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本編-ARIA-
第44話『隠蔽未遂』
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午前9時40分。
僕のアパートを出発してから30分ほどで、美来の家に到着する。僕の実家よりも大きくて立派な一軒家だ。
「智也さん、上がってください」
「うん。お邪魔します」
家に上がると、美来にリビングへ通される。このリビングもまた広く、僕の今住んでいるアパートの部屋よりも広いかもしれない。
「智也さん、コーヒーが好きでしたよね。今、淹れますね」
「ありがとう」
美来がコーヒーを淹れにリビングから出ようとしたときだった。
――プルルッ。
バイブ音ではないので、鳴っているのはこの家の固定電話かな。
「この番号……月が丘高校からです」
「分かりました。果歩さん、出てください。あと、美来や僕に聞けるようにスピーカーフォンにしてください。録音しますので」
僕はスマートフォンのアプリを使って録音を始める。
スマートフォンを電話の近くに置いたところで、果歩さんが電話に出る。
「はい、朝比奈ですが」
『お世話になっております。私立月が丘高等学校の後藤隆と申します』
「お世話になっております」
男性の声で、後藤さんか。声が若そうだけれど、学校ではどういう立場の人間なのか。
「私のクラスの1年1組の担任です」
美来が耳元でそう囁く。なるほど、担任の先生なのか。おそらく、昨日の夕方に行なわれた職員会議の内容を伝えるために連絡しに来たんだろう。
『昨日、朝比奈さんのお父様と、声楽部に所属する2年3組の生徒が、朝比奈美来さんにいじめをしたと自己申告したので、職員会議を開きました。その結果、声楽部でのいじめがあったと結論づけました』
明美さんのクラスメイトである大崎さんがいじめをしたと認めたから、声楽部でのいじめがあったと結論づけたわけか。まあ、当然の流れだな。
僕はノートを取り出して、
『クラスでは?』
と書いたページを果歩さんに見せる。果歩さんは頷いて、
「美来はクラスでもいじめがあったと言っています。それは、昨日、主人がお伝えしたはずです。クラスの方については、これから調査をするということですか?」
『いえ、クラスではいじめはないという認識です』
「そ、それはどういうことでしょうか? クラスで娘をいじめた生徒について調査して、いじめはないと結論づけたのでしょうか?」
いじめはないという認識? どういうことなんだ? 果歩さんの言うとおり、この短い時間の中でいじめについて調査をしたということか?
『いいえ。私が普段、様子を見ていて……特にクラスの中でいじめがあるような雰囲気はありませんでした。思えば、最近、朝比奈さんの様子がちょっとおかしいと思ったのですが、それは声楽部でいじめがあったからなんですね』
後藤という教師、まさか声楽部でいじめがあることを利用して、面倒だと思っている調査を避けようとしているんじゃないか?
