あなたは親なんですから--養育義務遂行施設--

多々志麻子

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親の欠落

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 0214、0214、どうして、ない。自己採点はボーダーから十分上だったのに。

 合格者発表の掲示板をズームインして、写真を撮る学生。父と母と肩を取り合い喜ぶ学生。しゃがみこんで泣いている学生。母がこの場にいなくて良かったと思う反面、妙にふわふわする足許を誰かに支えてもらいたい気持ちも湧き上がる。

 中学校戻らなくちゃ、先生に報告しなくちゃ。

 第一志望も私立、第二志望も私立。どちらもお金がかかるなら、第一志望であってほしかった。

「武邑(たけむら)さん、おつかれさま」

「あ、あ、だめでした。くやしい、だめで、ごめんなさい」

「いい、よく頑張った。新しい学校でちゃんとやれるよ。心配ない」

 ブラウンのブレザーに赤い大きなリボン、付けたかった。チョコレートケーキでみたいで可愛かったな。第二志望は逆にグレー基調のセーラー服に青色のスカーフで、寒々しい。セーラー服は中学校で終わらせたかった。

 先生は私の体を抱き締めて、何度も背中を撫でた。過呼吸気味の嗚咽がようやく収まって、ふぅ、ふぅ、と呼吸をしながら訊ねた。

「ほかの、連城学園に、受かった子は、誰ですか」

「聞いてどうするの?聞かないほうがいいわ」

「自己採点、ボーダーから、結構上だったんです。私よりも、バカが、受かっているなら、何かがおかしい。それなら連城学園に、問い合わせなきゃ、きっと、採点ミスしてる」


*


《こちら正門!こちら正門!警衛官が刃物を持った不審者対応中!警衛官が刃物を持った不審者対応中!》

 担当官室に警報が鳴る。

「入所者の親かな」

 たまに入所者の親が「うちの子を返しなさい」と突撃をかますことがある。施設側としては養育費さえ肩代わりしてくれれば、すぐにでも返す。別にこちらだって入所者に魅力を感じてお世話しているわけではない。子も子なら親も親だ。

「すぐ警察へ通報してください!絶対入れるな」

 浦島担当官が通報に返した。中に入られては管理責任に問われるし、扱いが一気に変わる。

「とりあえず監視官にレーザー増加させましょうか。ざわざわされて妙な気を起こされても困りますし」

 レーザー増加ボタンを3回押す。レーザーの本数が3本増えた。

《不審者確保!女性、未成年と思われます!ミヤワキを出せ、と叫んでいます》

 相澤担当官の目つきが変わった。

「今、入所しているミヤワキって男?女?」

「男ですね」

「なら私が行く。警衛官、徹底的にボディチェックして凶器を全部取り外してください」

 相澤担当官が白髪をなびかせて走った。

 助かる。恨みの対象者と同じ性別の自分が行ったところで喉元を噛みつかれていたかもしれない。通報機から、ころす、ころす、と金切り声が聴こえる。正門カメラの映像に切り替えると上肢もろとも上半身を大判のベルトに拘束された黒い服の少女が転がっていた。傍にミリタリーナイフも転がっている。あれが本物の刀剣ならよく手に入った。

 M0278宮脇孝也、職業:塾講師。3年前に職場の同僚と不倫、だが翌年、生徒の母親と不倫行為に走り、誓約書の通りに離婚。お盛んなことだ。3歳の息子アリ、養育費は月額5万。給料口座には塾から支払われている給料口座とその半分を養育費として差し引く引き出し、雑費が淡々と続いている。稼いではいる。だがここ半年、個人雑費が増えている。

 Pカードの利用明細から飲食店、全国系列チェーンのカフェレストランの使用と支払いが増えている。メニューには酒類が含まれているから、おそらく相手は酒が飲める成人だ。女性向けのプレゼントはない。援助交際の踏み倒し?いや、食事こそファミリーレストランで奢れるが、現金は持てないから援助交際はできない。子どもは息子で不審者の未成年の女性と年が離れている。正門から特攻をかけるのも妙だ。


