婚約発表の場で、名家令嬢の私がボンクラ息子に婚約破棄されました

ヒツジ屋本舗

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第六話 痛々しいボンクラ息子に全部言ったったりました。

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 婚約発表の騒動から戻ったローディア領主館は、
 不気味なほど静まり返っていた。

 館の門をくぐるや否や、急に天気が崩れ、
 今は雨音がやけにうるさく聞こえる。

 使用人たちも普段のようにべったりと傍にはつかず、
 遠巻きに、物音を立てぬよう仕事をしている。

 そんな様子を横目に、
 私たちは館の奥にある執務室へと向かっていた。
 
 先頭を歩くガルヴィン卿の拳は固く握られ、
 その隣のエレナ夫人は、
 表情こそ見えないが、小さく震えているように感じた。

 その後に続く、アルベルトとミレイアは、
 ブツブツと文句を垂れ流している。
 時折お互いの言葉に表情を歪ませ睨み合うも、
 舌を打ち鳴らしてすぐに顔を背けていた。
  
「……ふざけるなよ!」

 執務室に入るなり、
 沈黙を破ったのは、アルベルトだった。

「名家ローディアの地位に目がくらんだ、
 あの女が悪いんだろうが!」

 私を睨みつけ、吐き捨てるように言う。

「冷たい顔で突っ立って、
 愛想のひとつも向けられない癖に、
 被害者面して、俺を悪者にして……!」

 ――真実の愛を貫いた英雄気取り。
 その自己陶酔が、痛々しい。

「アルベルト」

 低い声が、部屋に響く。
 ガルヴィン卿だ。

「もういい加減にしろ」

「親父殿まで、何だって言うんだ!
 俺は、好きな女を選んだだけだ!
 政略結婚がそんなに偉いのかよ!」

「その“選択”が、
 何を失わせたのか――まだ分からんのか」

 そう言って、アルベルトに向かって一歩前に出る。

「先ほど、解散を言い渡した直後、
 いくつもの商会から、我が家との取引を取りやめると言われたよ」

「……は?」

「落ち目のローディアが、アルヴェーン家との縁談を切るのであれば、
 もはや未来はないだろう、とな」

 言いようのないガルヴィン卿の迫力に、
 アルベルトはひるみ、一歩後ずさった。

「なん……で。
 我がローディア家はずっと、豊かな名家のはずだろう?」

 動揺しているのだろう。
 いつもの自信はそこにはなく、声がか細く震えている。

 言葉に詰まるガルヴィン卿に、アルベルトは堰を切ったように食って掛かった。

「そんな急に落ちぶれたりするものか!
 さては、あんたがしょーもない事業でも失敗したんだろう!?」


 バチンッ――


 乾いた音が響いた。
 エレナ夫人がアルベルトの頬をひっぱたいたのだ。

 不意な出来事に、叩かれた頬に手を添えたまま、
 アルベルトは言葉を失い、固まった。

「どうして、自分のせいだとわからないの!」

「俺の……せい?」

 夫人は言うと、両手で顔を覆い、
 その場に泣き崩れた。
 ガルヴィン卿は、小さく息を吐き、
 妻であるエレナ夫人を抱き寄せた。

「領民の目も、完全に変わった。
 お前が思っている以上に、
 ローディア家は、崖の縁に立っているのだ」

 事態がまだ呑み込めていないのだろう。
 アルベルトは、
 口をパクパクとさせたまま、呆けている。

 そこへ、ミレイアが甲高い声を上げる。

「ち、ちょっと待ってよ!
 そんな話、聞いてない!」

 彼女はアルベルトの腕を掴み、激しく揺さぶった。

「崖の縁って……
 私は、裕福な次期領主の妻になれるって聞いてたのよ!?」

 立て続けのできごとに、感情が抑えられないのだろう。
 彼女の金切り声が、室内に響く。

「話が違うじゃない!
 没落貴族にしかなれないなら、
 あんたと結婚する意味なんてない!」

「なっ……!?
 なんだと、女風情がっ!」 

 愛だのなんだのと言っていた言葉は、
 もうどこにもなかった。

「あーっ、もう!
 全部、全部よ!」

 ミレイアは表情を歪ませながら、今度は私を指差す。

「あなたが来なければ、
 こんなことにならなかったのよ!」

 責める矛先が、こちらに向けられる。
 この心優しい両親が、これだけ伝えているのに、
 この二人には何一つ響かない。

(……たった数日だけど、誠意を尽くしてくれたご両親に、
 せめて私に出来る義を返すべきね)

 私は、静かに息を吸った。

 そして。

 この家で初めて、
 はっきりと口を開いた。

「……アルベルト様」

 私の声に、全員の視線が集まる。

「あなたは、気づいていますか」

 ゆっくりと、言葉を紡ぎ、
 一歩、前に出る。

「このローディア家が、
 今どんな状況に置かれているのか。
 どうしてこうなってしまったのかを」

 アルベルトが、何か言い返そうとしたが、
 私は構わず言葉を続けた。

「領民のために、
 “冷徹女アイス・ドール”と呼ばれる私にまで頭を下げ、
 再興のために尽力してきた、
 あなたのご両親の想いを」

 ガルヴィン卿とエレナ夫人が、息を呑む。

「あなたがどれほど道楽に明け暮れていても、
 それでも今日、婚約発表の場に集まってくれた、
 心優しい領民たちの期待を」

 その言葉に、
 アルベルトとミレイアの顔が歪んだ。

 敵意を隠そうともしない視線が向けられる。
 それでも、私は目を逸らさない。

 改めて居住まいを正し、
 静かに、言葉を紡いだ。

「どれかひとつでも――
 理解していましたか?」

 たじろぐ二人。
 短い沈黙が続く。

 私は、目をつむり――

「たかが数日、ここで過ごしただけの私に分かったことが、分からない。
 分かろうともしないあなたに」

 ゆっくりと目を開く。


「――領主たる資格は、ありません」
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