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第19話:ティートン
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俺は久しぶりに悪夢を見ずに眠ることができた。睡眠不足は良くない…
翌朝俺が起きると、ペトロナ、バシリアに囲まれたティートンの姿が目に入った。
「よくおやすみでしたね」と、ジャンネットは朝食の用意をしながら声を掛けてくれた。
「う…ぅん…」
遅めの朝食を俺が頂いていると…ティートンと名乗った少女が、呻きつつ薄っすらと目を開いた。
俺は身体の半分が焼かれた彼女を《キュア》で治療している。
戦闘の後、ティートンを倒した俺とジャンネットは、ペトロナたちの下に治療した彼女を抱えて戻った。
雁字搦めに縛ったティートンは転がしておいた。なんというか服は焼け半裸だが、まあ皆女だし問題ないだろう。
「初めましてティートン様」
視線をせわしなく動かすティートンにペトロナが話しかける。
「……」
「私、ティル・ナ・ノーグの魔女ペトロニラと申します」
「アリスの従者…」
「…はい。貴方はアヴァロン九姉妹の一人。眠りのティートン様ですね」
「そうだ、ティル・ナ・ノーグの者がアヴァロン管理者に対し不敬だろ!」
「生憎、ティル・ナ・ノーグとは距離をとっているもので」
「くっ」
「しかし、あなた方が直接手を出してくるとは思っていませんでした。何がありました?」
「話すことはない。早く解放しろ!」
ティートンは偉そうにしている。少なくとも俺にはそう見える。半裸で縛られ転がされているのにだ…
「なあバシリア。なんでこいつ偉そうなんだ?」
「はあ、アヴァロンが最上位世界であり、その管理者である九姉妹は…偉いと…思っているようです」
「あんな、イモムシ状態なのにか?」
「はい、あんな、イモムシでもです」
「イモムシ言うな!」
あ、怒った…
「お前、何者だ!突然現れ歴史を変え、良いと思ってるのか!」
イモムシがシャクトリムシのように寄ってきた…
「良いも悪いもない、目の前の問題を俺の尺度で行動しているだけだ…そもそも100年戦争の切っ掛け自体俺の尺度だと許せない」
「何様のつもりだ!」
「ああ、シャクトリムシさんお腹が空いて怒りっぽいのでは?」
ポンっと手が叩かれ、ジャンネットが指をたてた。
「ちゃうわ!」
「ふむ…食べるか?」
身体の半分を失って再生したのだから、お腹が減っていても不思議ではない。
「それともお前らは霞でも食べているのか?」
なんか俺を睨んでガルルとか言っている…
「食べさせてあげませんか?」
「アニェス様がおっしゃるならば」
ペトロナがしぶしぶスプーンでスープを食べさせる。
一生懸命食べる姿は小動物みたいだ。
「アリスとサラの状況が知りたい。それくらい教えても不利益はないんじゃないか?」
「ふん…アリスもサラとかいうのも、現状モルガン姉のところだ。生かされているが…意識ある状態かそうでないかまでは知らん。アヴァロン内でも気配は感じなかった」
「アヴァロンへ行く方法は?」
「…教えると思うのか?」
「だろうな…」
「アニェス様。どうしますか?」ペトロナが訊いてくる。
「そうだな…俺には座右の銘があってな…」
「アニェス様。それは、なんですか?」
「座右の銘は、自分の心に刻む大事な言葉という事だ」
「なるほど」
「敵は仮す可からず時は失う可からず(てきはかすべからずときはうしなうべからず) 」
「「「「?」」」」
「敵に対しては情けは無用。討つべきときに討つことが大事であって。情けをかけたり、機をのがせば、反対に己や仲間が敵に討たれてしまうという戒めだ」
「「「「なるほど」」」」
「含蓄のある言葉ですね」
「ロボットアニメを見ていて何時も思っていたことだ…」
「?」バシリアが小首を傾げる。
一方、今まで一緒に頷いていたティートンが、はっと気づいて後ずさる。
「アニェス様」ペトロナが待ってのニュアンスで声を掛ける「殺すのはリスクが高いかと…」
「どうして?」
「アヴァロンは九人の管理者がいてはじめて機能する世界だと聞いています。それが欠けるとどうなるのか知られていません」
