アリア

桜庭かなめ

文字の大きさ
20 / 292
本編-ARIA-

第19話『キロ』

しおりを挟む
 居酒屋を出たのは午後9時過ぎ。さすがにこの時間になると、ちょっと肌寒い。

「よーし、家に帰るぞー!」
「帰りましょうね」

 あまり強いお酒を呑まなかった僕はそこまで酔っていないけれど、ウイスキーやワインなど強いお酒を呑んだ有紗さんは大分酔っている。フラフラしてしまうからか、僕に腕を絡ませている。こればかりはしょうがない。

「そうだ、美来にメッセージを送っておくか」

 きっと、今か今かと僕の帰りを待っているだろうから。

『これから帰るね』

 というメッセージを送っておいた。
 すると、僕の送信したメッセージはすぐに既読となり、

『分かりました。待っていますね』

 よし、これで大丈夫かな。

「何よ、あたしを無視して誰かと連絡しちゃって。かまってくれないと怒っちゃうぞ」

 有紗さんはそう言うと、更に強く腕を絡ませてくる。頬を膨らませちゃって……酔うと寂しがり屋になるのかな、この人は。

「はいはい、一緒に帰りましょうね」
「子供扱いしないでよ。あたしは智也君の先輩で……お姉さんなんだよ」
「分かりましたよ、有紗先輩」

 居酒屋の中ではほんわかとした雰囲気だったのに、店を出た途端に甘えん坊さんという本性が出始めているようだ。まったく、可愛い先輩だな。こんな姿を美来に見られたら、激しく嫉妬されそうだな。
 酔っ払っている有紗さんに駅までの道を聞き出して、何とか最寄り駅まで到着し、電車に乗る。運良く2人分の席が空いていたので一緒に座った。

「眠い……」

 座ったことで、有紗さんは眠気に襲われているのかな。

「僕が起きているんで、有紗さんが降りる駅の近くになったら起こしますよ。なので、ゆっくりと寝ていてください」
「うん、分かった……」

 すると、有紗さんは僕の腕を枕にして眠り始める。お酒が入っているからか、すぐに寝息が聞こえてきた。彼女の顔を見てみると、気持ち良さそうに眠っている。
 正面の車窓に僕と有紗さんの姿が見える。お互いにスーツ姿だけれど、周りには僕らが付き合って見えるかもしれない。有紗さんとは単なる職場の先輩と後輩の関係なのに、なぜか罪悪感のような気持ちを抱いてしまう。

「智也くん……ずっと側にいて……」

 夢の中に僕が出ているのだろうか。僕の名前を呟いている。ずっと側にいてほしいか。

「……異動がなければね」

 有紗さんのように近しい先輩がいると、仕事をする上でも心強い。

「感謝しています、有紗さん」

 他の誰にも聞こえないように有紗さんの耳元でそう言うと、有紗さんに伝わったのか彼女は微笑んだ。
 電車に乗ってから約30分後、先輩の家の最寄り駅にそろそろ到着しようとしていた。

「有紗さん、起きてください……」
「すぅ……」

 有紗さん、完全に熟睡しているな。

「有紗さん、起きてください」

 肩を軽く叩いてもみても、ちょっと嫌そうな表情をしただけで一向に起きる気配がない。夢の中でも僕に叩かれているのかも。
 電車は有紗さんの降りる駅に到着してしまう。しょうがない、ここは一旦、僕も一緒に降りるか。

「有紗さん、一緒に降りましょうね」

 有紗さんと一緒に立とうとしても、完全に寝てしまっているからか、有紗さんの体がかなり重く感じる。
 結局、一緒に降りることができぬまま、電車は発車してしまった。
 どうしよう。次の駅で降りて有紗さんの最寄り駅に戻るか。でも、下手をしたらその繰り返しになって終電を逃す可能性が。仮に降りることができても、有紗さんの家まで送らなければいけない。ただ、僕は有紗さんの家までの道のりも知らないし。

