婚約発表の場で、名家令嬢の私がボンクラ息子に婚約破棄されました

ヒツジ屋本舗

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第二話 アイス・ドールと呼ばれました。

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 ――数週間後。

 ローディア領主館に到着したのは、昼を少し過ぎた頃だった。

 馬車を降りた瞬間、私は無意識に背筋を伸ばす。
 長旅の疲れはある。でも、それを表に出すわけにはいかなかった。
 私はアルヴェーン家の令嬢として、ここに来ている。

 館は石造りで、古いが趣のある外観だった。
 しかし、庭の噴水は水量が少なく、花壇は必要最低限。装飾も、どこか古い。

(……金銭的な余裕がないのかしら)

 そう思って、すぐに打ち消す。
 初対面の家を値踏みするなんて、感じが悪い。
 私はただの婚約者候補で、まだ何者でもない。

 玄関で迎えてくれたのは、領主夫妻だった。

「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。
 私は領主のガルヴィン・ローディア。
 こっちが妻のエレナです」

 領主ガルヴィン卿とエレナ夫人が、深く、深く頭を下げる。
 妙に畏まったその対応に、胸の奥がざわついた。

「アルヴェーン家三女、
 リュシア・アルヴェーンと申します。
 お目にかかれて光栄です」

 声が少し硬くなった気がした。
 分かっている。緊張すると、私はこうなる。

 エレナ夫人は、私を見て微笑んだ。

「とても、お綺麗な方ですわね」

「……ありがとうございます」

 一拍遅れた返事。
 その瞬間、エレナ夫人が困ったような笑みを浮かべる。

(……まただ)

 私は、人前だとこうなる。
 どう返していいか、わからなくなってしまう。

 館に案内され、廊下を進む間、使用人たちの視線が集まってくる。
 好奇心と、警戒と。

(不愛想な女が嫁いできたとでも思われるのかしら)

 分かってはいる。
 でも、だからといって急に愛想よく振る舞えるほど、器用でもなかった。

 応接間に通されて間もなく、扉が乱暴に開いた。

「……ああ、なんだその女は?」

「アルベルト! 失礼な態度をとるんじゃない!」

 入ってきた男にガルヴィン卿が𠮟責する。

(なるほど、この男が私の――) 

――アルベルト・ローディア。
 私の婚約者でこの領地の跡取り息子。

「初めまして、アルベルト様。
 アルヴェーン家三女、
 リュシア・アルヴェーンと申します」

 自己紹介をする私に向けられる、
 頭の先から足元までなぞるようなアルベルトの視線。

 値踏みされている。
 一瞬で、それが分かった。

「……まあ、顔は悪くないな」

「……え?」

 頭が、少し遅れて反応する。

「だが、愛想がない。
 俺の好みじゃないな」

 彼は肩をすくめ、吐き捨てるように言った。

 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
 次の瞬間、胃の奥が重く冷たい感覚に襲われる。

(今、私……
 人としてじゃなくて、“女”として点数付けられた?)

 怒りが湧いた。
 明確に、はっきりと。

 でも、声が出ない。
 どう返すべきか考えているうちに、エレナ夫人がアルベルトに詰め寄った。

「アルベルト! 今すぐ訂正なさい!」

「ハッ、事実だろ?」

 悪びれもせず言い放つ彼のその態度に、夫人は呆れて頭を抱えた。

「無表情で、何考えてるか分からない。
 噂通りだな、冷徹女アイス・ドール

 瞬間、私の体が硬直する。
 私は冷たい女だそうで、いつからか忘れたが、そんな名前で呼ばれていることは知っていた。

(――けど)

 私は人形じゃない。
 感情だってある。
 怒りも、怖さも、混乱も。

「んじゃ、俺は街に行ってくるから」

 動揺する私をよそに、アルベルトはそう言い残し、さっさと部屋を出ていった。
 応接室に、重たい沈黙が落ちる。

「……申し訳ありません」
 ガルヴィン卿は深いため息を吐き、
 低く頭を下げた。

 私は反射的に首を振る。

「いえ……私の、至らなさです」

 本心じゃない。
 でも、ここで本心を言えば、もっと面倒になる。

(こんなところでアルヴェーンの名を汚すような態度をとるわけにはいかないわ)

 グッと堪え、背筋を伸ばす。
 表情を整えて前を見据える。

「本日は私も、お部屋で休ませていただいてもよろしいでしょうか」

 拒否権の無い結婚。
 女としての値踏みをしてくる婚約者。

 それでも、逃げることはできない。
 私は、静かに覚悟を決める。

 この時は、知る由もなかった。
 後日行われる婚約発表の場で、あんなことになるなんて――
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