サクラブストーリー

桜庭かなめ

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本編-新年度編-

第15話『一紗ワールド-後編-』

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 昼食を食べ終わった後、俺はサクラ達と一緒に自分の部屋へ。その際、サクラがホットティーの入ったマグカップを乗せたトレイを持っていく。
 また、これからは俺の部屋にいる予定だ。なので、一紗はサクラの部屋に置いてある自分のスクールバッグを持ってきた。

「さっきはチラッとしか見なかったけど、ここが大輝君のお部屋なのね」

 一紗は目を輝かせて、俺の部屋の中を見渡す。本棚へ向かい、上から順番に本棚に入っているものを見ている。さすがは文芸部の部員だけのことはあるな。そんなことを思いながら、俺とサクラ、羽柴はテーブルの周りにあるクッションに座る。

「大輝君はラブコメが好きなのね。大判の漫画だと日常系も多いわね」
「ラブコメと美少女キャラがたくさん出てくる日常系作品は大好きだよ。あとは、アニメ化されているのを中心にファンタジー作品も読むよ」
「そうなのね。私も恋愛系の作品が大好きよ」

 そう言い、一紗は本棚をよーく見ている。一紗が『朝生美紗』名義で公開している作品は恋愛ものが多いもんな。そんなことを考えながらホットティーを飲む。甘くて美味しい。
 一通り見終わったのか、一紗は本棚から離れてこちらに向かって歩いてくる。本棚に一番近いところにあるクッションを空けておいたけど、一紗は座ろうとしない。

「あの、大輝君。一つ……お願いがあるのだけれど」
「なんだ?」
「……ベッドで横になりたいの。休日とか、お昼ご飯を食べた後にたまにお昼寝をすることがあって。実はちょっと眠いの」

 ふああっ、と可愛らしいあくびをすると、一紗は俺をチラチラと見てくる。本当に眠くて、休日にお昼寝をする習慣があるかどうかはともかく、一紗の思惑は何となく分かった。
 サクラの方をチラッと見ると、彼女も感付いたのか微笑みながら「まったく」と呟く。羽柴も声には出さないけど笑っている。

「ダイちゃんのベッドで寝させてあげれば? 目の前にあるんだから」
「……そうだな。じゃあ、一紗さえよければ俺のベッドで横になっていいよ」

 俺がそう言うと、一紗はぱあっと明るい笑顔になり、

「もちろんよ! ありがとう! じゃあ、大輝君のベッドで遠慮なく横になるわね!」

 普段よりも大きな声でそう言ってきたのだ。眠気なんて絶対にないと思うけど……まあいいか。
 一紗はブレザーのジャケットを脱ぎ、自分のスクールバッグの上に置く。横になっても快適に過ごすためか、ワイシャツの裾をスカートから出し、第1ボタンも開ける。普段はきちんと制服を着ているので、こうして崩した格好になると可愛らしく思える。そんな俺の感覚は独特ではないようで、サクラは「可愛い」と呟き、スマホで制服崩し一紗の写真を撮った。
 一紗は俺のベッドに入ると、鼻のところまで掛け布団を被る。

「あぁ……大輝君の匂いがする。優しくていい匂いだわ……」

 いつもよりも甘い声色でそう呟く一紗。掛け布団の中に潜り、一紗はもぞもぞと動く。うふふっ、という笑い声が聞こえてくる。俺のベッドを堪能できて嬉しいのだろう。ただ、最初はその笑い声が可愛いと思えるけど、段々怖くなってきたな。
 少ししてから、再び一紗は目元まで顔を出す。

「大輝君のお家に行くことが決まってから、大輝君のベッドに入りたいって思っていたの。きっと、大輝君の匂いを存分に感じられると思ったから。その夢が叶って、私はとっても幸せです……」

 やっぱり、俺のベッドに入ることと匂いを嗅ぐことが目的だったのか。そういえば、始業式の日に、俺の部屋を堪能したいとか言っていたな。俺はサクラと羽柴と笑い合う。

「こういうシーン、漫画やラノベだけだと思っていたけど、実際にもあるものなんだな」
「好きな人の匂いや温もりはたくさん感じたいのよ、羽柴君。ところで、文香さんはこのベッドで横になったり、大輝君と一緒に寝たりしたことはあるのかしら?」
「も、もちろんだよ。特に小学生まではお泊まり会をたくさんしたからね。そのベッドで一緒に寝たこともあるし、私のベッドで一緒に寝たことも数え切れないほどにあるんだよ」

 なぜかちょっと自慢げに話すサクラ。一紗は俺のベッド初心者だけど、私は上級者なのだと言いたいのだろうか。そもそも、ベッド初心者とか上級者って何なんだとセルフツッコミを入れる。

