蝶たちの予感 **言葉より、キスより はじまりのストーリー**

深月 翠

文字の大きさ
59 / 64

別つもの   2話

しおりを挟む

 食卓には豪勢な料理が並んだ。

 鶏肉には凝ったソースが添えられ、牛肉は薄く削がれて皿の上で薔薇のように盛られている。野菜は色鮮やかで美しくカッティングされており、フォークで崩してしまうのが惜しいほどだった。

「箸で食えるものを出せ」

 父親は渋い顔をするが、まんざらでもなさそうに舌鼓を打っている。

「ああそうだ、お前。確か鮎川からいいワインが届いただろう。あれを開けてくれ。今日はお前も飲むといい」

「まあ、いいの?嬉しいわ」

 父親が言い終えるより早く席を立つのもまた、見慣れた光景だった。

 食事がすすみ、フルボトルのワインが半分になった頃、八嶋は自分の今後について触れた。

「籍を置かせてもらっている東京の研究室を辞めることした。今後は生活基盤を沖縄に移したいと考えているんだ。なるべく早い段階で」

 父親は手にしていたグラスに一度口をつけると、暫くその縁を見つめてからゆっくりと卓上に戻した。

「大学院大学か。一体どれくらいの期間過ごすつもりだ?」

「…いや。あそこもしっかりした収入源にはならないから、除籍希望を出してるんだ。今は沖縄で正規の雇用を探して、骨を埋めるつもりでいる」

 この言葉に、母親が顔色を変えた。だが真意を聞く勇気がないのだろう。夫と息子の顔を交互に見ながら、彼らの様子を窺っている。

「数年をそこそこの研究室で過ごし、箔が付いてから八嶋製薬に入社する予定だっただろう」

「そういう道もあるかも、とは考えてたけれど、決定事項ではなかったよ」

「お前はこの家の跡取りだ」

「勿論、二人に何かあれば面倒はみる。だけど会社は別だ。八嶋製薬は世襲制じゃないんだから。…それから」

 八嶋はここで居住まいを正した。

「八嶋製薬の入社と同じように口約束でしかなかったけど。――月子との婚約を正式に破棄したい。文書による取り決めはない筈だけど、そこはしっかりと区切りをつけたいんだ」

 そこでもまた母親は息を呑んだ。瞬きも忘れて息子の顔を凝視しているのは、何が彼にこのような決断をさせたのかを知りたいからなのだろう。

 長く生きてきた人たちだ。八嶋が答えずとも、父親は察したようだった。

「女か。羽目を外して妊娠でもさせたか」

 八嶋は苦笑し、否定と肯定の両方をやってのけた。

「清い関係だ。残念ながらね。俺はこの関係をとても大切にしたいんだ。だからたとえ親同士の決めた軽い約束だとしても、月子との関係にけじめをつけてから次に進みたいと思っている」

 父親は酒を煽り、大きく息を吐いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

初体験の話

東雲
恋愛
筋金入りの年上好きな私の 誰にも言えない17歳の初体験の話。

抱きしめて

麻実
恋愛
夫の長期に亘る不倫に 女としての自信を失った妻は、新しい出会いに飛び込んでいく。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

処理中です...