6 / 6
第六話 痛々しいボンクラ息子に全部言ったったりました。
しおりを挟む
婚約発表の騒動から戻ったローディア領主館は、
不気味なほど静まり返っていた。
館の門をくぐるや否や、急に天気が崩れ、
今は雨音がやけにうるさく聞こえる。
使用人たちも普段のようにべったりと傍にはつかず、
遠巻きに、物音を立てぬよう仕事をしている。
そんな様子を横目に、
私たちは館の奥にある執務室へと向かっていた。
先頭を歩くガルヴィン卿の拳は固く握られ、
その隣のエレナ夫人は、
表情こそ見えないが、小さく震えているように感じた。
その後に続く、アルベルトとミレイアは、
ブツブツと文句を垂れ流している。
時折お互いの言葉に表情を歪ませ睨み合うも、
舌を打ち鳴らしてすぐに顔を背けていた。
「……ふざけるなよ!」
執務室に入るなり、
沈黙を破ったのは、アルベルトだった。
「名家ローディアの地位に目がくらんだ、
あの女が悪いんだろうが!」
私を睨みつけ、吐き捨てるように言う。
「冷たい顔で突っ立って、
愛想のひとつも向けられない癖に、
被害者面して、俺を悪者にして……!」
――真実の愛を貫いた英雄気取り。
その自己陶酔が、痛々しい。
「アルベルト」
低い声が、部屋に響く。
ガルヴィン卿だ。
「もういい加減にしろ」
「親父殿まで、何だって言うんだ!
俺は、好きな女を選んだだけだ!
政略結婚がそんなに偉いのかよ!」
「その“選択”が、
何を失わせたのか――まだ分からんのか」
そう言って、アルベルトに向かって一歩前に出る。
「先ほど、解散を言い渡した直後、
いくつもの商会から、我が家との取引を取りやめると言われたよ」
「……は?」
「落ち目のローディアが、アルヴェーン家との縁談を切るのであれば、
もはや未来はないだろう、とな」
言いようのないガルヴィン卿の迫力に、
アルベルトはひるみ、一歩後ずさった。
「なん……で。
我がローディア家はずっと、豊かな名家のはずだろう?」
動揺しているのだろう。
いつもの自信はそこにはなく、声がか細く震えている。
言葉に詰まるガルヴィン卿に、アルベルトは堰を切ったように食って掛かった。
「そんな急に落ちぶれたりするものか!
さては、あんたがしょーもない事業でも失敗したんだろう!?」
バチンッ――
乾いた音が響いた。
エレナ夫人がアルベルトの頬をひっぱたいたのだ。
不意な出来事に、叩かれた頬に手を添えたまま、
アルベルトは言葉を失い、固まった。
「どうして、自分のせいだとわからないの!」
「俺の……せい?」
夫人は言うと、両手で顔を覆い、
その場に泣き崩れた。
ガルヴィン卿は、小さく息を吐き、
妻であるエレナ夫人を抱き寄せた。
「領民の目も、完全に変わった。
お前が思っている以上に、
ローディア家は、崖の縁に立っているのだ」
事態がまだ呑み込めていないのだろう。
アルベルトは、
口をパクパクとさせたまま、呆けている。
そこへ、ミレイアが甲高い声を上げる。
「ち、ちょっと待ってよ!
そんな話、聞いてない!」
彼女はアルベルトの腕を掴み、激しく揺さぶった。
「崖の縁って……
私は、裕福な次期領主の妻になれるって聞いてたのよ!?」
立て続けのできごとに、感情が抑えられないのだろう。
彼女の金切り声が、室内に響く。
「話が違うじゃない!
没落貴族にしかなれないなら、
あんたと結婚する意味なんてない!」
「なっ……!?
なんだと、女風情がっ!」
愛だのなんだのと言っていた言葉は、
もうどこにもなかった。
「あーっ、もう!
