きみのことは何でも知っている ― きみを護りたいと願ったら、大好きなきみはいなくなったTS

奏楽雅

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第12話:芸能界、正式オファー【10月30日】

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「寿 美桜様(及び保護者様) 専属契約・育成に関する正式オファーのご案内

拝啓
拝啓、時下益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
この度、弊社スカウト部門よりご連絡させていただいております、寿 美桜様への正式な専属契約オファーについて、改めて書面にてご案内させていただきます。
弊社の専門スタッフ一同、美桜様の天性の透明感あふれる美しさと、秘めている類まれなる表現力に、強い可能性を感じております。私たちは、美桜様が次世代のエンターテイメント界を担うトップスターとして活躍できると確信しております。

弊社といたしましては、美桜様を、歌・ダンス・演技の三分野において幅広く活動できるマルチタレントとして育成し、活動を全面的にバックアップさせていただきたいと考えております。
【具体的な活動方針】
活動初期: ファッション雑誌、企業CM、Webコンテンツを中心に活動し、知名度を確立します。
育成体制: 専門トレーナーによるボーカル、ダンス、演技の無償レッスンを定期的に提供いたします。
学業との両立: 美桜様の学業を最優先といたします。レッスンや仕事のスケジュールは、学校の授業や試験期間を考慮し、時間割に合わせた形で調整いたします。

専属契約においては、以下の条件でご案内させていただきます。
契約期間: 〇年契約(〇年〇月〇日~〇年〇月〇日まで)
報酬: 報酬は、全ての芸能活動による売上から、弊社所定の経費を差し引いた上で、美桜様と弊社で定めた配分率にてお支払いいたします。
活動サポート: 専属マネージャーの配置、各種保険への加入、肖像権・著作権の管理を一括して弊社が行います。
……」
スマホに届いたメールを見て、俺はしばらく動けなかった。
件名は「 専属契約・育成に関する正式オファー」。差出人は、あのスカウトマンの所属する事務所だった。

……やっぱり、あのボートの動画、流れてたんだ。
真帆と“美桜”の涙の場面。俺が“美桜”を抱きしめていた場面。
あれが、どうやら“バズった”らしい。
(肖像権…)
「美桜ちゃん、すごいね!あの動画、もう十万回以上再生されてるって!奢って!」
緋香里ちゃんが教室で騒いでいた。
「ははは…」
(何万回再生されようが、俺には何も入らんのだぞ…)
「まるで映画のワンシーンみたいだったもんね」
千代里ちゃんも頷いている。
俺は苦笑いで返すしかなかった。

***

家に帰って桜さんと相談しようと思っていたら、既にスカウトマンとその上司が居て、桜さんと純一さんを前に話が勝手に進んでいた。
俺もその場に呼ばれる…当事者なのだから当然だと思う…が、スカウトマンが俺を褒める速度や毎分3900発のフェアチャイルド・リパブリック社のA-10攻撃機に搭載のGAU-8/A アベンジャー機関砲を彷彿とさせた。結局一言も発言するタイミングを与えられずに面談が終わっていた…玉砕だ。
桜さんというか純一さんが、ベタ褒めに超ホクホクであった。
「やっぱり、美桜ちゃん可愛いから。」
「俺だけの美桜でなくなるのは寂しいが、美桜を褒めて貰えるのは嬉しいな。」
(あぁぁ、すっかりその気に…)

***

翌日、厳さん――俺たちの担任であり、進路指導の先生――が、俺を呼び出した。
「寿。君のことに関して芸能事務所より話が来た。学校としても、前向きに支援したいと思ってる」
「え……でも、私……」
「もちろん、学業との両立は大前提だ。でも、君にはそれだけの魅力がある。自信を持っていい」
巌さんの言葉は、いつも冷静で、温かい…が…
俺の意思がまるで尊重されていない、あれよと外堀が埋まっててる…
項垂れた姿を見て、巌さんは首を縦に振ったと思ったのだろう、滅茶苦茶応援してくれた。

***

真帆にも相談した。
「芸能界……どう思う?」
「うん、いいと思う。美桜ちゃんは、誰の目にも映る存在だと思うし」
「でも……」
「“美桜”も、きっと応援してるよ。あの動画のとき、すごく綺麗だった」
真帆も出てたのに…
『私の時もこの時期スカウトマンに押しかけられていたよ。』
「うぉ!”美桜”!…そ、そうなのか?」
『うん、私は昴くんとの時間をとったから、芸能界に行かなかったけど…」
「「そうなんだ」」俺と真帆がハモる。
『ただ…昴は芸能界に行った方が良いかも…』
「なんで?」
「ツヴァイ-昴-と距離を置くために。」
なるほど…そう言う手もあるのか…
「私は、普通にCMとかで美桜ちゃんを見たいな…」
真帆の言葉に、胸が少しだけ軽くなった。
「……」
「どうしたの?真帆…」
「うーん、実はね…」
『真帆の所にも、スカウトが来たんだよね。』
「そうなの!?」
「あ~”美桜”!勝手に言わないで!」
真帆がアワアワしてる、ちょっとかわいい。
「私は、断ったよ…」
「そうなの?」
「うん…」
「なんで?」
「やりたいことがあるから。」
「?そう…なの?何したいの」
「うん、ナイショ」
言いたくないらしい。うーむ気になる…

***

ツヴァイ-昴-には、言えなかった。
いや、言えなかったというより、言いたくなかった。
“美桜”の「付き合ってはいけない」という言葉が、頭から離れない。
ツヴァイ-昴-の告白も、記憶より一か月早かった。
この世界?は、何かがズレている。
俺は、取り敢えずツヴァイ-昴-から逃げたかった。
ツヴァイ-昴-の優しさからも、ツヴァイ-昴-の視線からも、ツヴァイ-昴-の“好き”からも。

***

放課後、ツヴァイ-昴-が俺を呼び止めた。
「寿さん、ちょっといい?」
「……うん」
ツヴァイ-昴-は、スマホを見せてきた。そこには、例の動画が映っていた。
「これ……美桜ちゃんだよね」
「……うん」
「噂も聞いてるよ…芸能界に行くの?」
「……まだ、決めてない」
「そっか……」
ツヴァイ-昴-は、少しだけ笑った。でも、その笑顔は、どこか寂しげだった。
「美桜ちゃん、遠くへ行っちゃうんだね」
「……そんなこと…ないよ」
「でも、そう見えるよ。俺から見たら、君はもう、手の届かない所に行ってしまう」
ツヴァイ-昴-の言葉が、胸に刺さった。
ツヴァイ-昴-の今の気持ちが痛いほどにわかる…なんと言っても俺だからな…
もし、俺の近くから美桜が居なくなってしまうかと思うと、とてもじゃないがまともでいられる気がしない。それほど俺は美桜が好きだった…
俺は、真摯に見つめるツヴァイ-昴-に何も言えなかった。

強く生きろよ…ツヴァイ-昴-。

***

その週末、俺は正式に芸能事務所のオファーを受け入れた。
契約は、学業優先の条件付き。主な活動は週末中心。
初仕事は、雑誌のインタビューと写真撮影。
「“儚さ”と“強さ”を併せ持つ新人」として紹介されるらしい。
俺は、鏡の前で制服を整えながら、“美桜”の言葉を思い出していた。
『ツヴァイ-昴-とは付き合わないで。たぶん死んじゃうから』
あれは、ただの直感だったのか。
それとも、“美桜”の記憶に刻まれた未来だったのか。
俺は、昴から逃げるように、芸能界という“別の世界”へ足を踏み入れる。
でも、心の奥では、昴の言葉がずっと響いていた。
「君はもう、手の届かない所に行ってしまう」
俺は、昴の“好き”に応えられないまま、遠くへ行くことを選んだ。

***

午前中に契約を済ませたばかりなのに、午後一にはスケジュールが送られてきた。
主な活動は土日だが、放課後はレッスンに当てられていた。
演技レッスン、ダンスレッスン、ボイストレーニングと事務所の目指すマルチタレント用のスケジュールが組まれている。

(…休む時間がまるでない…)
早々に肩を落として後悔した。
告白がきっかけでもあるので、そう遠くなく昴を恨みそうだ…

運動神経も良く、柔軟なハイスペックな美桜の身体だが、未経験なことは不安だし…中身が俺というのは……考えるだに怖い。

とは言え。男の昴では経験できなかったであろう、美桜としての芸能生活は非常に楽しみに思えた。どうせ美桜の演技をしているんだし、追加で別の仮面を被るのも面白いかもしれない。

***

「始めまして、美桜さん。」
芸能事務所に呼び出されたので向かうと、タイトスカートのレディーススーツを着こなしたパリッとした美人さんが、名刺を差し出してきた。
春夏冬 秋誇と書かれていた。
「今度、美桜さんの専属マネージャーの辞令を頂きました。春夏冬 秋誇(あきなし あきこ)と申します。どうか宜しくお願いいたします。」
「はい、浅学未熟な身ですが、どうか宜しくお願いします。」
名字を名前が打ち消しているような名前の人はマネージャーさんだった…とか思いつつ。深々と頭を下げる。
「早速ですが今後のことについて、打合せさせて頂こうと思いますが、宜しいでしょうか?」
「はい、お願いします。」

会議室に入ると、6人ほどおり、鋭い視線が突き刺さる。
俺は、取り敢えず元気に「寿美桜です、どうか宜しくお願いします。」とお辞儀をする。
「美桜さん、そこに座って。」春夏冬さんが席を勧めてくれたので、そそと座る。
6人とは対面のような配置だ。春夏冬さんだけが横に座ってくれた。
圧迫面接かな…?やだよ……怖いよ。

「紹介させて頂きます。右からチーフマネージャーの須藤さん、私の上司で、全体の戦略立案や、大きな仕事、ドラマ、CMなどの交渉を担当してくだいます。」
俺が会釈すると、右手を上げて応えてくれた。丸顔なのに偉そうだ。

「ボイストレーナーの如月さん。 歌唱力・発声・呼吸法など歌唱指導をしてくださいます。」
会釈すると、会釈を返してくれた。髪がグレーのおじさんかな?

「ダンスインストラクターの木下さん。ダンススキルや表現力の指導。ライブやプロモーションビデオの振り付けも担当。」
会釈すると、ウィンクされた。引き締まった身体のお姉さんだ。

「演技トレーナーの工藤さん。演技指導。 感情表現や台本の読み方の指導。CMやドラマのオーディション対策も行ってくれます。」
会釈したが、むすっとしてる、なんか神経質そうだ…

「スタイリストの近田さん。撮影やテレビ出演時の衣装、私服のコーディネートを担当されます。」
会釈するまえから、手を振られている。笑顔が素敵なお姉さんだ、なんか真帆を見てるみたいで和む。

「最後に広報・PR担当の西田さん。YouTubeeやTikToke、Instagrameの投稿内容の企画・チェック、炎上対策を担当します。」
会釈したが、PCを弄ってるようで目が合わない…ん、顔が赤くなってる?

「以上が主に美桜さんを専門に支援するチームになります。」
え、俺一人にこんなに沢山の人が…
「美桜くんには、かなり力を入れてバックアップするという方針が出ていてね。普通新人ではありえない待遇になっているよ。」
須藤さんが、驚いてる俺に説明してくれる。
「普通、新人に専属ではマネージャーすらつきませんからね。」と春夏冬さん。
「ありがとうございます。期待に沿えるよう頑張ります。」
遠慮より、感謝を強く示すべきだと思った。

「その分、容赦はしないからね。」と木下さん。
「炎上対策は任してくれていい、だがあまり問題起こすなよ。と何故か目を合わしてくれない西田さん。
「早速、今日からレッスンに入って貰う。スケジュールは先に送ってると思うが、今日はダンスからだ。」
「はい、宜しくお願いします。」
この錚々たるメンバーの顔見せは、逃げるなよってことだよなー……はー
心の中で頬を叩き、(いっちょやったるかー!)と自身に活を入れた。
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