「そうなの。文香さんはいい経験をたくさんしてきたのね」

 すると、一紗は掛け布団から顔全体を出す。
 まさか、高校生になってから出会った女の子が俺のベッドに入っているなんて。不思議な感覚だ。そんなことを考えながら一紗を見ていると、彼女と目が合う。一紗はうっとりした様子に。

「ねえ、大輝君。ベッドの中に入ってみる? ついでに私の中にも入ってみる? 濃厚接触しましょうか」
「ほええっ!」

 俺が返事をする前に、サクラがそんな可愛らしくて大きな声を漏らした。サクラは真っ赤な顔を両手で隠す。
 羽柴はまるで今の一紗の言葉が聞こえなかったかのように、落ち着いた様子で紅茶飲んでいる。ただし、こちらには視線を向けない。

「大輝君? どうかしら?」
「……どっちにも入らないよ。というか、俺と2人きりならともかく、サクラと羽柴もいる場で言えるのが凄いな」
「好きな人のベッドで横になって興奮しているから、つい」

 艶やかな笑みを見せながら言うと、一紗はゆっくりと体を起こす。そして、ワイシャツの第2ボタンを開ける。そのことで胸の谷間がはっきりと見え、黒い下着もチラリと。

「じゃあ、私の胸に顔を埋めてみる? おっぱいいっぱいでっかいよ!」

 おいでおいで~、と一紗は両手を広げて俺を誘ってくる。少し体を左右に揺らすと、一紗のいっぱいでっかいおっぱいがゆらゆら揺れるし。優しい笑顔を見せてくれるので母性も感じられて。これがいわゆる「バブみ」ってやつか? ここで一紗の胸に顔を埋めたら、一紗にそのままベッドの中に連れ込まれそうな気がする。
 しかし、俺も男なので、目の前にある胸の谷間には惹かれるものがある。まずい、このままだと体が勝手に動きそうだ……。

「ダ、ダメだよダイちゃん! 一紗ちゃんの胸にダイブしたら! ダイブしたらダイちゃんじゃなくてダメちゃんって呼ぶから!」

 サクラはがっしりと俺の左腕を掴み、不機嫌そうに俺を見つめてくる。そのことで柔らかい感触が。左腕だけ、服越しにサクラの胸にダイブしてしまっている。温もりも感じるし、左腕が幸せに包まれている。そのおかげか、意識が一紗からサクラの胸へと移る。

「ダメちゃんは傑作だな!」

 あははっ、と羽柴はいつになく大声で笑う。

「む、胸に顔を埋めることもしないよ」

 はっきりと断ると、一紗は笑顔のまま「はあっ」とため息をつき、ワイシャツの第2ボタンを嵌める。サクラはほっとした様子になる。

「もう、大輝君ったら。恥ずかしがり屋さんなのね。何もしてくれないのはつまらないけど、ベッドに入らせてもらえているんだから、これ以上わがままを言ったらいけないわね」
「恥ずかしがり屋以前の問題だと思うけどな」

 一紗の気持ちも理解できなくはないが。
 ただ、こんなにも要望を出されて全て断るだけでは、一紗に悪い気がする。サクラの告白のときのお礼も兼ねて、頭を撫でるか。そう思って右手を一紗の頭に伸ばし、ゆっくりと撫で始める。

「だ、大輝君……」

 頭を撫でられるとは思わなかったのか、一紗は体をピクッと震わせる。そして、見る見るうちに顔が赤くなっていく。

「あのときも言ったけど、サクラが告白を断ったとき、中村に色々と言ってくれてありがとな。あのとき一紗の言葉は俺にとって、凄く嬉しくて救われた気がしたよ」
「私も一紗ちゃんには感謝してる。ありがとう」

 俺に続いてサクラもお礼を言うと、一紗は白い歯を見せて笑う。

「……いえいえ。お礼って何度言われても嬉しいものなのね。大輝君が頭を撫でてくれて幸せすぎる。大輝君との子を妊娠しちゃいそう」
「もう、何言ってるの、一紗ちゃんったら」
「速水の家に来てから、麻生ワールド全開だな」

 羽柴の巧みな言い回しに、心の中で何度も頷く。
 あと、もし嬉しすぎることでも妊娠できるのなら、日本の人口はどうなっていただろうか。増加するのだろうか。現状とそう変わりないかも。

「これもお礼だけど、他にも何か一紗にお礼をしようか」
「いいの? まあ、こうして大輝君のベッドに横になって、頭を撫でられているのがお礼になっているけど」
「ああ、もちろんだよ」
「分かったわ。どうしようかしら……」

 う~ん、と一紗は腕を組んで考えている。胸に顔を埋めるなど、できないこともあるって言っておけば良かったかな。凄く不安になってきた。

「じゃあ、朝生美紗としてWebに公開している『白濁エスプレッソ』っていうBL小説を朗読してほしい! 登場人物は2人だし、大輝君と羽柴君がいるからちょうどいいし」
「お、俺も朗読に参加するのか……」