全部、全部よ!」
ミレイアは表情を歪ませながら、今度は私を指差す。
「あなたが来なければ、
こんなことにならなかったのよ!」
責める矛先が、こちらに向けられる。
この心優しい両親が、これだけ伝えているのに、
この二人には何一つ響かない。
(……たった数日だけど、誠意を尽くしてくれたご両親に、
せめて私に出来る義を返すべきね)
私は、静かに息を吸った。
そして。
この家で初めて、
はっきりと口を開いた。
「……アルベルト様」
私の声に、全員の視線が集まる。
「あなたは、気づいていますか」
ゆっくりと、言葉を紡ぎ、
一歩、前に出る。
「このローディア家が、
今どんな状況に置かれているのか。
どうしてこうなってしまったのかを」
アルベルトが、何か言い返そうとしたが、
私は構わず言葉を続けた。
「領民のために、
“冷徹女”と呼ばれる私にまで頭を下げ、
再興のために尽力してきた、
あなたのご両親の想いを」
ガルヴィン卿とエレナ夫人が、息を呑む。
「あなたがどれほど道楽に明け暮れていても、
それでも今日、婚約発表の場に集まってくれた、
心優しい領民たちの期待を」
その言葉に、
アルベルトとミレイアの顔が歪んだ。
敵意を隠そうともしない視線が向けられる。
それでも、私は目を逸らさない。
改めて居住まいを正し、
静かに、言葉を紡いだ。
「どれかひとつでも――
理解していましたか?」
たじろぐ二人。
短い沈黙が続く。
私は、目をつむり――
「たかが数日、ここで過ごしただけの私に分かったことが、分からない。
分かろうともしないあなたに」
ゆっくりと目を開く。
「――領主たる資格は、ありません」
不気味なほど静まり返っていた。
館の門をくぐるや否や、急に天気が崩れ、
今は雨音がやけにうるさく聞こえる。
使用人たちも普段のようにべったりと傍にはつかず、
遠巻きに、物音を立てぬよう仕事をしている。
そんな様子を横目に、
私たちは館の奥にある執務室へと向かっていた。
先頭を歩くガルヴィン卿の拳は固く握られ、
その隣のエレナ夫人は、
表情こそ見えないが、小さく震えているように感じた。
その後に続く、アルベルトとミレイアは、
ブツブツと文句を垂れ流している。
時折お互いの言葉に表情を歪ませ睨み合うも、
舌を打ち鳴らしてすぐに顔を背けていた。
「……ふざけるなよ!」
執務室に入るなり、
沈黙を破ったのは、アルベルトだった。
「名家ローディアの地位に目がくらんだ、
あの女が悪いんだろうが!」
私を睨みつけ、吐き捨てるように言う。
「冷たい顔で突っ立って、
愛想のひとつも向けられない癖に、
被害者面して、俺を悪者にして……!」
――真実の愛を貫いた英雄気取り。
その自己陶酔が、痛々しい。
「アルベルト」
低い声が、部屋に響く。
ガルヴィン卿だ。
「もういい加減にしろ」
「親父殿まで、何だって言うんだ!
俺は、好きな女を選んだだけだ!
政略結婚がそんなに偉いのかよ!」
「その“選択”が、
何を失わせたのか――まだ分からんのか」
そう言って、アルベルトに向かって一歩前に出る。
「先ほど、解散を言い渡した直後、
いくつもの商会から、我が家との取引を取りやめると言われたよ」
「……は?」
「落ち目のローディアが、アルヴェーン家との縁談を切るのであれば、
もはや未来はないだろう、とな」
言いようのないガルヴィン卿の迫力に、
アルベルトはひるみ、一歩後ずさった。
「なん……で。
我がローディア家はずっと、豊かな名家のはずだろう?」
動揺しているのだろう。
いつもの自信はそこにはなく、声がか細く震えている。
言葉に詰まるガルヴィン卿に、アルベルトは堰を切ったように食って掛かった。
「そんな急に落ちぶれたりするものか!
さては、あんたがしょーもない事業でも失敗したんだろう!?」
バチンッ――
乾いた音が響いた。
エレナ夫人がアルベルトの頬をひっぱたいたのだ。
不意な出来事に、叩かれた頬に手を添えたまま、
アルベルトは言葉を失い、固まった。
「どうして、自分のせいだとわからないの!」
「俺の……せい?」
夫人は言うと、両手で顔を覆い、
その場に泣き崩れた。
ガルヴィン卿は、小さく息を吐き、
妻であるエレナ夫人を抱き寄せた。
「領民の目も、完全に変わった。
お前が思っている以上に、
ローディア家は、崖の縁に立っているのだ」
事態がまだ呑み込めていないのだろう。
アルベルトは、
口をパクパクとさせたまま、呆けている。
そこへ、ミレイアが甲高い声を上げる。
「ち、ちょっと待ってよ!
