ルピナス

桜庭かなめ

文字の大きさ
76 / 302
第3章

第10話『裏切り』

しおりを挟む
 強い雨音が聞こえてくる。この音の中に、咲が流した涙の音も混じっているのだろうか。
 自分の応援をしてくれたはずの紅林さんが、自分自身の最終演説と称して俺に告白をし、自分の目の前でキスをした。それを一言で言えば――。

「裏切ったの? あたしのことを……」

 声を震わせながら、咲は紅林さんに向かって言う。
 そんな咲の言葉に対して、紅林さんは咲に申し訳なさそうにするどころか、彼女のことを嘲笑ったような態度を取る。

「簡単に言えばそうなるねぇ。咲、覚えておいた方がいいよ。恋ってそんなに綺麗なことじゃないって。3年間も直人君の話をされれば、私だって彼のことが気になって当然なの」
「……だけど、杏子はあたしを応援するって言ってくれた。あれも嘘だったの? そんなの、信じたくないよ」

 自分にとってとても悲しい現実を目にしても、咲は紅林さんのことを信じようとしているんだ。応援すると言ってくれたときの彼女の心は優しいものだったと。

「咲を応援する気持ち? そんなの抱いたことすらない」

 紅林さんは咲の気持ちを一蹴する。

「最初こそは一途だなって思ったわよ。でもね、そんな話をされ続けると普通にウザいだけっていうか。直人君の話を聞いている時間が無駄だと思うくらい」
「……嫌な想いさせちゃったんだね。ごめんね、杏子」

 咲が涙を流しながら謝るけど、紅林さんは聞く耳を持たないという感じだ。

「過ぎた時間は決して戻らない。咲に嫌な想いをさせたくてたまらなかった。それで真っ先に思いついたのが、咲の好きな人である直人君を先に取っちゃうこと。実際に会って話してみたら、とても魅力的で咲が好きになるのも分かった。私も彼のことが好きになった。好きな人に告白して何が悪いの?」

 好きな人に自分の想いを告白する。それは何も悪くないことだ。
 でも、紅林さんは告白の裏に咲を傷つけるという思惑がある。だから、彩花、渚、そして咲からの告白に比べて、紅林さんの告白は全然心に響かなかった。
 紅林さんは再び俺のことを見つめる。

「直人君、私と付き合って。付き合ってくれないと、私、死んじゃうかもしれない」

 その言葉にドクッ、と嫌な鼓動が体中に響き渡る。妙な寒気を感じ始め体が震えてくる。

「そうだよね。2年前に、自分のことが好きな女の子を振ったら、その直後にその子が死んじゃったんだよね。怖いよね。自分のせいでその子が死んだのかもしれないし」
「それは違う! 彼女は本当に事故で亡くなって、亡くなる直前に助けようと頑張った友達に、直人を諦められないって言っていたの! まるで、直人が振ったせいで彼女が亡くなったように言わないで!」
「……だったら、どうして直人君の顔色が悪くなったのかな。それって、自分のせいで彼女が亡くなったと認めているようなものでしょ?」

 紅林さんの言葉は俺の心を容赦なく抉ってくる。そのせいで冷や汗を掻き、段々と息苦しくなってくる。

「もう二度と同じ想いはしたくないでしょ。私はあなたなしでは生きていけないくらいに好き。愛してる。だから、私と付き合うって決断を下して。今日までだよね。咲の設定した決断のリミットは」

 俺の気持ちを自分に向けたいがために、紅林さんは俺にキスしてくる。それはとても冷たくて、気持ちがどんどん沈んでいく。

「やめてよ……」
「……嫌な想いを存分に味わいなさい。彼は私の告白に断れない。どう? 自分の恋を応援してくれると思っていた人が、自分の好きな人のことを奪ってゆく様を見て」
「いやっ、いやっ……!」
「藍沢君の恋人でもない癖に、何を言っているんだか。嫌だって言う権利ないでしょ」

 ふふっ、と紅林さんは咲のことを嘲笑う。
 恋人になってほしいという気持ちを断ることは今でも怖い。そのせいで誰かが傷付いてしまうような気がして。
 けれど、今は……俺が紅林さんの恋人になることで、傷付いてしまうことの方が大きい気がするんだ。
 そんなことを考えていると、紅林さんはまた俺にキスしてきて、その流れで首筋を舐めてくる。

「いやあああっ!」

 咲の叫びを聞いて俺の心は決まった。

「……ならない」
「えっ?」

 俺は紅林さんの体を離して、彼女を席に座らせる。

「俺は紅林さんの恋人にはならない」

 そう、紅林さんの恋人にはならないことだ。彼女を振ることに対する怖さよりも、咲の心を傷つけた怒りの方が勝ったから。

「私の恋人にならない? 断ったら私がどうなるか……」
「俺の恋人にならなきゃ死ぬって堂々と宣言するような子は、本当にそんなことしないと思うよ。本当に死ぬような人間は、そんなこと言わない」

