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第8話:修学旅行①【10月20日】
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学生時代の一大行事、修学旅行が動き出した。東京駅のホームは期待と喧騒で満ち、制服の襟元を直す声、かばんを引く音、笑い声があちこちで弾けている。目的地は古都・京都。清水寺や金閣寺といった歴史ある建造物を巡る。初日、3日目、最終日は団体行動だが、2日目は班別自由行動日になっている。
美桜として過ごすこの旅は、「初めて」の修学旅行だ。だが、昴として過ごした過去の記憶もある。行程表を眺めながら、性別も立場も違う身体で同じ場所を辿ることの不思議さと、ほんの少しの居心地の悪さが、複雑に混じり合う。
「美桜ちゃーん!荷物、網棚にのせるよー」
真帆の声はいつも通り元気で、俺はそれだけで肩の力が抜ける。彼女は俺の隣にぴったり寄り添って座り、勝手知ったる調子で荷物を整理し、写真の撮り方を取り仕切る。真帆の存在は安心剤だ。周囲のクラスメイトたちは、俺たち二人の距離をからかうように視線を投げるが、今はそんな雑音が遠く感じられる。
自由行動日は男女混合の班行動だ。結局、男子は昴のいるチームと一緒になった。昴だった時の記憶を辿っても、そうだったのだからまあ仕方ない。
昴と顔を合わせると少し気まずさが走る。勝手知ったる過去の俺なのだから、互いの距離感を掴みやすいはずだが、今の俺が「美桜」のせいか微妙に異なる関係になってしまった気がする。昴だった頃の振る舞いと、美桜の行動を思い出して自然に会話を合わせると、違和感が和らぐ一方で、胸の奥に小さな棘が刺さる。
清水寺に着くと、修学旅行らしい喧騒が舞台の縁に広がっていた。石段を上るたびに彩の違う景色を感じさせ、観光客の笑い声やガイドさんの説明が混ざる。清水の舞台に立った時、勢いスカートを抑えてしまった。男の時には思いもしなかったが、今の身では下から覗かれそうな気配を感じてしまうらしい。欄干越しに見下ろす京都の町は、時間がゆっくりと積み上がったような風情があった。音羽の滝の冷たい水を飲む列に並び、手を伸ばしてひと口含むと、旅の実感が喉から体全体に染み渡る。
坂道を歩きながら、スマホのシャッター音が止まらない。クラスの女子たちはポーズ作りに余念がなく、私も自然と笑顔を作る。昴で来たときは、どこか俯いて景色を眺めていた自分がいた。だが今は、同じ場所であっても、体の所作が違えば受け取る世界が変わるらしい。スカートの裾が風に払われるたびに、なぜか自分がカメラに映える存在であることを再確認してしまう自分がいて、それが少し恥ずかしかった。
三年坂、二年坂、産寧坂を抜ける散策では、石畳の凹凸や土産物屋の木の匂いがやけに鮮明だった。漆の匂い、抹茶アイスの冷たさ、焼き物の温もり。友達と笑い合い、互いの写真を撮り合ううちに、旅先でしか育たない空気が心を満たしていく。女子たちのはしゃぎ声、男子の照れたリアクション、先生の苦笑――それらが混ざった合唱のような雑音が、この日の主役だった。
だが、ふとした瞬間に自分の中の別の時間が顔を覗かせる。夜、布団に入ったときに思い出すのは、俺を呼ぶ声と、手を握る温もり。その断片が胸の奥で揺れて、今の幸福を脅かすわけではないが、確かな影を落とす。そんな思いを抱えつつも、隣で真帆が撮ってくれた一枚に自然と笑い、笑顔の写真が増えていく。
