まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ

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特別編2

第13話『父の日のプレゼントを渡しましょう-有栖川家編-』

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 俺の実家でお昼ご飯を食べ終わった優奈と俺は、優奈の父親の英樹さんへの父の日のプレゼントを取りに一旦帰宅した。
 プレゼントを持ち、俺達は琴宿きんじゅく区にある優奈の実家に向けて出発する。
 優奈の実家には午後2時頃に行くと伝えてある。現在は午後1時半なので、高野駅から最寄り駅の琴宿駅までは東京中央線各駅停車で向かうことに。琴宿駅までは快速電車でも行けるけど、各駅停車の方が座れる確率が高いことや7分で行けることから、優奈と一緒に琴宿へ行くときには各駅停車に乗ることが多い。
 進行方向に向かって先頭の車両が来る場所で電車を待つ。隣同士で座れる確率をより上げるためだ。
 それから数分ほどして、琴宿方面に向かう電車が到着する。
 車内に入ると、2席連続で空いている場所がいくつかあった。俺達は入った扉から一番近い空席に隣同士で腰を下ろした。

「今日も座れましたね」
「そうだな。日曜日のお昼過ぎの時間帯だけど座れて良かった。運が良かったな」
「ですねっ」

 優奈はニコッと笑うと、俺にそっと寄り掛かってきた。車内がエアコンで涼しくなっているのもあり、体の柔らかさと一緒に伝わる温もりがとても心地いい。
 それからすぐに、俺達の乗る電車は定刻通りに出発する。

「拓也さんに喜んでもらえて良かったです」
「そうだな。今までで一番嬉しそうだった」
「そうでしたか」
「これも優奈のおかげだよ。ありがとう」
「いえいえ」

 とは言うものの、優奈はとても嬉しそうに見えた。

「次は英樹さんか。英樹さんも喜んでくれるといいな」
「きっと、母の日のときのお母さんのように喜んでくれますよ。プレゼントも私に聞いて買ったものですし」
「ああ。そうなるといいな」

 母の日に彩さんへマカロンをプレゼントしたときと同様に、優奈に英樹さんの好きなものをリサーチした上で父の日のプレゼントを選んだ。
 彩さんにマカロンをプレゼントしたら、彩さんは結構喜んでいたな。英樹さんも彩さんのように喜んでもらえたら何よりだ。
 お昼まで俺の実家にいたときのことや、優奈の家族のことで話が盛り上がったのもあり、琴宿駅に到着するまであっという間だった。電車は特に遅延することなく、定刻通り到着して何よりだ。
 琴宿に来るのは、母の日の前日以来1ヶ月ぶりだ。ただ、優奈と結婚するまでは年に数回程度だったので、久しぶりに来た感覚はそこまでない。
 琴宿駅を出て、俺達は優奈の実家に向かい始める。

「そういえば、和真君と一緒に駅を降りて、すぐにうちに行くのってこれが初めてですよね」
「ああ……確かにそうだなぁ。これまで2回実家にお邪魔したけど、どっちも結婚指輪のことでジュエリーショップへ先に行ったもんな。前回は彩さんへのプレゼントも買ったし」
「そうでしたね。ですから、何だかちょっと新鮮な気分です」
「ははっ、そっか。確かに、新鮮だって言われると……俺もそんな気分になってくる」
「そうですかっ」

 俺も同じ気分になってきたのが嬉しいのか、優奈はニコッとした笑顔を見せる。可愛いな。
 駅前の大通りを少し歩いて、住宅街に入る。
 住宅街に入ると、駅や大通りでの人の多さや喧騒が嘘であるかのように静かになる。ここを歩くのは今日で3回目だけど、ここが都庁もある琴宿とは思えないと毎度思う。

「実家に帰るのは1ヶ月ぶりですから、近所を歩いているとかなり久しぶりな感じがしますね」
「そっか。俺も実家に行くときはそんな感じだった」
「そうですかっ」

 優奈は可愛らしい笑顔で言う。俺と同じような想いを抱けることが嬉しいのかもしれない。
 優奈と歩いていると、近所にある家よりも一回り大きいベージュを基調とした3階建ての優奈の実家が見えてきた。その瞬間、優奈の笑顔は柔らかいものになった。
 優奈が門を開けて、綺麗に整備されたレンガの道を歩き、玄関まで辿り着く。今の時刻は午後1時50分か。2時頃に来ると約束したので、ちょうどいい時間だろう。
 優奈がインターホンを押すと、