 例えば、そう……唯のように。必死に涙を堪えながら、精一杯に笑って見せたりするような。あの笑みを見たから、俺は2年前の真実を知っても、唯は自分のせいで死んだのかもしれないと思ってしまうんだ。

「それに、紅林さんを付き合うことで傷付く方がよっぽど大きいから。君の思い通りにさせられて、俺のことを一途に想ってくれた人を傷つけたくない」

 そんなことを考える紅林さんはとても醜く見えた。俺のことが好きな気持ちが本当だからこそ尚更だ。

「俺みたいな人間が言えるようなことじゃないけど、例え親友の好きな人が自分も好きになったとしても、好きな気持ちを悪いことに使うべきじゃない。好きな気持ちはとても純情で真っ直ぐなものなんだから」

 だからこそ、俺のことが好きだという気持ちを、咲を傷つけることに利用することがとても愚かに見えたんだ。

「……今の紅林さんとは付き合う気にはなれない」

 俺がそう言っても、紅林さんは俯いているだけで無言のままだった。そして、何も言わずに彼女は教室を後にした。

「……咲、そういうことだから。安心しろ」

 咲の嫌がるような流れにはならなかった。
 しかし、それでも咲の心には大きな傷が刻み込まれてしまったに違いない。今まで信じていた紅林さんに裏切られたのだから。
 咲は無表情で俺に何も言わぬまま立ち去っていく。彼女の後ろ姿からは悲しみ、怒りなどの感情がひしひしと感じたのであった。
 俺以外には誰もいない教室には、先ほどよりも強くなった雨音が無情に響き渡っていたのであった。


 紅林さんの告白を断る決断はできたものの、彩花、渚、咲の誰を恋人にするのか。それとも、誰とも付き合わないのか。咲の設けたリミットである今日中に決断を下すことはできなかったのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。  とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。  ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。  お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!  ※特別編2が完結しました!(2025.9.15)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

管理人さんといっしょ。

桜庭かなめ
恋愛
 桐生由弦は高校進学のために、学校近くのアパート「あけぼの荘」に引っ越すことに。  しかし、あけぼの荘に向かう途中、由弦と同じく進学のために引っ越す姫宮風花と二重契約になっており、既に引っ越しの作業が始まっているという連絡が来る。  風花に部屋を譲ったが、あけぼの荘に空き部屋はなく、由弦の希望する物件が近くには一切ないので、新しい住まいがなかなか見つからない。そんなとき、 「責任を取らせてください! 私と一緒に暮らしましょう」  高校2年生の管理人・白鳥美優からのそんな提案を受け、由弦と彼女と一緒に同居すると決める。こうして由弦は1学年上の女子高生との共同生活が始まった。  ご飯を食べるときも、寝るときも、家では美少女な管理人さんといつもいっしょ。優しくて温かい同居&学園ラブコメディ!  ※特別編11が完結しました!(2025.6.20)  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ
恋愛
 高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。  あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。  3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。  出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!  ※特別編5が完結しました!(2025.7.6)  ※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

恋人、はじめました。

桜庭かなめ
恋愛
 紙透明斗のクラスには、青山氷織という女子生徒がいる。才色兼備な氷織は男子中心にたくさん告白されているが、全て断っている。クールで笑顔を全然見せないことや銀髪であること。「氷織」という名前から『絶対零嬢』と呼ぶ人も。  明斗は半年ほど前に一目惚れしてから、氷織に恋心を抱き続けている。しかし、フラれるかもしれないと恐れ、告白できずにいた。  ある春の日の放課後。ゴミを散らしてしまう氷織を見つけ、明斗は彼女のことを助ける。その際、明斗は勇気を出して氷織に告白する。 「これまでの告白とは違い、胸がほんのり温かくなりました。好意からかは分かりませんが。断る気にはなれません」 「……それなら、俺とお試しで付き合ってみるのはどうだろう?」  明斗からのそんな提案を氷織が受け入れ、2人のお試しの恋人関係が始まった。  一緒にお昼ご飯を食べたり、放課後デートしたり、氷織が明斗のバイト先に来たり、お互いの家に行ったり。そんな日々を重ねるうちに、距離が縮み、氷織の表情も少しずつ豊かになっていく。告白、そして、お試しの恋人関係から始まる甘くて爽やかな学園青春ラブコメディ!  ※夏休み小話編2が完結しました!(2025.10.16)  ※小説家になろう(N6867GW)、カクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想などお待ちしています。

処理中です...