昼食はみんなで屋台の並ぶ通りに座り、湯気の上がる丼や香ばしい串焼きを分け合った。誰かがふざけて被写体になり、また誰かが「もう一回!」とリクエストを出す。そうした軽やかな取るに足らないやり取りが、後で思い出したときに一番鮮やかに残るだろう。
…昴で来た時より、何倍も楽しんでいる。
京都の初日を終え、初日の宿に入る。割と古風で大きな旅館だ。宿の窓から見た景色が一日の締めくくりを告げる。瓦屋根の向こうに夕陽が沈むのが見える。
部屋は女子四人で一部屋。俺と真帆の他に、同じ班の千代里ちゃん、緋香里ちゃんが一緒。
「ねぇ美桜ちゃん!見て見て!浴衣超可愛い!」
真帆が嬉しそうに浴衣を広げる。俺も「そうだね」と微笑む。
「着替えて、大広間に行きましょう。」
千代里ちゃんがそう言うと、そそくさと、制服を脱いで浴衣に手を通し始める。
(ぅおっ…)
美桜の身体や下着には慣れたが、他の女子のは話が別だ。急いで目を背けるが、俺を取り囲むように3人が着替え始めていた。
そして思い至った。(この後温泉……)…複雑な心境だ。
夕食はバイキング形式だった。
大広間に集まったクラスメイトたちは、思い思いの料理に舌鼓を打っている。
俺は控えめに肉じゃがとサラダを少しだけ取る。隣では真帆がハンバーグとカレーを山盛りにしている。
「美桜ちゃん、全然食べてないじゃん!もっと食べないと元気出ないよ?」
真帆が心配そうに言う。俺は苦笑いで答える。
「あんまりお腹空いてないんだ」
「そっかぁ……」
真帆は何か言いたげだったが、黙って肉じゃがを俺の皿に追加してくれた。
食事が終わり、いよいよ入浴の時間。
旅館の温泉は内湯と露天風呂があった。
俺は…覚悟を決めた。
…この為に俺は必殺の道具を準備していた…
ささっと、着ているものを脱ぎ、周りをできるだけ見ないようにして浴室に入る。
「ねえ…美桜ちゃん…」不思議そうな声で真帆が話しかける。眼鏡を外した千代里ちゃんと、緋香里ちゃんも俺を不思議そうに見ている。
「なに?」俺は何食わぬ顔で返事をする。
「なんで、お風呂入るときに態々眼鏡なんて掛けるの?」
(なんと、気づかれたか…)
「ぇ、ええと…ファッションと言うか、家の方針と言うか…」
曇った眼鏡をクイッと上げ、しどろもどろに訳のわからない理由を言ってみる。
「えええ、何それ~変なの~」緋香里ちゃんのツボには嵌ったらしい…
「緋香里、さっさと入りなさい、全部の温泉に入りたいなら急ぎなさい…美桜ちゃん、最近なんか変ね…」
「私は、美桜ちゃんの味方だからね。」真帆に慰められた…
真帆と並んで露天風呂に浸かる。星のまたたく夜空を見ながら真帆と他愛もない話をする。
「明日は班行動でしょ、昴くんと同じ班になれて良かったね。」
「そう、かな…?」
「む~」
なんか真帆が睨んでる。
「な、なに?」
「ほんと、なんかおかしくない?以前は昴くん昴くんって言ってたのに、体育祭前位から避けてるような雰囲気だし…なんかあった?」
「うーん」
ちょっと考える。でも答えられることは何もない。
「なんかね……。最近昴くんから避けられてる気がしてね。なんでだろって考えてたら嫌になってきたの……」
「そんな事無いと思うけどな。昴くん、最近よく美桜ちゃんを見つめてるし推し推しな気がするんだけど」
「え~?そんな事無いよ。気のせいだよ」
「そっかな~?」
と真帆が疑う様に俺を見る。
その視線から逃げるように、口元までお湯につかる。
「それに……」真帆が言葉を続ける。「なんか最近の美桜ちゃん……私といるときの方が楽しそう」
核心を突かれて一瞬言葉に詰まった。
「そ、そんなことないよ!」慌てて否定する。
「ホントかな?」真帆がニヤニヤしながら言う。
「それに……」真帆がさらに言葉を続ける。「最近の美桜ちゃん……なんか大人っぽくなったっていうか……」
真帆は一瞬言葉を止め、少し真剣な表情になった。
「……時々、私が知ってる美桜ちゃんと違う気がするんだ」
俺は息を飲んだ。真帆がここまで勘付いているとは思わなかった。
「どういう意味?」慎重に尋ねる。
「うーん……上手く言えないんだけど」真帆は首を傾げる。「例えば……」
彼女は急に黙り込み、虚空を見つめる。
「例えば……?」
「例えば……」真帆がゆっくりと口を開く。「私が美桜ちゃんのことを考えていると、突然、別の思考が頭の中に入ってくるんだ」
俺の心臓が大きく跳ねた。
「別の思考?」
「うん」真帆は頷く。「それはいつも『違うよ』とか『そんなことないよ』って反論してくるの。まるで……もう一人の私がいるみたいに」
「それは……」
「それだけじゃないよ」真帆の目が潤み始める。「時々、私の手が勝手に動くんだ。授業中にノートを取ろうとすると、違うことを書いてたりする。それに……」
「それに?」
「それに……」真帆の声が震える。「誰かが『昴くんを守って』って囁いてくるんだ。まるで……誰かが私の中にいるみたいに」
俺は息を飲んだ。
やっぱりそうだ……真帆の中に美桜(未来)がいる!
でも、それをどうやって説明すればいい?
「真帆……」
俺は彼女の手を握る。
「怖がらないで。私は……君の味方だから」
真帆は涙目で俺を見上げる。
「美桜ちゃん……本当にそう思ってくれてるの?」
「うん」俺は力強く頷く。「君の中の“誰か”も含めて、私は真帆のことが大切なんだ」
その時だった。
真帆の身体がふっと軽くなり、その目に光が宿った。
『美桜ちゃん……ありがとう』
その声は確かに真帆のものだが、どこか違和感がある。
「え?」俺は驚いて目を見開いた。この声は……?
『昴くん…なんでしょ?』
真帆が見上げてくる。
『久しぶり……かな?』真帆の唇が動く。その声は優しく、懐かしい響きを持っていた。
「まさか……」俺は呆然と呟く。
『うん』真帆は静かに微笑む。『私だよ……寿 美桜だよ』
「美桜……?」俺は信じられない気持ちで問いかけた。
『うん』真帆の中の“美桜”は頷く。『ずっと真帆の中にいたんだ』
俺は混乱した。一体どういうことだ?
「どういうことだ……?」俺は震える声で問う。
“美桜”は優しく微笑んだ。
『昴くんが美桜になったように……私も真帆の中にいたんだ』
「……真帆の中に?」
“美桜”は少し考えるように目を閉じた。
“美桜”は頷く。『うん。最初は断片的な記憶しかなかった。でも、昴くんが“美桜”になった時から……少しずつ思い出してきた』
「どうして?」俺は思わず前のめりになる。「どうして美桜が真帆の中にいるんだ?」
“美桜”は少し寂しげに微笑む。
『きっと……“願い”のせいだよ』
「願い?」
“美桜”はゆっくりと頷いた。
『昴くんが言ったでしょ?”美桜を守る”って』
俺は息を飲んだ。
『覚えてる?昴くん?』
(そうか……あの時……)
『12月の24日…クリスマス・イヴの夜…』
ああ、そうだ…俺は付き合い始めたばかりの美桜と。
『雪が降りだして、冷たいけど、昴くんがいて、一緒に手を繋いでいると暖かくて安心して。二人で他愛無い話をして微笑みあって』
(…最初のクリスマス・イヴだからって一緒に外食しようって誘って)
『私は用意したプレゼントもあって…喜んでいたら』
「いきなり車に跳ねられた…」
(思い出した…倒れた美桜、伸ばす手…あの夢の中で聞いた言葉……)
「美桜を守りたい。」
俺の言葉だ…
『昴くん、お願い…死なないで…』
”美桜”の言葉…
『私の願いも一緒だったんだ』“美桜”は続ける。『昴くんを守りたい…って』
「つまり……」
『うん』“美桜”は頷く。『私たち二人の“願い”が交差して……この世界を作ったのかもしれない』
俺は言葉を失った。意味が解らない…
「この世界は……俺たちの願いから生まれた……?」
“美桜”はゆっくりと頷く。
『少なくとも……それが私の考えていることだよ』
俺は真帆の……いや、“美桜”の手を握った。
「でも、なぜ君が真帆の中にいるんだ?」
“美桜”は少し困ったように笑う。
『それは……わからない。でも、きっと……』
彼女は俺の目をまっすぐ見た。
『あなたと同じなんだよ。私たちは……この世界で”誰か”を守るために生まれ変わったんだ。」
「守る……誰を?」
「あなたが美桜を守りたいように……」“美桜”は真剣な眼差しで言う。「私も……昴くんを守りたい」
その時だった。
「美桜ちゃーん?お風呂出るよー!」
緋香里ちゃんの声だ。
俺たちは我に返った。入浴の時間が終わるようだ。この状況をどう切り抜ける?
「まずい……どうしよう……」
“美桜”は微笑んだ。
「大丈夫だよ」
彼女は立ち上がり、俺の手を引く。
「行こう。一緒に」
「え?でも……」
「大丈夫」彼女は優しく囁く。「もう真帆に変わるから…」
”美桜”が目を閉じ、目を開けると雰囲気が変わった。
「美桜…?」
「ま、真帆?大丈夫?」
「ん、どうしたの二人とも。」緋香里ちゃんが寄ってくる。
「ごめん、のぼせたみたい。」真帆がもたれかかって答える。
「え~満喫しすぎー、大丈夫?」
「うん。美桜、悪いけど肩貸して…」
「うん、うん。」真帆に肩を貸して露天風呂を後にする。
「後で、色々聞かせてね…」真帆が耳元でささやいた…
美桜として過ごすこの旅は、「初めて」の修学旅行だ。だが、昴として過ごした過去の記憶もある。行程表を眺めながら、性別も立場も違う身体で同じ場所を辿ることの不思議さと、ほんの少しの居心地の悪さが、複雑に混じり合う。
「美桜ちゃーん!荷物、網棚にのせるよー」
真帆の声はいつも通り元気で、俺はそれだけで肩の力が抜ける。彼女は俺の隣にぴったり寄り添って座り、勝手知ったる調子で荷物を整理し、写真の撮り方を取り仕切る。真帆の存在は安心剤だ。周囲のクラスメイトたちは、俺たち二人の距離をからかうように視線を投げるが、今はそんな雑音が遠く感じられる。
自由行動日は男女混合の班行動だ。結局、男子は昴のいるチームと一緒になった。昴だった時の記憶を辿っても、そうだったのだからまあ仕方ない。
昴と顔を合わせると少し気まずさが走る。勝手知ったる過去の俺なのだから、互いの距離感を掴みやすいはずだが、今の俺が「美桜」のせいか微妙に異なる関係になってしまった気がする。昴だった頃の振る舞いと、美桜の行動を思い出して自然に会話を合わせると、違和感が和らぐ一方で、胸の奥に小さな棘が刺さる。
清水寺に着くと、修学旅行らしい喧騒が舞台の縁に広がっていた。石段を上るたびに彩の違う景色を感じさせ、観光客の笑い声やガイドさんの説明が混ざる。清水の舞台に立った時、勢いスカートを抑えてしまった。男の時には思いもしなかったが、今の身では下から覗かれそうな気配を感じてしまうらしい。欄干越しに見下ろす京都の町は、時間がゆっくりと積み上がったような風情があった。音羽の滝の冷たい水を飲む列に並び、手を伸ばしてひと口含むと、旅の実感が喉から体全体に染み渡る。
坂道を歩きながら、スマホのシャッター音が止まらない。クラスの女子たちはポーズ作りに余念がなく、私も自然と笑顔を作る。昴で来たときは、どこか俯いて景色を眺めていた自分がいた。だが今は、同じ場所であっても、体の所作が違えば受け取る世界が変わるらしい。スカートの裾が風に払われるたびに、なぜか自分がカメラに映える存在であることを再確認してしまう自分がいて、それが少し恥ずかしかった。
三年坂、二年坂、産寧坂を抜ける散策では、石畳の凹凸や土産物屋の木の匂いがやけに鮮明だった。漆の匂い、抹茶アイスの冷たさ、焼き物の温もり。友達と笑い合い、互いの写真を撮り合ううちに、旅先でしか育たない空気が心を満たしていく。女子たちのはしゃぎ声、男子の照れたリアクション、先生の苦笑――それらが混ざった合唱のような雑音が、この日の主役だった。
だが、ふとした瞬間に自分の中の別の時間が顔を覗かせる。夜、布団に入ったときに思い出すのは、俺を呼ぶ声と、手を握る温もり。その断片が胸の奥で揺れて、今の幸福を脅かすわけではないが、確かな影を落とす。そんな思いを抱えつつも、隣で真帆が撮ってくれた一枚に自然と笑い、笑顔の写真が増えていく。
昼食はみんなで屋台の並ぶ通りに座り、湯気の上がる丼や香ばしい串焼きを分け合った。誰かがふざけて被写体になり、また誰かが「もう一回!」とリクエストを出す。そうした軽やかな取るに足らないやり取りが、後で思い出したときに一番鮮やかに残るだろう。
…昴で来た時より、何倍も楽しんでいる。
京都の初日を終え、初日の宿に入る。割と古風で大きな旅館だ。宿の窓から見た景色が一日の締めくくりを告げる。瓦屋根の向こうに夕陽が沈むのが見える。
部屋は女子四人で一部屋。俺と真帆の他に、同じ班の千代里ちゃん、緋香里ちゃんが一緒。
「ねぇ美桜ちゃん!見て見て!浴衣超可愛い!」
真帆が嬉しそうに浴衣を広げる。俺も「そうだね」と微笑む。
「着替えて、大広間に行きましょう。」
千代里ちゃんがそう言うと、そそくさと、制服を脱いで浴衣に手を通し始める。
(ぅおっ…)
美桜の身体や下着には慣れたが、他の女子のは話が別だ。急いで目を背けるが、俺を取り囲むように3人が着替え始めていた。
そして思い至った。(この後温泉……)…複雑な心境だ。
夕食はバイキング形式だった。
大広間に集まったクラスメイトたちは、思い思いの料理に舌鼓を打っている。
俺は控えめに肉じゃがとサラダを少しだけ取る。隣では真帆がハンバーグとカレーを山盛りにしている。
「美桜ちゃん、全然食べてないじゃん!もっと食べないと元気出ないよ?」
真帆が心配そうに言う。俺は苦笑いで答える。
「あんまりお腹空いてないんだ」
「そっかぁ……」
真帆は何か言いたげだったが、黙って肉じゃがを俺の皿に追加してくれた。
食事が終わり、いよいよ入浴の時間。
旅館の温泉は内湯と露天風呂があった。
俺は…覚悟を決めた。
…この為に俺は必殺の道具を準備していた…
ささっと、着ているものを脱ぎ、周りをできるだけ見ないようにして浴室に入る。
「ねえ…美桜ちゃん…」不思議そうな声で真帆が話しかける。眼鏡を外した千代里ちゃんと、緋香里ちゃんも俺を不思議そうに見ている。
「なに?」俺は何食わぬ顔で返事をする。
