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本編-ARIA-
第18話『先輩と呑む』
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毎日、美来は放課後に僕の家に来て、料理を作っておいてくれる。
その度に僕はお礼を言って、何事もなく学校生活を送ることができているかを訊く。
美来は決まって今日も学校が楽しかった、何も変なことはなかったと返信してくれた。
僕の方は美来と電話やメッセージで話をしたり、彼女の作ってくれた料理を食べたりしたおかげで、これまでよりも元気に仕事に行くことができている。
5月20日、金曜日。
今日で1週間の仕事が終わり、夜からまた美来と一緒に過ごせると思うとやる気になるけれど、こういう日に限って緊急の案件が入ったり、残業必至の事態になったりするんだよな。
「さあ、今日も頑張るわよ!」
「……そうですね」
有紗さんが物凄くやる気になっている。今日は有紗さんと2人で呑む予定だ。今のところ、他の予定は何も入っていない。
「智也君、今日は絶対に定時に終わらせようね」
「何事もなければきっと終わりますよ」
何事も無ければね。
しかし、昼前になって今日締め切りの提出物に訂正が必要であるメールが届いた。原因は他責なんだけれども。修正箇所が多く今日中に客先に提出しなければならないので、果たして定時までに終わらせることができるのか。
「まったく、どうして締め切り日になって、変更箇所が出たなんてメールが来るんだろうね。しかも、この内容……次回の提出でも十分にOKじゃない」
定時に帰ることができるかどうかが分からなくなったため、有紗さんはかなり不満そうな表情を浮かべている。修正が必要な理由を読むと……確かに、今日修正しなくても影響はなさそうだ。
「でも、お客様からの要望ですから、必要であるかは関係なく、それには応えないといけませんよね」
SKTT側の担当者である勝沼さんもこのタイミングで修正依頼を出すとは。あの方はかなり口の上手い方だし、おそらく、後の作業に影響が出ることを避けるためだと来週の定例会議に言われるんだろうな。
「特に他にやらなければいけないこともありませんし、午後丸ごと使えば定時までに終わりますよ、きっと」
「そうね……まあ、頑張りましょう。とりあえず、昼休み中にツールを使って資料の作成はしておくから、午後に内容が合っているかクロスチェックしましょう」
「はい、分かりました」
提出物を自動かつ高速で作るツールを導入しているけれど、こういう場面でツールがあって良かったなと思う。中には作るのに手動で何時間もかかりそうな資料が、ツールを使えば数分くらいで終わるし。
有紗さんの言うように、昼休み中にツールを用いて資料を作成し、午後はその資料の中身が合っているかどうかクロスチェック。
資料の量がそれなりに多かったので、チェックを終わらせて有紗さんが客先に提出が終わったときには終業時間30分前になっていた。
「何とか終わったわね」
「ええ、ちゃんとできて良かったです」
「あと30分で終わるのね。何だか得した気分」
有紗さん、修正の依頼メールが来たときはかなり怒っていたのに、今はすっかりと気分が良くなっている。大変だったけれど、気付けばあと30分で終わるというのは得した気分である。すっきりとして休みに入れるのはいいものだ。
「じゃあ、あとは今週の汚れを綺麗にして、6時になったら帰ろうか」
「そうですね」
今日のように週の最後に定時で帰れそうなときは、終業30分前くらいから自分のデスクの掃除をすることにしている。これは、僕が3月までいた前の現場での日課だったんだけれど。今は有紗さんと僕だけがしている習慣だ。
デスクの掃除をして、昼休みに買っておいたボトル缶コーヒーの残りを飲んだら、午後6時をちょっと過ぎていた。
「じゃあ、行こうか、智也君」
「そうですね。では、お先に失礼します。お疲れ様でした」
そう言って、僕と有紗さんは一緒にオフィスを後にする。定時での仕事を終えたので、外はまだまだ明るかった。
