優しい世界を望んだおれが、神のバグでした⁉

さとね(SatoNe)

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序章

少女アリア

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 三つの春が過ぎた。
 根の光が少しずつ強くなり、里の子供たちの背丈も伸びていく。

 俺もそのうちの一人。
 三歳で初めて風車を廻し、四歳で父の道具の名前を覚え、五歳で母の祈りの歌を口ずさむようになっていた。

 ここはエリネの里。
 丘と森に囲まれた小さな集落で、風と根の加護に生かされている。
 地面の下にはヘルミナ様の根が巡り、風はそれを運ぶ息とされている。
 そして、一年は風の巡りで測る。
 北風を季節の”始まりの息”、南風の季節を”眠りの息”と呼ぶ。
 人々は風の向きで畑を耕し、根の光で夜を知る。
 祈りとともに風鈴が鳴り、根が光る。
 この世界の平穏はいつも音で示されていた。

 風の強いある朝。
 風鈴台がよく鳴る日は、教会の鐘が一拍遅れて答える。
 今日も床下では根が淡く明滅し、村中が静かに呼吸している。

「セイル、これを教会へ。灯り油が足りないの」
 母、リスティナが手桶を渡す。
 まだ背は低いが、重さの配分も足取りも慣れたものだ。
 家を出る前、父オルドが帽子を被せてくれる。
「風を読むんだぞ」
「うん」

 エリネの里の中心には、小高い丘と、丘の上に建つエリネ教会がある。
 木と土でできた素朴な建物。
 屋根の端には風を集める羽根板が並び、壁には根を流す祈りの紋が刻まれている。

 今日はその教会へ、灯り油を届けに行く途中だった。
 石段の上で、小さな影が動いている。

「おはよう、セイル」

 俺より少し背の高い少女。
 陽の色を溶かしたような髪を襟足で結い、白い小袖の上に灰色のエプロンを纏っている。
 手には短いほうきを持っていて、石段を掃くというより、なでるように整えていた。

「……僕の名前、知っているの?」
「みんな知っているわ。風車を回すのが上手な子」

 そう言って笑う彼女の目は、根の光を映して揺れている。
 笑顔を見た瞬間、この世界の空気がひとつ柔らかくなった気がした。

「灯り油、ありがとう。教会の根は今朝、少し冷たかったの。助かる」

 少女は桶を受け取りながら、俺の目線に合わせて膝をついた。

「初めまして。私はアリア。この教会で導き手見習いをしているの」
「セイル。……よろしく」

 指先が触れた瞬間、床下の根がふっと明るくなって、また静かに沈んだ。
 祈りじゃない。ただのあいさつで光ることもあるのか。
――そう思った。

 教会の中は静かだった。
 中央に祈り台、周囲に木の長椅子。
 壁の隙間から風が通り、床下の根が小さく光を返す。
 外の陽を受けて淡く脈打つその光は、まるで血管のようだった。

「セイル、来て。手をここに」

 アリアが祈り台の縁に手を添え、軽く目を閉じる。

「祈りは”お願い”じゃなくて”ありがとう”なの。”与えてください”じゃなくて”いつもありがとう”。これがヘルミナ様の歌い方」

 俺も同じ場所に触れる。
 板越しに、低い振動が指先をくすぐった。
 アリアの声が歌になる。
 言葉は単純。けれど、旋律が根の明滅と重なっていく。

(……反応がある)

 アリアが息を吸う。
 次の拍で根が光る。
 わずかな遅れがある。

(入力と出力。祈りに対して返す”何か”がある)

 美しかった。
 分析より先に、胸が暖かくなる。
「ありがとう」
 歌を締めると、アリアはふっと微笑んだ。

「導き手の見習いの仕事はね、掃除と歌。あとは困っている人を見つけること」
「困っている人?」
「うん。たとえば――この風」

 窓の紐が鳴った。
 強い風。外の風鈴台が暴れて音を重ねている。
 アリアは外に出て、風鈴台の足に絡んだ蔓をほどき始めた。

「絡まっていると、風が怒るの。通り道を作ってあげるのよ」
「風に、道……」

 父の言葉が頭をよぎる。
 ”風は通りたがる”。
 二人が知らぬ間に同じ言葉を使っていた。

 蔓をほどいた瞬間、突風が吹く。
 アリアの髪が跳ね、結び目がほどける。
「わっ」
 咄嗟に手を伸ばして、彼女の袖を掴む。
 バランスを崩して、倒れかけたアリアを引き戻した瞬間、石段がこすれ、血が滲んだ。

「大丈夫?」
「だいじょうぶ。……ありがとう」

 俺は母がくれた古布を裂き、小さな包帯を作る。
 手の動きが自然すぎて、自分でも驚いた。
 アリアはじっと見つめ、それから笑った。

「セイルって、お兄さんみたい」
(実際、ずっと年上なんだ……)
「……ぼく、風を読むのが好き」
「風読み。似合うね」

 風車が回り、風鈴台が高く鳴る。
 その音に合わせて里の床下の根が一斉に淡く光った。
 まるでエリネの里全体がうなずいたようだった。


 昼過ぎ、アリアが祈り舟を作ろうと誘ってくれた。
 二人で向かったのは、村の外れ――湖ミレイ。
 里の水源であり、ヘルミナ様が最初に根を下ろしたと伝わる場所だ。


 湖面は鏡のように澄み、風鈴の音が水に溶けていく。
 アリアは薄く削いだ木片を手に取り、指先でそっとなぞる。
「ありがとうの舟。お願いの舟じゃないの」

 舟を水に浮かべる。
 輪が広がり、風に押されて岸へ戻りかけたその時――
 湖の底の根が、ぽ、と光った。
 水面の輪がもう一度広がり、舟が少し前に進む。

「聴こえる?」
「なにが?」
「湖の下の、ため息みたいな音。ヘルミナ様はうれしいときは、湖が息をするの。今日はうれしい日だね」


 俺には”ため息”の意味は分からない。
 けれど、根の光は確かに応えていた。
 それを見つめるアリアの笑顔が、この世界の優しさそのものに見えた。

 帰り道、アリアは祈り紐を一本、俺の手首に結んでくれた。
「風が荒れたら、これをつまんで”ありがとう”っていうの。そうすれば、風は落ち着くから」
「”ありがとう”で?」
「うん。”ください”は風を狭くするの、”ありがとう”は風を広くするから」

 その言葉に胸が少しだけ熱くなった。

 家に戻ると、父が笑った。
「お、風の匂いだな」
「……友達ができた」
「そうか。風が運んでくれたんだな」

 母も手首の祈り紐をみて微笑む。
「アリアちゃんの? あの子は風を聴くのが上手だからね」

 その夜、俺は光を数えた。
 一、二、三……。
 今日の周期は昼より少し遅い。
 祈りの種類によって応答が違う。
(きっとどこかに、風と根を調律している場所がある)

 眠りに落ちる直前、アリアの言葉が浮かんだ。

――お願いじゃなくて、ありがとう。
――風は通りたがる。
――今日はうれしい日。

 ヘルミナ様。
 もしこの世界が本当に優しいなら、俺はその優しさの形を壊さないように見届けよう。

 風鈴が遠くで鳴り、根が静かに応えた。
 俺はまぶたを閉じ、新しい”風の友”の夢を見ながら眠りへ落ちた。
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