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第一章 風の学び舎
学園生活の始まり
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合格の鐘が鳴り止んだ翌朝、アルネシアの空は澄んで高かった。
風塔の羽根が光を受けてゆっくりと回り、その音が胸の奥に響く。
講堂では新入生が整列し、壇上の学長トラーノが長い杖を手に立っていた。
「風はおぬしたちを見ておる。見返すのではなく、共に歩むのじゃ」
その声は穏やかでよく響く。
——けど、どうやら終わりじゃないらしい。
「風はときに試しを与える。だが、試しとは罰ではなく成長であり——」
(ああ、どの世界もえらい人の話は長いんだな)
俺は背筋を伸ばして真面目な顔を装った。
隣でノアがくすっと笑い、目が合う。
その瞬間、講堂の風がふわりと撫でた。
式が終わると、新入生たちはそれぞれの寮へと向かう。
俺の配属先は風塔寮。
塔の西側に建つ白い石の二階建てで、光よりも風が多く入る構造だ。
道を挟んで向かいには女子の風花寮があり、間に“風庭”と呼ばれる中庭が広がっている。
案内された部屋の扉を開けると、ふわりと草の匂いがした。
南向きの窓から光が射し、遠くに羽根が見える。
壁には通風晶が嵌め込まれ、淡い金色を灯していた。
試験で使った板を机に置くと、室内の風が少し優しくなった気がする。
窓を開けると、風が音を連れて入ってきた。
塔の羽根が低く唸り、庭の風鈴が応えるように鳴る。
静かなはずなのに、どこか生き物みたいな気配があった。
「いい部屋だな」
声に出すと、風が少しだけ強く吹いた。
その風に押されるように、俺は食堂へ向かう。
⸻
風庭を抜けた先の共用食堂は、朝から香ばしい匂いで満ちていた。
木のテーブルには焼きたての風果パンと、黄金色の風蜜、湯気を立てる羽茶。
カイルが既に席を取り、ノアとリクスが並んでパンを選んでいる。
「おはよう、セイルくん!」
「おはよ。すごい匂いだな」
「風果パン、焼きたてなんだって!」
リクスが誇らしげに金属の筒を掲げた。
「これでな、風の熱を循環させて——」
「それ、まさか試作中の“風圧トースター”?」
カイルの言葉が終わる前に、ぼふっと音がしてパンが宙を舞った。
ノアが笑い、メイラが布を投げて受け止める。
「あなた、毎朝これをやる気?」
「改良すれば完璧になるんだ!」
「次は人を巻き込まない改良をして」
笑いが広がり、風も一緒に揺れた。
「ふふっ……でも、これがこの街の味かもね」
ノアがパンを割ると、甘い匂いが広がる。
「うまい。外カリで中ふわだな」
「……偶然の勝利だ」リクスが得意げに胸を張った。
⸻
午前の授業は講堂での“風律基礎”。
若い教師、エステルが塔の模型を指して話す。
「この都市は、塔の呼吸で季節を渡ります。風の道を読み、整えるのが学びの第一歩です」
窓が開き、風が教壇の紙をめくった。
塔の羽根がその瞬間、少し音を変える。
エステルは笑みを浮かべて言った。
「……ほら、風は聞いています」
教室が静まり、外の音だけが残った。
午後の実習では、砂台を使った風の観測。
俺は棒を握り、流れを感じながら線を引く。
砂が光り、風鈴が鳴った。
ノアが小さく微笑む。
「ね、やっぱり風、セイルくんが好きだよ」
「……だったら、俺も嫌われないようにしないとな」
⸻
夕方、寮の廊下は石鹸と花の匂いで満ちていた。
自室の扉を閉め、窓を開ける。
塔の羽根が赤く染まり、光が部屋の中を横切る。
机の上の板を手に取ると、表面の線がかすかに光った。
光は糸のように伸び、塔の方向へ吸い込まれていく。
「……繋がってるんだな」
声に出すと、風鈴の緒が小さく揺れた。
寝台に体を預け、目を閉じる。
夢の手前で、風がそっと囁いた。
——息を継ぎなさい。
目を開けたときには、ただ優しい風の音だけが残っていた。
通風晶の灯が小さく瞬く。
