【完結】二人はさよならを知らない

シラハセ カヤ

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唇を重ねるたびに、
体の奥がじんと痺れるような感覚が広がっていく。

彰の手が、沙耶子の頬を撫で、首筋をゆっくりと
滑り落ちる。

指先が鎖骨に触れた瞬間、思わず肩が跳ねた。

「……怖い?」
低く掠れた声が耳元に落ちる。

沙耶子は小さく首を振った。

「怖くない……」

むしろ怖いのは、今の気持ちの方だった。

どこまで落ちてしまうのかわからない。
どれほど望んでしまうのかわからない。

けれど、それでも。
「……彰が、欲しい」

沙耶子が震える声でそう言うと、
彰の瞳が僅かに揺れた。

「……お前、ほんまに…後悔せえへん?」

問いかけられた言葉に、沙耶子はそっと微笑んだ。

「後悔するなら、もっと前にしてる」

そう言い終えた瞬間、彰は堪らないように
沙耶子を抱き寄せた。

もう、言葉は必要なかった。

肌が触れ合うたびに、熱が交わるたびに、
心の奥にある感情が溶けていく。

「彰……」
名を呼んだ瞬間、唇を塞がれる。

触れるだけだった口づけが、次第に熱を帯びていく。

「……っ、ん……」

絡みつく舌の感触に、思わず体が震えた。

彰の指先が、沙耶子の背中をゆっくりと撫でる。
くすぐったいような、落ち着かないような感覚が
背筋を這い上がり、自然と指が
彰のシャツの裾を握りしめた。

「……っ、彰……」

名を呼ぶたび、心臓が高鳴る。
求めるほど、深みにはまっていくのがわかる。

もう、戻れない。
それでもいい───そう思ってしまった。

「……沙耶子」
低く掠れた声が、耳元に落ちる。
それだけで体の奥が震えた。

「お前、ほんまに……」

最後の迷いが混じった彰の声に、
沙耶子は小さく首を振る。

「……何も言わんでええ」

言葉はいらない。

ただ、感じるままに───。

その瞬間、彰がゆっくりと沙耶子の手を取り、
指を絡める。

強く、けれど優しく。

そして、二人は
夜の深みへと、静かに沈んでいった。








朝の光が、薄いカーテン越しに差し込んでいた。
微かな鳥の鳴き声と、遠くから聞こえる車の音。

それらが混じり合い、朝の訪れを告げている。
沙耶子は、ぼんやりと天井を見つめていた。

体の奥に残る微かな痺れと、隣に感じる温もり。

それが、昨夜の出来事が
夢ではないことを証明していた。

ゆっくりと息を吸い込み、そっと目を閉じる。

後悔していないと言えば嘘になる。
こんな関係になるつもりなんてなかった。

でもそれ以上に───。

沙耶子は、隣にいる男の寝顔を盗み見た。
昨夜、何度も名前を呼んだ唇を噛みしめる。

彰はまだ眠っているのか、静かな寝息を立てていた。

普段は見せない無防備な顔。
この人は、どんな夢を見ているんだろう。

あの時間、何を思っていたんだろう───。

ふと、彰の指が僅かに動く。
寝返りを打つように、沙耶子の方へと腕が伸びた。

「……」

触れられる前に、沙耶子はそっと布団を抜け出した。

鼓動が、うるさいくらいに響く。
昨夜の余韻を振り払うように、肩を抱きしめる。

後悔しているのか、していないのか。
まだ、答えは出せそうになかった。

ただ、
このまま隣にいれば、また溺れてしまいそうだった。



震える足を押さえながら、
沙耶子は静かに部屋を出た。

足音を忍ばせながら階段を降り、
誰にも気づかれないように洗面所へ向かう。

顔を洗えば、
昨夜の熱も流れていくかもしれない、
そんな期待を込めて蛇口をひねった。

冷たい水をすくい、勢いよく顔にかける。
「…つめた」

思ったよりも冷たさが染みた。
けれど、それでも消えてくれない。

肌に残る彰の指の感触も、耳元で囁かれた声も、
瞼をを閉じればすぐに蘇る。

「……なにやってんの、私……」

誰に言うでもなく、呟く。
鏡に映る自分の顔を見つめると、
頬はまだ赤いままだった。

昨夜、あんなに求め合ったのに。

いや、だからこそ。
どうしていいのかわからない。

この先、私たちはどうなるんだろう。

昨夜のことをなかったことにはできない。
でも、それをどう受け止めればいいのかも
わからない。

「……沙耶子?」

不意に、背後から低い声がした。
心臓が跳ねる。
振り向かなくてもわかる。

「……起きたん?」

できるだけ平静を装って言う。
彰は無言のまま、少し距離を取るように立っていた。

昨夜の熱は、どこにも感じられない。

「……ごめんな」
その言葉に、胸が締めつけられた。

「なんで謝るん?」

「……お前をこんな風にさせるつもりはなかった」
彰はそう言って、ゆっくりと視線を落とした。

「俺も……どうしたらええかわからん」
その言葉を聞いて、沙耶子の心の中で何かが軋んだ。

昨夜の熱が嘘みたいに、彰は今、遠い。

「……何もなかったことにはできひんよ」
「せやな」

それでも───
「……なかったことにするん?」

問いかけるように言った沙耶子に、
彰は答えなかった。

ただ、一度だけ静かに目を伏せた。
それが、答えのような気がして───

沙耶子は、そっと指先を握りしめた。




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