「何ですって? 娘はクラスでいじめてきた生徒の名前をはっきりと言っているんです。それも、昨日……主人がお伝えしたはずです。一度でもいいので、クラスでの調査をお願いします!」
『声楽部でのいじめがあった。それが分かったのですから、調査の必要はないでしょう? 声楽部の関係者に対して調査をしますので、また何かありましたら……』
「果歩さん、僕に変わってください」
果歩さんの肩を叩いて、彼女と頷き合った。
このままでは、クラスでのいじめは「なかった」という結論にされてしまう。こうなったら、僕が出てクラスでのいじめの調査をするように説得するしかない。
「すみません、申し訳ありませんが、先生とお話ししたいという方がいますので変わってもよろしいでしょうか」
『は、はあ……かまいませんが』
僕は果歩さんから受話器を受け取る。
「お電話変わりました。初めまして、私、氷室智也と申します。朝比奈美来さんとは10年来の友人です」
『初めまして。後藤隆と申します。氷室さん、というのですか。ご友人と言いますが、あなたから私に何を話したいのでしょうか?』
「もちろんいじめのことです。美来からいじめの話を最初に聞いたのは私です。美来は声楽部だけではなく、美来が所属している1年1組でもいじめがあったと聞いています。どちらかは分かりませんが、いじめによるケガが複数あることも、私も実際に確認しました。美来のお母様との話を聞いていましたが、碌に調査もしないでクラスではいじめがなかったと結論づけるのはどうかと思いますね」
『第三者のあなたに言われる筋合いはありません!』
大声で言うので、思わず受話器を耳から離してしまった。
「第三者だからこそ、客観的な意見としてきちんと調査すべきと言っているんですよ。美来のお母様が調査をお願いしても、調査に乗り出す気配が全く見られないので、僕がこうしてあなたとお話をしているんです。このまま、学校側がクラスに対して実態調査をしないようであれば、それこそ警察という組織に動いてもらうしかありませんね。美来はいじめが原因で負傷しています。病院で診断書を発行してもらって、被害届を出せば傷害事件として警察が学校へ捜査に向かうことになるでしょう」
ケガだけでなく、死ねとかひどい言葉を言われているから、暴行事件、傷害事件、脅迫事件などの名目で捜査は容易にできるはずだ。
僕がこう言っても学校側が調査しなかったり、いじめはなかったとはぐらかしたりするようであれば、一度、羽賀に相談した方が良さそうだな。
「まずはいじめの調査するのはどうでしょうか。もちろん、声楽部だけでなく、1年1組についても。調査の結果は包み隠さず、ねじ曲げず、ありのままの事実を朝比奈さんにお伝え願いたい。よろしいですね?」
こちらから、いじめている人物の名を伝えているのに、調査もせずに担任の独断でいじめはなかったと結論づける。そんなの、言語道断だ。
『……わ、分かりました。声楽部での件と並行してうちのクラスについても、いじめについて調査いたします』
「調査の結果が出ましたら、早急に朝比奈さんに連絡をお願いします」
『分かりました。ですから、警察にはまだ……』
さすがに警察という言葉を言われると恐れるのか。いいことを知った。
「ええ、まずはあなた方の調査結果を待ちます。ですが、こちらは今すぐにでも、警察に捜査をお願いする準備ができていることを忘れないでください」
準備ができているというのはハッタリなんだけれど。
『分かりましたから、警察はご勘弁を……』
「……最後に。後藤さん。もしかして、後々面倒になったり、自分が責任取ったりするのが避けたいがために、一度、クラスでのいじめはなかったと言ったのでは?」
『そ、そんなこと……』
「それなら、どうしてあなたの独断で調査の必要がなく、いじめはなかったと断言できるのか、明確な理由を教えてください!」
面倒になったり、責任を取ったりするのが嫌だからというだけならまだしも、後藤さん自身がいじめに関わっていたとしたら、それこそ大問題だ。あとで美来から色々と確認しないといけないな。
