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第3章
第26話『決戦-Last Quarter-』
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金崎の怒濤の追い上げによって、2点差までに追いつかれた。
第3クォーターから広瀬さん中心の攻撃ではなく、全員による攻撃に変わった。そのことによって、今度はこっちが踊らされる番になってしまった。
「凄かったですね、渚先輩。第2クォーターまでとは大違いでした」
「そうだね。金崎は全員で戦うようになった。だから、私達の裏をかくような攻撃が何度もあった」
「つまり、第2クォーターまでの金崎の立場になっていたということですね」
「その通りだね、すずちゃん」
あの感覚を最初から第2クォーターが終わるまで味わった金崎は、かなり焦ったに違いない。そこからここまで持ち直すなんて。やっぱり金崎は凄いチームだ。
きっと、金崎はこの勢いを保ったまま、全員による攻撃で最終クォーターに挑むはず。そんな金崎にはやっぱり、こっちも全員で点を取りに行かないと。
「攻撃こそ最大の防御。向こうが全員で点を取りに行くはずだから、こっちも全員で点を取り行くしかない」
「そうですね、渚先輩。金崎高校に勝つにはそれしかなさそうですね」
「全員で勝って、藍沢先輩を渚先輩と彩花ちゃんのものにしちゃいましょう」
「……そ、そうだね」
正確には、広瀬さんが直人から手を引くだけなんだけど。
私は月原高校の応援席にいる直人達のことを見る。彩花ちゃんと一ノ瀬さんは一生懸命応援しているみたいだけど、直人は険しい表情でコートの方を見ている。この試合を見て、複雑な想いを抱いているかもしれない。
でも、この試合が終われば、そんな想いをする必要はなくなる。そして、月原が勝利すれば今まで通りの生活に戻る。そうなったら、直人に振り向いてもらえるように頑張っていこう。
「彩花ちゃんとまた直人のことで争えるように、頑張らないとね」
最終クォーターに全てを賭ける。私1人だけじゃなくて、女バス全員で。そして、私達を支えてくれた彩花ちゃん達と一緒に金崎に勝ってみせる。
「よし、行こう!」
最終クォーターに向けて、私達はコートの中に入る。
ジャンパーなのでコートのセンターに向かうと、そこには広瀬さんが既に立っていた。彼女は私の顔を見ると、ふっと笑った。
「泣いても笑ってもこれが最後。悔いのない試合をしましょう」
「お互いに全力を尽くせば、きっと悔いのない試合になるよ。でも、私達が勝って、笑って、嬉し涙を流すつもりだから」
私がそう言うと、ふふっ、と広瀬さんは声に出して笑った。そんな彼女は今までよりも一番、余裕があるように見える。第3クォーターで掴んだ勢いが、彼女をそうさせているのか。
「……奇遇ね。あたしもそう思っていたの。でも、あたしにはね……あなた達に悔し涙を流させたい気持ちもあるけれどね」
「その気持ちが足かせにならないといいね」
「そういう風に言えるのは今のうち。絶対に逆転勝利をして、直人をあたしの恋人にする。直人にこれ以上、苦しい想いはさせない」
「……そう。私だってこの試合に勝って、直人にはまたゆっくりと考えてほしいと思ってる。広瀬さんみたいに急がせることは絶対にしない。それが、彩花ちゃんと決めたことだから」
いつの間にか、試合のことから直人のことに話題が移ってしまっていた。広瀬さんも同じことを思っていたみたいで、私達はつい笑ってしまう。
「本当にあたし達って直人のことが好きなのね」
「そうだね。だから、笑っていられる」
「……でも、だからこそこの最終クォーターは、金崎の持っている全ての力を出して月原に勝つつもり」
「こっちもだよ。全員で本気になって優勝してみせる」
泣いても笑ってもこれが最後だ。後悔をしないように、そして優勝するために、全員でこの最終クォーターを戦い抜く!
