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「初めまして、洋介です」
玄関の扉が開くなり、そう挨拶した男は、
どこか見覚えのある雰囲気を持っていた。
いや、見覚えがあるわけがない。初対面なのだから。
なのに、妙に既視感があった。
「あんた、ほんま若い頃の彰みたいやなぁ」
沙耶子の祖母が、ふっと笑いながら言う。
「そう思わへん?」
隣でお茶の準備をしていた香代子も、
頷きながらくすくすと笑った。
「ほんまやなぁ、背格好も雰囲気も、
なんか似とるわ」
彰は、なんとも言えない気持ちで、
その男───沙耶子の夫となる人間を見つめた。
確かに、言われてみれば
昔の自分と重なる部分がある。
スラリとした長身、切れ長の目、低めの声。
大阪の人間らしい、どこかくだけた空気感。
「それ、どういう意味です?」
洋介は戸惑いながらも笑い、
沙耶子が苦笑いしながら制する。
「おばあちゃんたちは気にせんといて、
なんか知らんけど、変なとこでリンクさせんのよ」
───それだけやないんやろ。
彰は思った。
沙耶子が無意識に、どこか自分と重なる人間を
選んだ可能性は否定できない。
「まぁ、ええことやん、
彰もやっと弟分できた思たら?」
香代子が冗談めかして言う。
「沙耶子の旦那やねんから、しっかり可愛がったり」
可愛がる、ねぇ。
彰は曖昧に微笑みながら、視線を洋介に戻した。
沙耶子が選んだ人間。
彼女が、人生を共にすると決めた相手。
「……沙耶子をよろしく頼むわ」
彰は静かに言った。
「娘みたいなもんやねん、俺にとって」
その言葉に、沙耶子がわずかに眉を寄せたのを、
彰は見逃さなかった。
けれど、それ以上は何も言わなかった。
「もちろんです。大切にします」
洋介は真剣な表情でそう答え、深く頭を下げた。
沙耶子が横で、じっと彰を見ていた。
彰は、何も言わず、ただ微笑んだ。
───これでええんや、これで。
そう自分に言い聞かせながら。
・
・
・
実家で過ごす、最後の夜だった。
明日結婚式を終えたら、
もうここは「自分の家」ではなくなる。
幼い頃から慣れ親しんだ部屋に戻ることも、
もうない。
だからこそ、最後の夜くらいは
自分の部屋で眠りたかったが───。
「客間、ええやんな?」
洋介にそう言われ、沙耶子は頷く。
祖父が亡くなってからは、母と祖母が
二階の部屋を使うことはなくなり、
彰だけがそのまま住み続けていた。
となると、自分の部屋の隣には、彰がいる。
───それは、少し都合が悪い気がした。
「ほんまに最後なんやなぁ」
布団に入ると、洋介がぼそりと呟いた。
「ん?」
「なんか、寂しい?」
「うーん」
沙耶子は少し考えてから、正直に言った。
「寂しいっていうか……実感ないな
別にもう会えへんわけでもないし」
「ふーん」
洋介はごろんと横を向き、
沙耶子の髪を指でくるくると遊ばせる。
「なんかー……俺の方が緊張してる気ぃする」
「そうなん?」
「するする、明日、手ぇ震えてるかもしれん」
「大丈夫やって、ちゃんと支えたるわ」
「なんやそれ」
2人でくすくすと笑い合う。
洋介は穏やかで、優しい人だった。
結婚相手として、申し分のない人だった。
───それでも。
この家の最後の夜に、
自分の部屋で眠れないことを、心のどこかで
残念に思ってしまうのは、きっと気のせいじゃない。
「沙耶子?」
「ん?」
「……なんでもない」
洋介は少し考え込んだようだったが、
結局それ以上は何も言わなかった。
沙耶子は軽く目を閉じた。
二階には彰がいる。
今頃、何を考えているのだろうか───
そんなことを思いながら、静かに眠りについた。
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