『はーい。あっ、お姉ちゃんに和真さん!』

 と、インターホンのスピーカーから陽葵ちゃんの元気な声が聞こえてきた。陽葵ちゃんの明るい笑顔がすぐに頭に思い浮かぶよ。

「優奈です。和真君と一緒に来ました」
「和真です」
『2人ともお待ちしていました。すぐに行きますね!』

 陽葵ちゃんがそう言った直後、家の中から何やら足音が聞こえた。

「お待たせしました!」

 玄関が開くと、そこにはスラックスに半袖のパーカー姿の陽葵ちゃんが。日曜日以来に俺達に会えたからかとても嬉しそうだ。インターホンで応対したところも含めて、午前中の真央姉さんと重なる部分がある。

「お姉ちゃん、おかえり! 和真さん、こんにちは!」
「ただいま、陽葵」
「こんにちは、陽葵ちゃん。約束通り、父の日のプレゼントを渡しに来たよ」
「はいっ。みんな、リビングで2人のことを待っていますよ。どうぞ」
「そうですか。……ただいま」
「お邪魔します」

 俺は優奈と一緒に優奈の実家に入る。
 ここに来るのは3回目だけど、俺の実家のような普通の家よりも高級な雰囲気や上品な感じがあって凄いなぁと思う。
 陽葵ちゃんが用意してくれたスリッパを履き、陽葵ちゃんの案内でリビングに向かう。
 リビングにはスラックスに半袖のポロシャツ姿の英樹さん、ロングスカートに半袖のブラウス姿の彩さん、スラックスに長袖のワイシャツ姿のおじいさんがソファーに座ってゆっくりしていた。インターホンを鳴らしたことや俺達の話し声が聞こえたのもあってか、リビングに入ると、3人はこちらに振り向き、優しい笑顔を見せる。

「お姉ちゃんと和真さんを連れてきたよ」
「お母さん、お父さん、おじいちゃん、ただいま」
「みなさん、こんにちは。お久しぶりです。彩さんは月曜日以来ですね」
「ふふっ、そうね、長瀬君。あのときはアイスコーヒーごちそうさま。おかえりなさい、優奈」
「優奈、おかえり。長瀬君、よく来たね」
「優奈、和真君、よく来たな! 2人に会えて嬉しいぞ! 前に会ったときよりも2人が仲良くなっているのが分かるよ。2人から好き合う夫婦になったと報告を受けたし、彩さんと陽葵からも、2人がラブラブだと聞いている。おじいちゃん感激じゃ……」

 嬉しそうに話すと、おじいさんの目尻には涙が浮かんでいる。おじいさんは優奈のことが大好きだし、スマホを拾った一件もあって恩を抱いている俺とラブラブな夫婦関係になっているのがとても嬉しいのだろう。それに、結婚の話をしたとき、優奈は好き合う夫婦になりたいと言っていたし、俺も初めておばあさんの仏壇に拝むときに言ったから。

「あの、おじいさん。おばあさんに線香を上げてもいいですか? 優奈と好き合う夫婦になれたことを報告したいですし」
「和真君……。私もおばあちゃんに報告したいです」
「もちろんだ。おじいちゃんからも話しているけど、是非、2人からもばあさんに話してくれ」

 おじいさんはとても優しい笑顔でそう言った。
 英樹さんへのプレゼントをリビングのテーブルに置いて、俺達はおばあさんの仏壇があるおじいさんの部屋に向かう。
 ここにいる6人を代表して、俺と優奈がそれぞれ線香に火を点けて、線香立てに立てる。

「おばあちゃん。和真君と好き合う夫婦になれました。今は新居で、大好きな和真君と一緒に楽しく幸せに生活しています」
「俺も幸せです。毎日、優奈と一緒にいられてとても幸せです。これからもずっと大好きな優奈のことを大切にしていきます」

 俺達は遺影のおばあさんに向かってそう話しかけた。
 俺が話しかけた直後、後ろから鼻をすする音が聞こえてくる。きっと、おじいさんだろうな。さっき涙を浮かべていたし。チラッと後ろを見ると……やっぱりおじいさんだった。そういえば、結婚指輪をおばあさんに見せたときもおじいさんは泣いていたな。おじいさんは涙もろい性格なのかもしれない。
 優奈が鐘を鳴らして、6人で拝んだ。優奈を好きであり続け、ずっと大切にしていくと思いながら。
 拝み終わって、俺達はリビングに戻った。今日の目的である父の日のプレゼントを英樹さんに渡すために。
 また、陽葵ちゃんも英樹さんも父親の総一郎さんにプレゼントを用意しているそうで、それぞれプレゼントを取りに行った。