「それでは、最終クォーターを開始します!」
主審の一声で身が引き締まる。
ジャンプボールをする前に私はチームメイトのことを見る。
すると、みんなは私のことを笑顔で見て一度、頷いた。みんなが勝利に向かって心を1つにしていると分かる。これなら、絶対に金崎高校に勝てるだろう。
「ジャンパーの2人はこちらに立ってください」
私と広瀬さんは主審を挟む形で、向かい合って立つ。
そして、運命の最終クォーターが始まった。
「香奈ちゃん!」
これまでと同じように、ジャンプボールには私が最初に手を触れ、今回は香奈ちゃんにボールを渡した。
「すずちゃん!」
「うん、任せて!」
香奈さんも周りを見て判断する力がついてきたようで、ボールを受け取るとすぐにすずちゃんにパスした。
そして、パスを受け取ったすずちゃんはゴール近くまでドリブルをすると、迷う様子は一切見せずにシュートを決める。
「すず、ナイス!」
「香奈ちゃんもナイスアシスト!」
よし、まずは1本決めた。やっぱり、この1年生コンビは頼もしい。
「2人ともいいよ! この調子でいこう!」
2人に激励の言葉をかける。私も彼女達の先輩としてどんどん攻撃をする姿を見せていかないと。
「気にしないで! どんどん点を取りに行くよ!」
差を広げられたにもかかわらず、広瀬さんはメンバーに鼓舞するような言葉をかける。
そこからは互いに点を入れ合う展開になっていく。こちらが得点をすればすかさずに金崎も点を入れていく。
しかし、第3クォーターの勢いが今でも続いているのか、時間が経つにつれて金崎が差を詰めてきた。
ついに、残り1分を切って、
月原 81- 83 金崎
金崎高校に逆転され、この試合、初めてのリードを奪われる展開となってしまう。
金崎の全員による攻撃が本当に凄い。さすがは去年もインターハイに出場し、今年もこの予選突破筆頭の高校だけある。チームの総合力も凄いけれど、何よりも、
「このまま、月原を突き放して金崎が優勝するよ!」
体中から汗を流して、圧倒的な気迫で私のことを見る広瀬さん。彼女の実力はチームの誰よりも突出しているし、彼女がいなければ金崎の実力をここまで発揮することはなかったと思う。金崎のメンバーも広瀬さんに応えようと一生懸命みたいだし。
私はそんな広瀬さんよりも実力があるかどうかは分からない。でも、この試合に勝ちたいと気持ちと、直人のことが好きな気持ちは絶対に負けてない! 負けたくない!
「絶対にそれは阻止する。優勝するのは月原! 私達なんだから!」
香奈ちゃんがボールを取ったと分かった瞬間、私はゴールの方に向かって走り出す。
香奈ちゃんは一瞬、すずちゃんの方を見てボールを出そうとするけど、
「先輩!」
私に素早いパスを出してきた。しかし、それ故にゴールから少し遠い場所にいる。金崎は全員で守るので、ここからディフェンスを切り崩すには時間がかかってしまい、シュートを外したらタイムロスが激しくなる。それだったら、
「入って!」
スリーポイントラインの外側からシュートを放つと、ボールは見事にゴールネットをくぐった。
月原 84 – 83 金崎
スリーポイント。これで再逆転!
残りはあと20秒。あとワンプレーで試合終了ってところかな。このまま守り切れば……ううん、攻め続ければ絶対に勝てる!
金崎のスローインで試合を再開すると、金崎のメンバーは広瀬さんにパスをする。
広瀬さんを止められるのは私しかいない。私がそう思ったときには走り出していて、ゴールに向かってドリブルをする彼女の前に立つ。
「やっぱり、最後の壁は吉岡さんになるんだ」
「このワンプレーで勝敗が決まるからね。私が絶対に広瀬さんを止める」
私がそう言うと、広瀬さんは激しく呼吸をしながらもニヤリと笑った。
「……あたしがシュートを決めると思った?」
「えっ?」
広瀬さんがフリーになっている金崎のメンバーに視線を向ける。
その様子を見て、体がそちらに動き始めたときだった。
「あたしがシュートを決めるに決まってるじゃない。最後のこのワンプレーに全てをかけるつもりだったんだから!」
さっきの味方への目配せはフェイクだったのか!
気付けば、広瀬さんは私をかわして前に出ていた。そして、彼女はゴールネットに向かってシュートを放った。
彼女の手から放たれたボールは綺麗な軌道を描いていき、ゴールネットに吸い込まれていった。
――ピーッ!
