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第31話 誰のために
しおりを挟む静けさを取り戻した朝焼けの港。
街を襲っていた怪物はリリィ、一人の手によって倒された。
遅れてゼクスたちは合流を果たす。
「リリィさん……一人で……?」
三人で手こずった敵をさらに強化した状態で一人で倒してしまった。彼女は一体どれだけの強さを秘めているのだろう。かつて名のある人物だったのは確かだろうが、リリィ——その名を聞いたことはない。
リリィは汗ひとつかかず朝日に揺らめくその濡羽色の髪を、揺らした。
「随分と遅い登場じゃない。私がかたずけちゃったわよ?」
「リリィさん、あなた一体……」
口に人差し指を当てて妖艶に、
「内緒よ」
とウィンクして見せた。
「それとコイツ、死んだわけじゃないわ。この後どうするか——」
近づいて様子を伺おうとすると——バシュンッ——アーデルを中心に黒い霧が巻き起こり姿を隠した。
リリィは咄嗟に指を鳴らし、霧を霧散させる。が、そこにあった巨体は忽然と姿を消していた。
「やられたわ。でもあの状態ならそう遠くには行けない。手分けして探すわよ」
ボロボロと体が剥がれ落ちる。膨大な魔力を吸収したことで体が耐えきれず、崩壊し始めていた。人工龍石を喰らったおかげでキャパシティが増えていたのだが、それを持ってしてももう、体の崩壊は止められない。
ヨロヨロと体を壁に預けながらアーデルは灯台のある埠頭に向かっていた。
逃げようとも思っていない。生き永らえたくないと言ったら嘘になるが、そこまでして延命をしたくはない。
ただ、この場所に来たかった。一人で朝日を見えるこの場所に。
だがその場所に先客がいた。太陽を背に浴び、逆光で影になった人物。
闇ギルド、嗤う闇の一人ヌル。
無言で近づいてくる彼女はアーデルに体を預けるように重なる。
アーデルの腹に突き刺さった艶消しの黒いナイフ。ヌルが引き抜くともう血も出ないほど対組織が崩壊していた。
崩れ落ちアーデルの身体、膝で一瞬止まり横たえた。
それがゼクスとアイリがようやく見つけた彼の呆気ない結末だった。
ヌルがナイフを仕舞い、二人に向かって抑揚のない声をかけた。
「我ら嗤う闇に立ちはだかるものは滅びる。闇を知るものは光をも知ることになるだろう」
その言葉を最後に陽炎のように姿を消した。
アーデルはまだ息があった。
這いずって灯台の下に向かっている。ヌルに刺された腹を中心に剥がれ落ちた黒い炭のような跡が後ろに残った。
執念さえ感じるその姿にゼクス達は黙って見ていることしかできない。
灯台に背中を預けて座ったアーデル。顔のいたるところが剥がれ落ち怪物と化した後遺症で醜く肉の塊となり、元の顔は半分しか残っていなかった。
「最後は私一人になりたかったのだが。来てしまったのなら仕方ない……少し昔話でも聞いていくか?」
取り繕った紳士的な口調はなく、彼本来の言い回しになっていた。そして皮肉にも笑ってみせる。
「俺は元々帝都の貴族、伯爵位も持っていた。レストランド家と聞けば聞いたことがあるだろう——」
レストランド家、二人はその家系に聞き覚えがあった。今は没落してしまったが、かつては皇帝に仕える名門貴族だった。
アーデルは淡々と語り出す。今までの経歴を——
「俺の父は何度も戦争で功績を残しその武勲を称えて伯爵位を得た。地方出身の父は帝都に移り晴れて貴族の一員となれた。名門貴族の中でも異例の父は皇帝の後ろ楯があったためなんとか権力を得ていた。
そんな苦労を知らず俺は産まれながらの貴族。自由勝手にやってたさ。
だがある時父が急死した。原因は不明。父を嫌っていた誰かだろうが敵が多すぎて真相は闇に葬られたさ。
皇帝からディネール領を任されていた父の後を俺が継いだ。
遊び呆けていた俺に武力もない、知恵もない。だがその時の俺は世間を知らないただのワガママ貴族。
成り行きでなった領主を自分の力で勝ち取ったと勘違い、補佐していた召使い達の助言も聞かず自分の考えだけで動かしていたさ。
こうなってから気づくなんてバカだよな、俺」
アーデルは自虐的に笑う。
ゼクスはアーデルの語りにいつの間にか親近感を覚えていた。父親がどんな苦労をして今の地位を手に入れたのか知らない。それに縋って生きて行くことが嫌になって騎士団を抜けたのも理由の一つだったから。
そして語りは続く。
「次第に愛想つかした召使い達は城を後にしていった。気がついたらもう俺しか城には残っていなかった。そんな状態でまとめることなんてできない。住民も次第に俺から離れていき——いや、最初から俺について来たやつなんていなかたのか。
リリィが顔役になって取り仕切り、ギルド連盟もディネールに尽力してくれた。俺はすでにいらない存在になっていたんだ。
俺も父の残したこの街を守りたかった。でも、子供だった俺には何もできない、何もな。
そこで出会ったのが嗤う闇。海流操作装置と錯乱の呪符を渡され、人さらいをしたら報酬を払うと言われ俺は何も考えず闇の稼業に手を出してしまった。
人を操り、海流を操り、ディネールを支配し始めた俺はいつしか変に自信がついてしまった。
これは俺の力だ、と。
だが俺の力ではなく、嗤う闇の力。手先になっていたことに気がつかず、奴らを利用してやろうと目論んでいた。
その結果がこのザマだ」
「お前がしたことは許せない。だが、境遇はわかる。認められたい、でも実力が伴わない。少しでも良い結果になると舞い上がる。そして結果誰も見てくれなくなる」
ゼクスは騎士学校時代を一つ一つ思い出しながら想いを紡ぐ。
アーデルに同情したからではない。もしかしたら自分もそうなっていた可能性は十分にあったから。
「あなたの想いは何も間違っていないわ。やり方がわからなかっただけ。でも、誰かを頼る。それを今回知ったわ」
ゼクスをチラリと横目でみると、フフッ、と静かに笑ってみせる。
アーデルはそんなゼクスが羨ましかった。アイリに取引を持ちかけた時も助けて欲しかったのかもしれない。でも、頼ることができなかった意固地な自分は脅迫という形でしか自己主張ができなかった。
本心を語ることで信頼よりも堅い絆で繋がっているような二人。そんな関係を結べる人間が欲しかったのかもしれない。
「俺も、こんな仲間が欲しかった。次は、もっと早く気づきたい」
「ハッ、アーデルもっと早くって……またこんなことやらかすつもりかよ。俺は勘弁だぜ?」
「フフ、冗談だ」
声を上げずとも二人の間で笑いが起きていた。
最後に笑ったのはいつだろう。アーデルはそう思っていた。
最期が自分を認めてくれた奴となら——
水平線の先に煌々と姿を表してきた朝日。巨大な太陽は朝もやを明るく照らし、また新しい一日を告げる。
「ああ、美しい朝日だ」
声を漏らすと体は完全に崩壊し、炭とも塵ともわからぬ破片となって、潮風に吹かれて消えた。
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