 さすがの羽柴もこれには苦笑い。俺達はBL作品に全然触れたことないからなぁ。俺もきっと彼と同じような表情になっているんだろうな。
 そういえば、『白濁エスプレッソ』って確か……。

「それいい考えだね! 登場人物は2人しかいないもんね。あと、私の好きな作品だし」

 サクラはとても目を輝かせて俺や羽柴のことを見ている。そうだ、サクラが好きな作品だった。朝生美紗が一紗だと知る直前に話していたっけ。

「大輝君も羽柴君もいい声をしているからね。顔立ちもいいし。文香さんの言う通り、あの作品の登場人物は2人しかいないからちょうどいいと思って。三人称で書いているから、地の文は文香さんが読んでくれるかしら」
「うん、分かった!」

 サクラ、すっかりとやる気になっているな。それだけ好きなのだろう。

「ちょっと待て、麻生。いい声だと言ってくれるのは有り難い。ただ、その……もう『白濁エスプレッソ』とやらの朗読をすることが決まっているのか?」
「ほぼ決まっているわ。2人がどうしても嫌だって言うなら、別のお礼にするけれど……」

 すると、一紗はいつになくしおらしい様子で俺と羽柴のことを見てくる。そんな一紗の側でサクラが「お願い」と両手を合わせる。
 一紗だけでなくサクラまでお願いしているし、元々は俺が何かお礼をしたいと言ったから考えてくれたんだ。……よし。

「まあ、ここには俺達4人しかいないし、サクラも好きな作品だから、一度くらいは朗読してもいいんじゃないか?」

 俺がそう言うと、覚悟を決めたのか羽柴は一度頷き、真面目な表情で俺を見てくる。

「……そうだな。今までBL作品は読んだことがなかったけど、これを機に俺のオタクライフの世界がより広がるかもしれない。物は試しだな。麻生……いや、朝生先生。一度だけならいいぞ」

 羽柴も朗読に了承すると、一紗はとても嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「2人ともありがとう! 感謝するわ! じゃあ、羽柴君は攻めの子で、大輝君は受けの子の台詞を朗読してもらおうかしら。で、地の文が文香さん」
「……も、もう配役が決まっているんだな、朝生先生」

 ははっ……と羽柴は力のない笑い声を出す。
 どうして、一紗は羽柴が攻めで俺が受けだと思ったのだろうか。そこは深く考えないことにしよう。作者の意向に従うのみ。
 それから、俺達は『白濁エスプレッソ』を黙読。……ぜ、全年齢読める作品としては、なかなか攻めた恋愛描写もあるBL小説だな。今からこれを朗読するのか。

「大輝君と羽柴君はできるだけ感情を込めて朗読して」

 黙読し終わったときに一紗からそんな注文を出された。ここには4人しかいないんだ。やってやるしかない。
 そして、一紗の考えた配役で俺、サクラ、羽柴は作品を朗読。羽柴と俺が感情を込めて朗読しているからか、一紗はずっと満面の笑顔で聞いてくれた。

「ありがとう、みんな! とてもいい朗読だったわ! 今後のBL小説執筆の参考にしていくわね!」
「ダイちゃんと羽柴君、凄く良かったよ!」
「2人がそう言ってくれて良かったよ。BL作品は読まないから、結構体力を消費したよ。羽柴はどうだ?」
「……同じだ」

 一言そう言うと、羽柴はマグカップに残っている紅茶をゴクゴクと飲み干した。俺も紅茶を飲む。

「あぁ、紅茶美味しい」
「美味いよなぁ」
「あと、BL作品はお腹いっぱいな気分だ。しばらくはいい……」
「……俺もだよ、羽柴」

 羽柴と意見が合ったから、こいつと高校で出会って親友同士になれて良かったと強く思えた。
 その後は、帰宅途中のスーパーで買ったお菓子を食べながら、アニメのBlu-rayを鑑賞したり、会話の中で和奏姉さんの名前を出したのをきっかけに、一紗の希望で姉さんとテレビ電話で話したり。
 ブラコンの自覚のないブラコン姉貴と、俺に好意があり俺のベッドに入って興奮しまくるクラスメイトなので、当然俺の話題をきっかけに気が合う。

『大輝、フミちゃん。いい子と出会って、クラスメイトになれて良かったね』

 と、和奏姉さんは一紗のことを褒めた。今度、四鷹に帰省したときは是非会いたいとのこと。当然、一紗は、

「はい! お姉様!」

 と、元気に返事していた。そのときの一紗は普段よりも幼く感じられ、可愛らしかったのであった。
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