その直後に試合終了のホイッスルが鳴り響く。
月原 84 – 85 金崎
「……勝った。勝ったんだ!」
試合の結果に喜び、泣いたのは……金崎高校だった。
広瀬さんは金崎のメンバーと抱きしめ合っている。彼女はたった今、とても大きなものを2つ勝ち取ったんだ。
「……負けた、か」
勝利まであと一歩まで来ていたのでとても悔しいけど、不思議と涙が出てこなかった。
私はすぐに彩花ちゃん達の方を見た。彩花ちゃんは涙目になっていたけれど、コートに向かって拍手を笑顔で送っていた。
「ごめんね、彩花ちゃん。勝てなかったよ」
あなたの隣にいる大切な人を離れさせるようなことになって、ごめんね。それを考えるとやっぱり、涙が出そうになる。
今の私が全力を尽くしたことの結果だから、スポーツとしては清々しいのに、恋愛としては本当に胸が苦しいよ。本当に直人のことが好きだったから。そんな直人は真剣な表情をしていた。
私に何が足りなかったんだろう。決勝ラウンド直前に体調を崩してしまったのが大きかったのかな。そんなことを考えると……やっぱり、スポーツとしての悔しさが滲み出てきた。自分自身が情けなく感じて。
「渚先輩……」
「……今日は負けましたけど、今年はインターハイという舞台がありますから! だから、そこに向けて練習を頑張りましょうよ。それで、また金崎と戦うことになったら、そのときには絶対に勝ちましょう。ね?」
「……香奈ちゃんの言うとおりだね」
後輩2人に気を遣われ、元気づけられるなんて。本当は私がその立場じゃなきゃいけないのに。情けないなぁ。きっと、後で彩花ちゃんや一ノ瀬さんにも慰められそう。
去年もこの決勝ラウンドで負けたのに、どうして、今年の方が悲しみが強いのかな。去年はインターハイに出場できなかったのに。
ううん、それは現実を見つめたくないだけか。
去年よりも悲しい理由は、試合が終了した瞬間に分かっていたよ。試合に負けたことで掴めなかったものが、今年の方がずっと大きかったから。それが分かったら、もっと直人のことが好きなっちゃったんだ。残酷だよ、本当に。
悔しさ、罪悪感……色々な感情が私の心の中で渦巻く。
金崎高校のメンバーがコートで優勝インタビューを受けている。みんな嬉しそうだけど、中でも広瀬さんは特に嬉しそうだった。
「おめでとう、広瀬さん」
私は会場の端で涙を流す。この後、直人や彩花ちゃん達の前で悲しい顔を見せないようにするために。
第3クォーターから広瀬さん中心の攻撃ではなく、全員による攻撃に変わった。そのことによって、今度はこっちが踊らされる番になってしまった。
「凄かったですね、渚先輩。第2クォーターまでとは大違いでした」
「そうだね。金崎は全員で戦うようになった。だから、私達の裏をかくような攻撃が何度もあった」
「つまり、第2クォーターまでの金崎の立場になっていたということですね」
「その通りだね、すずちゃん」
あの感覚を最初から第2クォーターが終わるまで味わった金崎は、かなり焦ったに違いない。そこからここまで持ち直すなんて。やっぱり金崎は凄いチームだ。
きっと、金崎はこの勢いを保ったまま、全員による攻撃で最終クォーターに挑むはず。そんな金崎にはやっぱり、こっちも全員で点を取りに行かないと。
「攻撃こそ最大の防御。向こうが全員で点を取りに行くはずだから、こっちも全員で点を取り行くしかない」
「そうですね、渚先輩。金崎高校に勝つにはそれしかなさそうですね」
「全員で勝って、藍沢先輩を渚先輩と彩花ちゃんのものにしちゃいましょう」
「……そ、そうだね」
正確には、広瀬さんが直人から手を引くだけなんだけど。
私は月原高校の応援席にいる直人達のことを見る。彩花ちゃんと一ノ瀬さんは一生懸命応援しているみたいだけど、直人は険しい表情でコートの方を見ている。この試合を見て、複雑な想いを抱いているかもしれない。
でも、この試合が終われば、そんな想いをする必要はなくなる。そして、月原が勝利すれば今まで通りの生活に戻る。そうなったら、直人に振り向いてもらえるように頑張っていこう。
「彩花ちゃんとまた直人のことで争えるように、頑張らないとね」
最終クォーターに全てを賭ける。私1人だけじゃなくて、女バス全員で。そして、私達を支えてくれた彩花ちゃん達と一緒に金崎に勝ってみせる。