『も、申し訳ございませんでした……』
電話の向こうからは情けない声が聞こえてきた。それなら、最初から調査しないなんて言わずにしっかりやれって話だ。
「今の一言。本来であれば、クラスでもいじめの実態調査をすべきだったと認めたという認識でいいですね?」
『……もちろんでございます』
「それでは、クラスの方の調査もよろしくお願いします。また、いじめがあったと判明したときには、あなたが一度、調査もせずに隠蔽を計ろうとしたことについて、後に追究しますので覚悟しておいてください」
『……ううっ、承知いたしました……』
「以上、よろしくお願いいたします。失礼します」
そして、こちらの方から電話を切って、スマートフォンによる録音を停止した。録音もしてあるから、後藤さんが隠したつもりはないと言ったら証拠として叩きつけてやろう。
「一時はどうなるかと思いましたが、これで調査してもらえそうですね」
「氷室さん、本当にありがとうございます」
「いえいえ。この後、いじめについて詳しいことを教えてくれませんか」
「もちろんです。美来、氷室さんにコーヒーを淹れてあげて」
「うん」
これからも、今みたいに学校側と話すことがあるかもしれないから、いじめについて詳しいことを教えてもらうことにしよう。
僕のアパートを出発してから30分ほどで、美来の家に到着する。僕の実家よりも大きくて立派な一軒家だ。
「智也さん、上がってください」
「うん。お邪魔します」
家に上がると、美来にリビングへ通される。このリビングもまた広く、僕の今住んでいるアパートの部屋よりも広いかもしれない。
「智也さん、コーヒーが好きでしたよね。今、淹れますね」
「ありがとう」
美来がコーヒーを淹れにリビングから出ようとしたときだった。
――プルルッ。
バイブ音ではないので、鳴っているのはこの家の固定電話かな。
「この番号……月が丘高校からです」
「分かりました。果歩さん、出てください。あと、美来や僕に聞けるようにスピーカーフォンにしてください。録音しますので」
僕はスマートフォンのアプリを使って録音を始める。
スマートフォンを電話の近くに置いたところで、果歩さんが電話に出る。
「はい、朝比奈ですが」
『お世話になっております。私立月が丘高等学校の後藤隆と申します』
「お世話になっております」
男性の声で、後藤さんか。声が若そうだけれど、学校ではどういう立場の人間なのか。
「私のクラスの1年1組の担任です」
美来が耳元でそう囁く。なるほど、担任の先生なのか。おそらく、昨日の夕方に行なわれた職員会議の内容を伝えるために連絡しに来たんだろう。
『昨日、朝比奈さんのお父様と、声楽部に所属する2年3組の生徒が、朝比奈美来さんにいじめをしたと自己申告したので、職員会議を開きました。その結果、声楽部でのいじめがあったと結論づけました』
明美さんのクラスメイトである大崎さんがいじめをしたと認めたから、声楽部でのいじめがあったと結論づけたわけか。まあ、当然の流れだな。
僕はノートを取り出して、
『クラスでは?』
と書いたページを果歩さんに見せる。果歩さんは頷いて、
「美来はクラスでもいじめがあったと言っています。それは、昨日、主人がお伝えしたはずです。クラスの方については、これから調査をするということですか?」
『いえ、クラスではいじめはないという認識です』
「そ、それはどういうことでしょうか? クラスで娘をいじめた生徒について調査して、いじめはないと結論づけたのでしょうか?」
いじめはないという認識? どういうことなんだ? 果歩さんの言うとおり、この短い時間の中でいじめについて調査をしたということか?
『いいえ。私が普段、様子を見ていて……特にクラスの中でいじめがあるような雰囲気はありませんでした。思えば、最近、朝比奈さんの様子がちょっとおかしいと思ったのですが、それは声楽部でいじめがあったからなんですね』
後藤という教師、まさか声楽部でいじめがあることを利用して、面倒だと思っている調査を避けようとしているんじゃないか?