そんな話、聞いてない!」
彼女はアルベルトの腕を掴み、激しく揺さぶった。
「崖の縁って……
私は、裕福な次期領主の妻になれるって聞いてたのよ!?」
立て続けのできごとに、感情が抑えられないのだろう。
彼女の金切り声が、室内に響く。
「話が違うじゃない!
没落貴族にしかなれないなら、
あんたと結婚する意味なんてない!」
「なっ……!?
なんだと、女風情がっ!」
愛だのなんだのと言っていた言葉は、
もうどこにもなかった。
「あーっ、もう!
全部、全部よ!」
ミレイアは表情を歪ませながら、今度は私を指差す。
「あなたが来なければ、
こんなことにならなかったのよ!」
責める矛先が、こちらに向けられる。
この心優しい両親が、これだけ伝えているのに、
この二人には何一つ響かない。
(……たった数日だけど、誠意を尽くしてくれたご両親に、
せめて私に出来る義を返すべきね)
私は、静かに息を吸った。
そして。
この家で初めて、
はっきりと口を開いた。
「……アルベルト様」
私の声に、全員の視線が集まる。
「あなたは、気づいていますか」
ゆっくりと、言葉を紡ぎ、
一歩、前に出る。
「このローディア家が、
今どんな状況に置かれているのか。
どうしてこうなってしまったのかを」
アルベルトが、何か言い返そうとしたが、
私は構わず言葉を続けた。
「領民のために、
“冷徹女”と呼ばれる私にまで頭を下げ、
再興のために尽力してきた、
あなたのご両親の想いを」
ガルヴィン卿とエレナ夫人が、息を呑む。
「あなたがどれほど道楽に明け暮れていても、
それでも今日、婚約発表の場に集まってくれた、
心優しい領民たちの期待を」
その言葉に、
アルベルトとミレイアの顔が歪んだ。
敵意を隠そうともしない視線が向けられる。
それでも、私は目を逸らさない。
改めて居住まいを正し、
静かに、言葉を紡いだ。
「どれかひとつでも――
理解していましたか?」
たじろぐ二人。
短い沈黙が続く。
私は、目をつむり――
「たかが数日、ここで過ごしただけの私に分かったことが、分からない。
分かろうともしないあなたに」
ゆっくりと目を開く。
「――領主たる資格は、ありません」
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
悪役令嬢に相応しいエンディング
無色
恋愛
月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。
ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。
さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。
ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。
だが彼らは愚かにも知らなかった。
ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。
そして、待ち受けるエンディングを。
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
誰でもよいのであれば、私でなくてもよろしいですよね?
miyumeri
恋愛
「まぁ、婚約者なんてそれなりの家格と財産があればだれでもよかったんだよ。」
2か月前に婚約した彼は、そう友人たちと談笑していた。
そうですか、誰でもいいんですね。だったら、私でなくてもよいですよね?
最初、この馬鹿子息を主人公に書いていたのですが
なんだか、先にこのお嬢様のお話を書いたほうが
彼の心象を表現しやすいような気がして、急遽こちらを先に
投稿いたしました。来週お馬鹿君のストーリーを投稿させていただきます。
お読みいただければ幸いです。
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
あの日々に戻りたくない!自称聖女の義妹に夫と娘を奪われた妃は、死に戻り聖女の力で復讐を果たす
青の雀
恋愛
公爵令嬢スカーレット・ロッテンマイヤーには、前世の記憶がある。
幼いときに政略で結ばれたジェミニ王国の第1王子ロベルトと20歳の時に結婚した。
スカーレットには、7歳年下の義妹リリアーヌがいるが、なぜかリリアーヌは、ロッテンマイヤー家に来た時から聖女様を名乗っている。
ロッテンマイヤーは、代々異能を輩出している家柄で、元は王族
物語は、前世、夫に殺されたところから始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる