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本編-新年度編-
第18話『甘かった。』
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4月10日、金曜日。
今日で高校2年生最初の1週間が終わる。火曜日は休みだったし、授業は木曜日からだったのであっという間だ。今日も授業をしっかりと受け、バイトを頑張って週末を迎えよう。明日はサクラと2人きりでお出かけだから。
サクラと一緒に登校して校門を通ると、つい周りを見てしまう。昨日のバイトで、1年近く接客してきた小鳥遊さんがうちの高校に入学したと知ったから、学校に行くと会うのではないかと思って。
周りをキョロキョロと見ている理由をサクラに訊かれたので、小鳥遊さんのことを話す。すると、サクラは楽しそうに笑う。そして、
「一紗ちゃんが知ったら嫉妬するかもしれないね」
と言われた。以前、小鳥遊さんに接客した後、彼女は何者なのかと一紗に迫られたからな。隠しておくのもまずいし、教室に行ったら一紗にも話すか。
教室に行くと、一紗は自分の席で文庫本を読んでいた。窓がちょっと開いているので、一紗の髪が少しなびいていて。その姿は絵になるほどの美しさだ。
小泉さんと羽柴は……バッグもないし、まだ教室に来ていないのか。小泉さんは朝練かな。羽柴はコンビニで昼食を何にするか迷っているんだろう。あいつ、1年のときはそういった理由でギリギリで登校したことが何度もあったから。
俺はバッグを自分の机に置くと、サクラと一緒に一紗のところへ行く。本を読むのに集中しているのか、一紗はこちらには振り向かない。
「一紗、おはよう」
「おはよう、一紗ちゃん」
俺とサクラが声をかけると、ゆっくりとこちらに向き、静かな笑みを浮かべる。
俺は窓に寄り掛かるようにして立ち、サクラは机を挟んで一紗と向かい合うように立つ。
「……おはよう、大輝君、文香さん」
「おはよう。お昼、楽しみにしてるよ」
「……え、ええ」
一紗はそう一言だけ返事をした。
昨日のお昼に、一紗はサクラと俺のために玉子焼きを作ると言ってくれた。だから、それを楽しみに午前中の授業を頑張れそう。
その後、サクラが「あの常連客の子の正体が分かったんだよね」と言ったので、俺は一紗にも小鳥遊さんについて教える。すると、
「……縁ってあるものなのね。まあ、地元だとここに進学する人も多いのでしょう。まあ、同い年でクラスメイトの私の方があの子よりも距離は近いけれどね」
一紗は俺の目を見ながら落ち着いたトーンで答えた。意外だな。サクラの言うように嫉妬したり、この前のお店のときのように不機嫌そうになったりするかと思ったけど。今言ったように、自分がクラスメイトだからと余裕があるのかな。
少しだけ開いている窓から強めの春風が入り、一紗の長い黒髪がなびく。そのことで一紗の顔が一瞬隠れる。そこから覗く一紗の視線は、俺ではなく俺の後ろにある窓からの景色を見ているように思えた。
それから小泉さんや羽柴がやってきて、朝礼のチャイムが鳴るまで談笑する。ただ、一紗は昨日までよりも元気がないように見えた。
昼休み。
昨日と同じ形で、今日も5人でお昼ご飯を食べることに。2時間目に体育があったので、普段よりもお腹が空いている。
「じゃあ、今日もいただきます!」
『いただきます!』
今日も小泉さんによる号令で、お昼ご飯を食べ始める。
弁当箱の蓋を開けると、唐揚げやつくね、きんぴらごぼうなど、今日も俺の好きなおかずがたくさん入っている。中学校まで給食だったこともあってか、高校生になってもこういうことで幸せな気分になれる。隣で「美味しそう」というサクラの声も聞こえるからだろうか。
それに、今日は一紗の作ってくれた玉子焼きがあるんだ。午前中に体育があって良かったな。ただ、一紗は昨日までに比べると、あまり元気がないように思えるけど。
「……だ、大輝君、文香さん」
一紗はそう言うと、スクールバッグから小さな包みを取り出す。包みを開き、タッパーを自分の机に置いた。
「それに玉子焼きが入っているのかな、一紗」
「一紗ちゃんが作ってくれるから、優子さんには今日は玉子焼きは無しでいいって言っておいたの」
「そ、そうなの。お母様にそんなことを……」
すると、一紗は「はあっ」とため息をつく。いったいどうしたんだろう?