「なんで、お風呂入るときに態々眼鏡なんて掛けるの?」
(なんと、気づかれたか…)
「ぇ、ええと…ファッションと言うか、家の方針と言うか…」
曇った眼鏡をクイッと上げ、しどろもどろに訳のわからない理由を言ってみる。
「えええ、何それ~変なの~」緋香里ちゃんのツボには嵌ったらしい…
「緋香里、さっさと入りなさい、全部の温泉に入りたいなら急ぎなさい…美桜ちゃん、最近なんか変ね…」
「私は、美桜ちゃんの味方だからね。」真帆に慰められた…
真帆と並んで露天風呂に浸かる。星のまたたく夜空を見ながら真帆と他愛もない話をする。
「明日は班行動でしょ、昴くんと同じ班になれて良かったね。」
「そう、かな…?」
「む~」
なんか真帆が睨んでる。
「な、なに?」
「ほんと、なんかおかしくない?以前は昴くん昴くんって言ってたのに、体育祭前位から避けてるような雰囲気だし…なんかあった?」
「うーん」
ちょっと考える。でも答えられることは何もない。
「なんかね……。最近昴くんから避けられてる気がしてね。なんでだろって考えてたら嫌になってきたの……」
「そんな事無いと思うけどな。昴くん、最近よく美桜ちゃんを見つめてるし推し推しな気がするんだけど」
「え~?そんな事無いよ。気のせいだよ」
「そっかな~?」
と真帆が疑う様に俺を見る。
その視線から逃げるように、口元までお湯につかる。
「それに……」真帆が言葉を続ける。「なんか最近の美桜ちゃん……私といるときの方が楽しそう」
核心を突かれて一瞬言葉に詰まった。
「そ、そんなことないよ!」慌てて否定する。
「ホントかな?」真帆がニヤニヤしながら言う。
「それに……」真帆がさらに言葉を続ける。「最近の美桜ちゃん……なんか大人っぽくなったっていうか……」
真帆は一瞬言葉を止め、少し真剣な表情になった。
「……時々、私が知ってる美桜ちゃんと違う気がするんだ」
俺は息を飲んだ。真帆がここまで勘付いているとは思わなかった。
「どういう意味?」慎重に尋ねる。
「うーん……上手く言えないんだけど」真帆は首を傾げる。「例えば……」
彼女は急に黙り込み、虚空を見つめる。
「例えば……?」
「例えば……」真帆がゆっくりと口を開く。「私が美桜ちゃんのことを考えていると、突然、別の思考が頭の中に入ってくるんだ」
俺の心臓が大きく跳ねた。
「別の思考?」
「うん」真帆は頷く。「それはいつも『違うよ』とか『そんなことないよ』って反論してくるの。まるで……もう一人の私がいるみたいに」
「それは……」
「それだけじゃないよ」真帆の目が潤み始める。「時々、私の手が勝手に動くんだ。授業中にノートを取ろうとすると、違うことを書いてたりする。それに……」
「それに?」
「それに……」真帆の声が震える。「誰かが『昴くんを守って』って囁いてくるんだ。まるで……誰かが私の中にいるみたいに」
俺は息を飲んだ。
やっぱりそうだ……真帆の中に美桜(未来)がいる!
でも、それをどうやって説明すればいい?
「真帆……」
俺は彼女の手を握る。
「怖がらないで。私は……君の味方だから」
真帆は涙目で俺を見上げる。
「美桜ちゃん……本当にそう思ってくれてるの?」
「うん」俺は力強く頷く。「君の中の“誰か”も含めて、私は真帆のことが大切なんだ」
その時だった。
真帆の身体がふっと軽くなり、その目に光が宿った。
『美桜ちゃん……ありがとう』
その声は確かに真帆のものだが、どこか違和感がある。
「え?」俺は驚いて目を見開いた。この声は……?