「こうなったら……」

 僕の家には美来がいる。美来には悪いけれど、有紗さんを僕の家に連れて行って、今夜は泊まってもらう方がいいかもしれない。美来が物凄く嫌がりそうだ。でも、今の状況で僕にできる最善のことはそれだろう。

「有紗さん、今日は僕の家に行きましょう。それでもいいですか?」
「……うんっ……」

 今の「うん」は僕への返事なのか、単に声が漏れたのか。
 僕の家で有紗さんが目を覚ましたとき、どういう反応をするんだろう。僕の家にいることや美来もいることで驚かれるかもしれない。
 もしかしたら、僕は物凄く危険な選択肢を選んでしまったのかもしれない。地雷ばかりの道を歩き始めた気がした。これから慎重にならないと。
 そんなことを考えていると、自宅の最寄り駅に電車が到着しようとしていた。

「ほら、有紗さん。今度こそ降りますよ!」
「うん……」

 有紗さんの目が開けてにっこりと笑った。よし、これなら一緒に降りることができる。
 電車が最寄り駅に到着し、僕と有紗さんは一緒に電車を降りた。

「有紗さん、これから僕の家に行きますよ。そこまで頑張って歩きましょうね」

 まるでお年寄りに話しかけているようだ。

「うん、分かった……」

 幸いにも、僕に寄りかかりながらも自分の足で歩けている。
 あまり人気のない夜道を有紗さんと一緒に歩く。家に近づくにつれて、段々と恐怖心が増してきている。美来、どんな顔をするのかなぁ。
 いつもよりもちょっと時間がかかってしまったけれど、無事に僕の住むアパートまで辿りついた。自宅の玄関前まで有紗さんを連れて行く。

「緊張するな……」

 インターホンを押すことをちょっと躊躇ったけれど、ここまで来て有紗さんを帰すわけにはいかない。僕は勇気を出してインターホンを押した。

『はい、どちら様ですか?』
「ただいま、智也だよ。玄関を開けてくれるかな」
『はい! すぐに開けますね』

 程なくして玄関の扉が開かれた。お風呂に入ったからなのか、家の中からは寝間着姿の美来が現れ、

「おかえりなさい、智也さん。軽くごはんを食べますか? お風呂にしますか? それとも、わ・た……えっ!」

 うっとりとした表情で僕のことを見ていた美来だったけれど、僕に腕を絡ませている有紗さんの姿が視界に入ったからか、一瞬にしてぎょっとした表情になる。

「ただいま、美来。えっと、ちょっと訳があって、一緒に呑んでいた職場の先輩を連れてきてしまいました……」

 僕に腕を絡ませている女性が、僕と一緒に呑んでいた職場の女性であると正直に話すと、美来は目を潤ませ、頬を膨らませ、

「ちょっと訳があってって……これはいったいどういうことなんですか!」

 美来の叫びが響き渡る。それでも、有紗さんは全く驚くことなく僕に腕を絡ませたままうとうとしている。

「とりあえず、中に入っていいかな。もう夜も遅いし」

 自分の家なのに入っていいかどうかを訊くのは切ないけれど。今は午後10時を過ぎているし、ここからかなり酔っ払っている有紗さんを帰らせるのはかわいそうだ。

「その女性とは本当に……一緒に働いているだけなんですよね?」
「そうだよ」
「それなら、その方を入れていいです。ベッドに寝かせましょう」
「ありがとう」

 とりあえず、中に入れてもらうことができて良かった。
 有紗さんをベッドに横にさせ、ふとんを掛ける。すると、それがとても気持ちいいのか彼女はすぐに寝息を立て始めるのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。

NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。 中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。 しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。 助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。 無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。 だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。 この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。 この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった…… 7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか? NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。 ※この作品だけを読まれても普通に面白いです。 関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】     【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

処理中です...