「……こんなにも楽しみにしてもらっていたのに。申し訳ないけど、玉子焼きは上手に作れなくて……結果的に炒り卵になってしまったの。普段、母や妹が簡単そうに作っているから、私でも作れると思っていたのだけれど、その考えは甘かったわ。作れなくてごめんなさい」
そう言って、一紗はタッパーの蓋を開ける。中には炒り卵が入っていた。焦がしてしまったのか、所々に黒くなっている部分がある。
朝からいつもよりあまり元気がなかった原因は、玉子焼きが作れなかったからだったんだな。そういえば、昨日、料理はそこまでできないと言っていたな。
「玉子焼きって難しいよな。小学生の頃にサクラや和奏姉さんに教えてもらいながら練習したけど、焦げたり、上手く巻けなかったりして。焦げなかったやつは炒り卵にして、その日の昼ご飯や晩ご飯のおかずになったよ」
「思い出した。ダイちゃん、あまりにもたくさん失敗するから、タッパーに詰めて私の家に持ち帰った記憶があるよ。あたしもお母さんや和奏ちゃんに教えてもらったけど、たくさん失敗して。あのときは私達のおやつになったよね」
「なったなった」
ただ、たくさんの炒り卵を食べさせられたので、しばらくの間、卵料理を見るとあまり食欲が湧かなくなったな。
「俺は両親に教えてもらったけど、コツを掴むまでは大変だったな」
「あたしも……小学生の頃にお母さんに教えてもらったけど、普段、あまり料理をしないから玉子焼きを作れる自信ないな。炒り卵かスクランブルエッグになるかもしれない」
「……みんな玉子焼きには苦労しているのね」
ふふっ、と一紗は声を出して上品に笑う。そんな一紗の顔からは、さっきまでと比べて悲しそうな雰囲気はなくなっていた。
「ところで、この……玉子焼き」
「間があったわね。気を遣わずに炒り卵と言ってくれていいわ、大輝君。失敗して何も持ってこないのは申し訳ないから、これを持ってきたの」
「……この炒り卵、多少焦げているけど美味しそうだな。食べてみてもいいか?」
「え、ええ。いいわよ。でも、危険だと思ったら吐き出してもいいからね」
「きっと、そういう展開にはならないと思うけど……分かった」
「私も食べようっと」
サクラと俺は炒り卵を一口食べる。そんな俺を、一紗が緊張と不安の混ざった表情をしながら見ている。
砂糖を相当入れたのだろうか。舌に触れた瞬間に砂糖の甘さをはっきりと感じて。咀嚼していくと玉子の甘みも感じられる。
「結構甘くて、焦げている部分の苦さも感じるけど、美味しいよ」
「かなり甘いけど美味しいよね! 小さい頃にお母さんが作ってくれた炒り卵はこのくらい甘かったな」
「……そう言ってくれて良かったわ」
「玉子焼きは甘いのが好みなサクラと俺のことを考えて作ってくれたのが分かるよ。ありがとう、一紗」
「ありがとう! 一紗ちゃん!」
俺が一紗の頭を優しく撫で、サクラが後ろから一紗を抱きしめる。サクラは一紗と至近距離で目が合うと嬉しそうに笑う。このことに、さすがの一紗もかなり照れくさそうな表情に。それがとても可愛らしい。
「ありがとう。この週末に、母と妹に作り方を教えてもらうわ。月曜日にはもっと美味しい玉子焼きを持ってこられるように頑張るわ」
「楽しみにしているね、一紗ちゃん」
「俺も楽しみにしてる」
「ええ」
そう言って頷く一紗の顔には、いつもの美しい笑みが浮かんでいた。
サクラと俺がかなり甘いと言ったからか、羽柴と小泉さんも興味津々。2人も炒り卵を食べると、甘いものが好きだからか美味しいと好評価。結果的に4人が同じくらいの量を食べ、そのことに一紗は嬉しそうにしていた。
今日で高校2年生最初の1週間が終わる。火曜日は休みだったし、授業は木曜日からだったのであっという間だ。今日も授業をしっかりと受け、バイトを頑張って週末を迎えよう。明日はサクラと2人きりでお出かけだから。
サクラと一緒に登校して校門を通ると、つい周りを見てしまう。昨日のバイトで、1年近く接客してきた小鳥遊さんがうちの高校に入学したと知ったから、学校に行くと会うのではないかと思って。
周りをキョロキョロと見ている理由をサクラに訊かれたので、小鳥遊さんのことを話す。すると、サクラは楽しそうに笑う。そして、
「一紗ちゃんが知ったら嫉妬するかもしれないね」
と言われた。以前、小鳥遊さんに接客した後、彼女は何者なのかと一紗に迫られたからな。隠しておくのもまずいし、教室に行ったら一紗にも話すか。
教室に行くと、一紗は自分の席で文庫本を読んでいた。窓がちょっと開いているので、一紗の髪が少しなびいていて。その姿は絵になるほどの美しさだ。
小泉さんと羽柴は……バッグもないし、まだ教室に来ていないのか。小泉さんは朝練かな。羽柴はコンビニで昼食を何にするか迷っているんだろう。あいつ、1年のときはそういった理由でギリギリで登校したことが何度もあったから。
俺はバッグを自分の机に置くと、サクラと一緒に一紗のところへ行く。本を読むのに集中しているのか、一紗はこちらには振り向かない。
「一紗、おはよう」
「おはよう、一紗ちゃん」
俺とサクラが声をかけると、ゆっくりとこちらに向き、静かな笑みを浮かべる。
俺は窓に寄り掛かるようにして立ち、サクラは机を挟んで一紗と向かい合うように立つ。
「……おはよう、大輝君、文香さん」
「おはよう。お昼、楽しみにしてるよ」
「……え、ええ」
一紗はそう一言だけ返事をした。
昨日のお昼に、一紗はサクラと俺のために玉子焼きを作ると言ってくれた。だから、それを楽しみに午前中の授業を頑張れそう。
その後、サクラが「あの常連客の子の正体が分かったんだよね」と言ったので、俺は一紗にも小鳥遊さんについて教える。すると、
「……縁ってあるものなのね。まあ、地元だとここに進学する人も多いのでしょう。まあ、同い年でクラスメイトの私の方があの子よりも距離は近いけれどね」
一紗は俺の目を見ながら落ち着いたトーンで答えた。意外だな。サクラの言うように嫉妬したり、この前のお店のときのように不機嫌そうになったりするかと思ったけど。今言ったように、自分がクラスメイトだからと余裕があるのかな。
少しだけ開いている窓から強めの春風が入り、一紗の長い黒髪がなびく。そのことで一紗の顔が一瞬隠れる。そこから覗く一紗の視線は、俺ではなく俺の後ろにある窓からの景色を見ているように思えた。
それから小泉さんや羽柴がやってきて、朝礼のチャイムが鳴るまで談笑する。ただ、一紗は昨日までよりも元気がないように見えた。
昼休み。
昨日と同じ形で、今日も5人でお昼ご飯を食べることに。2時間目に体育があったので、普段よりもお腹が空いている。
「じゃあ、今日もいただきます!」
『いただきます!』
今日も小泉さんによる号令で、お昼ご飯を食べ始める。
弁当箱の蓋を開けると、唐揚げやつくね、きんぴらごぼうなど、今日も俺の好きなおかずがたくさん入っている。中学校まで給食だったこともあってか、高校生になってもこういうことで幸せな気分になれる。隣で「美味しそう」というサクラの声も聞こえるからだろうか。
それに、今日は一紗の作ってくれた玉子焼きがあるんだ。午前中に体育があって良かったな。ただ、一紗は昨日までに比べると、あまり元気がないように思えるけど。
「……だ、大輝君、文香さん」
一紗はそう言うと、スクールバッグから小さな包みを取り出す。包みを開き、タッパーを自分の机に置いた。
「それに玉子焼きが入っているのかな、一紗」
「一紗ちゃんが作ってくれるから、優子さんには今日は玉子焼きは無しでいいって言っておいたの」
「そ、そうなの。お母様にそんなことを……」
すると、一紗は「はあっ」とため息をつく。いったいどうしたんだろう?