「有紗さんのオススメのお店に連れて行ってくれるんですよね」
「うん、この近くにあるんだよ。ゆっくりと呑めるお店があるの」
「そうなんですか。今日は有紗さんとゆっくりと呑みたい気分だったんですよ」
「ふふっ、ちなみに今日はあたしの奢りだから」
「ありがとうございます」
月曜日には羽賀に奢ってもらって、今日は有紗さんに奢ってもらうのか。有り難いな。
オフィスから徒歩10分ほど。有紗さんがオススメする居酒屋さんに到着する。静かに呑めるということもあって、オフィスビル群から外れたところに店が構えられていた。
中に入ると、随分と上品そうな雰囲気だった。居酒屋というよりも、小料理屋といった感じ。月曜日に羽賀や岡村と呑んだ居酒屋よりも高そうだ。
カウンター席もテーブル席もあったけれど、僕らはカウンター席に座った。
「まずはビールでいいかしら」
「はい」
「じゃあ、生ビールを2つお願いします」
周りを見てみても、僕ら以外の客は数えるほどしかいない。ここなら確かにゆっくりと有紗さんと一緒に呑めそうだ。
程なくしてビールが運ばれる。
「今週もお疲れ様、智也君」
「お疲れ様です、有紗さん」
乾杯をして、僕と有紗さんはビールを呑んだ。1週間の仕事が終わって呑むビールというのはこんなにも美味しいものなのか。
「美味しい!」
有紗さんはとても可愛らしい笑顔をしていた。僕と2人で呑むことをとても楽しみにしていたようだから、この瞬間が嬉しいのかもしれない。
「どう? 今の現場には大分慣れてきた?」
「はい。有紗さんのおかげで分からないことも少しずつなくなってきましたし。チームのみなさんもいい方達ばかりなので」
「……嬉しいこと言ってくれるわね。本当に……」
そう言うと、有紗さんは目を潤ませる。もしかして、有紗さんってお酒が入ると泣き上戸になるのかな。今までの飲み会ではそんな雰囲気は全く見せなかったけれど。
「前の現場と今の現場はどっちの方がいい?」
「どちらもいいですよ。前のチームは周りが男の方ばかりで、ベテランの方が多かったんで安心感もあったんですけどね。でも、有紗さんのように歳の近い先輩がいると凄く安心しますね」
「……真面目ねぇ。智也君はしっかりとしたいい先輩になれると思うわ。だって、あたしにも色々と教えてくれるもんね。智也君はあたしの自慢の後輩だよぉ」
有紗さんは僕の頭を優しく撫でてくる。有紗さん、早くもお酒が回ってきているのかも。ビールをジョッキ1杯飲み干しただけなんだけれど。いつもと雰囲気が違うぞ。
「ねえ、智也君。智也君って彼女っているの?」
「……い、いません」
同じ女の子からプロポーズは2回ほどされましたけれど。
というか、唐突にどうしてそんなことを訊いてくるんだろう。まさか、有紗さん……僕のことを? 僕と2人きりで呑むことを楽しみにしていたし。どうなんだろうなぁ。
「ええっ、意外だなぁ。智也君、優しいし、真面目だし、イケメンだし……絶対に彼女がいると思っていたのに」
「そうですかね」
10年前からずっと僕を一途に想い続けてくれている女の子はいますけど。美来以外、僕のことが好きだという人は1人も知らない。
「じゃあ、あたしと付き合っちゃおうか。あたし、智也君のことが気になってたし」
「えっ!」
「……なぁんて、冗談よ。急にそんなこと言われても困っちゃうだけだよね」
何だ、からかいたかっただけか。
急に付き合うとか言われたから、一瞬、心臓が止まっちゃったよ。驚きすぎて酔いが一気に醒めたよ。ただ、今の言葉を言われて頭によぎったのは有紗さんの喜ぶ顔ではなく、美来の悲しむ顔だけだった。
「もう、冗談言わないでくださいよ。ビックリしちゃったじゃないですか」
今頃、美来が僕の家に来て、1人で僕のことを待っていてくれると思うと、とてもじゃないけれど誰かの恋人になることなんてできない。
「でもさ」
すると、有紗さんは僕の左肩に頭をそっと乗せて、
「智也君は素敵な男性だと思ってるよ」
僕にしか聞こえないくらいの小さな声でそう言った。その声は普段の有紗さんの声よりも幼く聞こえた。
「……そうですか」
素敵な男性ねぇ。そういうことも、美来以外の女性に言われたのは初めてだ。
