アリア

桜庭かなめ

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本編-ARIA-

第24話『親友来訪』

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 朝食の後片付けが終わり、恒例のコーヒー&ティータイム。僕はコーヒー、美来は紅茶なのは分かっているんだけれど、

「有紗さんは何を飲みます? 職場ではコーヒーが多いですけど」
「コーヒーがいいかな」
「砂糖とミルクは?」
「お願い……って言いたいところだけれど、今は智也君のメイドだからね。自分でやるわ。コーヒーとか置いてある場所を教えてくれるかな」
「私が知っていますので、一緒にやりましょう」
「……本当にこの家に住んでいる感じが伝わってくるね」
「えへへっ」

 メイドさん2人は何だかんだで楽しそうにやっているな。メイド服姿の女性がキッチンで並んでいる光景というのはなかなかのものだ。非日常の感覚を味わわせてくれる。
 ――プルルッ。
 あれ、僕のスマートフォンが鳴っている。画面を見てみると、発信者は『羽賀尊』となっていた。

「羽賀か。どうした?」
『今、氷室の家の近くにいるのだ。昼に大学時代の友人と食事をするつもりなのだ。午前中のみになるが、君の家に遊びに行ってもいいだろうか。もし、例の朝比奈さんがいるのであれば、邪魔にならぬよう配慮するが』
「ああ、気軽に来てくれて大丈夫だよ」

 美来や有紗さんにとって、今は女性よりも男性のお客さんの方がいいんじゃないだろうか。色々と考えなくていいだろうから。

『ありがとう。今、君の家の最寄り駅にいるから、10分くらいだろうか。すぐに君の家に着くと思う』
「分かった。待ってるよ」
『では、また後で』

 羽賀の方から通話を切った。
 羽賀が家に来るのか。実家にいたときはもちろんあったけれど、僕がここに引っ越してきてからは初めてだと思う。

「どなたから電話だったんですか?」
「羽賀尊っていう僕の親友だよ。高校時代まで一緒だった」
「……ああ、智也さんとよく一緒にいた方達の1人ですね。茶髪で顔がイケメンの方と、金髪の方がいましたけど、どちらでしたっけ?」
「……茶髪のイケメンの方だよ」
「そうなんですか」

 そうだ、美来は僕のことを遠くからずっと見ていたんだ。だから、名前と顔が一致しなくとも僕とよくいる男子2人の存在は認知しているんだな。

「その羽賀さんっていうのは、月曜日にも智也君に電話をかけてきた人?」
「ええ、そうです。彼が午前中だけなんですけど、家に来ることになったんですが大丈夫でしたかね?」

 羽賀にはいいって言っちゃったけれど。

「あたしはかまわないわ。まあ、この服装は恥ずかしいけれど……」
「いいじゃないですか。羽賀さんに智也さんとの関係性がすぐに分かってもらえると思いますから」
「いや、絶対に誤解されるでしょ?」

 僕も誤解されると思う。僕のメイドさんか、僕の趣味で着せているって。
 ただ、羽賀ならちゃんと説明すれば分かってくれると思うから、このままの服装でも大丈夫だと思う。あとは着ている本人が恥ずかしくなければ。

「智也さん、羽賀さんはあとどのくらいで来るのですか?」
「最寄りの駅には着いているそうだから、あと10分くらいかな」
「そうですか。それまでは、ゆっくりとコーヒーや紅茶を飲んでいましょう」

 僕らはしばしの3人でのコーヒー&ティータイムを楽しむ。土曜日の朝にメイド服を着た女性2人に挟まれてコーヒーを飲んでいる男は僕くらいじゃないだろうか。
 羽賀が言うように、それから10分ほど経って、
 ――ピンポーン。
 インターホンが鳴る。さあ、美来と有紗さんのメイド服姿を見て羽賀はどう思うのか。

「はーい」

 美来が玄関を開けると、そこにはフォーマルな感じの服装をした羽賀がいた。大学時代の友人と食事をするからかな。きちんと黒いジャケットで決めやがって。高校くらいから私服の雰囲気は全然変わっていない。

「……ここ、氷室智也の家で合っているのでしょうか」
「合ってるよ」
「氷室がいた。突然ですまない。月曜日に久しぶりに呑んだら、昔のように休日に君の家へ遊びに行きたくなったもので」
「昔はよく遊んだよな」

 岡村と一緒に家に遊びに来て、よくテレビゲームで遊んでいたっけ。高校を卒業してからこうして家に遊びに来るの、正月やお盆以外では初めてなんじゃないかな。

「確か、君が朝比奈さんだったか。金色の髪は覚えている」
「はい。お久しぶりです、朝比奈美来です。先月、高校生になりました」
「なるほど。高校入学おめでとうございます。あの少女が高校生になるとは。10年というのは大きいものだな」
「そして、今は智也さんのお嫁さん筆頭候補です」
「なるほど。とりあえず、君に関する話は月曜日に氷室と呑んだときに聞いている。氷室への想いは10年前と変わっていないのだな。素敵なことだ」

 凄いな、羽賀。メイド服姿の美来を前にしても、普段と同じように話している。単に女性の服装に関心がないだけかもしれないけれど。

「それで、奥にいる女性は?」
「月村有紗さん。僕が働いている会社の1年先輩で、今は同じ現場で働いているんだ」

 有紗さんのことを紹介すると彼女が玄関までやってくる。

「なるほど。初めまして、羽賀尊です。氷室から聞いているかもしれませんが、彼の友人で、小学校から高校まで同じでした。今は警察官として、警視庁で働いています」
「そうですか。初めまして、月村有紗です。智也君はあたしの後輩なんだけど、智也君にはいつも助けてもらっているわ。頼れる後輩よ」
「そうですか。頼れるところは学生のときから変わっていないのですね。私も氷室には色々と助けてもらっていました。私の他に筋金入りの馬鹿な友人がいるので、その人間の方がもっと彼に助けられていましたが」