「……こんなにも楽しみにしてもらっていたのに。申し訳ないけど、玉子焼きは上手に作れなくて……結果的に炒り卵になってしまったの。普段、母や妹が簡単そうに作っているから、私でも作れると思っていたのだけれど、その考えは甘かったわ。作れなくてごめんなさい」
そう言って、一紗はタッパーの蓋を開ける。中には炒り卵が入っていた。焦がしてしまったのか、所々に黒くなっている部分がある。
朝からいつもよりあまり元気がなかった原因は、玉子焼きが作れなかったからだったんだな。そういえば、昨日、料理はそこまでできないと言っていたな。
「玉子焼きって難しいよな。小学生の頃にサクラや和奏姉さんに教えてもらいながら練習したけど、焦げたり、上手く巻けなかったりして。焦げなかったやつは炒り卵にして、その日の昼ご飯や晩ご飯のおかずになったよ」
「思い出した。ダイちゃん、あまりにもたくさん失敗するから、タッパーに詰めて私の家に持ち帰った記憶があるよ。あたしもお母さんや和奏ちゃんに教えてもらったけど、たくさん失敗して。あのときは私達のおやつになったよね」
「なったなった」
ただ、たくさんの炒り卵を食べさせられたので、しばらくの間、卵料理を見るとあまり食欲が湧かなくなったな。
「俺は両親に教えてもらったけど、コツを掴むまでは大変だったな」
「あたしも……小学生の頃にお母さんに教えてもらったけど、普段、あまり料理をしないから玉子焼きを作れる自信ないな。炒り卵かスクランブルエッグになるかもしれない」
「……みんな玉子焼きには苦労しているのね」
ふふっ、と一紗は声を出して上品に笑う。そんな一紗の顔からは、さっきまでと比べて悲しそうな雰囲気はなくなっていた。
「ところで、この……玉子焼き」
「間があったわね。気を遣わずに炒り卵と言ってくれていいわ、大輝君。失敗して何も持ってこないのは申し訳ないから、これを持ってきたの」
「……この炒り卵、多少焦げているけど美味しそうだな。食べてみてもいいか?」
「え、ええ。いいわよ。でも、危険だと思ったら吐き出してもいいからね」
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砂糖を相当入れたのだろうか。舌に触れた瞬間に砂糖の甘さをはっきりと感じて。咀嚼していくと玉子の甘みも感じられる。
「結構甘くて、焦げている部分の苦さも感じるけど、美味しいよ」
「かなり甘いけど美味しいよね! 小さい頃にお母さんが作ってくれた炒り卵はこのくらい甘かったな」
「……そう言ってくれて良かったわ」
「玉子焼きは甘いのが好みなサクラと俺のことを考えて作ってくれたのが分かるよ。ありがとう、一紗」
「ありがとう! 一紗ちゃん!」
俺が一紗の頭を優しく撫で、サクラが後ろから一紗を抱きしめる。サクラは一紗と至近距離で目が合うと嬉しそうに笑う。このことに、さすがの一紗もかなり照れくさそうな表情に。それがとても可愛らしい。
「ありがとう。この週末に、母と妹に作り方を教えてもらうわ。月曜日にはもっと美味しい玉子焼きを持ってこられるように頑張るわ」
「楽しみにしているね、一紗ちゃん」
「俺も楽しみにしてる」
「ええ」
そう言って頷く一紗の顔には、いつもの美しい笑みが浮かんでいた。
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