優しいとか、真面目とか、素敵とか……全然そういう自覚がなくて。自分言うのはナルシストで嫌だから絶対に言うことはないけど。自分が思う自分と、他人が思っている自分のギャップが激しくて、ちょっと戸惑っている。
「そういえば、有紗さんは付き合っている方はいらっしゃるんですか?」
訊かれたことにはちゃんと訊き返さないと。
「……いるわけがないでしょ。そうじゃなきゃ、あたしと付き合わないかなんて口にするわけないよ……」
「そこは真面目なんですね」
冗談であたしと付き合おうかなんて言うから、有紗さんには既に付き合っている方がいるんだと思っていた。
「有紗さん。さっきの先輩の冗談に対して、仮に僕が付き合ってくださいって言ったらどうしていたんですか? それでも、冗談だって言うつもりでしたか」
今の僕には美来がいるから、冗談で付き合うなんて言わないけれど。それでも、僕が有紗さんの冗談を本気にしたら、有紗さんはどうしていたんだろう。
「え、えっ? 智也君に付き合ってくださいって言われていたら……えっと……えっと、想像しただけでドキドキする……」
有紗さんは顔を赤くして、僕のことをチラチラと見ている。この様子、まんざらでもなさそうだぞ。
「ドキドキしているならそれ以上、考えなくていいです。お酒を呑んでいるときにドキドキしてしまうと体調を崩してしまうかもしれないので」
「あっ、う、うん……」
何か、変な空気になっちゃったな。
「有紗さん、ビールがほとんど残っていないですね。僕はサワーを頼もうと思っているんですけど、有紗さんも何か頼みます?」
「じゃあ、オレンジサワーで」
「分かりました。すみません、オレンジサワーとレモンサワーを1つずつ」
「かしこまりました」
せっかく、有紗さんが楽しみにしていた時間なんだ。お酒を呑んだり、料理を食べたりして彼女との時間を楽しまないと。
それぞれの頼んだサワーが運ばれてきて一口呑むと、
「美味しい!」
有紗さんはいつも通りの可愛らしい笑みを見せてくれる。
その後は互いの学生時代の話だったり、その話の中で分かった好きな音楽やアニメのことだったり。たくさんの花を咲かせるのであった。
その度に僕はお礼を言って、何事もなく学校生活を送ることができているかを訊く。
美来は決まって今日も学校が楽しかった、何も変なことはなかったと返信してくれた。
僕の方は美来と電話やメッセージで話をしたり、彼女の作ってくれた料理を食べたりしたおかげで、これまでよりも元気に仕事に行くことができている。
5月20日、金曜日。
今日で1週間の仕事が終わり、夜からまた美来と一緒に過ごせると思うとやる気になるけれど、こういう日に限って緊急の案件が入ったり、残業必至の事態になったりするんだよな。
「さあ、今日も頑張るわよ!」
「……そうですね」
有紗さんが物凄くやる気になっている。今日は有紗さんと2人で呑む予定だ。今のところ、他の予定は何も入っていない。
「智也君、今日は絶対に定時に終わらせようね」
「何事もなければきっと終わりますよ」
何事も無ければね。
しかし、昼前になって今日締め切りの提出物に訂正が必要であるメールが届いた。原因は他責なんだけれども。修正箇所が多く今日中に客先に提出しなければならないので、果たして定時までに終わらせることができるのか。
「まったく、どうして締め切り日になって、変更箇所が出たなんてメールが来るんだろうね。しかも、この内容……次回の提出でも十分にOKじゃない」
定時に帰ることができるかどうかが分からなくなったため、有紗さんはかなり不満そうな表情を浮かべている。修正が必要な理由を読むと……確かに、今日修正しなくても影響はなさそうだ。
「でも、お客様からの要望ですから、必要であるかは関係なく、それには応えないといけませんよね」
SKTT側の担当者である勝沼さんもこのタイミングで修正依頼を出すとは。あの方はかなり口の上手い方だし、おそらく、後の作業に影響が出ることを避けるためだと来週の定例会議に言われるんだろうな。
「特に他にやらなければいけないこともありませんし、午後丸ごと使えば定時までに終わりますよ、きっと」
