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最終章
第55話『君の声を。』
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唯に会うために向かった場所。
それは唯の墓だった。お盆前ということもあってか、今日も霊園にはほとんど人がおらず、とても寂しい雰囲気に包まれていた。
入り口でお墓に手向ける花を購入し、水の入った桶を持って彼女の墓に向かった。
「唯、また会いに来たよ」
そう言って、購入した花を挿し、ひしゃくで彼女の墓に水をかける。近くにあったぞうきんで彼女の墓石を拭く。夏の日差しのせいで墓石がとても熱くなっていた。
「こんなに暑いと、死んじまいそうだよな。……いや、唯はもう死んでるんだよな」
だから、俺が何を言っても、唯は何も堪えてくれない。唯の声を聞くことはもうできないのだ。2年前のあの日から。
俺は唯の墓の前でしゃがみ込む。
「……もっと、唯と楽しい話をしたかった。剣道をして、一緒に汗を流したかった。そういう日々がずっと続いていけたらいいと思ってた」
唯はとても明るく元気な女の子で、俺が元気ないとき、唯はいつも美緒と一緒に俺のことを励ましてくれたよな。小さい頃からずっと。俺達はそのまま大きくなっていったんだ。
けれど、あの日……唯からの告白を受けたとき、俺は何が何だか分からなくなった。俺のことが好きだという唯の気持ちはとても嬉しかった。
けれど、唯の告白を受け入れて、恋人として付き合い始めたら何を失ってしまうのか。今まであったものが、全てなくなってしまうんじゃないか。それが怖くて、俺は唯のことを振ってしまったんだ。
「でも、振ったら、まさか唯を失うことになるなんて……」
振ったという選択肢を選んだら、そのすぐ先に、唯の死が待っていたなんて。こんなことになるんだったら、付き合えばよかった。だって、俺は――。
「唯のことが好きだったんだ……」
ただ、唯がいつまでも側にいてくれたらいいなとか。他の男子と話しているのがちょっと気に食わなかったとか。それはもう、好きだという気持ちの表れだったのだ。
「それでも、唯は死んでしまった。俺は今日、やっと唯ときちんとお別れをするためにここに来たんだ。唯の葬式に出席しなくて、本当にごめん」
唯が死んだことを受け入れられず、当時は家から出ることさえできなかった。死んだ唯の顔を見て、骨になった唯を見てしまったら、唯が死んだことを受け入れざるを得なくなってしまうから。俺の心の中でずっと生きていてほしかったんだ。
「唯、崖に落ちたとき、とても痛かったか? 波に当たったとき、とても冷たかったか? きっと、とても辛かったよな……」
命の灯が消えるまで、唯は何を考えていたのだろうか。俺のことなのか。最後に会った笠間のことなのか。唯の声で答えてほしかった。けれど、今となってはそれを知る術もなければ、唯の声さえも聞くことだってできない。
「唯、俺は高校に進学して、大切な人がたくさんできたんだ。その人達に対して、まだ俺は何も決断できていないんだ。だから、唯……これから俺が導き出す決断に対して、そっと見守っていてくれると嬉しい」
そう、俺はいつまでも2年前のあの日のまま、立ち止まっているわけにはいかない。笠間のように、俺も一歩を踏み出さないといけないんだ。そのことを唯は喜んでいるかもしれないし、嫌だと思っているかもしれない。
でも、生前の唯を思い出せば、唯はきっといつまでも悩み続けて、何も答えを出せないことの方が嫌がると信じている。それこそ、自分のせいで……って天国で思ってしまうかもしれない。
俺は霊園の受付で購入した線香に火を点け、線香台に置く。
手を合わせ、ゆっくりと目を瞑り、唯のことを拝んだ。そのときに頭に浮かんできた唯の顔は不思議と笑っている表情ばかりだった。
「唯……」
きっと、これで良かったんだろう。唯が亡くなってしまった今、彼女が眠るこの場所で彼女への想いを口にしたことを。
俺はゆっくりと立ち上がり、少しだけ水が残っている桶を持つ。
「唯、さようなら。ゆっくり眠ってくれ」
唯の墓から一歩ずつ離れていく。唯の亡くなった日からようやく歩み出すことができたのだ、と。
――またね、直人。
唯のそんな声が聞こえた気がした。
「幻聴……かな」
俺の心が唯の声を聞こえさせたのか。本当に唯がそう言ったのか。それは分からない。けれど、何だか嬉しかった。