「みんなお待たせ!」
「待たせたね」
「陽葵もお父さんも戻ってきましたから、父の日のプレゼントを渡しましょう」

 優奈はそう言うと、テーブルに置いてある白い紙の手提げを持つ。

「お父さん。父の日のプレゼントです。和真君と結婚して、高野に住んでいますがこれからもよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく。ありがとう」

 優奈は英樹さんに紙の手提げを渡す。
 英樹さんは手提げから、ストライプ柄の青いネクタイが入った箱と、シルバーのネクタイピンを取り出す。その瞬間、英樹さんは「おぉ」と感嘆の声を漏らす。

「ネクタイとネクタイピンだ」
「お父さんはいつもお仕事を頑張っていますし、今日も午前中にお仕事があったと聞いています。なので、お仕事で使えるものを思い、その2つにしました。それに、お父さんは青系の色やシルバーが好きですから」

 優奈はいつもの優しい笑顔でそう言う。
 木曜日の放課後にプレゼントを買うときも、優奈は今のようなことを言って、あのネクタイとネクタイピンを選んでいたな。
 選んだ理由を聞いたのもあってか、英樹さんはとても嬉しそうな笑顔になる。

「嬉しいよ、優奈。ありがとう。青系やシルバーが好きだからとても嬉しいよ」
「あなたは寒色系やシルバー好きだものね」
「ああ。さっそく明日の仕事のときに使わせてもらうよ。大切にする」
「はいっ」

 優奈は嬉しそうに返事した。妻の嬉しそうな笑顔を見て、俺も嬉しい気持ちになる。
 良かったな、と優奈に言うと、優奈は再び「はいっ」と嬉しそうに言ってくれた。

「次は……俺でもいいかな、陽葵ちゃん」
「いいですよ、和真さん」
「ありがとう」

 俺はテーブルの上にある黒い手提げを持つ。

「優奈に英樹さんの好きなものを訊いたら、コーヒーがとてもお好きだと伺いました。なので、俺からはインスタントコーヒーセットを。義理ではありますが、これからもよろしくお願いします」
「ああ。よろしくね、長瀬君」

 英樹さんは俺から手提げを受け取り、インスタントコーヒーセットの箱を取り出す。箱の蓋を開けると、英樹さんは優奈のときと同じく「おぉ」と声を漏らした。

「このコーヒーブランド、昔から愛飲しているよ」
「そうなんですね」
「学生のときからインスタントコーヒーや缶コーヒーが大好きなんだ」
「付き合っているときから、あなたはよく缶コーヒーを買ったり、インスタントコーヒーを飲んだりしているものね」
「ああ。豆を挽いたり、ドリップしたりするコーヒーも好きだけど、インスタントコーヒーや缶コーヒーも好きなんだ。新発売したら、コンビニや自販機で一度は必ず買うんだ」
「そうなんですね。俺もコーヒーは好きで、新発売のものを見かけたら買うことが多いです」
「そうなんだ。気が合いそうだね。長瀬君、ありがとう。この後、さっそくいただくよ」
「はい」

 優奈に好みを聞いた上でプレゼントを選んで正解だったな。喜んでもらえt嬉しい。あと、俺と同じで、インスタントコーヒーや缶コーヒーが結構好きだと分かったことも。

「じゃあ、最後はあたしからね。お父さん、これからもよろしくね!」

 陽葵ちゃんは元気良く言うと、英樹さんに水色の小さな袋を渡す。プレゼントらしく青いリボンで結ばれている。
 英樹さんはリボンを解くと、中から紺色のハンカチを取り出す。

「おぉ、ハンカチだ」
「仕事プライベート問わず普段使いできるし、これから暑くなるからね。色はお姉ちゃんの言う通り、お父さんは青系が好きだから紺色にしたよ」
「なるほどな。いいハンカチだ。ありがとう。……よし。明日の仕事では娘達にプレゼントされたものをフル装備するぞ。あと、長瀬君がくれたこのインスタントコーヒーをいくつか持って行って、仕事中に淹れるか」

 優しく笑いながら英樹さんはそう言うけど、英樹さんの目は結構キラキラしている。俺達からのプレゼントがとても嬉しかったのだろう。

「いいものをプレゼントしてもらえて良かったじゃないか、英樹」
「ああ。幸せ者だよ。3人とも素敵なプレゼントをありがとう。娘達のプレゼントは大切にして、長瀬君のプレゼントは美味しくいただくよ」

 依然として優しい笑顔で、英樹さんは俺達3人のことを見ながらそうお礼を言ってくれた。英樹さんに喜んでもらえて良かった。

「あと、きっかけは父さんの思いつきだけど、優奈が長瀬君と結婚して幸せに暮らしていて、久しぶりに2人の顔を見られたのも、俺にとっては立派な父の日のプレゼントだよ。2人とも、これからも幸せに暮らしていってね。長瀬君、優奈をよろしく」
「はい」
「お父さんがそう言ってくれて嬉しいです。あと、拓也さんも同じようなことを言っていました」
「ははっ、そっか。長瀬さんも言っていたか。同じ父親だから、同じようなことを考えるのかもしれないね」