「そうね……まあ、頑張りましょう。とりあえず、昼休み中にツールを使って資料の作成はしておくから、午後に内容が合っているかクロスチェックしましょう」
「はい、分かりました」
提出物を自動かつ高速で作るツールを導入しているけれど、こういう場面でツールがあって良かったなと思う。中には作るのに手動で何時間もかかりそうな資料が、ツールを使えば数分くらいで終わるし。
有紗さんの言うように、昼休み中にツールを用いて資料を作成し、午後はその資料の中身が合っているかどうかクロスチェック。
資料の量がそれなりに多かったので、チェックを終わらせて有紗さんが客先に提出が終わったときには終業時間30分前になっていた。
「何とか終わったわね」
「ええ、ちゃんとできて良かったです」
「あと30分で終わるのね。何だか得した気分」
有紗さん、修正の依頼メールが来たときはかなり怒っていたのに、今はすっかりと気分が良くなっている。大変だったけれど、気付けばあと30分で終わるというのは得した気分である。すっきりとして休みに入れるのはいいものだ。
「じゃあ、あとは今週の汚れを綺麗にして、6時になったら帰ろうか」
「そうですね」
今日のように週の最後に定時で帰れそうなときは、終業30分前くらいから自分のデスクの掃除をすることにしている。これは、僕が3月までいた前の現場での日課だったんだけれど。今は有紗さんと僕だけがしている習慣だ。
デスクの掃除をして、昼休みに買っておいたボトル缶コーヒーの残りを飲んだら、午後6時をちょっと過ぎていた。
「じゃあ、行こうか、智也君」
「そうですね。では、お先に失礼します。お疲れ様でした」
そう言って、僕と有紗さんは一緒にオフィスを後にする。定時での仕事を終えたので、外はまだまだ明るかった。
「有紗さんのオススメのお店に連れて行ってくれるんですよね」
「うん、この近くにあるんだよ。ゆっくりと呑めるお店があるの」
「そうなんですか。今日は有紗さんとゆっくりと呑みたい気分だったんですよ」
「ふふっ、ちなみに今日はあたしの奢りだから」
「ありがとうございます」
月曜日には羽賀に奢ってもらって、今日は有紗さんに奢ってもらうのか。有り難いな。
オフィスから徒歩10分ほど。有紗さんがオススメする居酒屋さんに到着する。静かに呑めるということもあって、オフィスビル群から外れたところに店が構えられていた。
中に入ると、随分と上品そうな雰囲気だった。居酒屋というよりも、小料理屋といった感じ。月曜日に羽賀や岡村と呑んだ居酒屋よりも高そうだ。
カウンター席もテーブル席もあったけれど、僕らはカウンター席に座った。
「まずはビールでいいかしら」
「はい」
「じゃあ、生ビールを2つお願いします」
周りを見てみても、僕ら以外の客は数えるほどしかいない。ここなら確かにゆっくりと有紗さんと一緒に呑めそうだ。
程なくしてビールが運ばれる。
「今週もお疲れ様、智也君」
「お疲れ様です、有紗さん」
乾杯をして、僕と有紗さんはビールを呑んだ。1週間の仕事が終わって呑むビールというのはこんなにも美味しいものなのか。
「美味しい!」
有紗さんはとても可愛らしい笑顔をしていた。僕と2人で呑むことをとても楽しみにしていたようだから、この瞬間が嬉しいのかもしれない。
「どう? 今の現場には大分慣れてきた?」
「はい。有紗さんのおかげで分からないことも少しずつなくなってきましたし。チームのみなさんもいい方達ばかりなので」
「……嬉しいこと言ってくれるわね。本当に……」
そう言うと、有紗さんは目を潤ませる。もしかして、有紗さんってお酒が入ると泣き上戸になるのかな。今までの飲み会ではそんな雰囲気は全く見せなかったけれど。
「前の現場と今の現場はどっちの方がいい?」
「どちらもいいですよ。前のチームは周りが男の方ばかりで、ベテランの方が多かったんで安心感もあったんですけどね。でも、有紗さんのように歳の近い先輩がいると凄く安心しますね」
「……真面目ねぇ。智也君はしっかりとしたいい先輩になれると思うわ。だって、あたしにも色々と教えてくれるもんね。智也君はあたしの自慢の後輩だよぉ」