「どうなるんだ?」とティートンに聞いてみる。
「管理者が欠けるとな、アヴァロ…言うか!!」
「まあ良い。殺すなら最初から回復したりしない。だが、お前の能力は厄介だ。監視下には入れる」
「くっ、殺せ!」
「良いのか」
「…やめてくれ」
というわけで気の許せないイモムシが同道することになった。
***
馬には俺、バシリア、ティートン組、ペトロナ、ジャンネット組という事になった。重量配分で考えているのでそんなもんだろう。これでも、フルプレートの男が武器と盾を持って乗るよりは全然軽いはずだ…たぶん。
次はレンヌを目指す。レンヌはブルターニュ公の勢力圏だが、食料を仕入ないわけにはいかない。
「また100キロ以上もあるのか…」
周りを見渡して俺だけがゲンナリしているように映った。
「なれていますので」と、バシリア。
「村から一生出ない人と旅人に別れますが。前者以外は当たり前の事です」
ジャンヌが続いた。
「じ、時代か…」俺の時代なら100キロくらい一時間だ、だからこの時代の100キロは俺にとって長すぎるんだ…項垂れた…
***
ル・マンからレンヌへ向かう街道を外れたところで、俺は馬を止めた。ラヴァル手前の村、アルジャントレだ。
空気が、死の匂いを含んでいる。
村の入口に立つ木柱には、粗末な十字架が逆さに打ち付けられている。
「逆さ十字……?」
俺が小さく声を漏らすと、バシリアが低く補足した。
「悪霊避けです。神への冒涜ではありません。――神に縋る余裕が、もう無いって印です」
足元には、黒ずんだ死体が一つ、転がされるように放置されていた。首元が異様に腫れ、皮膚の下に暗い染みが広がっている。
俺は、馬を降りその場に片膝をついた。
死体に触れはしない。ただ、目を逸らさない。
「これは…まさか」
生きていた時の温度を、想像するように。
「……遅かった村ね」
ティートンの声は、感情を削ぎ落とした刃のようだった。ティートンも何が起きているか理解しているようだ。
高校生程度の知識だが…
俺は、黒死病―腺ペスト―でヨーロッパ人口の3分の1から3分の2が死に、イングランドやフランスでは過半数が死亡した話に衝撃を覚えて調べたことがあった。
クマネズミにより運ばれたケオプスネズミノミによるペスト菌感染で、感染した人から人へも感染する。
黒死病は敗血症ペストの症状で、ペスト菌が血液によって全身に回って敗血症を起こし。急激なショック症状、昏睡、皮膚に出血斑ができて、壊死を起こして黒い痣だらけになって死亡することからついた名だ。
1353年に一旦終焉を迎えているが、10年、20年周期で流行ることも知っている。
「違う……」
俺は短く言い、村全体を見渡す。
「まだ、間に合う」
そう言う俺をティートンは、一瞬見ると視線を伏せた。
***
教会の扉は半ば開き、内部から呻き声が漏れていた。中は祈りの場というより、床に人を転がした即席の病棟だった。
高熱に浮かされ、黒く変色した手足を痙攣させる者。腫れ上がった首元を押さえ、言葉にならない声を上げる者。
神父は疲弊しきった顔で立っていた。
「どうか……お祈りを」
縋るような言葉に、俺は首を振る。
「これは祈りの問題じゃない。黒死病だ。広がり始めたばかりだが、放っておけば村は終わるぞ」
ざわめきが走る。
俺は、看病役が集まっている、床に伏していた男の下へ歩み寄る。
「異端の業を、この神の家で使わせるわけにはいきません」
年配の看病役が声を上げた。魔力を集めかけた、その瞬間だった。
床に伏していた男が、血を吐く。
黒ずんだ指が床板を掻き、喉が鳴り、やがて動かなくなった。
死んだ男の横にいた者の祈りの声が途切れた。
女の泣き声が上がる。駆け寄った妻と娘が、縋りつくようにその体を抱いた。
誰もが立ち尽くす中、ティートンが低く言った。
「……こういうのを、私たちは何度も見てきた」
俺は死体から目を逸らさない。
「もう、俺を止めるな…時間がない!」
反対の声は、それ以上上がらなかった。
俺は瀕死の者だけを選び、魔法を使った。腫瘍が破れていない者。まだ息が残っている者。数人だけだ。
白い光が走り、呼吸が整い、死の淵から引き戻される。
