、積荷をディネールに届けさせないでください」
「——! バカな!」
アーデルの要求はこうだった。
龍族は特殊な存在で、人と魔族どちらにも属さず独立している。
そのため、人に協力する個体もあれば、魔族に手を貸す個体もいる。
そして、龍族は魔族を従えることもできる。上位種となるとそれなりの力を示さないといけないが、下級の存在であれば従順に従えることができるのだ。
その力を使い、周辺の魔物を従えてキャラバンを襲えというのだ。
しかし、それは自分の統治するディネールを混乱に陥れるということを分かっていながらの提案だった。
「狂ってる……」
「お褒めのお言葉ありがとうございます」
「そんなことのためにサラは……?」
ニッコリと紳士的に笑みを浮かべるアーデル。
「お前など——」
シエラは冷たい声で、
「——造作もなく殺せるぞ」
アーデルを睨みつけた。
ぞわり、とアーデルとゼクスの背後に冷たい殺気が走る。
——チャキ——
突如金属音が立つ。
シエラの首元に突きつけられた果物ナイフ。
フードの人物が背後からシエラにナイフを突きつけていたのだ。
「コイツ——」
意図して気配を発するまで気が付けなかった。
「ご紹介致しましょう。私の……そうですねぇ。ビジネスパートナーとでも言っておきましょうか。ギルド『嗤う闇』のメンバーの方です。名前は特にないので私は勝手に『ヌル』と呼んでいます」
ヌル——そこ計り知れない力を秘めている。ハッキリ言って次元が違うとまでシエラは感じてしまった。
気を収め、冷たい汗がつぅと額を流れる。
「シンプルな要求ですが、一番の肝なのです。ここが崩れると全てが破綻してしまう。なので頼みましたよ…………ああ、そうだ。忘れるところでした——」
立ち去ろうとした足を止める。
「こちらもプレゼントです。どうぞ、お受け取りください」
ヌルが背後からシエラのうなじに何かを貼り付けた。
——ドクン——
「グアァアァァッ!!」
激痛が全身を襲う。力が抜け、立っていられなくなる。体の中から灼かれるような痛み。
「それは『錯乱の呪符』です。あなたのは特別製で、どんどん魔力を吸い取っていきます。その転送先は——まあ、私の屋敷、とだけ言っておきましょうか」
痛みに身悶えるシエラを見下ろす。
しばらくするとシエラは息を荒げながら、立ち上がった。
「ほう。やはりドラゴニュートという存在は凄まじいですね。一気に魔力を抜かれてもう立ち上がるなんて……いや、娘を想う母の強さ、と言った方が的確でしょうか」
アーデルを見据えるが、立ち上がるのが精一杯だった。だが、決して言いなりにはならないと意志を見せつけた。
「では、あとはよろしくお願いします。後ほど、あなたの監視役をよこすので、詳しくはその人物に聞いてください。では——」
と、言い残すと、颯爽と姿を消した。
いつの間にかヌルも消えていた。残されたのは氷塊に眠るサラとそれをただただ見つめるだけのシエラだけだった。
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