 英樹さんは穏やかな笑顔でそう言った。そのことで、リビングの中は笑いに包まれる。
 英樹さんもうちの父さんも、結婚した俺達の父親であること。あと、穏やかな性格で落ち着いているところも似ているからなぁ。俺達のことに関しては、自然と同じような想いになりやすいのかもしれない。

「じゃあ、次は俺から父さんに父の日のプレゼントを。仕事でもプライベートでもこれからもよろしく、父さん」
「ああ、よろしく」

 英樹さんは少し大きめの白い紙の手提げを、おじいさんの前に差し出す。
 おじいさんは手提げから白い箱を出す。重いのか、出すときにおじいさんは「よいしょ」と声を漏らしていた。立派そうに見えるけど、いったいどんなものをプレゼントしたのだろうか。
 おじいさんは箱の蓋を開ける。すると、中には2本の瓶が入っていた。見た感じ……これはワインだろうか。

「おぉ、赤ワインと白ワインか」
「父さんは赤白問わずワインが好きだからさ。紅白ワインセットとして売っていたこれを選んだよ」
「なるほど。これは嬉しいのぉ。紅白で縁起がいいし。ありがとう。さっそく今夜、どちらかのワインをいただこう。英樹と彩さんも一緒に」
「父さんがそう言うのなら」
「今夜、一緒にいただきましょう」

 英樹さんと彩さんはおじいさんの誘いに快諾した。そのことにおじいさんも嬉しそうだ。有栖川家でも、今夜は大人達がプレゼントされたお酒を楽しむようだ。
 俺も大人になってお酒が呑めるタイプだったら、プレゼントのお酒を一緒に楽しむようになるのかな。

「あと、今日は父の日だが……孫夫婦に一つ、おじいちゃんからお願いがある」
「何ですか? おじいちゃん」
「どんなことでしょう?」
「2人がキスするところを見てみたいっ! 好き合う夫婦になったと聞いたが、2人のキスシーンをおじいちゃんはまだ一度も見ていないからなっ! いつかやる結婚式では確実にするが、おじいちゃんはこの場で見ておきたいのだっ!」

 とってもワクワクとした様子でそう言うおじいさん。
 そういえば、まだ……おじいさんの前では優奈とキスしたことがないな。英樹さんがさっき言った通り、おじいさんが優奈と俺を結婚させようと考えなければ、今、俺達が好き合う夫婦という関係にはなっていなかっただろう。

「優奈。俺は……優奈さえ良ければキスしてもいいぞ」
「いいですよ。では……キスしましょう」
「ああ、分かった」

 そして、俺から優奈にキスする。
 優奈と俺の唇が重なった瞬間、「おぉーっ!」というおじいさんの大きな声や、「きゃあっ」という陽葵ちゃんの黄色い声が聞こえた。
 数秒ほどして唇を離すと、大きな拍手の音が聞こえた。その音がする方を見ると、おじいさんがとても嬉しそうに拍手していた。陽葵ちゃんと彩さん、秀樹さんも笑顔で俺達を見ていた。

「ブラボー!! とてもいいキスじゃった! 今年の敬老の日のプレゼントはこれで十分じゃ……」
「敬老の日にはちゃんとプレゼントを用意しますよ、おじいちゃん」
「俺も用意します」
「あたしも用意するね、おじいちゃん!」
「ありがとう。いい孫達じゃ……」

 おじいさんは再び泣きそうになっている。この様子だと、敬老の日で俺達や陽葵ちゃんがプレゼントしたら号泣するんじゃないだろうか。
 彩さんと陽葵ちゃんが一緒にカップケーキを作ったとのことで、その後は6人で一緒にリビングでいただくことに。飲み物はアイスコーヒーだけど、英樹さんは俺のプレゼントしたインスタントコーヒーを作っていた。
 彩さんと陽葵ちゃんが作ったカップケーキは、甘くてふわふわとした食感でとても美味しい。アイスコーヒーも美味しくて。
 英樹さんは俺がプレゼントしたアイスコーヒーをとても美味しそうに飲んでいた。その姿を見て、俺は嬉しい気持ちになった。
 長瀬家にも有栖川家にも共に父の日のプレゼントを渡せて、喜んでくれて良かった。来年以降も、父の日にも母の日にもプレゼントを贈りたいと思う。
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