53 / 64
愛を聴けば孤独 21話
しおりを挟むあれ以来、タツキはホールには殆ど行っていない。代わりに通うのはグランマのレストランバーで、そこでも皿洗いや極端に忙しいときのカクテル作りなどを手伝っていた。
八嶋もまた、店にはあまり顔を出していないのだという。もともとホールにはマネージャーが「テンポラリースタッフ」と呼んでいる在籍が曖昧なアルバイトが多いから、特に問題はないようだった。
夜10時。帰り支度を終えたタツキが店の裏口から表へ出ると、八嶋の青いレンタカーが待っている。
初めはその度に遠慮して立ち止まっていたタツキだが、一月もすれば慣れてきて躊躇いもなく助手席に乗ることができるようになった。
「お疲れさま。今日は、どうだった?」
労いはいつでも甘く優しい。八嶋は手の甲でそっとタツキの頬を撫で、それから車を走らせる。
そこから三十分程度のドライブは、互いの出来事の報告であっという間に過ぎるのだった。
「今日はトモさんが来たんです」
タツキは常連の客の名を口にする。お忍びで訪れる司令官や政府官僚との密談は一切口外しないタツキだが、トモさんという60代の男性の話はよく話題に上がった。きっと理想の父親像なのだろうと、八嶋は推測している。
「私が他のお客さんに作ったピンクのカクテルを見て、桜のことを教えてくれたんです。向こうの桜は、花びらが舞って美しく散るって。それで、チンザノを抑えて、トモさんの好きなジンを多めに。カクテルより濃いめのシロップを凍らせてあったから、それを薄くしてグラスに浮かべました」
何がそんなに嬉しかったのか、タツキの声は弾んでいる。暗い車内では確認できないが、きっとタツキの頬も桜色に上気しているのだろうと八嶋は思った。
「ミリオン・ラダー、だったかな?甘いカクテルだね」
「そう。でもショートだと、花びらのように氷が遊んでくれないから、ロングに変えて。トモさん、すごく気に入ってくれて、私ってば子供みたいに喜んじゃいました」
笑みは、本物だと思う。
この頃のタツキは、心の底から笑えるようになった。
八嶋に心を開いてくれているとも思う。証拠に、あれから殆どの夜を八嶋の部屋で過ごすようになっていた。
0
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる