婚約発表の場で、名家令嬢の私がボンクラ息子に婚約破棄されました

ヒツジ屋本舗

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第一話 私の結婚が知らない間に決まっていました。

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父に呼ばれたのは、夕食前だった。

 窓の外では、庭師たちが冬支度の最後を進めている。アルヴェーン家の屋敷は、いつも通り静かで、整っていて――だからこそ、その呼び出しが妙に胸に引っかかった。

 書斎に入ると、父は椅子に深く腰掛けて待っていた。私の顔を見て、短く頷く。

「リュシア。座りなさい」

 声は低く、感情が乗っていない。
 私は言われた通り部屋の真ん中に置かれた椅子に腰を下ろし、背筋を伸ばした。

「話がある」

 それだけ言って、父は一拍置いた。
 書斎の空気が、わずかに張りつめる。

「お前の結婚を、決めてきた」

 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
 結婚。決めてきた。
 その二つが、まるで別々のもののように頭の中を浮かぶ。

「……お相手は」

 私の口から出たのは、それだけだった。
 本当は聞きたいことが山ほどあった。なぜ、いつ、どうして――。けれど、父の表情を見て、それらは喉の奥に押し戻された。

「ローディア領主家だ。長男で、アルベルトというらしい」

 ローディア領。
 その言葉に、胸の奥が冷たくなっていくのを感じる。

 私はその家名を、知らないわけではない。だが、それは地図の上の名前でしかなかった。顔も、声も、どんな人柄かも分からない。

「……承知しました」

 自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。
 父の眉が、わずかに動く。

「異論はないのか」

 異論がないわけがない。
 けれど私は、父の前で感情を露わにする年齢ではなかった。

「父上がお決めになったことです。
 アルヴェーン家の娘として、従います」

 そう答えながら、私は膝の上で拳を握っていた。
 爪が食い込む感覚で、自分が動揺しているのを誤魔化す。

 父は、少しだけ視線を逸らした。

「……詳しいことは、追って伝える。
 準備は急ぐことになる」

「はい」

 それ以上、父は何も言わなかった。
 私は一礼し、静かに書斎を出た。

 部屋を出るまでの所作、廊下を歩く足取りは、我ながら完璧だったと思う。
 背筋を伸ばし、歩幅を乱さず、使用人とすれ違えば労いの言葉をかける。

 自室の扉を閉めるまでは。

 鍵を掛けた瞬間、私はベッドに倒れこんだ。
 次の瞬間、胸の奥に溜め込んでいたものが、一気に溢れ出す。

「……なんなのよ、それ……!」

 声が震えた。
 怒りと困惑が、熱になって喉を焼く。

「決めてきた、って……!」

 私は大きな枕を抱きしめ、バタバタと両足を暴れさせた。
 ひとしきり感情的に動いたあと、電池が切れたように脱力する。
 静かになり、自分の心臓が早鐘のように鳴っているのがわかった。

 顔も知らない。
 会ったこともない。
 ただ“地方の領主の長男”という肩書きに、私の人生が投資されるのだ。

「どうして……どうして私が……」

 領民のため?
 アルヴェーン家のため?
 そんな言葉は、今は綺麗事にしか聞こえなかった。

 私は、政略結婚というものを理解している。
 それが貴族の責務だということも。
 でも――理解できることと、納得できることは違う。

「せめて……せめて、どんな人なのかくらい……」

 声が、弱々しく途切れた。
 怒りの奥に、不安が顔を出す。

 もし、尊大な人だったら。
 もし、私を“道具”としか見ない人だったら。

 私は、見知らぬ土地で、見知らぬ家に嫁ぎ、
 そこで一生を過ごすことになる。

「……私、ちゃんと……やれるかしら」

 誰に向けるでもない問いが、部屋に落ちる。
 返事はない。

 けれど――嘆いてばかりもいられない。
 私はアルヴェーン家の娘だ。逃げることは許されない。

 深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
 涙は、まだ流さない。

「……覚悟を、決めなさい」

 私は自分に言い聞かせるように呟いた。

 この結婚が、何のためにあるのか。
 そして、なぜこんなにも父が多くを語らなかったのか。

 それを知るのは――これからだ。
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