*


「おつかれさまでした。いかがでした?」

相澤がカンガルーの販売機ロボットを連れ立って帰ってきた。

「宮脇のせいで、受験に落ちたって」

「宮脇は確かに塾講師ではありますけれど、その授業を受けてもなお、落ちたというなら本人の実力不足でしょう」

「いや、宮脇の提案で、両親欄に自分の母親と宮脇が名前を書いていた、って。受験において片親は不利だからと言われて」

 レンタル家族、レンタルパートナーはビジネスとして広く周知され、定着している。空白・空欄を埋めるのがレンタル人材の目的だ。レンタル家族においては主に冠婚葬祭などで多く活用されている。シングル家庭、あるいは死亡で当人がそもそもいない場合、あるいは家庭観の軋轢で本物を出せない場合に、それは用いられる。バレそうになった場合、その直後に関係は解消したと言えば、よほど執着的でなければだいだい押し通せる、と使用経験者は言った。それじゃ話が違う、と言っても金銭を取ったりしなければ詐欺罪にはならないはずだ。そもそも家族の有りを認めるのは是としても、家族が欠けているから当人の人格も否定するのはいかがなものか。その偏った思想で成り立っているグレーゾーンなビジネスだ。

 戸籍に虚偽を書くのはリスクが高い。おそらく学校側が提出を促した「ここに両親の名前を書いてください」といったプリントの類だろう。武邑叶は武邑叶の名前で受験している。その空欄になる父の欄に武邑孝也と書いたのだろう。

 入所者は入所中婚姻ができないが、恋愛は自由だ。外出もできるし、こればかりは管理しきれない。ただ入所しているからには勤務先からの給料の半分は、どうしたって養育費に充てられる。だから関係を維持するのは難しい。だが新しいパートナーとやり直して一緒に暮らしたいから、完済に励んで予定期間より早くに基盤を立て直し、仮出所したケースは何件かある。賛否両論あるが、個人的にそれはそれでいいモチベーションだと思う。

 施設が勤務先に入所者であることを明かして口座を差し押さえることはある。だが入所者自身は入所者であることを他人に明かす義務はない。だが察しはつくし、悪い噂は広まるのが早い。

「志望校は、どこですか?」

「連城学園高等部ですって。わざわざ東京から来たのね。凶器を持っているから警察に引き渡しました。今、迎えを呼んでいる。母親が来てくれるって」

初等部受験は親子面接を試験として取り入れているところもあるが、高等部でまだそういうものにこだわることがあるのか。

「その、母親と宮脇は男女の関係だったって?」

浦島担当官は訊いた。

「うん。で、お母さん、レンタル家族代も払ったって」

「元の旦那の名前を書いておけば良かったのに」

「さきほど、口座の収支を見ましたが、そういった収支は確認できませんでしたね」

「現金のやりとり?」

「それか隠し口座です。相澤さんは警察に行って母親に引き取ってもらうときに今までの金銭のやりとりにおける金額だけを確認してください。プレゼントなどは訊かなくて結構です。個人間のやりとりでしょうから、領収書などはないでしょうが、それなら宮脇が申告した受験におけるレンタル家族代を信じる理由もありません。母親の言い値で取り立てます」



*



「担当官の今里です。よろしいですか」

宮脇が文机のパソコンに向かい、キーをだかだかと叩きながらで応える。

「何?塾の課題作っているからその話、今じゃなきゃダメ?」

「今じゃなきゃダメですね。宮脇さん、あなた、規約を破りましたね。無申請の副業及び現金手渡しの副業は許されていまんよ。先ほど武邑叶さんがいらっしゃいました」

「え?」

「面会ではありません。ミリタリーナイフを持って、高校に入学したなりの女性が『あなたを殺す』と特攻をかけてきたんです。突破されていたら宮脇さん死んでましたよ。ここがパノプティコンで良かったです」

 そこでようやく宮脇は作業を辞めて、向き合った。顔つきは確かに綺麗だ。女に好かれるのもわかるし、好色家めいた雰囲気もある。

「あー、申請忘れてたかもですね。名義貸し。でも金入ったならOKでしょ」

「規約にも書いてありますが、入所者は現金を持つことは許されていません。申請収入口座に入ったなら半分は宮脇さん個人のお金ですが、全額徴収させていただきます。どこですか、その2万円は」

「はぁ?」

宮脇は顔を歪める。

「金が入ったならOKと仰るなら、そういうことでOKですよね。また規約をよく確認してから副業を申請してください」

「あんたさ、それはカツアゲが過ぎるんじゃないの。叶が落ちたのはあいつの点数の悪さだろう」

「そうですよ。ここは養育費をカツアゲするための施設です。もっとも恐喝ではなく、債券と解釈していただきたい。説明不足なのは申し訳ありませんでしたが、ここは円滑に養育費を払うための施設です。2万円はどこですか。じゃないとあなたに2万円を不正収入金として加算しなくてはいけない。出せば2万円分早く出られるんです。振れる袖振って、お金を出してください」

「いやいや、言っていること滅茶苦茶だから。あんたらが『とにかく稼いでこい』って言ってるんでしょう。最近のヤンキーでも毒親でもブラック会社でもそういうこともう言わないから」

「外ならそうでしょうね。しかしここは養育費のためだけの施設です。今回の無申請及び現金手渡しの副業は上部に報告させていただきます。とりあえず、処分を待つ間は、外への出勤は禁止です。2万円分稼がれたのですから、時給2,500円として8時間分ですか。勤務先の塾へは、当方が『忘れることなく』、欠勤を連絡します」

「6時間分だタコ!闇金かよ」

 ぐしゃぐしゃの紙幣を、ぱさ、ぱさと投げつけられた。

「念のためにすべての金融機関に口座の照会をかけます。塾の課題はでき次第、データを私が勤務先へ持っていきます。お仕事中お邪魔をしました」

万札の皺をぐいぐいと伸ばして封筒に入れた。

 結局こうなる。やはり精神論的隠喩は使うべきではないな、と最近強く思うようになった。「血反吐を吐くつもりで」と言っても血反吐を吐いてほしいわけじゃない。清掃備品が無駄になるだけだ。

当初こそ抑止力として機能していたが、最近は負の部分が多く目に入る。入所の基準が緩くなってしまったか。善悪の基準がこの特殊な間取りの建物の中で歪んでしまったか。養育費を稼ぐ=大金を稼ぐ=悪事を働いてでも----になりつつある。

 自分たちがやっているのはヤクザの所業だ。毒親でもブラック会社でも言わないことを養育費から逃げた親に言っている。

「エコー」

《はい、今里担当官》

「M0278宮脇に関する奇襲事件について報告は届いていますか」

《はい、相澤担当官から報告が済んでおります。報告書は追って共有します》

「たった今、宮脇から無申請業の収入2万円を徴収しました。経理官に渡しにいきます」

《わかりました。報告書情報に追加します》

「----今、矯正官は在勤していますか」

《はい、在勤しております》

「報告申請を出してください。経理官に収入金を渡し次第、報告にいきます」

 経理官に2万円を渡して、矯正官室に向かった。

「今里です、よろしいでしょうか」

「今里君、カツアゲ発言はよくないよ。彼、一生憶えているよ。外に吹聴されたら困る」



聞かれていたか。ここはパノプティコンだ。体外に出してしまったものは言葉も血も便も視られ聞かれている。


「すみません。適切な言葉を探します」

「相澤君にも言ったけれど、宮脇の処分は今考えている。相澤君が報告した案件だけど、今里君が収入を徴収したなら君に処分を言い渡してもらうかもしれない」


「----矯正官、養育義務遂行制度は破綻しています」


 ずっと考えていたことだった。

「うん?」

「もう沖謙太が唱えた抑止力、救済措置的効果よりも、犠牲者が増加しています。全体から見れば詐欺も自殺も規約違反収入もごくわずかでしょう。ただ共有情報を確認したところ全国4か所の施設で似たような事例が起きています。これからもっと加速します。養育義務遂行制度で入所者以外が、約束を破った者たち以外が苦しんで、こうも被害が出ているのは本末転倒なのではないでしょうか」

「苦しいかな?休暇明けからも少し苛立っているように見えるよ」

「かつてより、やりづらくなりました」

「君は長いもんね」

 担当官は基本使い捨てだ。なのにもう4年は務めている。ここでの担当官は自分が一番長い。かつて、本当の刑務官だったころに、藤原矯正官はひょっこりやってきて自分を引き抜いた。


 いいね、君、不幸だったことがないだろう。藤原矯正官はそう言った。



「だが、ぐらつくな。私は君にずっとここで働いていてほしいんだ」

 当時はよくわからなかった。ただ結婚・出産を慎重に考える時勢の中で、新米で妻子持ちは自分だけだった。家族、お金、自身。この3つの大きな要因に揉まれている新米刑務官は自分だけで、だから選ばれたのだと思っていた。入所者に「家族を持たないお前に何がわかる」と言われたときにぐうの音もでないのは締まらない。監獄には獄卒を、ということか、と蓋を開ければ、逆に他の職員に元矯正職員がいなかったのには驚いたものだ。

 担当官の多くは、伴侶と子どもを持つ役所の職員が出向する形で配属される。双子の息子をもつ浦島担当官はまさにその通りだ。任期は基本1年半。負担が大きい分、給料は上がる。それでも任期明け前に音を上げるものも少なくない。相澤担当官は少し変わっていて、もとはブラック保育園に勤務していて再就職した保育士だった。女性担当官がいなかったため急遽採用された女性だ。唯一の女性担当官ということで、案件の濃度は他と比べて濃い。配属時は伴侶こそいたけれど、まだ子どもはいなかった。大人にズバズバ言えるのは今までになかったことだ、と彼女は色めいていたが、いつまで言い続けられるのか。

「めいちゃんを思い出すと君との付き合いの長さがよくわかる。とりあえず引き続き仕事に戻ってくれ」

 でんぐり返りを恐れていた娘が自転車に乗れるようになった。藤原矯正官がめいの名前を持ち出すたびに、矯正官との付き合いを沁みるように痛感することがある。


「君が勤務の合間に提言してくれたことは忘れないよ。また話そう」



*



「宮脇さん、トイレを済ませてください。終わったら講義室に行きましょう。あなたの処分が決まりました」

 宮脇が憎々しげに笑う。

「金まで取って、まだやるんだ」

「はい、まだやるんです」

 武邑叶は入学早々退学処分になった。銃刀法違反に殺人未遂、妥当と言えば妥当だ。武邑叶は「いいよ、もともと行きたい学校じゃなかったし」と言って、通信制の高校に転校したらしい。中学生時代は人間関係にトラブルなどなく、友人も多かったと聞く。この件でその友人の何人かは遠ざかるだろう。本来、教育を受けられるはずだった少女が教育から遠ざかっていく。

 子どもを豊かで健やかな暮らしをさせるための養育義務遂行制度によって、彼女は逆方向に進んでいる。

「宮脇さんにはこちらの試験を受けていただきます」

ホワイトボードに英語・国語・社会・理科・数学、それぞれの試験時間を書き出す。

「はぁ?わけわからん。これで何が決まるって言うんだよ」

 宮脇の担当科目は数学だ。理系科目は通るだろう。でも自分が黒鉛を金属と勘違いしていたように意外と理科は駄目だったりして。スピーカーの音量を調整する。

「お静かに願います。最初は英語、リスニングからです。あまりワーワー騒ぐと問題が聴こえませんよ。この点数で宮脇さんの処分が具体的に決まります。より高得点を目指してください。引き続き外で働きたいでしょう?」

 姫野と同じ轍を踏まないよう、濃くて柔らかい芯の鉛筆を刺す発想に至らない程度に自分で削った。宮脇はその職から学歴と知識に自信があるから、自棄にはならないはずだ。これで宮脇が死んでも、凶器を差し出したのは自分だ、いかに苦い結果でも飲み込めるだろう。大丈夫だ。