「またな」
もしかしたら、この近くに唯の霊が遊びに来ているかもしれない。もうすぐお盆だし。
またいつか会おう。どこかで、君と。
それは唯の墓だった。お盆前ということもあってか、今日も霊園にはほとんど人がおらず、とても寂しい雰囲気に包まれていた。
入り口でお墓に手向ける花を購入し、水の入った桶を持って彼女の墓に向かった。
「唯、また会いに来たよ」
そう言って、購入した花を挿し、ひしゃくで彼女の墓に水をかける。近くにあったぞうきんで彼女の墓石を拭く。夏の日差しのせいで墓石がとても熱くなっていた。
「こんなに暑いと、死んじまいそうだよな。……いや、唯はもう死んでるんだよな」
だから、俺が何を言っても、唯は何も堪えてくれない。唯の声を聞くことはもうできないのだ。2年前のあの日から。
俺は唯の墓の前でしゃがみ込む。
「……もっと、唯と楽しい話をしたかった。剣道をして、一緒に汗を流したかった。そういう日々がずっと続いていけたらいいと思ってた」
唯はとても明るく元気な女の子で、俺が元気ないとき、唯はいつも美緒と一緒に俺のことを励ましてくれたよな。小さい頃からずっと。俺達はそのまま大きくなっていったんだ。
けれど、あの日……唯からの告白を受けたとき、俺は何が何だか分からなくなった。俺のことが好きだという唯の気持ちはとても嬉しかった。
けれど、唯の告白を受け入れて、恋人として付き合い始めたら何を失ってしまうのか。今まであったものが、全てなくなってしまうんじゃないか。それが怖くて、俺は唯のことを振ってしまったんだ。
「でも、振ったら、まさか唯を失うことになるなんて……」
振ったという選択肢を選んだら、そのすぐ先に、唯の死が待っていたなんて。こんなことになるんだったら、付き合えばよかった。だって、俺は――。
「唯のことが好きだったんだ……」
ただ、唯がいつまでも側にいてくれたらいいなとか。他の男子と話しているのがちょっと気に食わなかったとか。それはもう、好きだという気持ちの表れだったのだ。
「それでも、唯は死んでしまった。俺は今日、やっと唯ときちんとお別れをするためにここに来たんだ。唯の葬式に出席しなくて、本当にごめん」
唯が死んだことを受け入れられず、当時は家から出ることさえできなかった。死んだ唯の顔を見て、骨になった唯を見てしまったら、唯が死んだことを受け入れざるを得なくなってしまうから。俺の心の中でずっと生きていてほしかったんだ。
「唯、崖に落ちたとき、とても痛かったか? 波に当たったとき、とても冷たかったか? きっと、とても辛かったよな……」
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「唯、俺は高校に進学して、大切な人がたくさんできたんだ。その人達に対して、まだ俺は何も決断できていないんだ。だから、唯……これから俺が導き出す決断に対して、そっと見守っていてくれると嬉しい」
そう、俺はいつまでも2年前のあの日のまま、立ち止まっているわけにはいかない。笠間のように、俺も一歩を踏み出さないといけないんだ。そのことを唯は喜んでいるかもしれないし、嫌だと思っているかもしれない。
でも、生前の唯を思い出せば、唯はきっといつまでも悩み続けて、何も答えを出せないことの方が嫌がると信じている。それこそ、自分のせいで……って天国で思ってしまうかもしれない。
俺は霊園の受付で購入した線香に火を点け、線香台に置く。
手を合わせ、ゆっくりと目を瞑り、唯のことを拝んだ。そのときに頭に浮かんできた唯の顔は不思議と笑っている表情ばかりだった。
「唯……」
きっと、これで良かったんだろう。唯が亡くなってしまった今、彼女が眠るこの場所で彼女への想いを口にしたことを。
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――またね、直人。
唯のそんな声が聞こえた気がした。
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俺の心が唯の声を聞こえさせたのか。本当に唯がそう言ったのか。それは分からない。けれど、何だか嬉しかった。
「またな」
もしかしたら、この近くに唯の霊が遊びに来ているかもしれない。もうすぐお盆だし。
またいつか会おう。どこかで、君と。
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