 僕のことを褒めてくれることは嬉しいけれど、さりげなく岡村のことを馬鹿にしているな。筋金入りとは。

「あと、美来ちゃんほどじゃないんだけど、あたしも智也君のお嫁さん候補の一人かな」
「……氷室、前に話したときにはそういうことを言ってなかったはずだが」
「今朝、有紗さんも僕のことが好きだって分かって。それで、美来が有紗さんのことをライバルだと言って……」

 月曜日とは状況が変わったからな。
 すると、羽賀はふっと笑って、

「なるほど。君も罪作りな男だな。安心しろ、だからと言って逮捕はしない。ただ、岡村がそれを聞いたら恨み口の一つでも叩かれるだろうがな。実際に拳でも叩かれるかもしれない」
「……岡村がここにいなくて良かったな」
「彼も誘ったのだが、今日は仕事とのことだ。私も岡村がこの場にいなくて本当に良かったと思っている。一応、岡村にはこのことは伏せておく。彼の傷口を広げないためにも」

 美来のことを話しただけでも、あいつ相当羨ましそうだったもんな。そこに有紗さんが加わったと話したら、暫く話をしなくなってしまうかもしれない。

「ところで、氷室。さっきから気になっていたのだが、朝比奈さんと月村さんのこの恰好は? メイド服であることは分かるが、氷室の趣味で着させているのか?」

 今になってメイド服のことを言うのか。ここまで来たらそのことには触れないと思っていたんだけれど。
 やっぱり、2人がメイド服を着ているのが僕の趣味だと思われてしまった。外に出るときは絶対に他の服に着替えさせないといけないな。

「違うって。このメイド服は美来の私物で自主的に着たんだ」
「なるほど。氷室の趣味でないのであれば、朝比奈さんが君への奉仕の意志を示すために着たといったところか」
「その通りです、羽賀さん! さすがは警察の方ですね」
「なあに、月曜日に聞いた朝比奈さんのことから推理をすれば、このくらいのことはすぐに分かるよ」

 羽賀自身はかっこつけているつもりはないんだろうけれど、かっこつけやがって。何だか悔しいな。

「さあ、早く入れよ」
「……その前に、氷室。ちょっといいか」

 羽賀に肩を叩かれた後、僕に耳打ちをしてくる。

「今、こちらの方を見ている男が1人いるのだが。私達よりも若い男で、高校生くらいだろうか。私がこのアパートに入ろうとしたときからだ」
「何だって?」

 男と聞いてすぐにある人物の顔を思い浮かべる。
 すると、羽賀はジャケットのポケットからスマートフォンを取り出し、スマートフォンを持った手をだらりと下ろした。

「……写っているな。この男だよ」

 なるほど、アパート見ている男に気付かれないように写真を撮っていたのか。
 羽賀にスマートフォンを見せてもらうと、そこには私服姿の諸澄君が写っていた。やっぱり、彼だったのか。

「どうしたんですか? 何かありました?」
「何でもないよ、美来。美来と有紗さんは羽賀にコーヒーを出してくれませんか。コーヒーでいいよな、羽賀」
「ああ、お願いできるだろうか」
「分かりました!」
「羽賀さん、砂糖やミルクは入れる?」
「いえ、ブラックでお願いします」

 羽賀がブラックコーヒーを注文すると、美来と有紗さんは彼にコーヒーを淹れるため、部屋の方に入っていく。

「……この男、氷室の知り合いなのか?」
「ああ。諸澄司。美来と同じ私立月が丘高校に通っていて、クラスメイトの男子生徒だ。彼は美来のことが好きらしい。火曜日の夜、直接、僕にそう言ってきたよ。ちなみに、月曜日もそのことを話すために僕のことを駅の近くで待っていたそうだ」
「なるほど。朝比奈さんへの好意が相当なものだと考えられる。好意が原因の付きまといか。理由としてはよくある。朝比奈さんからは何か聞いていないか?」
「僕も諸澄君のことを知ってから、美来には周りに気をつけるようには言ってある。何か変なことはないかと毎日訊いているけれど、今のところは何もないって」

 しかし、今、僕のアパートを見ていたということは、美来が週末に過ごしている場所がここであることがバレてしまったな。いや、もしかしたらもっと前から知っていたのかも。美来は毎日、放課後は僕の家に来ていて料理を作ってくれていたから。

「少なくとも、君と一緒にいるこの週末の間は家から出ない方がいいだろう。外に出るのであれば、彼女から極力目を離さないことだ」
「分かった。さっきの写真、後でいいから僕に送ってくれないか」

 何かあったときに使えるだろうから。羽賀の目撃証言と合わせれば、諸澄君が僕の住んでいるアパートを監視していたという証拠となる。

「分かった。あと、何かあったら私に言ってくれ。必要であれば、私の方からこの地域を管轄する警察に頼んで朝比奈さんに護衛させる」
「ありがとう」

 警察沙汰にならないといいけれど、ストーカーは歴とした犯罪だ。現時点でも諸澄君を罪に問わせることもできるかも。今のところは警察に通報はしないけど。
 例のメッセージも気になるし、後でさりげなく、美来に学校での話を聞いてみることにしようかな。

「コーヒー淹れましたよ」
「ありがとう、朝比奈さん。それではお邪魔します」

 羽賀が家に入り、僕は玄関の鍵を閉める。
 まさか、この家に4人で過ごすときが来るとは。しかも、その内の2人は可愛らしい女性。家の外には不安要素はあるけれど、せめても安全な家の中では穏やかに楽しい時間を過ごすことにしよう。
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