「では3分後に始めます」

 宮脇が鉛筆を持つ。時間だ。


「始め!」


*


 武邑叶の不合格理由が、宮脇かどうかは実際わからない。確かなのは、宮脇が規約を違反したことと、入学試験の自己採点は武邑叶の申告した通りだったことだけだ。学園に武邑叶の不合格要因を問い合わせたが回答はなかった。試験中の態度の悪さや、中学在籍中の内申が不合格要因であることもあり得る。武邑叶もシングル家庭だったが、養育義務遂行制度にはお世話になっていない。彼女に関することを考えるのは意味がない。武邑叶は点数だけなら連城学園高等部に受かっていた。武邑叶の母は、自分と宮脇をどう恨めばよいかわからないようだが、とりあえずもう関係は持ちたくない、と述べている。

「報告させていただきます。宮脇の試験結果は武邑叶より下回っていました」

 得手不得手はある。特に英語のリスニングは0点だった。聞き取り困難症あるいは聴覚情報処理障害もあるかもしれない。まぁ、本人が支障を感じていないならお節介に診療申請を出す必要はない」

「そうか、不合格だったか。じゃあ彼は外には出せないな。あと買い物の上限を下げよう」

 宮脇の無申請の副業で、武邑叶が食った割は、算定しづらい。量刑ができない。機会損失に違いないが、武邑叶自身が真剣のミリタリーナイフを揃えたからには、子どもの癇癪や、お年頃の非行では収められない。人ひとりの立派な悪意だ。

「宮脇の入所期間が長くなるだけですよ。合理的ではありません」

「でも、ルールを破ったことと他人様に迷惑かけたならお仕置きだ。頃合いがきたら戻すさ。というか、実は、いい求人があってね。未就学児対象の塾が人材を探している。ただ彼の希望にそぐわないんだ。でもこっちのほうが稼げる。武邑叶より点数が低かったわけだし、対象児童の年齢を下げるにちょうどいいタイミングだと思っている」

「入所者なのに、未就学児童を任せてくれる仕事先があるんですね」

「結構、頭を下げて頑張ってお願いしたからね」

「矯正官、姫野や今までの自死入所者の家族に対する適切な償いというのは、どうなっているんでしょうか?」

「養育費の立て替えの中に、子ども宛ての養育義務遂行施設独自の生命保険共済保険をわずかに混ぜている。規約にも書いてある。それが足りるかどうかはそれぞれの家庭次第だな。死んだことで?死んでもなお?とにかく償いは行われているんだ。それとも君が代わるかい?」

「いいえ」

自分には守るべき自分の家族がある。崩壊した他人の家庭に割く金はない。

「姫野のことがまだ残っているかな」

 尖っている鉛筆はまだ信用できない。ただ血と生肉は視られるようになった。レシピサイトを見ながら鶏肉のクリームシチューも作ることができるようになった。

「自死者は全員憶えています。ただ毎度殊勝に手を合わせていないだけです」

「姫野は面会なしだから見えにくかったろうが、彼がここに入らなければ成り立たない子どもの生活は確かにあった。協議で絞ってなお出し渋るなんて。経理官に算出させようか?それか保健師やソーシャルワーカーの報告を見るかい?」

「いえ、余計な仕事を増やしたくはありません」

 家に仕事はなるべく持ち込みたくない。養育義務遂行施設の仕事は機密情報で、家族に興味を持たれても困る。娘には特に関わらせたくない。

 自分が恥じている仕事をしているとは思わない。でも、めいが養育義務遂行制度の職員になりたいと言ったとき、自分は強く反対するだろう。

「今里君、その靴、安全靴だろう」

 自分がかつて働いていた刑務所の制服の靴は先芯が入っていた。その名残で仕事靴は丈夫なものを選んでいる。制服を脱いでビジネススーツを着るようになってからも、ブランド物で本革のスクエアトゥシューズなんて洒落たものは選べなかった。でも考えてみれば今のほうが大立ち回りは多い。

「再来週の水曜日、靴、スーツ、ネクタイ、靴下から下着まで全部お気に入りで固めてきなさい。一緒に外に出よう」



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