「よし、行こう!」
最終クォーターに向けて、私達はコートの中に入る。
ジャンパーなのでコートのセンターに向かうと、そこには広瀬さんが既に立っていた。彼女は私の顔を見ると、ふっと笑った。
「泣いても笑ってもこれが最後。悔いのない試合をしましょう」
「お互いに全力を尽くせば、きっと悔いのない試合になるよ。でも、私達が勝って、笑って、嬉し涙を流すつもりだから」
私がそう言うと、ふふっ、と広瀬さんは声に出して笑った。そんな彼女は今までよりも一番、余裕があるように見える。第3クォーターで掴んだ勢いが、彼女をそうさせているのか。
「……奇遇ね。あたしもそう思っていたの。でも、あたしにはね……あなた達に悔し涙を流させたい気持ちもあるけれどね」
「その気持ちが足かせにならないといいね」
「そういう風に言えるのは今のうち。絶対に逆転勝利をして、直人をあたしの恋人にする。直人にこれ以上、苦しい想いはさせない」
「……そう。私だってこの試合に勝って、直人にはまたゆっくりと考えてほしいと思ってる。広瀬さんみたいに急がせることは絶対にしない。それが、彩花ちゃんと決めたことだから」
いつの間にか、試合のことから直人のことに話題が移ってしまっていた。広瀬さんも同じことを思っていたみたいで、私達はつい笑ってしまう。
「本当にあたし達って直人のことが好きなのね」
「そうだね。だから、笑っていられる」
「……でも、だからこそこの最終クォーターは、金崎の持っている全ての力を出して月原に勝つつもり」
「こっちもだよ。全員で本気になって優勝してみせる」
泣いても笑ってもこれが最後だ。後悔をしないように、そして優勝するために、全員でこの最終クォーターを戦い抜く!
「それでは、最終クォーターを開始します!」
主審の一声で身が引き締まる。
ジャンプボールをする前に私はチームメイトのことを見る。
すると、みんなは私のことを笑顔で見て一度、頷いた。みんなが勝利に向かって心を1つにしていると分かる。これなら、絶対に金崎高校に勝てるだろう。
「ジャンパーの2人はこちらに立ってください」
私と広瀬さんは主審を挟む形で、向かい合って立つ。
そして、運命の最終クォーターが始まった。
「香奈ちゃん!」
これまでと同じように、ジャンプボールには私が最初に手を触れ、今回は香奈ちゃんにボールを渡した。
「すずちゃん!」
「うん、任せて!」
香奈さんも周りを見て判断する力がついてきたようで、ボールを受け取るとすぐにすずちゃんにパスした。
そして、パスを受け取ったすずちゃんはゴール近くまでドリブルをすると、迷う様子は一切見せずにシュートを決める。
「すず、ナイス!」
「香奈ちゃんもナイスアシスト!」
よし、まずは1本決めた。やっぱり、この1年生コンビは頼もしい。
「2人ともいいよ! この調子でいこう!」
2人に激励の言葉をかける。私も彼女達の先輩としてどんどん攻撃をする姿を見せていかないと。
「気にしないで! どんどん点を取りに行くよ!」
差を広げられたにもかかわらず、広瀬さんはメンバーに鼓舞するような言葉をかける。
そこからは互いに点を入れ合う展開になっていく。こちらが得点をすればすかさずに金崎も点を入れていく。
しかし、第3クォーターの勢いが今でも続いているのか、時間が経つにつれて金崎が差を詰めてきた。
ついに、残り1分を切って、
月原 81- 83 金崎
金崎高校に逆転され、この試合、初めてのリードを奪われる展開となってしまう。
金崎の全員による攻撃が本当に凄い。さすがは去年もインターハイに出場し、今年もこの予選突破筆頭の高校だけある。チームの総合力も凄いけれど、何よりも、
「このまま、月原を突き放して金崎が優勝するよ!」
体中から汗を流して、圧倒的な気迫で私のことを見る広瀬さん。彼女の実力はチームの誰よりも突出しているし、彼女がいなければ金崎の実力をここまで発揮することはなかったと思う。金崎のメンバーも広瀬さんに応えようと一生懸命みたいだし。
私はそんな広瀬さんよりも実力があるかどうかは分からない。でも、この試合に勝ちたいと気持ちと、直人のことが好きな気持ちは絶対に負けてない! 負けたくない!
