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地の利
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私はレーウとしてのドレスを脱ぎ捨て、ナタリアとしてのドレスに身を包んでいた。
王都の北端、石畳が割れ煤けた煙突から絶えず黒煙が立ち上るスラムに近い一角。
そこに古びた不自然なほど頑丈な扉を持つ民家があった。その扉を叩いた。
「……合言葉」
「みんなで渡れば怖くない」
重い鉄のような何かが外される音がし、私は暗い室内へと足を踏み入れる。地下へと続く階段を降りた先には冷たく開けた空間が広がっていた。机の上には王都の地下水道からアマンニ公爵邸の通気口に至るまでの精緻な見取り図が貼られ、魔導式の通信機が鈍い光を放っていた。
「遅かったなレーウ嬢。いや、今はナタリア嬢だったか」
不敵な笑みを浮かべていたのはドッターという男だ。この王国の自警団を束ねる若きリーダーであり、同時に貴族社会の不正を暴き立てることに執念を燃やす実業家でもあった。彼は平民だがその頭脳はそこらの宮廷官僚よりも遥かに冷徹で合理的だ。
「いつもと別人みたいに見えるぜ」
「私にかかればこのぐらいの術を施すくらい造作もない事ですわ」
「あんたの家の執事共を巻くのに苦労したか?」
「執事の半分は私の息がかかった者です。問題なのは王宮から派遣された監視役の方でしたが……」
「それもハイベルクへの未練に狂い教会で祈りを捧げているという筋書きで上手く処理してきましたわ」
私がテーブルに歩み寄ると、周りにいた自警団の男達が敬意とそしてどこか畏怖の混じった視線を向けてくる。彼らにとって私は単なる貴族ではない。自分たちの活動資金を供給しさらに国家レベルの犯罪の証拠を情報として与えてくれる、頼りがいのあるパートナーなのだ。
「いい度胸だ。さあ作戦の最終確認をしようぜ。地の利は完全にこちら側にある」
ドッターがテーブルに広げられたアマンニ公爵邸の図面を指差した。
「アマンニの爺さんは今回の舞踏会を新時代への祝砲にするつもりだ。帝国の息がかかった傭兵どもを警備の名目で邸内に引き入れている。その数およそ五十。狙いは舞踏会の最中にハイベルク騎士団長を拘束し、国を売る内容の誓約書を晒して主導権を握ることだ」
私はその図面を冷徹な目で見つめる。
「……五十人。想定の範囲内ですわ。ですがその傭兵たちの配置に穴を作らなければなりません。ドッター、貴方の手下達は当日の給仕と外周の予備警備として潜り込ませていますね?」
「ああ、アマンニの爺さんの強欲が功を奏した。正規の衛兵を雇うより俺達が提示した格安の警備会社の方が魅力的だったらしい」
「当日会場の配電盤を管理するのは俺の仲間だ。合図とともに全系統を遮断する……真っ暗闇の中であんたはどう動く?」
私は腰に隠した小型の魔導具——レーウ家が密かに開発してきた夜視用のゴーグル——を机に置いた。
「私はランダ・イリサールの背後に回ります。彼女の執事が隠し持っている本物の帝国通信記録……それを彼女自身に握らせた状態で照明を復旧させる。彼女がハイベルクを救うフリをしながら実はハイベルクを売るための証拠をその手に持っているという構図を会場にいる全貴族の目に焼き付けさせるのです」
ドッターが口笛を吹いた。
「凄いな。ただの逮捕じゃなく社会的抹殺ってわけだ」
「当然です……彼女達は自分達が主役の悲劇を演じているつもりでしょうけれど。
私にとってはこれは単なる不純物の排除に過ぎませんの……ドッター、会場の北側の三番目の非常扉の鍵は?」
「……既に手を付けてある。合図があれば外で待機している反アマンニ派の騎士団も一気になだれ込む」
私たちは一秒の狂いも許されない作戦のタイムラインを何度も何度も確認した。
ランダがダンスを踊る時間、アマンニ公爵が演説を始めるタイミング、そしてハイベルクが油断し背中を見せる一瞬。
「想定外の事態が起きた場合は?」
「その時は……私がこの手で直接舞台を終わらせるだけですわ」
ドレスの下に隠した小さな鋼の短剣を確かめる。没落した伯爵家の誇りは剣ではなくこの冷徹なまでの計略にある。テーブルを囲む自警団の男たちがゴクリと唾を呑んだ。地下室に響くのは機械時計が時を刻む静かな音だけとなった。
「さあ準備は整いました。あとは彼らが舞台の上で見事に踊ってくれるのを待つだけですわね」
私は地下室を去る際一度も振り返らなかった。冷たい夜風が頬を打つ。