「何ですって? 娘はクラスでいじめてきた生徒の名前をはっきりと言っているんです。それも、昨日……主人がお伝えしたはずです。一度でもいいので、クラスでの調査をお願いします!」
『声楽部でのいじめがあった。それが分かったのですから、調査の必要はないでしょう? 声楽部の関係者に対して調査をしますので、また何かありましたら……』
「果歩さん、僕に変わってください」
果歩さんの肩を叩いて、彼女と頷き合った。
このままでは、クラスでのいじめは「なかった」という結論にされてしまう。こうなったら、僕が出てクラスでのいじめの調査をするように説得するしかない。
「すみません、申し訳ありませんが、先生とお話ししたいという方がいますので変わってもよろしいでしょうか」
『は、はあ……かまいませんが』
僕は果歩さんから受話器を受け取る。
「お電話変わりました。初めまして、私、氷室智也と申します。朝比奈美来さんとは10年来の友人です」
『初めまして。後藤隆と申します。氷室さん、というのですか。ご友人と言いますが、あなたから私に何を話したいのでしょうか?』
「もちろんいじめのことです。美来からいじめの話を最初に聞いたのは私です。美来は声楽部だけではなく、美来が所属している1年1組でもいじめがあったと聞いています。どちらかは分かりませんが、いじめによるケガが複数あることも、私も実際に確認しました。美来のお母様との話を聞いていましたが、碌に調査もしないでクラスではいじめがなかったと結論づけるのはどうかと思いますね」
『第三者のあなたに言われる筋合いはありません!』
大声で言うので、思わず受話器を耳から離してしまった。
「第三者だからこそ、客観的な意見としてきちんと調査すべきと言っているんですよ。美来のお母様が調査をお願いしても、調査に乗り出す気配が全く見られないので、僕がこうしてあなたとお話をしているんです。このまま、学校側がクラスに対して実態調査をしないようであれば、それこそ警察という組織に動いてもらうしかありませんね。美来はいじめが原因で負傷しています。病院で診断書を発行してもらって、被害届を出せば傷害事件として警察が学校へ捜査に向かうことになるでしょう」
ケガだけでなく、死ねとかひどい言葉を言われているから、暴行事件、傷害事件、脅迫事件などの名目で捜査は容易にできるはずだ。
僕がこう言っても学校側が調査しなかったり、いじめはなかったとはぐらかしたりするようであれば、一度、羽賀に相談した方が良さそうだな。
「まずはいじめの調査するのはどうでしょうか。もちろん、声楽部だけでなく、1年1組についても。調査の結果は包み隠さず、ねじ曲げず、ありのままの事実を朝比奈さんにお伝え願いたい。よろしいですね?」
こちらから、いじめている人物の名を伝えているのに、調査もせずに担任の独断でいじめはなかったと結論づける。そんなの、言語道断だ。
『……わ、分かりました。声楽部での件と並行してうちのクラスについても、いじめについて調査いたします』
「調査の結果が出ましたら、早急に朝比奈さんに連絡をお願いします」
『分かりました。ですから、警察にはまだ……』
さすがに警察という言葉を言われると恐れるのか。いいことを知った。
「ええ、まずはあなた方の調査結果を待ちます。ですが、こちらは今すぐにでも、警察に捜査をお願いする準備ができていることを忘れないでください」
準備ができているというのはハッタリなんだけれど。
『分かりましたから、警察はご勘弁を……』
「……最後に。後藤さん。もしかして、後々面倒になったり、自分が責任取ったりするのが避けたいがために、一度、クラスでのいじめはなかったと言ったのでは?」
『そ、そんなこと……』
「それなら、どうしてあなたの独断で調査の必要がなく、いじめはなかったと断言できるのか、明確な理由を教えてください!」
面倒になったり、責任を取ったりするのが嫌だからというだけならまだしも、後藤さん自身がいじめに関わっていたとしたら、それこそ大問題だ。あとで美来から色々と確認しないといけないな。
『も、申し訳ございませんでした……』
電話の向こうからは情けない声が聞こえてきた。それなら、最初から調査しないなんて言わずにしっかりやれって話だ。
「今の一言。本来であれば、クラスでもいじめの実態調査をすべきだったと認めたという認識でいいですね?」
『……もちろんでございます』
「それでは、クラスの方の調査もよろしくお願いします。また、いじめがあったと判明したときには、あなたが一度、調査もせずに隠蔽を計ろうとしたことについて、後に追究しますので覚悟しておいてください」
『……ううっ、承知いたしました……』
「以上、よろしくお願いいたします。失礼します」
そして、こちらの方から電話を切って、スマートフォンによる録音を停止した。録音もしてあるから、後藤さんが隠したつもりはないと言ったら証拠として叩きつけてやろう。
「一時はどうなるかと思いましたが、これで調査してもらえそうですね」
「氷室さん、本当にありがとうございます」
「いえいえ。この後、いじめについて詳しいことを教えてくれませんか」
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