「絶対にそれは阻止する。優勝するのは月原! 私達なんだから!」
香奈ちゃんがボールを取ったと分かった瞬間、私はゴールの方に向かって走り出す。
香奈ちゃんは一瞬、すずちゃんの方を見てボールを出そうとするけど、
「先輩!」
私に素早いパスを出してきた。しかし、それ故にゴールから少し遠い場所にいる。金崎は全員で守るので、ここからディフェンスを切り崩すには時間がかかってしまい、シュートを外したらタイムロスが激しくなる。それだったら、
「入って!」
スリーポイントラインの外側からシュートを放つと、ボールは見事にゴールネットをくぐった。
月原 84 – 83 金崎
スリーポイント。これで再逆転!
残りはあと20秒。あとワンプレーで試合終了ってところかな。このまま守り切れば……ううん、攻め続ければ絶対に勝てる!
金崎のスローインで試合を再開すると、金崎のメンバーは広瀬さんにパスをする。
広瀬さんを止められるのは私しかいない。私がそう思ったときには走り出していて、ゴールに向かってドリブルをする彼女の前に立つ。
「やっぱり、最後の壁は吉岡さんになるんだ」
「このワンプレーで勝敗が決まるからね。私が絶対に広瀬さんを止める」
私がそう言うと、広瀬さんは激しく呼吸をしながらもニヤリと笑った。
「……あたしがシュートを決めると思った?」
「えっ?」
広瀬さんがフリーになっている金崎のメンバーに視線を向ける。
その様子を見て、体がそちらに動き始めたときだった。
「あたしがシュートを決めるに決まってるじゃない。最後のこのワンプレーに全てをかけるつもりだったんだから!」
さっきの味方への目配せはフェイクだったのか!
気付けば、広瀬さんは私をかわして前に出ていた。そして、彼女はゴールネットに向かってシュートを放った。
彼女の手から放たれたボールは綺麗な軌道を描いていき、ゴールネットに吸い込まれていった。
――ピーッ!
その直後に試合終了のホイッスルが鳴り響く。
月原 84 – 85 金崎
「……勝った。勝ったんだ!」
試合の結果に喜び、泣いたのは……金崎高校だった。
広瀬さんは金崎のメンバーと抱きしめ合っている。彼女はたった今、とても大きなものを2つ勝ち取ったんだ。
「……負けた、か」
勝利まであと一歩まで来ていたのでとても悔しいけど、不思議と涙が出てこなかった。
私はすぐに彩花ちゃん達の方を見た。彩花ちゃんは涙目になっていたけれど、コートに向かって拍手を笑顔で送っていた。
「ごめんね、彩花ちゃん。勝てなかったよ」
あなたの隣にいる大切な人を離れさせるようなことになって、ごめんね。それを考えるとやっぱり、涙が出そうになる。
今の私が全力を尽くしたことの結果だから、スポーツとしては清々しいのに、恋愛としては本当に胸が苦しいよ。本当に直人のことが好きだったから。そんな直人は真剣な表情をしていた。
私に何が足りなかったんだろう。決勝ラウンド直前に体調を崩してしまったのが大きかったのかな。そんなことを考えると……やっぱり、スポーツとしての悔しさが滲み出てきた。自分自身が情けなく感じて。
「渚先輩……」
「……今日は負けましたけど、今年はインターハイという舞台がありますから! だから、そこに向けて練習を頑張りましょうよ。それで、また金崎と戦うことになったら、そのときには絶対に勝ちましょう。ね?」
「……香奈ちゃんの言うとおりだね」
後輩2人に気を遣われ、元気づけられるなんて。本当は私がその立場じゃなきゃいけないのに。情けないなぁ。きっと、後で彩花ちゃんや一ノ瀬さんにも慰められそう。
去年もこの決勝ラウンドで負けたのに、どうして、今年の方が悲しみが強いのかな。去年はインターハイに出場できなかったのに。
ううん、それは現実を見つめたくないだけか。
去年よりも悲しい理由は、試合が終了した瞬間に分かっていたよ。試合に負けたことで掴めなかったものが、今年の方がずっと大きかったから。それが分かったら、もっと直人のことが好きなっちゃったんだ。残酷だよ、本当に。
悔しさ、罪悪感……色々な感情が私の心の中で渦巻く。
金崎高校のメンバーがコートで優勝インタビューを受けている。みんな嬉しそうだけど、中でも広瀬さんは特に嬉しそうだった。
「おめでとう、広瀬さん」
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