有紗さんは僕の頭を優しく撫でてくる。有紗さん、早くもお酒が回ってきているのかも。ビールをジョッキ1杯飲み干しただけなんだけれど。いつもと雰囲気が違うぞ。
「ねえ、智也君。智也君って彼女っているの?」
「……い、いません」
同じ女の子からプロポーズは2回ほどされましたけれど。
というか、唐突にどうしてそんなことを訊いてくるんだろう。まさか、有紗さん……僕のことを? 僕と2人きりで呑むことを楽しみにしていたし。どうなんだろうなぁ。
「ええっ、意外だなぁ。智也君、優しいし、真面目だし、イケメンだし……絶対に彼女がいると思っていたのに」
「そうですかね」
10年前からずっと僕を一途に想い続けてくれている女の子はいますけど。美来以外、僕のことが好きだという人は1人も知らない。
「じゃあ、あたしと付き合っちゃおうか。あたし、智也君のことが気になってたし」
「えっ!」
「……なぁんて、冗談よ。急にそんなこと言われても困っちゃうだけだよね」
何だ、からかいたかっただけか。
急に付き合うとか言われたから、一瞬、心臓が止まっちゃったよ。驚きすぎて酔いが一気に醒めたよ。ただ、今の言葉を言われて頭によぎったのは有紗さんの喜ぶ顔ではなく、美来の悲しむ顔だけだった。
「もう、冗談言わないでくださいよ。ビックリしちゃったじゃないですか」
今頃、美来が僕の家に来て、1人で僕のことを待っていてくれると思うと、とてもじゃないけれど誰かの恋人になることなんてできない。
「でもさ」
すると、有紗さんは僕の左肩に頭をそっと乗せて、
「智也君は素敵な男性だと思ってるよ」
僕にしか聞こえないくらいの小さな声でそう言った。その声は普段の有紗さんの声よりも幼く聞こえた。
「……そうですか」
素敵な男性ねぇ。そういうことも、美来以外の女性に言われたのは初めてだ。
優しいとか、真面目とか、素敵とか……全然そういう自覚がなくて。自分言うのはナルシストで嫌だから絶対に言うことはないけど。自分が思う自分と、他人が思っている自分のギャップが激しくて、ちょっと戸惑っている。
「そういえば、有紗さんは付き合っている方はいらっしゃるんですか?」
訊かれたことにはちゃんと訊き返さないと。
「……いるわけがないでしょ。そうじゃなきゃ、あたしと付き合わないかなんて口にするわけないよ……」
「そこは真面目なんですね」
冗談であたしと付き合おうかなんて言うから、有紗さんには既に付き合っている方がいるんだと思っていた。
「有紗さん。さっきの先輩の冗談に対して、仮に僕が付き合ってくださいって言ったらどうしていたんですか? それでも、冗談だって言うつもりでしたか」
今の僕には美来がいるから、冗談で付き合うなんて言わないけれど。それでも、僕が有紗さんの冗談を本気にしたら、有紗さんはどうしていたんだろう。
「え、えっ? 智也君に付き合ってくださいって言われていたら……えっと……えっと、想像しただけでドキドキする……」
有紗さんは顔を赤くして、僕のことをチラチラと見ている。この様子、まんざらでもなさそうだぞ。
「ドキドキしているならそれ以上、考えなくていいです。お酒を呑んでいるときにドキドキしてしまうと体調を崩してしまうかもしれないので」
「あっ、う、うん……」
何か、変な空気になっちゃったな。
「有紗さん、ビールがほとんど残っていないですね。僕はサワーを頼もうと思っているんですけど、有紗さんも何か頼みます?」
「じゃあ、オレンジサワーで」
「分かりました。すみません、オレンジサワーとレモンサワーを1つずつ」
「かしこまりました」
せっかく、有紗さんが楽しみにしていた時間なんだ。お酒を呑んだり、料理を食べたりして彼女との時間を楽しまないと。
それぞれの頼んだサワーが運ばれてきて一口呑むと、
「美味しい!」
有紗さんはいつも通りの可愛らしい笑みを見せてくれる。
その後は互いの学生時代の話だったり、その話の中で分かった好きな音楽やアニメのことだったり。たくさんの花を咲かせるのであった。
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