アマンニ公爵、ランダ、ハイベルク。貴方達が積み上げてきた虚飾という名の城を。
その最期を……。
一番近くで看取って差し上げますわ。
王都の北端、石畳が割れ煤けた煙突から絶えず黒煙が立ち上るスラムに近い一角。
そこに古びた不自然なほど頑丈な扉を持つ民家があった。その扉を叩いた。
「……合言葉」
「みんなで渡れば怖くない」
重い鉄のような何かが外される音がし、私は暗い室内へと足を踏み入れる。地下へと続く階段を降りた先には冷たく開けた空間が広がっていた。机の上には王都の地下水道からアマンニ公爵邸の通気口に至るまでの精緻な見取り図が貼られ、魔導式の通信機が鈍い光を放っていた。
「遅かったなレーウ嬢。いや、今はナタリア嬢だったか」
不敵な笑みを浮かべていたのはドッターという男だ。この王国の自警団を束ねる若きリーダーであり、同時に貴族社会の不正を暴き立てることに執念を燃やす実業家でもあった。彼は平民だがその頭脳はそこらの宮廷官僚よりも遥かに冷徹で合理的だ。
「いつもと別人みたいに見えるぜ」
「私にかかればこのぐらいの術を施すくらい造作もない事ですわ」
「あんたの家の執事共を巻くのに苦労したか?」
「執事の半分は私の息がかかった者です。問題なのは王宮から派遣された監視役の方でしたが……」
「それもハイベルクへの未練に狂い教会で祈りを捧げているという筋書きで上手く処理してきましたわ」
私がテーブルに歩み寄ると、周りにいた自警団の男達が敬意とそしてどこか畏怖の混じった視線を向けてくる。彼らにとって私は単なる貴族ではない。自分たちの活動資金を供給しさらに国家レベルの犯罪の証拠を情報として与えてくれる、頼りがいのあるパートナーなのだ。
「いい度胸だ。さあ作戦の最終確認をしようぜ。地の利は完全にこちら側にある」
ドッターがテーブルに広げられたアマンニ公爵邸の図面を指差した。
「アマンニの爺さんは今回の舞踏会を新時代への祝砲にするつもりだ。帝国の息がかかった傭兵どもを警備の名目で邸内に引き入れている。その数およそ五十。狙いは舞踏会の最中にハイベルク騎士団長を拘束し、国を売る内容の誓約書を晒して主導権を握ることだ」
私はその図面を冷徹な目で見つめる。
「……五十人。想定の範囲内ですわ。ですがその傭兵たちの配置に穴を作らなければなりません。ドッター、貴方の手下達は当日の給仕と外周の予備警備として潜り込ませていますね?」
「ああ、アマンニの爺さんの強欲が功を奏した。正規の衛兵を雇うより俺達が提示した格安の警備会社の方が魅力的だったらしい」
「当日会場の配電盤を管理するのは俺の仲間だ。合図とともに全系統を遮断する……真っ暗闇の中であんたはどう動く?」
私は腰に隠した小型の魔導具——レーウ家が密かに開発してきた夜視用のゴーグル——を机に置いた。
「私はランダ・イリサールの背後に回ります。彼女の執事が隠し持っている本物の帝国通信記録……それを彼女自身に握らせた状態で照明を復旧させる。彼女がハイベルクを救うフリをしながら実はハイベルクを売るための証拠をその手に持っているという構図を会場にいる全貴族の目に焼き付けさせるのです」
ドッターが口笛を吹いた。
「凄いな。ただの逮捕じゃなく社会的抹殺ってわけだ」
「当然です……彼女達は自分達が主役の悲劇を演じているつもりでしょうけれど。
私にとってはこれは単なる不純物の排除に過ぎませんの……ドッター、会場の北側の三番目の非常扉の鍵は?」
「……既に手を付けてある。合図があれば外で待機している反アマンニ派の騎士団も一気になだれ込む」
私たちは一秒の狂いも許されない作戦のタイムラインを何度も何度も確認した。
ランダがダンスを踊る時間、アマンニ公爵が演説を始めるタイミング、そしてハイベルクが油断し背中を見せる一瞬。
「想定外の事態が起きた場合は?」
「その時は……私がこの手で直接舞台を終わらせるだけですわ」
ドレスの下に隠した小さな鋼の短剣を確かめる。没落した伯爵家の誇りは剣ではなくこの冷徹なまでの計略にある。テーブルを囲む自警団の男たちがゴクリと唾を呑んだ。地下室に響くのは機械時計が時を刻む静かな音だけとなった。
「さあ準備は整いました。あとは彼らが舞台の上で見事に踊ってくれるのを待つだけですわね」
私は地下室を去る際一度も振り返らなかった。冷たい夜風が頬を打つ。
アマンニ公爵、ランダ、ハイベルク。貴方達が積み上げてきた虚飾という名の城を。
その最期を……。
一番近くで看取って差し上げますわ。
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