村人たちは震えながら、それを見た。
「神の……御業だ」
誰かが呟いた。
俺は否定しなかった。今は、それでいい。
続いて神父を呼び、短く、命令の形で告げる。
「病人は教会裏の建物に隔離してくれ。水汲み場は一つに限定する。死体は即日埋葬。触れた者は必ず手を洗うんだ。ネズミを見たら駆除しろ、餌になるものは片付けるんだ」
「何故……」
「理解は要らない。従えば、生き残れる」
神父は一瞬目を閉じ、深く頷いた。
作業は混乱の中で始まった。
ペトロナとバシリアは迷わず看病役に加わり、汚れ仕事を引き受けた。ジャンネットも袖をまくり、震える手で水を運び、布を絞る。
初めて見る光景だったろうジャンネットは。祈りだけでは足りないことを理解し、俺を信じてくれていた。
夜までに隔離が整い、死体は土に還された。魔法は、それ以上使わなかった。
***
「全部は治さないの?」
夜、教会の外でティートンが言った。
「全部治すと、次はもっと多く死ぬからな、対処方法が必要なんだ」
淡々とした答え。
「私たちなら、治して、去った。
やり方を残すことも、憎まれる覚悟をすることもなく。
あなたは…違うのね…」
「少しでも助かる人がいるなら、やる価値が有ると思った。ただの自己満足だよ。
また、歴史が変わってお前らに怒られるかもしれないけどな。」
ティートンは夜空を見上げて何も言わなかった。
***
二日目、村は静かだった。呻き声は減り、逃げ出す者もいない。恐怖は残っているが、暴走はしていない。
三日目の朝、俺たちは村を去る準備をした。本当なら最後まで見守りたいが時間が無い。
教会の外で神父は深く頭を下げた。
「白い天使が来られた、と語り継ぐでしょう。……口は、少々悪かったですが」
ティートンが小さく笑う。
「錬金術だと、言っておいてください」
俺はそう付け加えた。神の御業でなく、技術として残るように…
村を離れ、街道に戻る。
「……一人、死なせたわね」
ティートンの声は低い。
「ああ」
「それでも、村は生き残るだろう」
俺は一拍置いて答えた。
「それでいい」
背後で、アルジャントレの教会の鐘が鳴った。救いを告げる音ではない。ただ、生きていることを知らせる音だった。
翌朝俺が起きると、ペトロナ、バシリアに囲まれたティートンの姿が目に入った。
「よくおやすみでしたね」と、ジャンネットは朝食の用意をしながら声を掛けてくれた。
「う…ぅん…」
遅めの朝食を俺が頂いていると…ティートンと名乗った少女が、呻きつつ薄っすらと目を開いた。
俺は身体の半分が焼かれた彼女を《キュア》で治療している。
戦闘の後、ティートンを倒した俺とジャンネットは、ペトロナたちの下に治療した彼女を抱えて戻った。
雁字搦めに縛ったティートンは転がしておいた。なんというか服は焼け半裸だが、まあ皆女だし問題ないだろう。
「初めましてティートン様」
視線をせわしなく動かすティートンにペトロナが話しかける。
「……」
「私、ティル・ナ・ノーグの魔女ペトロニラと申します」
「アリスの従者…」
「…はい。貴方はアヴァロン九姉妹の一人。眠りのティートン様ですね」
「そうだ、ティル・ナ・ノーグの者がアヴァロン管理者に対し不敬だろ!」
「生憎、ティル・ナ・ノーグとは距離をとっているもので」
「くっ」
「しかし、あなた方が直接手を出してくるとは思っていませんでした。何がありました?」
「話すことはない。早く解放しろ!」
ティートンは偉そうにしている。少なくとも俺にはそう見える。半裸で縛られ転がされているのにだ…
「なあバシリア。なんでこいつ偉そうなんだ?」
「はあ、アヴァロンが最上位世界であり、その管理者である九姉妹は…偉いと…思っているようです」
「あんな、イモムシ状態なのにか?」
「はい、あんな、イモムシでもです」
「イモムシ言うな!」
あ、怒った…
「お前、何者だ!突然現れ歴史を変え、良いと思ってるのか!」
イモムシがシャクトリムシのように寄ってきた…
「良いも悪いもない、目の前の問題を俺の尺度で行動しているだけだ…そもそも100年戦争の切っ掛け自体俺の尺度だと許せない」
「何様のつもりだ!」