『昴くん…なんでしょ?』
真帆が見上げてくる。
『久しぶり……かな?』真帆の唇が動く。その声は優しく、懐かしい響きを持っていた。
「まさか……」俺は呆然と呟く。
『うん』真帆は静かに微笑む。『私だよ……寿 美桜だよ』
「美桜……?」俺は信じられない気持ちで問いかけた。
『うん』真帆の中の“美桜”は頷く。『ずっと真帆の中にいたんだ』
俺は混乱した。一体どういうことだ?
「どういうことだ……?」俺は震える声で問う。
“美桜”は優しく微笑んだ。
『昴くんが美桜になったように……私も真帆の中にいたんだ』
「……真帆の中に?」
“美桜”は少し考えるように目を閉じた。
“美桜”は頷く。『うん。最初は断片的な記憶しかなかった。でも、昴くんが“美桜”になった時から……少しずつ思い出してきた』
「どうして?」俺は思わず前のめりになる。「どうして美桜が真帆の中にいるんだ?」
“美桜”は少し寂しげに微笑む。
『きっと……“願い”のせいだよ』
「願い?」
“美桜”はゆっくりと頷いた。
『昴くんが言ったでしょ?”美桜を守る”って』
俺は息を飲んだ。
『覚えてる?昴くん?』
(そうか……あの時……)
『12月の24日…クリスマス・イヴの夜…』
ああ、そうだ…俺は付き合い始めたばかりの美桜と。
『雪が降りだして、冷たいけど、昴くんがいて、一緒に手を繋いでいると暖かくて安心して。二人で他愛無い話をして微笑みあって』
(…最初のクリスマス・イヴだからって一緒に外食しようって誘って)
『私は用意したプレゼントもあって…喜んでいたら』
「いきなり車に跳ねられた…」
(思い出した…倒れた美桜、伸ばす手…あの夢の中で聞いた言葉……)
「美桜を守りたい。」
俺の言葉だ…
『昴くん、お願い…死なないで…』
”美桜”の言葉…
『私の願いも一緒だったんだ』“美桜”は続ける。『昴くんを守りたい…って』
「つまり……」
『うん』“美桜”は頷く。『私たち二人の“願い”が交差して……この世界を作ったのかもしれない』
俺は言葉を失った。意味が解らない…
「この世界は……俺たちの願いから生まれた……?」
“美桜”はゆっくりと頷く。
『少なくとも……それが私の考えていることだよ』
俺は真帆の……いや、“美桜”の手を握った。
「でも、なぜ君が真帆の中にいるんだ?」
“美桜”は少し困ったように笑う。
『それは……わからない。でも、きっと……』
彼女は俺の目をまっすぐ見た。
『あなたと同じなんだよ。私たちは……この世界で”誰か”を守るために生まれ変わったんだ。」
「守る……誰を?」
「あなたが美桜を守りたいように……」“美桜”は真剣な眼差しで言う。「私も……昴くんを守りたい」
その時だった。
「美桜ちゃーん?お風呂出るよー!」
緋香里ちゃんの声だ。
俺たちは我に返った。入浴の時間が終わるようだ。この状況をどう切り抜ける?
「まずい……どうしよう……」
“美桜”は微笑んだ。
「大丈夫だよ」
彼女は立ち上がり、俺の手を引く。
「行こう。一緒に」
「え?でも……」
「大丈夫」彼女は優しく囁く。「もう真帆に変わるから…」
”美桜”が目を閉じ、目を開けると雰囲気が変わった。
「美桜…?」
「ま、真帆?大丈夫?」
「ん、どうしたの二人とも。」緋香里ちゃんが寄ってくる。
「ごめん、のぼせたみたい。」真帆がもたれかかって答える。
「え~満喫しすぎー、大丈夫?」
「うん。美桜、悪いけど肩貸して…」
「うん、うん。」真帆に肩を貸して露天風呂を後にする。
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