ルピナス

桜庭かなめ

文字の大きさ
182 / 302
最終章

第52話『墓参り-後編-』

しおりを挟む
 霊園の入り口で発売されていた花束を購入し、俺とちー姉ちゃんは唯のお墓があるところへと向かう。

「ちー姉ちゃんは結構、墓参りに来てるの?」
「うん。月命日の19日には必ず行ってる。だから、最後に行ったのは先月の19日だね」
「そうか」

 唯が亡くなったのは3月19日。だから、ちー姉ちゃんは毎月19日には欠かさずにここへ来ているというわけか。

「墓参りに行ったときには最近あったことを話しているの。この春からは大学でこういうことがあったんだよ、とか」
「そっか」

 骨になってしまっているけど、唯に会いに来ているんだもんな。最近の自分のことを話したくなる気持ちは分かる。
 唯のお墓が見えてきた。花束を持っているちー姉ちゃんに先に行ってもらい、俺は近くにある水道場で桶に水を入れてから彼女の墓に向かった。

「唯、ひさしぶりだね。今日は直人君も一緒だよ」
「……ひさしぶりだな、唯。3ヶ月ぶりか。今から墓を綺麗にしてするからな」

 ちー姉ちゃんに倣って俺も墓石に向かって話しかけるけど、唯から返事が帰ってくるわけがなく。だから、虚しくなって、切なくなった。俺の横で大学生活のことを笑顔で話しているちー姉ちゃんが眩しかった。
 俺とちー姉ちゃんで唯の眠る墓石を綺麗にしていき、最後に入り口で購入した花束を飾る。
 火を点けた線香を手向けて、俺とちー姉ちゃんは唯のことを拝んだ。

 今、唯は俺とちー姉ちゃんを見て何を想っている?
 ひさしぶりに会えたことの嬉しさか?
 さっさと帰ってほしいという怒りか?
 話したいのに話せないという悲しさか?

 できることなら唯の気持ちを、彼女自身の声に乗せて教えてほしかった。それができないと分かっているからこそ、強く願ってしまう。

「そろそろ帰ろっか」
「……ああ」
「じゃあ、またね、唯。お盆と19日にまた来るから」

 ちー姉ちゃんがそう声をかけた後、俺は彼女と一緒に唯の墓を後にした。

「こうやって、墓参りに来ると唯と話ができた気がして、スッキリするんだ。唯がお墓に入った直後はあまりそう思えなくて、むしろ悲しかったんだけれどね」
「唯が死んだことを思い知らされるから?」
「うん。病気で亡くなったわけじゃないからね。本当に突然だったから、唯が亡くなったって信じられなかったし、信じたくなかった。でも、墓参りに来ると、やっぱり唯は死んじゃったんだ……って、心が空っぽになるの」
「じゃあ、いつから今みたいにスッキリできるようになったんだ?」

 俺は今でもここに来ると悲しい気持ちになったり、心が空っぽになったりする。スッキリできるようになるなら、俺もそうしたいんだ。

「……時間が経つに連れて悲しさとかは薄れていったよ。でも、本当にスッキリできるようになったのは今年、ゴールデンウィークに直人君が帰ってきてくれたおかげなんだ」

 驚いた。俺がちー姉ちゃんに何をしたのだろうか。心当たりがない。俺のせいで唯は亡くなったんだと彼女から言われたことはあるけど。

「ゴールデンウィークに帰ってきたとき、直人君は唯が亡くなったときの真実を明かしてくれたじゃない。今まで唯が亡くなる前後のことが分からなかったけど、唯の身に何が起こって、何を言っていたのか。直人君のおかげで知ることができた。それ以降、墓参りに来るとスッキリできるようになったんだ」
「そういうことだったのか」

 モヤモヤとしていたことがはっきりとしたことで、心の中にあったわだかまりが消えていったのだろう。3ヶ月前のあのときまでは、ちー姉ちゃんの心の中には唯を失ったことの悲しみが居座っていたのか。

「2年前の事件の真実が分かったことで、私が前へ向けるようになったように、直人君もきっとすぐに前へ向けるようになるよ」
「……どうすればいいんだろうな」
「……それは、直人君の気持ち次第なんじゃないかな」

 ちー姉ちゃんの言うとおり……だな。全ては俺の気持ち次第なんだ。唯の死をどう受け入れて、どう前を向くか。彩花達からの告白の返事をどうするか。俺の気持ちの問題……なんだよな。

「私で良ければ相談に乗るから。いつでも連絡してきて」
「……そのときはよろしく」

 本当に色々な人に迷惑をかけてしまっているな。ただ、話を聞いてくれる人がいるというのはいいものだと思えるようになってきた。
 柴崎家の前まで戻る。昔、遊びに行っていたときから、見た目が全然変わっていないとふと思った。

「直人君は今回、いつまで洲崎に滞在する予定なの?」
「……気持ちの整理がつくまでかな」
「そうなんだ。分かった。早く月原に帰れるといいね」
「……そうだな」
「じゃあ、またね」
「ああ、またな」