遠くで塔が鳴り、夜の風が街を撫でていく。
その音にまぎれて、小さな笑い声が聞こえた気がした。
風塔の羽根が光を受けてゆっくりと回り、その音が胸の奥に響く。
講堂では新入生が整列し、壇上の学長トラーノが長い杖を手に立っていた。
「風はおぬしたちを見ておる。見返すのではなく、共に歩むのじゃ」
その声は穏やかでよく響く。
——けど、どうやら終わりじゃないらしい。
「風はときに試しを与える。だが、試しとは罰ではなく成長であり——」
(ああ、どの世界もえらい人の話は長いんだな)
俺は背筋を伸ばして真面目な顔を装った。
隣でノアがくすっと笑い、目が合う。
その瞬間、講堂の風がふわりと撫でた。
式が終わると、新入生たちはそれぞれの寮へと向かう。
俺の配属先は風塔寮。
塔の西側に建つ白い石の二階建てで、光よりも風が多く入る構造だ。
道を挟んで向かいには女子の風花寮があり、間に“風庭”と呼ばれる中庭が広がっている。
案内された部屋の扉を開けると、ふわりと草の匂いがした。
南向きの窓から光が射し、遠くに羽根が見える。
壁には通風晶が嵌め込まれ、淡い金色を灯していた。
試験で使った板を机に置くと、室内の風が少し優しくなった気がする。
窓を開けると、風が音を連れて入ってきた。
塔の羽根が低く唸り、庭の風鈴が応えるように鳴る。
静かなはずなのに、どこか生き物みたいな気配があった。
「いい部屋だな」
声に出すと、風が少しだけ強く吹いた。
その風に押されるように、俺は食堂へ向かう。
⸻
風庭を抜けた先の共用食堂は、朝から香ばしい匂いで満ちていた。
木のテーブルには焼きたての風果パンと、黄金色の風蜜、湯気を立てる羽茶。
カイルが既に席を取り、ノアとリクスが並んでパンを選んでいる。
「おはよう、セイルくん!」
「おはよ。すごい匂いだな」
「風果パン、焼きたてなんだって!」
リクスが誇らしげに金属の筒を掲げた。
「これでな、風の熱を循環させて——」
「それ、まさか試作中の“風圧トースター”?」
カイルの言葉が終わる前に、ぼふっと音がしてパンが宙を舞った。
ノアが笑い、メイラが布を投げて受け止める。
「あなた、毎朝これをやる気?」
「改良すれば完璧になるんだ!」
「次は人を巻き込まない改良をして」
笑いが広がり、風も一緒に揺れた。
「ふふっ……でも、これがこの街の味かもね」
ノアがパンを割ると、甘い匂いが広がる。
「うまい。外カリで中ふわだな」
「……偶然の勝利だ」リクスが得意げに胸を張った。
⸻
午前の授業は講堂での“風律基礎”。
若い教師、エステルが塔の模型を指して話す。
「この都市は、塔の呼吸で季節を渡ります。風の道を読み、整えるのが学びの第一歩です」
窓が開き、風が教壇の紙をめくった。
塔の羽根がその瞬間、少し音を変える。
エステルは笑みを浮かべて言った。
「……ほら、風は聞いています」
教室が静まり、外の音だけが残った。
午後の実習では、砂台を使った風の観測。
俺は棒を握り、流れを感じながら線を引く。
砂が光り、風鈴が鳴った。
ノアが小さく微笑む。
「ね、やっぱり風、セイルくんが好きだよ」
「……だったら、俺も嫌われないようにしないとな」
⸻
夕方、寮の廊下は石鹸と花の匂いで満ちていた。
自室の扉を閉め、窓を開ける。
塔の羽根が赤く染まり、光が部屋の中を横切る。
机の上の板を手に取ると、表面の線がかすかに光った。
光は糸のように伸び、塔の方向へ吸い込まれていく。
「……繋がってるんだな」
声に出すと、風鈴の緒が小さく揺れた。
寝台に体を預け、目を閉じる。
夢の手前で、風がそっと囁いた。
——息を継ぎなさい。
目を開けたときには、ただ優しい風の音だけが残っていた。
通風晶の灯が小さく瞬く。
遠くで塔が鳴り、夜の風が街を撫でていく。
その音にまぎれて、小さな笑い声が聞こえた気がした。
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