「ああ、シャクトリムシさんお腹が空いて怒りっぽいのでは?」
ポンっと手が叩かれ、ジャンネットが指をたてた。
「ちゃうわ!」
「ふむ…食べるか?」
身体の半分を失って再生したのだから、お腹が減っていても不思議ではない。
「それともお前らは霞でも食べているのか?」
なんか俺を睨んでガルルとか言っている…
「食べさせてあげませんか?」
「アニェス様がおっしゃるならば」
ペトロナがしぶしぶスプーンでスープを食べさせる。
一生懸命食べる姿は小動物みたいだ。
「アリスとサラの状況が知りたい。それくらい教えても不利益はないんじゃないか?」
「ふん…アリスもサラとかいうのも、現状モルガン姉のところだ。生かされているが…意識ある状態かそうでないかまでは知らん。アヴァロン内でも気配は感じなかった」
「アヴァロンへ行く方法は?」
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「だろうな…」
「アニェス様。どうしますか?」ペトロナが訊いてくる。
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「なるほど」
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「「「「なるほど」」」」
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「?」バシリアが小首を傾げる。
一方、今まで一緒に頷いていたティートンが、はっと気づいて後ずさる。
「アニェス様」ペトロナが待ってのニュアンスで声を掛ける「殺すのはリスクが高いかと…」
「どうして?」
「アヴァロンは九人の管理者がいてはじめて機能する世界だと聞いています。それが欠けるとどうなるのか知られていません」
「どうなるんだ?」とティートンに聞いてみる。
「管理者が欠けるとな、アヴァロ…言うか!!」
「まあ良い。殺すなら最初から回復したりしない。だが、お前の能力は厄介だ。監視下には入れる」
「くっ、殺せ!」
「良いのか」
「…やめてくれ」
というわけで気の許せないイモムシが同道することになった。
***
馬には俺、バシリア、ティートン組、ペトロナ、ジャンネット組という事になった。重量配分で考えているのでそんなもんだろう。これでも、フルプレートの男が武器と盾を持って乗るよりは全然軽いはずだ…たぶん。
次はレンヌを目指す。レンヌはブルターニュ公の勢力圏だが、食料を仕入ないわけにはいかない。
「また100キロ以上もあるのか…」
周りを見渡して俺だけがゲンナリしているように映った。
「なれていますので」と、バシリア。
「村から一生出ない人と旅人に別れますが。前者以外は当たり前の事です」
ジャンヌが続いた。
「じ、時代か…」俺の時代なら100キロくらい一時間だ、だからこの時代の100キロは俺にとって長すぎるんだ…項垂れた…
***
ル・マンからレンヌへ向かう街道を外れたところで、俺は馬を止めた。ラヴァル手前の村、アルジャントレだ。
空気が、死の匂いを含んでいる。
村の入口に立つ木柱には、粗末な十字架が逆さに打ち付けられている。
「逆さ十字……?」
俺が小さく声を漏らすと、バシリアが低く補足した。
「悪霊避けです。神への冒涜ではありません。――神に縋る余裕が、もう無いって印です」
足元には、黒ずんだ死体が一つ、転がされるように放置されていた。首元が異様に腫れ、皮膚の下に暗い染みが広がっている。
俺は、馬を降りその場に片膝をついた。
死体に触れはしない。ただ、目を逸らさない。
「これは…まさか」
生きていた時の温度を、想像するように。
「……遅かった村ね」
ティートンの声は、感情を削ぎ落とした刃のようだった。ティートンも何が起きているか理解しているようだ。
高校生程度の知識だが…
俺は、黒死病―腺ペスト―でヨーロッパ人口の3分の1から3分の2が死に、イングランドやフランスでは過半数が死亡した話に衝撃を覚えて調べたことがあった。
クマネズミにより運ばれたケオプスネズミノミによるペスト菌感染で、感染した人から人へも感染する。
黒死病は敗血症ペストの症状で、ペスト菌が血液によって全身に回って敗血症を起こし。急激なショック症状、昏睡、皮膚に出血斑ができて、壊死を起こして黒い痣だらけになって死亡することからついた名だ。
1353年に一旦終焉を迎えているが、10年、20年周期で流行ることも知っている。
「違う……」
俺は短く言い、村全体を見渡す。
「まだ、間に合う」
そう言う俺をティートンは、一瞬見ると視線を伏せた。
***
教会の扉は半ば開き、内部から呻き声が漏れていた。中は祈りの場というより、床に人を転がした即席の病棟だった。
高熱に浮かされ、黒く変色した手足を痙攣させる者。腫れ上がった首元を押さえ、言葉にならない声を上げる者。
神父は疲弊しきった顔で立っていた。
「どうか……お祈りを」
縋るような言葉に、俺は首を振る。
「これは祈りの問題じゃない。黒死病だ。広がり始めたばかりだが、放っておけば村は終わるぞ」
ざわめきが走る。
俺は、看病役が集まっている、床に伏していた男の下へ歩み寄る。
「異端の業を、この神の家で使わせるわけにはいきません」
年配の看病役が声を上げた。魔力を集めかけた、その瞬間だった。
床に伏していた男が、血を吐く。
黒ずんだ指が床板を掻き、喉が鳴り、やがて動かなくなった。
死んだ男の横にいた者の祈りの声が途切れた。
女の泣き声が上がる。駆け寄った妻と娘が、縋りつくようにその体を抱いた。
誰もが立ち尽くす中、ティートンが低く言った。
「……こういうのを、私たちは何度も見てきた」
俺は死体から目を逸らさない。
「もう、俺を止めるな…時間がない!」
反対の声は、それ以上上がらなかった。
俺は瀕死の者だけを選び、魔法を使った。腫瘍が破れていない者。まだ息が残っている者。数人だけだ。
白い光が走り、呼吸が整い、死の淵から引き戻される。
村人たちは震えながら、それを見た。
「神の……御業だ」
誰かが呟いた。
俺は否定しなかった。今は、それでいい。
続いて神父を呼び、短く、命令の形で告げる。
「病人は教会裏の建物に隔離してくれ。水汲み場は一つに限定する。死体は即日埋葬。触れた者は必ず手を洗うんだ。ネズミを見たら駆除しろ、餌になるものは片付けるんだ」
「何故……」
「理解は要らない。従えば、生き残れる」
神父は一瞬目を閉じ、深く頷いた。
作業は混乱の中で始まった。
ペトロナとバシリアは迷わず看病役に加わり、汚れ仕事を引き受けた。ジャンネットも袖をまくり、震える手で水を運び、布を絞る。
初めて見る光景だったろうジャンネットは。祈りだけでは足りないことを理解し、俺を信じてくれていた。
夜までに隔離が整い、死体は土に還された。魔法は、それ以上使わなかった。
***
「全部は治さないの?」
夜、教会の外でティートンが言った。
「全部治すと、次はもっと多く死ぬからな、対処方法が必要なんだ」
淡々とした答え。
「私たちなら、治して、去った。
やり方を残すことも、憎まれる覚悟をすることもなく。
あなたは…違うのね…」
「少しでも助かる人がいるなら、やる価値が有ると思った。ただの自己満足だよ。
また、歴史が変わってお前らに怒られるかもしれないけどな。」
ティートンは夜空を見上げて何も言わなかった。
***
二日目、村は静かだった。呻き声は減り、逃げ出す者もいない。恐怖は残っているが、暴走はしていない。
三日目の朝、俺たちは村を去る準備をした。本当なら最後まで見守りたいが時間が無い。
教会の外で神父は深く頭を下げた。
「白い天使が来られた、と語り継ぐでしょう。……口は、少々悪かったですが」
ティートンが小さく笑う。
「錬金術だと、言っておいてください」
俺はそう付け加えた。神の御業でなく、技術として残るように…
村を離れ、街道に戻る。
「……一人、死なせたわね」
ティートンの声は低い。
「ああ」
「それでも、村は生き残るだろう」
俺は一拍置いて答えた。
「それでいい」
背後で、アルジャントレの教会の鐘が鳴った。救いを告げる音ではない。ただ、生きていることを知らせる音だった。
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