 手を振り、ちー姉ちゃんと別れる。
 今から家に帰っても、みんなはきっとまだ海にいるんだろうなぁ。家を出発してまだ小一時間程度だし。

「……海に行ってみるか」

 遊ぶ気にはならないけど、誰もいない実家に帰る気にもならなくて。潮風を浴びながら海辺を歩くのもいいだろう。
 実家を通り過ぎ、浜辺の方に向かって歩く。途中の自動販売機で買った缶コーヒーを飲みながら海沿いの道路に出る。

「今日の海は穏やかだな」

 懐かしい風景に、懐かしい暑さ。それに加えて缶コーヒーの苦味のおかげで気持ちが落ち着いていく。
 洲崎町の砂浜は綺麗なのに、地元の人以外にはあまり利用されていないらしい。彩花や渚達のように、洲崎町に住む知り合いがいて、その人達と一緒に遊びに来る人が多いらしい。俺もこじんまりした浜辺の記憶しかない。
 浜辺に到着すると、やっぱり、ほとんど人がいない。全く人がいないよりも寂しく感じるのはなぜだろうか。
海で遊んでいる水着姿の女性達がいるけど、目を凝らしてみてみるとそれは彩花達だった。彼女達の水着姿は新鮮でよく似合ってるな。
 1つだけあったビーチパラソルの下には、ベンチで横になっている水着姿の父さんと母さんがいたのでそこに行ってみる。

「相変わらず寂しい海だな、ここは」
「おっ、直人か。遊びに来たのか?」
「海に入るつもりはない。ただ、海でも見ながらゆっくりしたいと思って」
「何だよ、爺臭いことを言いやがって。それに、缶コーヒーなんか飲んで。俺なんてさっき、彩花ちゃんや渚ちゃん達に砂に埋めてもらったんだぜ?」
「……楽しんでるなぁ、父さんは」

 砂に埋めてもらって楽しむところが父さんらしいというか。昔、深い穴を掘って父さんを首まで埋めてやったことを思い出した。

「あっ、直人先輩ですよ!」
「直人も遊ぼうよ!」

 遠くから彩花や渚の声が聞こえたので海の方を見てみると、水着姿の彼女達がこっちを向いて手を振ってきている。

「遊んでこいよ」
「いや、俺、水着着てないし。着衣水泳はしたくないぞ」
「そこにビーチボールがある。それなら遊べるだろ」
「……まあ、そうだな」

 せっかくみんなで来ているのに、遊ばなかったら損か。
 裸足になり、ズボンの裾を捲った状態にし、ビーチボールを持って彩花達のところに向かう。

「用事は終わったんですか?」
「……今日の用事は。そういえば、みんな水着似合ってるぞ。可愛いな」

 率直な感想を述べると、彩花、渚、咲、美緒は顔を赤くした。美月と北川はそんな4人を見て微笑んでいる。

「良かったわね、咲。褒めてもらえて」
「……う、うん」
「それで、なおくんは服を着たまま泳ぐの?」
「そんなわけない。ビーチボールでみんなと遊ぼうと思って」

 ビーチボールスタイルの俺を見て海に入ろうと思うとは、美緒の天然は昔から変わらないのか。というか、服を着たまま海に入ったこと今までに一度もなかったじゃないか。

「じゃあ、みんなでビーチボールを使って遊ぼうか」
「いいですね、渚先輩。それでどんな感じで遊びましょうか?」
「月原チームと金崎チームにしようよ。月原チームは直人、吉岡さん、宮原さん、美月ちゃんで、金崎チームは楓、美緒、あたしでいいわ」
「それじゃ、こっちが1人多いだろ」
「じゃあ、俺が金崎チームの方に入ろう! それならどっちも男が1人いるから公平になるだろう?」

 うわあ、父さんが向こうチームに入るなんて。これは厄介なことになりそうだ。俺がいるから絶対に手加減しないだろうし。

「それなら、お母さんが審判しようかしら」

 その後、ビーチボールを使って彩花達と遊んだ。俺の予測通り、父さんが容赦ないプレーをしてくるので自然と俺も全力で遊ぶことに。
 ただ、ここ数年の間で遊んだ中では一番楽しかった。まさか、唯の死をきっかけに怖くなってしまった海で楽しめるときが来るなんて。しかも、洲崎の海で。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。  とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。  ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。  お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!  ※特別編2が完結しました!(2025.9.15)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。

管理人さんといっしょ。

桜庭かなめ
恋愛
 桐生由弦は高校進学のために、学校近くのアパート「あけぼの荘」に引っ越すことに。  しかし、あけぼの荘に向かう途中、由弦と同じく進学のために引っ越す姫宮風花と二重契約になっており、既に引っ越しの作業が始まっているという連絡が来る。  風花に部屋を譲ったが、あけぼの荘に空き部屋はなく、由弦の希望する物件が近くには一切ないので、新しい住まいがなかなか見つからない。そんなとき、 「責任を取らせてください! 私と一緒に暮らしましょう」  高校2年生の管理人・白鳥美優からのそんな提案を受け、由弦と彼女と一緒に同居すると決める。こうして由弦は1学年上の女子高生との共同生活が始まった。  ご飯を食べるときも、寝るときも、家では美少女な管理人さんといつもいっしょ。優しくて温かい同居&学園ラブコメディ!  ※特別編11が完結しました!(2025.6.20)  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ
恋愛
 高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。  あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。  3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。  出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!  ※特別編5が完結しました!(2025.7.6)  ※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

処理中です...